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終わりの鐘が鳴る前に  作者: 神崎葵
8/12

聖夜の日常

モトから教えられた事実に困惑し時間だけが過ぎ、とうとうクリスマスパーティー当日になってしまう。

残された時間も少ない中で、長谷部涼平が取る選択とは…。

 翌日も学校を休んだ。

 夕方まで降っていた雨も、気付いたら止んでいた。

 すっかり暗くなった街に、俺は家を抜け出して歩いていた。

 クリスマスムード一色の駅前に、俺は行き場を失くして目的もなく足を前に進めた。

 戸松と日高から連絡があったが、返事をする気力もなく無視をした。

 鈴ノ音町の商店街は、活気があって人も多い。

 それはカフェなど若者受けする店が多い事と、大型スーパーに負けない質の野菜や魚、肉を揃えた店が並んでいる事だと、以前母が言っていた。

 そういう、俺の母親も海沿いのショッピングモールではなく、ここで買い物している。

 もう8時も近いというのに、学生服姿の人間も見かける。

 知り合いに会っても、言い訳すらしたくないくらい、俺は億劫になっていた。

「おい、不良少年」

 そう思っているのを見られているかのように、背後から声をかけられる。

 面倒な態度で振り返ると、そこには一番見られたく無い人物が立っていた。

 立っていたというより、何故か車に寄りかかっている。

「げ、沢城…先生」

「おいおい、その態度は失礼だろう」

 さっきは言い訳をしたくないと言ったけど、この人物だけは別だ。

 どうやって逃げるか、頭をフル回転させて考える。

「すいません、体調が良くなったので散歩していました」

「体調良さそうには見えないけどな」

「そうですか?」

 おかしい、現に俺は別に体調が悪いわけではない。

 心の中はグチャグチャだけど…。

「ああ、今にも世界が終わってしまいそうな表情をしているな」

「意外と的確ですね」

 この教師は、本当に全部知っているんじゃないかと思わされるような発言をする。

「君は何を悩んでいるんだ?」

 沢城の質問に、素直に答える気にもなれなかった。

 自分が何で悩んでいるのか、日高と話して少しは整理出来たけど、自分の中の踏ん切りはついていなかった。

 それは言葉で伝えるのには、今の精神状態では難しかった。

「菅野のことか?」

「ち、違います」

「まだ、彼女への想いでウジウジ悩んでいるのか?」

「違います!」

「じゃあ…」

「彼女が好きだと気付いてしまったからですよ…」

 言って後悔する。

 いずれバレるだろうが、沢城の前で菅野への気持ちを言ってしまった。

 すぐに、俺は腹をくくってしまう。

 こうなったら、この人間は飽きるまで弄り続けるだろう。

 だが、彼女はいつもと違った様子で、頭をかいて「また、相変わらず面倒な方向に悩んでいるのか…」と呟く。

「とりあえず、車に乗りたまえ」

 沢城が寄りかかっていた、車をぽんぽんと叩いて告げる。

 さっきから、車の存在には気付いていたが沢城の車だとは思わなかった。

「先生、車乗れたんですか?」

「まあな」

「いつも、電車通勤ですよね?」

 沢城は少し離れた町に住んでいる。

 そこから毎朝、電車で1時間ほどかけて通勤していると、以前に話していた事を思い出す。

「今日は雨だからな」

「うちって、車通勤は…」

 確か、うちは駐車場の広さの関係で車は来客のみだと、生徒会の仕事の時に見た事がある。

「今は細かい事は、抜きだ」

 そう言って、彼女は車の運転席に座ると、手で助手席に回るように促す。

 こういう状況で歯向かっても、得をしないと知っている。

 ほぼ無言で十五分ほど車で走ると、隣町の鶴野町を走っているのに気付く。

「どこまで行くんですか?」

「もう着くよ」

 海沿いを走る車は、ただ同じ風景を流して行く。

 二車線で広めの道だというのに、対向車も少なくなって建物も少なくなる。

 不安を他所に、車を流れるラジオのDJは陽気に話をしている。

「着いたよ」

 車がスピードを落としたところは、海添いの小さな公園だった。

 もちろん、街頭もないので真っ暗ではある。

 しかし、星や月の光が海に反射して、薄らとお互いの顔は認識出来る明るさはあった。

 公園と言っても数メートル四方の空間に、中心に海を眺められるベンチがあるだけだった。

 車を降りると沢城は先に公園で待つように言って、すぐどこかへ消えてしまう。

 相変わらずのマイペースに、何も言う間もなかった。

 潮騒が静寂に響く。

 以前、菅野と見た海と違って街の喧騒すら届かない。

 本当に波だけが、心地よく音を奏でている。

「長谷部」

 呼ばれて振り返ると、沢城が何かこちらに投げて来たので、すかさず両手で受け止める。

「熱っ!」

 ホットの缶コーヒーだった。

「飲みたまえ」

