第3話 ルームメイト
これから俺の住む事になる学生寮は、若人隊訓練生の為に用意された寮だ。
現在は、男子寮は5棟、女子寮は4棟存在している。
全国各地から人材を集めるため、なくてはならない設備の一つである。
7階建ての立派な寮らしい。
部屋は、1部屋につき4人グループになっている。
つまり、俺の部屋には俺以外の他に3人居ることになるが、そいつ等については何も知らされていない。
会ってみてからのお楽しみとでも言うのか……
「弱い奴等だったらどうすっかな~」
疑念を掻き消すように軽口を叩いてみた。
そうこうしているうちに目的の部屋の前に来ていた
『705号室』
しかし俺は、扉を開けるのを躊躇う。
何せ扉を跨いだ向こうの方から、とてつもない殺気が、今にも扉をぶち破りそうなほどに溢れ出していたから。
何かをしてくるとしか思えない。
「………」
数分だけ待機してみる。
だが、何もしてこない。
しかし、殺気は溢れ出したまま。
つまり……
「あ~めんどくせぇ。入って来いってことか……」
頭をガシガシと無造作に掻く。
少し暗めの茶色をしている自分の髪が乱れた。
一息付き青砥は覚悟を決め、扉を勢いよく開け放った。
その途端、夥しい数の鋭いクナイが一斉に『俺』目がけて飛んできた。
「あ~なるほど。そういうやつ…よっと」
俺は、軽々とそのクナイを全て避けきってみせた。
まぁ、避けきれるほどの単調な攻撃だったためだが…。
相手の戦意が喪失し、殺気が弱まっているのを確認し、もう一度扉の前に立つ。
すると、中からやけに呑気な声が聞こえてきた。
「お見事!あの数のクナイを軽々と全て避けきるか~。なるほど……。面白くなりそうだ」
呑気な声の男の言葉に反応したのは小柄で、声変わりもしていないような高い声。
そして、艶やかな長い黒髪を高い位置で結わえ、垂らしているまるで女の様な和装の男だった。
「……何も、何も、面白くなどないッ!!ワシは不満じゃ!!」
一人称は『ワシ』のようだ。
見た目に合っているような、合っていないような……。
俺の思考を他所に話は続けられる。
「おっと、何かな?不満なのは、渾身の一撃が全て楽勝に、当然のように避けきられた事に対してなのかな?」
なかなか厳しい言い方をする奴だ。
感心していると、また違う男の声が聞こえた。
「それは、単純にお前の力が無いだけだろうが。調子に乗ってんじゃねーぞ、ちびっこ」
口が良いとは言えないが、シンプルに正論の結論をはっきりと述べる男。
さっぱりとした短い青みがかった暗い色の髪に、凛々しい目。
しかし、振る舞いなどは決して軽々しいものではない。
名家の者だろうか……?
「ぐっ……。そ、そんな口がきけるのも今のうちだけだぞ!ワシは強くなり、御主など眼中にも無いとばかりに扱ってくれようぞ!」
時代劇のような台詞を、身振り手振りを加えながら大声で叫ぶ。
「ハイハイ、うっせぇーなー。なぁ、お前もそう思うだろ?其処の優秀な御方よー」
言葉を掛ける相手が変わる。
「嗚呼、そうだった!ごっめーん、忘れてた。さぁ、早く中に入ってよ。自己紹介をしよう!もう、攻撃はしないからさ」
嗚呼、俺の事か…。
優秀な御方ね…。
コイツ、なかなか見る目あるな。
それにしても、攻撃しないって言われてもなぁ……。
「ほーら、やっぱきた」
『 ガキィン 』
固い金属同士のぶつかり合う音。
「へぇ、これに反応出来るんだ…。成る程ね」
そいつはそう言うと力を緩め、右手で持っている西洋剣を鞘に納めた。
それを見計らい、俺も咄嗟に出した自身の刀を鞘に納める。
「いやーこれ程とはね。関心したよ。お見事だ。素直に称賛するよ」
上から目線な態度が気にさわる。
