月と小麦と嬌艶花《アムール・フー》2
それにしても、メアリーはまた背が伸びたのだろうか? スカートがいつもより短い。白い太ももがつややかに照り輝いている。けしからん、目に毒だ。あんなにスカートが短くては、股がスース―しそうだ。
店内には俺とメアリー、そしてこの男だけだ。二人は声の大きさなど気にしていないため、その声は俺にもはっきり聞こえる。
「――さんは今日のお祭、来ますか?」
メアリーが男に話しかけている! しかも、メアリーが男の名前を呼んでいる。
こいつ、この町に来たのは最近じゃなかったのか? 一体どうして、メアリーとこんなに打ち解けているんだ……。もしかして、子どものころはここに住んでいたとか。
「祭? ああ、だからどことなく、町全体が浮ついているんだな」
「知らなかったんですか? 実は私たち、隣のお料理屋さんと一緒にお料理を出すんです。もちろんパンを使った料理ですよ? あの、その」
メアリーが急にもじもじし始めた。何のジェスチャーだ?
俺はメアリーの様子に気をとられて、パンを選ぶ(ふりをする)どころじゃない。
「あの、うちも料理出すんです。……食べに来ませんか? お店の前に、屋台を出すんです。お隣の料理屋さんと、今日のためにメニューを考案したんです。……あっ、他にもいろんなお店が今日のお祭のために商品を作りますし、見せ物とか、町の外のものもたくさん来るんです! 絶対楽しめると思います。だから、その……」
な、なんと、メアリーが……俺の愛する太陽女神が、どこの馬の骨ともしれない、胡散臭いこの男に……これはまさか、
「よかったら一緒に回りませんか?」
メアリーが……この男を祭に誘った……とな?
パニックになりそうだ。現状が理解出来ない。何が起こっている?
いやいやまさか、メアリーは俺の運命の人だ。何かの間違いだ。彼女と祭を回るのはこの俺だ。
男が気まずそうな雰囲気を出した。
その調子、断るんだ!
「うーん、今日はちょっと……満月の日だよな?」
「? はい。毎年、この時期の満月にするんです。なんでも、月男神様の力が一番強くなる日だからって――用事があるんですか?」
「ああ……ごめんな。せっかく誘ってくれたのに」
よかった、これで俺とメアリーの運命の裏付けが取れた。
ほっとしたのもつかの間、男がメアリーの頭に手を置いた。
そ、それは、女がオチるという秘儀・なでなで!?
違う、そこじゃない。メアリーに触れるな!!
気が付けば、俺は二人を凝視していた。パンは一つも選べていない。
つい、と視線を動かした男と俺の視線がぶつかった。
「!」
盗み聞きしているのがバレた!
すぐに視線を逸らして、急いで目の前に置いてあったパンを二つ取った。
「楽しんで来いよ」
そう言って、男はメアリーの髪に指を滑らせた。くすぐったそうにするメアリー。
俺の心臓は、まるで女の子みたいにぎゅっと縮こまった。
やめてくれ、俺の前で、他の男の手でそんな顔をしないでくれ。
そいつがメアリーに触れたことも許せなかったが、それよりも、メアリーの反応が見ていて辛かった。
そんな男やめておけよ。俺がいるからさ……。
「用事、いつ終わるんですか? もし暇になったら、来てください。八時にここにいるようにしますから」
男に向けて、顔をほころばせるメアリー。
俺にもその顔を向けてくれよ。
◆
八時に店にいると言っていたな。
俺は、メアリーのパン屋を目指して歩いていた。
夜のとばりが降りてから祭が始まり、誰もがいい感じに出来上がっている。
町の外からも人が来ていて、総出だということもあって、倍の人口が倍になったようなにぎやかさだ。
メアリーの店の裏口にやってきた。
表は、メアリーが昼言ったように、隣の料理屋をまたいだ広い屋台になっていて、パンとチーズの香ばしい匂いがした。
それとは逆に、裏口は閑散としている。
どこの人も、表通りに出て祭に参加しているのだ。
俺は扉をノックした。
メアリーが駆けて、ドアを開けてくれた。
「ウィルさん! 来てくださったんですね!」
◆