「いただきます」

 遠慮しても仕方がないので、ここはありがたく頂戴する事にする。

 時折吹いてくる海風が、体温を奪っていく。

「寒いですね」

「ここは、私のとっておきだからな」

「教え子をこんな薄暗い人気のない場所に連れてくるとか、教師として立場が危なくなりますよ」

「私が君に手を出すメリットがないだろう?」

 確かに、この人なら手を出しても、こんなに証拠が残りやすい場所を使わないだろうな、なんて納得してしまった。

「冗談が言えるくらいの元気はあるんだな」

「ははは」と、苦笑いで誤摩化す。

 少し溜め息をつくと、沢城はジャケットから煙草を出して火をつける。

「煙草、吸うんですね」

「ああ、知らないか…学校では吸えないからな」

 車にしろ煙草にしろ、こういう意外な一面にさっきから驚かされる。

 沢城が大人で、自分が子供だと思い知らされているようだった。

 別に煙草が吸いたいとか微塵も思わないが、こういう一面を見ると教師たちの私生活を俺は知っていた気になっていて、何も知らなかったのだと気付かされる。

「で、どうしたんだ?」

 沢城が吹き出した煙が、暗闇に白く舞っている。

「自分がこのまま前に進めば、大切な人が傷ついてしまうなら、先生ならどうしますか?」

 ふむ、と沢城は煙草をくわえながら、考え込む。

「君はそれでも前に進みたいのか?」

「どういうことですか?」

「君は、君の幸せとは何か考えことはあるか?」

「俺の幸せですか?」

 自分の幸せ…今、誰が生きることだけを考えていた。

 生きていれば、幸せになれる可能性はある。

 だけど、死んでしまえば幸せになる可能性はなくなる。

 だが、自分の幸せについて考えた事はなかった。

「君の幸せの中に菅野はいないのか?」

「そんなの…」

 いるに決まっている。

 だが、それを言葉にすることさえ、今は躊躇してしまう。

 沢城が呆れたように溜め息を零すと、いつの間にか出した2本目の煙草に火をつける。

「君は最初から、失う事だけを恐れているように見えるよ」

「失う事…」

 まるで、それは今まで自ら自分を否定していた真意を、指摘されたようだった。

「君は彼女を失う事を怖がっているんだ…だから、君は手に入れる事を怖がっている」

「そんなはず…」

 ないこともない…。

 菅野を好きな事を否定した。

 菅野が好きだと気付いても、傍にいたい気持ちを否定した。

 誰かに取られる事を恐れた。

 どうなりたいかを、考える事をやめた。

 好きと言われて嬉しかったが、すぐに返答出来なかった。

 そして今、俺は何で悩んでいるのか。

 自分が死ぬ事より、自分が死んで菅野と過ごせる時間を失ってしまう事に絶望した。

 そうだ、最初から俺は何も迷う事はなかったのだ。

「ここからは自分で考えたまえ」

 穏やかな波の音が、静寂にリズムをつける。

 結局、何も迷う必要はなかった。

 どちらも同じ事だったのだ。

「…はい」

 弱々しく、俺は頷いた。



 クリスマスパーティーと言っても、クリスマス当日にするわけではない。

 そんなことをすれば、日高と戸松は勿論のこと、恋人を持っている連中は二人っきりの時間を奪われると参加してもらえない。

 ただ日高たちは、クリスマスを俺を含めて3人で過ごしたいと言い出したときは、本気で説教した。

 クリスマス前日の十二月二十三日、俺は戸松の家の前にいた。

 会場は結局、戸松の家になった。

 これも俺の代わりに幹事をやった日高が、場所を考えるのが面倒になって戸松の家にしたらしい。

 俺は今日、菅野に返事をしようと思っている。

 昨晩、俺は彼女に一通のメールを送ってある。

「パーティーの後に話がある」

 彼女からも、「分かった」と一言だけ返信があった。

「リョウ、早く入りなよ」

 入り口で立ち尽くしていた俺を、戸松は一階の窓から顔を出して入るように促す。

 家の中に入ると、戸松以外にも日高と菅野が準備をしていた。

「準備を任せて、すまなかった」

「もう身体は大丈夫?」

 結局、俺はあれからほとんど学校に行かなかった。

 体調不良ということも無理はあったが、冬休み直前は本当に高熱が出て寝込んでしまった。

 仮病ではなく、本当に病気で倒れてしまうとは…。

 そのことを日高は知っていた。

 そのまま冬休みに入ってしまって、俺らは約半月ぶりにゆっくり話す。

「ボクは、浪々軒のラーメン全部のせで良いよ」

「お前は何か手伝ったのか?」

「どこかの誰かさんが風邪で倒れている間に、私はケーキとか食べ物、飲み物の準備をしたんだよ」

 戸松は冗談っぽく笑うが、真剣に申し訳なく思う。

 自分のせいで、色んな人間に迷惑がかかっている。

「そうだったのか…すまない」

「べ、別に良いけど…雪乃も手伝ってくれたし…」

「菅野も…ありがとう」

 俺の言葉に、菅野は少しぎこちなく笑う。