「……そりゃどーも」
「……ごめんってば。怒らないでよ。本当に素直に凄いと思っただけだよ。僕等は、この部屋の住人。つまり、君のルームメイトさ。これから宜しく。僕は、霞」
「俺は、慶人だ。宜しく頼むぜ!」
霞に続いて青髪の男が言う。
「ワ、ワシは、雪史朗であるぞ!宜しく頼むのである」
辿々しく和装の男が言う。
「自己紹介、ご丁寧にどうも。…俺は青砥だ。宜しく」
俺も典型的な自己紹介を、素っ気なく返し、俺は早速浮かんでいた疑問を口にする。
「で?何故お前等は、来たばかりの俺に攻撃を仕掛けた?」
話掛けた相手は、もちろん手応えのある攻撃してきた、霞と名乗った男だ。
改めてそいつを正面から見る。
色素の薄い栗色の髪。
流した前髪。
何もかも見透かされるような鋭い眼光の光る目。
爽やかな美青年とでもいうような容姿だ。
霞はまたおどけたように、軽い口調でヘラッと答える。
「又々~。理由なんて言う必要ある?そんなこと言ってるけど、君……青砥さ、分かってるでしょ?」
嗚呼、その通りだ。
分かっている。
幾つかは一応予想はしてはいるが、その中のある一つだと確信までしている程だ。
最早、それしかないと思っているくらいだ。
結局どうせ……
「どうせ、俺の力を計る…とかそういうやつだろ?」
確信していた予想を口にする。
「正解~。ほらね、説明しなくてもいいじゃないか。止めてよ~。二度手間にさせようとするの。まぁ、こんな簡単なこと位分かるよね~」
飄々と悪びれる様子も無く、正解を口にする。
やっぱりそうだったか…。
「だな。何処かのチビ史朗以外はな」
「チビ史朗とは何だ!貴様!!ワシの名前は、雪史朗だ!!」
「あーうっせぇーな。分かってるよ。言われなくても。喚くな。響く。…頭が痛ぇ…」
慶人と雪史朗が口喧嘩を始めたのをただ、横目に見ながら、
「おい、あいつ等にも攻撃したのか?早急みたいな斬撃…」
更に質問を放ってみる。
「嗚呼、もちろん。君にだけ攻撃するなんて意地悪なことはしないよ。これから一緒に、この部屋で生活していくルームメイトが、どのくらいの強さなのか気になるじゃないか」
「マジかよ…。あの斬撃を、あの二人にやるとか…。お前位なら、反応出来ないこととか、一目見た時点で分かるだろ?それでもやるとか……お前性格悪いな。鬼かよ」
素直に思っていた感想を口にする。
「えー酷いなぁ。性格悪いだなんて。心外だよ。……でも、君だって僕の立場だったらやったんじゃないの?」
からかう様に嘲笑しながら俺に向かって言ってくる。
その態度がいちいち気に障る。
しかし、答えは既に自分の中にあるため、答えてやる。
「……やってるな」
当たり前だ。
弱い奴等となんて、真っ平御免だ。
「ほーら、同類じゃないか。まぁ、でも君のことはちゃんと認めてるよ?僕の斬撃に対応出来たの君だけだし」
上から目線な態度に嫌悪感を感じ、一瞬顔をしかめるが、直ぐに意味ありげに含み笑いををした。
「へぇー。なるほど。…じゃあ、反応出来なかったあいつ等は、そんだけ弱いってことか」
『ああ!?』
慶人と雪史朗の苛立ちに満ちた声と、振り向くタイミングが見事に重なる。
それを見て、笑いながら霞が仲裁に入る。
「まぁまぁ、皆落ち着いて。…仲良くやっていこうぜ、青砥」
「…ああ」
短くそう返す。
余計な言葉は不要だ。
無意識の内に、ルームメイトを見渡していた。
それぞれ皆、性格も何もかもが違う奴等の集まりなのにも関わらず、何となくコイツ等とは、上手くやっていける気がしていた。
そして、賑やかであろうこれからの日常に思いを馳せた。
楽しく、賑やかな………いや、賑やかすぎるほどの日常が始まっていく予感がする。