第4話 ルームメイト ~紅葉編~
桜が舞う。
花が風にさらわれ、散る。
いくら世界屈指の特殊な学校といえど、四季を楽しむ余裕位はあるようだ。
いや、もしかするとこんな風に余裕があると思っていられるのも今のうちだけなのかもしれない。
ならば、今のうちに平和な日常を楽しんでおくのが、私にとって一番いい最善策であるのかもしれない。
心に残る不安要素をかきけす様に、少しでも楽しい方向へと向かわせるため物思いに更ける。
それでも、マイナスな思考をどうしても含めてしまうのは、私の悪い癖だ。
直る兆しがない。
何を考えても、必ずといっていいほどネガティブ思考が入ってくる。
悪い要素を捨てたり、割り切ることが出来ないのだ。
「………ハァ」
思わず溜め息が漏れた。
私は自分のことが嫌いだ。
でも、青砥の隣にいるときは素直になり、自分をさらけだせるのだが一人のときは全くもって駄目だった。
紅葉は、青砥と離れてからというもの、落ち着きを無くしている。
何故なら、不安なのだ。
こんな広大なで、奇妙な学校へ右も左も分からないままで放り出されて、不安で仕方がないのだ。
青砥には強気にからかってみたりしたが、本当はあんな余裕もない筈……と言える程だ。
あれも気を紛らわせる為だけのもの。
自分の弱さ、青砥の存在の大きさに改めて気付かされた。
「……ハァ。私って本当駄目な奴。青砥がいなきゃ不安で仕方ないとか……。笑える…」
何せ、紅葉が若人隊への入隊を決めたのも青砥が決め手なのだ。
元々、テストにも合格しておりいつでも入隊することは出来た。
しかし、入隊すべきかずっと悩んでいた。
素質があり、テストに合格したから入って下さいと言われてもろくに戦いなんてしたことはないし、武器の知識も豊富な訳ではない。
そんな私が役に立つものなのか…?
はっきり言って、不安しかなかった。
しかし、青砥が若人隊へ入隊すると聞き、少しだけ興味が沸いてきた。
自分で決められないのなら、人に流されてみるのもたまにはいいかもしれない……。
そんなことを考え、青砥に流されるがままにここまでやって来たのだ。
しかし、ここからは青砥はいない。自分でなんとかするしかないのだ。
「……ルームメイトかぁ」
空を仰ぐ。
寮で割り振られた部屋のルームメイトは自分以外で3人。
これから、一緒に生活していく仲間達。
「どんな子達かなぁ……」
少し楽しみな気持ちもあるが、不安は取り除けない。
しかし、兎に角……
「……やるっきゃないや!!」
無理矢理にでも自分を奮い立たせた。
やってみるだけやってみよう。
自分に出来ることを。
『 もう、なるようになれ!! 』
気持ちを奮い立たせなんとか何事もなく、無事に寮へたどり着くことが出来た。
寮母さんと挨拶を交わし、事前に知らされていた自分の部屋へと足を向かわせる。
『 202号室 』
部屋に着いたのはいいものの、扉を開けるのが躊躇われる。
「……この先にルームメイトが」
声に出してみると、急に現実味が増してくる。
自分を落ち着かせるため、沢山空気を吸い込み大きく深呼吸をする。
布越しからでもわかる紅葉の豊満な胸がゆっくりと上下した。
緊張するときはいつもやるようにしている。
これで幾分か気分がよくなるのだ。
「ふぅ……」
落ち着いたところで、覚悟を決めドアノブに手を掛け、ゆっくりとその扉を開いた。
「……失礼、します…?」
思わず、職員室にでも入るかの様なお決まりの台詞を口にしてしまった。
流石に、自分でも違和感を持ち、語尾が疑問形になる。
ふと、目を向けると部屋に差し込む眩しい日の光が逆光となって自分に向かってくる。
あまりの眩しさに目を細める。
嗚呼、そう言えば今は夕方。
丁度、太陽が傾き日が暮れる頃。
そしてこれは、西日であろう。
道理で目も当てられぬ程眩しい訳だ。
そんなことを考えていると、部屋にいる人物から声をかけられた。
「…ノックもしないでいきなり入って来るなんて、礼儀がなってないのではないかしら?」
上品で鈴を転がした様な声音だった。
「あっ…!ごめんなさいッ!……私なんて礼儀知らずなことを……」
ごもっともな指摘を受けて、顔が一気に赤くに染まり、熱くなる。
「……もしかして、赤くなってる?…貴女、可愛いのね」
「…話が脱線している。友好を深めるのは後でもいいと思う」
頭が混乱し、会話に新たに無機質で淡々とした声が加わったことにも、気付けないでいた。
「いいじゃない。少し位。そこまで追求する気はないのだし。それに、もし、私達に危害を加えてくるようならば、私がぶった切ってみせるもの」
