月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》4
「おーい!」
人の声が、夜の森を渡る。
こんな夜更けに、こんな森の中で。
それも五人くらいいるようで、先頭と一番後ろの男が松明を振りかざしている。誰か探しているようだ。
しばらくその場で待っていると、先頭の男がウィルを見つけて叫んだ。
集団内に緊張が走る。
「おい、そこのお前、そこで何してる!」
「寝れないんでな。散歩さ」
肩をすくめて答えるウィルは自然体だが、男たちは身構えるばかりだ。
「こんな時間にか?」
「体を動かしたら寝れるかと思ってな。そんなおたくらも、こんな時間にどうしてここへ?」
「女の子を見かけなかったか? 17歳くらいの女の子だ。髪は麦の色」
それを聞いて、ウィルは嫌な感じがした。
メアリージェンヌの特徴だ。まさか。
メアリーを心配してどくんと跳ねた鼓動に、杞憂だと言い聞かせる。
「それは一体どうして?」
その女の子がメアリーであれそうであれ、こんなところまで探しに来るなんて、ただ事ではない。
「さあな。お前が知ってるんじゃないのか?」
男は緊張をはらみながらも、挑発するように笑った。
答えようとしない男に、ウィルはいらだった。ただでさえ、今宵は満月だ。しかし、人間に危害を加えるのはマズい。
ふぅ、と呼吸を落ち着ける。
「そんな子は見ていない。かなり長い間歩き回っているが、どこにもいなかったぞ。多分、ここを探しても無駄だ」
男たちは、そろいもそろって「本当か?」という鋭い視線をよこしてくる。
「月男神に誓って、本当だ」
ウィルは月男神なんてこれっぽっちも信仰していなかったが、この男達に引き下がってもらうには丁度いい。そんな女の子を見ていないのも事実だった。
それよりも。
「その女の子ってのは、町のパン屋の娘さんか?」
ウィルがメアリーかどうかを決定づける質問をしたその瞬間、男たちが気色ばんだ。
「やっぱりお前か!」
叫びながら突進してくる。
男たちをかわすのは簡単だった。彼らは勢いをつけて走ったぶんだけ、かわされた瞬間に勢いよく転げる。五人が五人とも、面白いくらいに同じ動作だった。
再び立ち上がろうとする男たちに背を向けて、ウィルは走った。
森の奥のほうへ、町から遠ざかるようにして。
「逃げたぞ!」
そうは言っても、誰もウィルには追いつけない。
◆
闇夜に包まれた森の中を、ウィルは全速力で駆けた。
いつの間にか、狼になっていた。
後ろから、バッサバッサという音がついてくる。コルの羽の音だ。
目指すのはもちろん、町だ。
あのまますぐに町の方向を向いて走っていたら、立ち上がった男たちも町に向かっただろう。狼の姿を見られるのも、町に帰ってウィルが犯人だと言われるのも得策ではない。
迂回しなければいけなかったが、森まで探しに来た男たちには、森の奥へ逃げたと思わせたかった。
男たちからは何も聞けなかったが、何らかの事件が起きて、メアリーがいなくなったようだ。夜更けに森まで捜索するほどだから、状況はかなり悪いと言っていい。
誘拐か? 人売りか?
祭で町の人間以外もたくさんいたから、町の人たちが余計な心配をしているだけかもしれない。メアリーの両親が心配性なだけで、案外、メアリーは祭で出会った男と一緒になって、ぐっすり眠っているなんてことかもしれない。もしそうだとしたら、明日の朝、その二人はこってりしぼられるどころじゃ済まないだろう。
それはそれで、ウィルの心をえぐった。
メアリーが何かの事件に巻き込まれたのかもしれないと思うと、昼のメアリーの笑顔が浮かんで絶望しそうになるが、メアリーが自分以外の男と寝ているなど、想像しただけで気が狂いそうになる。
それがメアリーにとっての幸せなのかもしれないが。
この気持ちは、ウィルが一方的に抱いたものでしかない。それを押し付けるのは筋違いで、メアリーの幸せはメアリーが決めることだ。
しかし、それでも。
メアリーが危険に晒されている可能性があるというなら、駆けつけるのが俺の役目だろ。
好きな女を助けられなくて、何が男だ。
ウィルは暗闇に包まれた細い通りから町に入った。
可能な限り狼姿のままで。
その嗅覚で、メアリーの居場所を突きとめるのだ。
◆