 彼女の顔を見ると、胸の奥が苦しくなった。

 それは罪悪感ではないことを、俺は知っていた。

「もう、身体は大丈夫なのか?」

「ああ、心配かけた」

 何度かあった連絡に、俺は返事が出来なかった。

 彼女は俺の元に近付いてくると、小声で会話をしてくる。

「亜希と会長も来てくれるらしい」

「もう隠さなくなったのか…」

「あれから毎日のように、亜希を揶揄ってるんだ」

 相変わらず容赦のない奴だと思う。

 平野も可哀想に…戸松に次いで、知られたら面倒な人間に知られてしまったようだ。

「他の生徒会のメンバーは?」

「なんだかんだで断られたよ」

 こういう会話が出来て、俺は嬉しくなった。

 そう、この時間が永遠に続けば良いのに。

 今年が終わらなければ良いのに。

 それをこの数日、何度も思った。

 俺は暗くならないように、別の話題に切り替えようとする。

 俺は周りを見回すと、一つの疑問を抱く。

「そういえば、悠木さんは?」

 いつも菅野と行動を共にする、そんな彼女の姿がない。

「遅れてくるって」

「そうか…」

 少しホッとする。

 彼女の告白から俺は彼女と、まともに会話していない。

 避けられて、今日は来ないのかと心配した。

 こんな形になってしまったのだ、これからも友達なんて都合の良い結末なんて来ないことを、俺はあの時から覚悟していた。

 それでも、俺は彼女に対してちゃんと向き合う事を選んだ。

「それで今日…」

「ああ、帰り送る時に話すよ」

 ぎこちない空気が二人を包む。

 俺は今日、決断をする。

 それを実感させられる。

「おーいリョウ、こっちの皿運んでくれないか?」

 キッチンからの呼び声に、俺は逃げるようにその場を去った。

 戸松が待ち構えていたキッチンには、手作りのオードブルが並んでいた。

「これ、お前が作ったのか?」

「ボクは凝り性だからね」

 確かに、どれも即席で作った物に見えない。

 幼なじみだからこそ、戸松が料理ができることに人一倍驚いている。

「日高の影響か?」

「な、それは…」

 図星らしい。

 彼氏の為に一生懸命手作りの料理を勉強する様は、同年代の恋する女子高生だと実感させられる。

 照れた戸松は、話を切り替えようとする。

「それで、プレゼントは用意して来たのかい?」

 このパーティーでプレゼント交換があるため、各自は何か一つ用意する事になっている。

「ああ、一応」

 本当はそれどころではなかったが、無難に置き型の時計を購入してあった。

「雪乃と交換出来ると良いね」

「はいはい」

 それこそ、両想いで何も弊害がなければ別で用意していただろう。

 俺が適当に戸松をあしらっているいると、玄関から足音が一つ聞こえてくる。

「お待たせ」

 少し息を切らして、平野がキッチンに入ってくる。

 手には大きな紙袋を一つ持っていて、中にはペットボトルは何本か入っている。

「飲み物ありがとう、冷蔵庫入れておいて」

 そのまま平野は、ペットボトルを冷蔵庫まで持って行こうとするので、俺が袋を引き取る。

 ズシッと重みがあり、これを平野一人でここまで持って来たとは思いにくかった。

「あれ、会長は?」

「今、外で電話しているよ」

「そうか」

 フェミニストの水樹が、この重い荷物を彼女に持たせるはずがなかった。

 平野は袋を渡すついでに、俺に小声で話しかけてくる。

「あれから順調?」

「何がだ?」

「この前のデートを途中で邪魔してしまったからね、ずっと気になっていたんだ」

 少し返事に困った。

 きっと彼女も、多少の事情は知っているのだろう。

 特にあの場にいたのだ。

 俺らはもう付き合う寸前だと、彼女は認識しているかもしれない。

「まあ、ご想像にお任せするよ」

「まあ、もう一人に探りを入れるだけだけど…」

 そう言って彼女は、悪戯する子供のように菅野の元へ行く。

「で、首尾はどうなんだ?」

 急に戸松が後ろから声をかけてくる。

 心臓が飛び出しそうだったが、戸松の表情が少し暗かったので怒る気にもなれなかった。

「ご想像にお任せします」

 俺はペットボトルを一本一本、丁寧に冷蔵庫に入れて行く。

「…リョウ、何か考えている?」

「ど、どうして?」

「今のリョウは、何か思い詰めたような顔しているから」

「別に普通じゃないか?」

 やはり日高だけではなく、戸松も付き合いので俺の異変に気付く。

 でも、それを今悟らせるわけにはいかない。

「だったら良いんだけど…」

 俺は無意識で視線を逸らす。

「リョ…」

「涼平、早く運んでくれよ」

 俺らの会話を打ち切るように、隣のリビングから日高の声が聞こえる。

「す、すまん」

 わざとらしく俺はそう言って、逃げるようにその場を去った。


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