「…物騒なことを」
「ところで、いつまで棒立ちでいるつもり?早く入って来たらいかが?」
話し掛けられて、ハッとする。
いつまでも何もしないわけにもいかない。
「あっ……はい。ごめんなさい。じゃあ、お邪魔します…」
「どうぞ。いらっしゃい」
「……どうぞ」
歓迎を受け、部屋に足を踏み入れる。
そこには、優雅に紅茶を飲み交わし、少しばかりのお菓子をつまみながら、静かにティータイムを楽しんでいる二人の女の子がいた。
先程から、丁寧なお嬢様口調でしゃべっている二人の内の一人の子は、薄い茶色の長い髪を後ろでひとつの長い三つ編みにしている。
三つ編みが終わった位置には、上品な色とシンプルなデザインの細いリボンで結ばれていた。
宝石のように美しいエメラルドグリーンの瞳が、優しく慈しむようにこちら側を見ていた。
もう一人の子は、艶やかで長く、絹のように柔らかそうな黒髪を、高めの位置でツインテールにしていた。
それでもまだ、腰まで髪がとどいている。
彼女の少し気だるそうだが、しっかりとした信念の宿る濃紺の瞳もまた、静かに視線をこちらに向けていた。
二人共、言うまでもなく美少女だ。
それも、二人共家柄や育ちも良いところのお嬢さんであろう。
人を見る目はあると少しだけ自負している紅葉は、二人をひと目見た瞬間に恐れおののいてしまった。
こんないいところのお嬢さんがルームメイトだなんて、私には荷が重過ぎる……
部屋に入ってなお硬直しっぱなしの私を見て、三つ編みの子はくすりと笑い、紅茶を注ぎながら話し掛けてきた。
「そんなに身構えなくても、良いのですよ。気楽にして頂戴。嗚呼、貴女も紅茶一杯いかが?」
「……えっ!あ、ありがとうございます。……お言葉に甘えて、ありがたく頂きます……」
緊張が抜けず、ついかしこまった話し方になってしまう。
そんな私を見て、三つ編みの子は不機嫌そうに頬を膨らませた。
「………むぅ」
「………?」
何故、不機嫌そうにしているのか皆目検討もつかず、私は無言で首をかしげた。
その反応が益々気に入らなかったのか、更に不機嫌そうに整った綺麗な顔をしかめた。
しかし、すぐさま何かを思い付いたのか、不敵な意地悪そうな笑みに変わった。
「立ちっぱなしなのも悪いですから、そこのベッドに座って下さいな。…さぁ、早く。遠慮なんて全く要りませんのよ」
彼女は、紅茶などが置いてあるテーブルに、一番近いベッドに私が座る様にと捲し立ててくる。
嫌な予感しかしなかった。
「…な、何をやろうとしているんですか?嫌な予感がするんですけど……」
「何も。変なことはやりませんよ?」
「えぇ……」
絶対何か隠してる。
しかし、あまり疑い過ぎて嫌われてしまったら、私の今後の学校生活が危うくなる可能性が大いにある。
何せ相手はお嬢様。
機嫌損ねてはいけないだろう。
ここは、余興に乗るとするか……。
覚悟を決め、言われたベッドに腰をかけると、何かの上に乗ってしまった。
「…………!!」
驚きのあまり声が出なかった。
恐る恐る自分が上に乗ってしまったモノを確認する。
そこには、小さく丸まって寝ている可愛らしい容姿の女の子がいた。
「う、うわあああああああ!!!!」
思わず大声で叫んでしまった。
その声が聞こえたのか、寝ていた子がゆっくりと目を覚ました。
薄い色の上品なピンクベージュの様な色の髪をショートボブの長さで綺麗に切り揃えている。
彼女の髪はふわふわしていて、とても柔らかそうだ。
眠たそうで、ルビーのように赤い真紅の瞳が、ゆっくりとこちらを向いた。
「……ふぇ?…貴女、誰?」
ロリボ……いや、とても可愛らしい声が発せられた。
「起きたのね、メグ。その方は、貴女のルームメイトになる方よ。えっと…お名前は……」
「…まだ聞いていないし、こっちも名乗ってない」
「あら?そうでしたっけ?……じゃあ、私から自己紹介するわ」
「…どうぞ。お好きに」
混乱中の私を置き去りに、話が勝手に進められ、いつの間にか自己紹介が始まっていた。
「私は、離宮 舞。気軽に、舞とでも呼んで頂戴。戦闘スタイルは剣。西洋剣。腕には自信があるの。期待しておいてよ?」
此方に向け自然なまでにウインクを飛ばしてきた。
「そうなんですか…!楽しみです…!」
素直に楽しみに思い、興奮気味で答えると、
「ハイ!今から敬語禁止にします!」
「……え?」
いきなり何かが始まった。
「えー、今から敬語をしゃべってはいけません!しゃべってしまった人は罰を受けてもらいまーす!」
「えええええええ!!!!」
叫び声しかあがらない。
いきなり何を言い出すんだ!
