月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》3
「祭に行かなくてよかったのか?」
「仕方ねえよ。なんせ、満月だからな……」
ウィルは夜空を見上げた。
今夜は、森の中にいても町の活気が伝わってくる。
祭だ。せっかくメアリーが誘ってくれたというのに……もったいないことをした。
「くそっ」
ウィルが足元の土を蹴ったので、土ぼこりが舞った。今夜は雲間から月が出たり隠れたりしている。少しでも雲が出ているおかげで、ウィルのいらだちはマシなほうだった。
「さあ、今夜も狩りといこうじゃないか。君のその有り余るパワーを発散すべく、ね」
今日もコルはヒトの姿をしていた。いらだったウィルの前で、ふくろうの姿でいるのは得策ではない。狼姿のウィルの前では、いいカモ、否、フクロウだ。
月光を受けて、ウィルが吠えた。
ぱちりと開いた目は、ぎらりと輝く蒼の瞳。毛並みは黒く、全身を覆っている。
ぴんと立った耳は、一見寝静まったように見える夜の森のかすかな音をも逃がさない。
歯は伸び、縦長の牙となる。
耳と牙が特徴的な、漆黒の狼。しなやかな体で気配を殺している。夜の森で、これほど目立たない獣が他にいるだろうか。
ウィルは、夜になりねぐらで寝ている動物たちを狩っていく。
穴の中のうさぎ。
小さいうさぎは子供だろう。食べられる量も少ないし、さばくのが大変だ。それに、一番はかわいそうだという気持ちがあって、うさぎたちは無防備だったが、殺すのは半分だけにした。
それから、鳥たち。
こちらも、大きめの種類を的にするが、くちばしでつつかれると、案外痛い。ヒトに戻ったとき、顔が傷だらけになってるかもしれないなと思った。
走り回って腹が減ったので、小さい鳥を見つけてはそのまま食べたりもする。
鳥の厄介なところは、飛んで逃げるところだ。
地を駆ける動物は追いかけようがあるが、ウィルはあくまで人間、そして狼であって、空は飛べない。
巣に突っ込んでいくたび、バサバサと音をたてて、ウィルのくわえた一匹を除いたすべてが空へと飛び立つ。
その音に驚いて、近くの木の巣も空っぽになる。
「やっぱり鳥は効率悪いな」
「鳥のほうが美味しいんだけどね」
コルは両手いっぱいに、仕留めた獣たちを抱えている。
捕まえた獲物は、あとでさばいて干物にする。そうすることで長持ちするのだ。
ウィルの毎日の食料は、ほとんどこういった狩りでの自給自足だった。あと、最近はメアリーのパン。
ウィルが狼の姿になれるのは、十分に月が満ちた時だけだ。
満月の時のイライラを、体を動かして発散させるためにも、生活のためにも、ウィルは毎月こうして狩りをしていた。
捕ったうさぎや鳥を売って貨幣を得ているので、今のウィルが人間社会で生活できているのも、満月とこの体質あってのことだ。
満月が、町からほど遠い森を照らしていた。もうだいぶん、夜も更けていた。
「疲れてきたな」
「それはよかった」
「帰るか」
町の宿に、だ。
もう結構長い間泊まりっぱなしで、その代金も馬鹿にならないので、そろそろ野宿にするかなあと考えているウィルである。
「ウィル」
木の上からコルが声を掛けた。緊張を孕んだ声だった。
コルはヒトの時も、いつも絶対に何かの上に座っている。ふくろうとは、そういう習性なのだろうか。
「ああ」
コルが捉えたものを、ウィルも捉えていた。
否、コルは目で、ウィルは耳で、それを感じていた。
次の瞬間、ウィルはヒトの姿に戻り、コルは白いふくろうになっていた。