天才
「ん……」
意識を取り戻し、ランディールは目を開けた。
『気づきましたか?』
寝ているランディールのそばで声がする。
『ん……、ここは……?』
顔を横に向け、声の主を確かめる。そこにはソーニャがいた。
『お爺様の家です。あなたは回復薬を飲んで急に声を上げ、倒れられました』
覚醒しきってない脳に痛みがはしる。
『回復薬って……、話が違うじゃないですか』
頭を振って痛みをはらおうとする。不思議な事にそれだけで痛みは収まった。
『それについては申し訳ないのう。まさかあの回復薬が君にあれほどの効果を与えるとは想像もできなかったのじゃ』
長老がランディールに声をかける。ランディールは起き上がり周りを見渡した。部屋にはソーニャと長老とランディールのみで、ソーマはどこかへ行ってしまったようだ。
『ソーマには今ターラを呼びに行かせとる。まぁ君が起き上がれるのならその必要もないみたいじゃがな』
ランディールの考えを読みとったように長老が説明した。その手元には例のビンがある。
『どこかに痛みはありませんか?』
ソーニャの問いかけに首を横に振る。頭痛も収まり、体中の熱もとれていた。それどころか力があり溢れ、今なら何でもできそうな気がする。
『じいちゃん!連れてきたよ!』
走ってきたのか息を切らせてソーマが部屋に駆け込んできた。その背後にターラの姿も見える。
『もう起き上がったのかい?』
ターラが意外そうな表情を見せる。
『見ての通りじゃよ。存外、丈夫なようじゃ』
『ソーマの話じゃ魔力制御ができたようだね』
『ああ。あそこまでとは思わんかった』
『あ、あの――』
訳の分からない会話をする二人にランディールが割り込む。
『一体何の話を?』
ターラと長老は顔を見合わせて頷く。
『さっき君にやらせた魔力を掌に集中させる訓練。あれは通常なら一回で成功できるような代物ではないのじゃ。魔力そのものを具現化するのは中級の魔法使いがやっとの事でできるもの。高度な魔力制御が必要とされるのじゃ。初級の魔法使いでは手が光るだけで、下手な場合それすらも発現せん』
ランディールの頭にはハテナマークが点滅している。ただイメージして魔力を流しただけなんだけど。
『あんたは天才だってことさ』
理解出来ていないのが伝わったのかターラさんの解説が入った。それに同調するようにソーマが頭をガクガク縦に振る。どうやら自分は物凄いことをやってのけたらしい。
『お爺様。ランディールが倒れた理由は?あの大きさの魔力を持っているなら魔力が増えすぎて倒れた訳ではないのでしょう?』
『魔力が増えすぎて倒れる?どういう事ですか?』
さっきまでの説明にはその事について何も言ってなかった。そんな事が起こるのだろうか?
『説明してなかったのかい?魔力が魔法使いの許容量を超えると、自然と自分を守ろうとして意識を失うんだよ』
長老を咎めるようなターラの視線を受け長老がバツの悪い顔をする。想定できなかったのじゃ……とゴニョゴニョ言ってる長老から回復薬のビンを引ったくりターラがその側面にある文字を読み上げていく。
『魔力回復薬ね。成分、グレーターアウルの血、スライムの欠片、ルヒー草、ワイヴァーンの血……。あんた何てものを飲ませてるの?』
急に吐き気がこみ上げる。何の血だって?
全ての魔物に聞き覚えはある。父親が夜寝る前に聞かせてくれるお話の中に何度も出てきたからだ。グレーターアウルは魔素を吸収した巨大な梟、スライムは洞窟にいる液状の魔物、ワイヴァーンは龍種の亜種。どれも人間に恐れられる強い魔物だ。
『よりにもよってワイヴァーンの血なんて……。奴らはあれでも一応龍なんだよ?』
『この子の魔力量なら耐えれるやもと思ったのじゃ。まさかあんなに血が強いとは……』
『阿呆だねぇ。曲がりなりにもその子は――』
『分かっておる!その子が人間だということは!』
突然長老が大声を出してターラの言葉を遮る。その顔は本当に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
『恐らく、人間の血が魔物の魔力と混ざり反発しあったのじゃろう。すまんかったな、ランディール』
ポカンとしているランディールに頭を下げる長老。その様子を見てランディールは意味もなくいたたまれなくなる。
『い、いえ。僕が人間だから……。し、仕方かないですよ』
『だってさ。ほら顔上げなよ』
『本当にすまんかった。お詫びにという訳ではないが儂の知っている魔法、全てを君に教えよう』
顔を上げた長老。そこには先程までの指導者としての顔があった。
『魔力は元に戻っているみたいだし、今日から練習を始めても問題はないだろうね。但し今度はルヒー草とバリー草だけのポーションを作るからそれを使いなよ』
『ありがとうターラ』
『あいよ。頑張りなランディール』
長老の言葉に軽く手を挙げてターラは部屋を出ていった。
『では始めるかの』
その後ろ姿を見送ってから長老は腕をサッと振る。するとランディールの前に本が一冊現れた。
『初心者のための魔法入門。著者グラウス・カラミト』
思わず声に出していた。この中に欲しいと思った力が入っているのかと思ったら。
『文字も読めるようじゃな。まずは詠唱魔法からやるとしよう』
同じようにもう一度腕を振って自身とソーニャ、ソーマの分も本を出す。
『お主らも聞いておいて損はないじゃろう』
そう言って二人に座る様に促した。
ランディールが本の表紙を開くと、そこには未知の世界が広がっていた。
次回更新は来週の日曜日です。