「何か意見は御座いますかー?」
舞が質問を促すと、黒髪の寡黙な子が、静かに細く白い手を挙げた。
「……ん、では、アズサさん。どうぞ」
動かしていた顔を彼女の前で止める。
正面から黒髪の子をしっかりと見据え、舞は彼女を『アズサ』と呼び、指名した。
「…まだ、自己紹介が終わっていません。…下らないことはいいので進めさせて下さい」
冷静に頓着に、正論ををぶつけてきた。
「……アズサのケチ。だって、敬語は嫌なんですもの」
舞は、頬を膨らませ、ふてくされた様にしていた。
「…気持ちは分かる。でも、強制は駄目。罰も駄目」
アズサと呼ばれた子は、先程の突き刺す様な鋭い眼光をなくし、優しく諭した。
「……むぅ」
頬を膨らませつつも、納得した様な舞を見届け、アズサは此方に向けて頭を下げた。
「…お騒がせしました。でも、気にしないで。…私は、霜宮 梓。舞とは、幼馴染み。武器は銃。…これから宜しく」
怖い人かと思っていたが、優しさに溢れた人ということが分かり安心し、好感を覚えた。
「…此方こそ宜しく御願いします!」
私が元気良く答えた後に、手を挙げ順番待ちをしている子がいた。
「ハイ!…次、私やってもいい?」
可愛らしい声と表情で許可を求めてくる。
「ええ、どうぞ」
思わず笑顔になりながら、答えた。
「えへへ、有難う。えっとね、私の名前はね、天宮 萌紅。二人とは、幼馴染みなの。戦い方は、術式。幻術みたいなものとかのやつだよ。これから宜しくね~」
あまりの可愛らしさに癒される。
「此方こそ、宜しくね!」
私が答え終わると、舞が私を見て言い放つ。
「さぁ、残るは貴女だけ。私達に貴女の名前を教えて下さるかしら?」
目を細め、大人っぽく美しい笑みで問いかけてくる。
私も、満面の笑顔になり、
「勿論!…私は如月 紅葉です!武器は刀です。田舎者ですが、これから宜しく御願いします!」
元気良く答えた。
しかし、舞は何故か可笑しそうに声を出して笑っていた。
「フフッ、田舎者ってわざわざ言う必要あるの?……面白すぎ」
上機嫌だった為に言わなくてもいいことまで口走ってしまったようだ。
「……恥ずかしいので、無かった事にして下さい///」
真っ赤になりながら、舞から顔をそらした。
「…それは良いけどさぁ、やっぱり敬語のままなの?」
予想外の少しだけ不機嫌な声音で返され、言葉が詰まる。
「え、あ、いやこれはただ、なんとなく……?」
思ったことを素直に口にした。
だって、明らかにお嬢様ばっかりだし……。
「ふぅん。じゃあ、やっぱり敬語禁止ね!……貴女とも仲良くなりたいからね」
早急の不機嫌さは何処へやら、打って変わり笑顔を浮かべている。
「嬉しいで……嬉しい!!私も皆と仲良くなりたい!!」
「じゃあ、決定だね!」
「…可決なり」
何も心配することなんて無かったのかもしれない。
案外なんとかなってしまうものだ。
今は逆に、これからの楽しいことを考えるので私の頭は、一杯だ。