くもり空
ガサツな幼馴染……
「さっき言いかけたことなんだけどさ、私たち寝たままぼうっと夜空見てるけど、星、なんも見えないじゃん。」
清羅は“星”という部分を強調した。女バスの練習が終わったタイミングを見計らって多少強引に説き伏せて、清羅をここまで連れてきた。誘った時は練習の後だからか、疲れていて早く家に帰りたがっていたけれど、僕が「都会じゃ絶対見れないような、満天の星空が見えるから」と口説き落としたことでようやくついてくる気になったようだ。学校を出るときは渋々といった様子だったが、目的地であるこの丘に近づくにつれて目の輝きが増していったのは話さない方がいいかもしれない。そんなことを指摘したら後が怖い。
「そりゃぁ、こんな分厚い雲に覆われてたら見えないのは当たり前だね」
我ながらかなり適当な返事をしたものだ。見ればわかるようなことしか言ってないと自覚している。親しき仲にも礼儀ありというが、いくらなんでも少し失礼だったかもしれない。そう思った矢先、すかさず清羅に咎められる。
「叩いていい?」
「清羅の場合、“叩く”っていうより“叩き潰す”だからダメ」
「それを回避するために何か言うことは?」
「適当な返事こいてスミマセン」
「ならばよし。とでもいうと思った? アンタが目をキラキラ輝かせてあたしに期待させたものはどこにあるの?」
「うーんと、あっ倫政の授業でやってた「イデア」だ!」
我ながら完璧な答えだ。自分の中にある美しいという概念、イデア。
「そういう返答を期待してるんじゃないの! アタシは、今夜流星群が見えるからとびきりいいところで眺めようってわざわざ言ってきたあんたが、天気予報とかこの丘への行き方とかをなんも下調べもせずに来たことに怒ってんの!」
僕の視界からは清羅の今の顔をうかがうことはできない。僕たちは原っぱの上に大の字になって寝転がっていた。上から見れば大の字が2つ、頭と頭はくっついているから起き上がらない限り互いの顔を見ることはできない。それに今は月明かりがなく、手元が見えるか見えないか怪しいくらいに暗い。例え顔を清羅のほうに向けても表情をうかがうことはできないだろう。それでも清羅の今の気分は口調からなんとなくわかる。伊達に長く一緒にいたわけではない。さっき殴られたときは照れが10割だった。今は本当に怒ってる分が3割、いつも適当な僕の言葉を信じて自分も何もせずについてきてしまったという自分へのアホさ加減が3割、残りは何もせずずっと雲を見ているのは飽きたから話し相手が欲しいという暇つぶしといったところか。ちなみに周りには誰もいないので声を大きくしたところで誰にも迷惑は掛からない。この場所の情報源である雑誌にはおすすめスポットとして書かれているのに、見晴らしの良いこの場所に僕たち二人しかいないのは少し疑問に残るが気にしないでおこう。
「そう怒らないでくれよ。どうせ帰ってもクカーって寝るだけだっただろ? いいじゃんたまには、星空観察会。」
「なんかその名前、小学生の遠足みたい」
語感がよかったのか、清羅がクスッと笑う気配がした。
「小学校の時はプラネタリウムだったけど、今回は生の星空だよ。最高じゃないか」
「まだ見えないけどね」
「そりゃまぁ、確かに星空は見えないさ。けども今でも見える星だってある」
「え、どこどこ?」
清羅の機嫌をもうすこしよくするためにもここはヨイショしておこう。
「そりゃ、清羅、君だよ」
「…………」
あれ?
「…………」
「……あの、清羅さん? 黙ってしまうと僕の方が居たたまれなくなるのだけれど」
「恥ずかしさで思い詰めて死んでしまえ」
「ひどい」
「あんたがそんなことを平気で言えるわけないじゃん。お世辞だってことが丸わかり。だからよけいにムカつく。だから恥ずかしくなってればいいのに」
どうやら沈黙は清羅の仕返しだったようだ。清羅、君の攻撃は的確だったよ。言ったはいいが、僕は恥ずかしくて死んでしまいそうだ。そうして再び丘に沈黙が降りる。暗闇の中、丘にいるのは大の字に寝そべっている僕たち二人だけだった。