表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》4

「おーい!」

 人の声が、夜の森を渡る。

 こんな夜更けに、こんな森の中で。

 それも五人くらいいるようで、先頭と一番後ろの男が松明を振りかざしている。誰か探しているようだ。

 しばらくその場で待っていると、先頭の男がウィルを見つけて叫んだ。

 集団内に緊張が走る。

「おい、そこのお前、そこで何してる!」

「寝れないんでな。散歩さ」

 肩をすくめて答えるウィルは自然体だが、男たちは身構えるばかりだ。

「こんな時間にか?」

「体を動かしたら寝れるかと思ってな。そんなおたくらも、こんな時間にどうしてここへ?」

「女の子を見かけなかったか? 17歳くらいの女の子だ。髪は麦の色」

 それを聞いて、ウィルは嫌な感じがした。

 メアリージェンヌの特徴だ。まさか。

 メアリーを心配してどくんと跳ねた鼓動に、杞憂(きゆう)だと言い聞かせる。

「それは一体どうして?」

 その女の子がメアリーであれそうであれ、こんなところまで探しに来るなんて、ただ事ではない。

「さあな。お前が知ってるんじゃないのか?」

 男は緊張をはらみながらも、挑発するように笑った。

 答えようとしない男に、ウィルはいらだった。ただでさえ、今宵は満月だ。しかし、人間に危害を加えるのはマズい。

 ふぅ、と呼吸を落ち着ける。

「そんな子は見ていない。かなり長い間歩き回っているが、どこにもいなかったぞ。多分、ここを探しても無駄だ」

 男たちは、そろいもそろって「本当か?」という鋭い視線をよこしてくる。

月男神(つきおがみ)に誓って、本当だ」

 ウィルは月男神なんてこれっぽっちも信仰していなかったが、この男達に引き下がってもらうには丁度いい。そんな女の子を見ていないのも事実だった。

 それよりも。

「その女の子ってのは、町のパン屋の娘さんか?」

 ウィルがメアリーかどうかを決定づける質問をしたその瞬間、男たちが気色ばんだ。

「やっぱりお前か!」

 叫びながら突進してくる。

 男たちをかわすのは簡単だった。彼らは勢いをつけて走ったぶんだけ、かわされた瞬間に勢いよく転げる。五人が五人とも、面白いくらいに同じ動作だった。

 再び立ち上がろうとする男たちに背を向けて、ウィルは走った。

 森の奥のほうへ、町から遠ざかるようにして。

「逃げたぞ!」

 そうは言っても、誰もウィルには追いつけない。


   ◆



 闇夜に包まれた森の中を、ウィルは全速力で駆けた。

 いつの間にか、狼になっていた。

 後ろから、バッサバッサという音がついてくる。コルの羽の音だ。

 目指すのはもちろん、町だ。

 あのまますぐに町の方向を向いて走っていたら、立ち上がった男たちも町に向かっただろう。狼の姿を見られるのも、町に帰ってウィルが犯人だと言われるのも得策ではない。

 迂回しなければいけなかったが、森まで探しに来た男たちには、森の奥へ逃げたと思わせたかった。

 男たちからは何も聞けなかったが、何らかの事件が起きて、メアリーがいなくなったようだ。夜更けに森まで捜索するほどだから、状況はかなり悪いと言っていい。

 誘拐か? 人売りか? 

 祭で町の人間以外もたくさんいたから、町の人たちが余計な心配をしているだけかもしれない。メアリーの両親が心配性なだけで、案外、メアリーは祭で出会った男と一緒になって、ぐっすり眠っているなんてことかもしれない。もしそうだとしたら、明日の朝、その二人はこってりしぼられるどころじゃ済まないだろう。

 それはそれで、ウィルの心をえぐった。

 メアリーが何かの事件に巻き込まれたのかもしれないと思うと、昼のメアリーの笑顔が浮かんで絶望しそうになるが、メアリーが自分以外の男と寝ているなど、想像しただけで気が狂いそうになる。

 それがメアリーにとっての幸せなのかもしれないが。

 この気持ちは、ウィルが一方的に抱いたものでしかない。それを押し付けるのは筋違いで、メアリーの幸せはメアリーが決めることだ。 

 

 しかし、それでも。


 メアリーが危険に晒されている可能性があるというなら、駆けつけるのが俺の役目だろ。

 好きな女を助けられなくて、何が男だ。


 ウィルは暗闇に包まれた細い通りから町に入った。

 可能な限り狼姿のままで。

 その嗅覚で、メアリーの居場所を突きとめるのだ。


   ◆

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