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人影

僕がする最大の譲歩。今は8時すぎ、こんな厚い雲が1時間半でなくなるのかと心配になるけれども、賭けてみるしかない。清羅が帰ってしまったら意味がないのだから。一旦は立ち上がった清羅も怒りが収まったのか再び、草むらへと座る。今度は僕の隣だ。大の字で寝転がっている僕は横手でちらっと盗み見る。胡坐はかいてない。よし、と思わず心の中でガッツポーズ。清羅が本当に怒っていると動きが男顔負けのがさつさになる。胡坐をかいていたら当分は近づかない方がいい。小4のころ試しにと思い切ってこの胡坐をかきながら本気で怒っていた清羅に近づいてみたら顔面を殴られた。しかも張り手なんて言う女子にありがちな生易しいものではなく、思い切りグーパンだった。おかげで僕にとっては胡坐をかいている清羅は軽いトラウマだ。けれども今清羅の座り方は両足を一緒にしてくの字にしている、ちゃんと女の子座りだ。ちょっとホッとする。ちなみに別に清羅のスカートの中を見たいから横目で見たわけじゃない。あくまで清羅が怒ってないかどうかを確かめるためだ。

「ねぇ、今私のスカートの中見ようとした?」

あ、バレた。一気に動悸がしてくる。

「そんなことないさ」

「嘘だ、それは見たって顔してる」

「証拠はあるのさ?」

「あんたが嘘つくとき、左の小指が動く」

「……すいませんでした」

とりあえず誠心誠意をもって謝った。あくまでスカートの中を見たわけじゃないが、ここで反論すると言葉でかみつかれそうだったからだ。僕はぽつぽつと今日起こった出来事に話題を変えた。すると清羅の方も話に乗ってきた。

 今日の女バスの朝練について、今日の授業について、禿げた先生のおでこが日差しを反射してまぶしかった話、今日購買で珍しく栗羊羹を買えた話。

幼馴染だからこんなとりとめのないことを永遠と話す。昔から変わらず、飽きもしなかった。話が途切れることもあるけれど、別にその沈黙が苦になることもない。星をみるために来たこの丘でさえこの習慣は変わらなかった。

「そういえばさ、この丘ってそんなに有名なの? 周りに人誰もいなくない?」

「僕も来たときソレ思った」

「本当にこの場所であってるんだよね?」

「そのはずだよ。バスで来るとき清羅と雑誌で確認したじゃないか」

「それもそうなんだけどさ……けど雑誌はもっと賑やかな場所のように書いてなかった?」

清羅がもっともな疑問を口にする。改めて周りを見渡してみたが僕たち2人以外には人影は見当たらない。空を見上げてもまだ曇りで星明りもないものだから、かろうじて見えるのは木々の影と丘の下に見える町明かりくらいだった。

「住所は間違いなくここだよ。スマホでさっき確認してみたけど雑誌に書かれてた場所とぴたりと一致してた。たまたま今日人気がないだけじゃない?」

「そうなのかな……まさかとおもうけど流星群が見られる日が今日じゃないとか?」

「まさか。自分の目で確認してみるかい?」

そう僕は言って、通学バッグから、この丘の情報が載っている雑誌を取り出した。スマホのライト機能をオンにする。真っ暗なこの丘ににわかに場違いなほどまぶしい明りが現れた。

「うわ、暗いのに慣れてたからすごく眩しい」

「僕も……すぐ慣れるとは思うけど」

1分ほど待つと、あかりにも徐々に慣れてきた。明かりを頼りに雑誌を繰って付箋が張られているページに行きつく。

「ほら」

「どれどれ」

清羅の顔が僕の顔に近づく。うわ、近いよ。という声は喉の奥まで出かかったが慌てて押し殺した。動揺していることを悟られると即清羅のからかいの対象になる。

「卓也」

「な、なんだい?」

「顔赤くなってる」

「絶対嘘だ! こんな暗いのに見えるはずがない!」

「ということは赤くなってるのはほんとなんだね」

清羅の目が雑誌ではなく、僕の方に向く気配がした。口元は暗くてよく見えないが経験から察するに擬音語が「ニィィィィ」と聞こえそうなほど口の端を釣り上げているに違いない。

「叩いてもいいかい? いいよね?」

「ワタシ、オンナノコダヨ?」

「そんなぎこちないしゃべり方する奴を女の子とは呼ばない! 僕がからかうときは容赦なく殴られるのに、理不尽だ……」

「男に生まれたことを後悔すればいいのよ」

不覚、いまさらながら気恥ずかしくなってきた。

「それで、日付はあってるのよね?」

「そう。10月の9日。つまり今日。日付はばっちり合ってる」

「細かいところは見てなかったんだけど、流星群の名前とかはあるの?」

「そりゃもちろんあるさ。ジャコビニ流星群。13年おきにみれる流星群。ジャコビニっていうのは“竜”」っていう意味で、この丘ならではの伝承も残ってる。それが面白そうだったから見に来たんだよ」

「この丘だけの伝承?」

「そう。通称“昇り星の伝説”」

「昇り星? 星が落ちるんじゃなくて?」

「そうっス! 俺も見たことあるんスよ!」


「「……え?」」

今聞きなれない声がしなかったか? 「え?」と発音したのは僕と清羅だが、僕も清羅も一人称は「俺」ではない。さっき確認したときは人影も何もなかったのに。

僕と清羅が恐る恐る振り返ってみると、僕たちの後ろには浴衣を着た若い男が人懐っこそうな笑みを浮かべて立っていた。


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