大好きなキミを待ちながら
小室 舞は待ち合わせの場所にやってくると、あたりを見回した。ひろきの姿はなかった。スマホを取り出し時間を確認する。約束の時間の15分前。比較的人の少ない花壇の前にポジションをとると、景色を眺めた。
この場所は待ち合わせの定番で、数多くの男女が相方の登場を待ちわびていた。まるで、片方の靴だけが並んだ靴屋の店先のよう。もし、赤い糸が見えたのならば、ここはどんなふうに見えるのだろう。舞は地面を這い絡まり合う糸で編み上げられた赤いじゅうたんを想像した。
クリスマス前の最後の土曜日。気温は低かったが、そこは柔らかな冬の日が当たりぽかぽかと暖かかった。舞はうとうととしてきた。街の雑踏に混ざり、どこからか流れてくるジングルベルが小さく聞こえる。
すぐそばに居たおんなの子の元へ彼氏が現れ、いった。「待った?」
「ううん」おんなの子はとびっきりの笑顔で答えると、彼氏の腕に抱きつき、そのまま寄り添うように去っていった。そのようすを見て、舞はひろきと出会った時のことを思い返していた。
二年前の春、舞は友人の黒須えりに美術展に行こうと誘われた。フランス印象派の展覧会。
「チケットが手に入ったんだ。一緒に行かない?」電話の向こうで、えりはいった。
待ち合わせに指定されたカフェに入ると、四人掛けのテーブルにえりはいた。対面には知らない男性。ふたりは楽しそうに会話していた。
『やられた』舞は心の中で舌打ちした。『あいつ、新しい彼氏をお披露目するつもりだ』
ふたりのテーブルに近づくと、舞は片手をあげ、えりに声をかけた。「はーい」
「オッス」えりも片手をあげて挨拶を返した。
「こんにちは」男性が舞に会釈をした。
その笑顔を見て、舞は胸がきゅんとするのを感じた。えりに対して仄かな嫉妬の炎が生まれるのを感じ、それと同時にやるせなさを感じた。
「こちら若山 浩貴くん」えりが紹介する。「彼女がマイ、小室 舞」
「若山です。はじめまして、よろしく」
「小室です。よろしく」舞は、えりの隣りに座った。
「ちょっと待っててね。もうすぐノブも来るから」えりはいった。
『え?』その言葉に舞は意表を突かれた。えりのいうノブとは、川野 伸幸のことで、えりの彼氏だ。『ということは……』
舞は向かいに座る若山の顔を見つめた。胸の高まりを感じる。
「あ、きたきた」店内に入ってきた川野に、えりは立ち上がって手を振った。
美術館での若山は言葉少なかったが、常に舞のそばに立ち、舞の言葉に耳を傾け笑顔でうなづいていた。その絶妙なエスコートに、舞は惹きつけられていた。すっかりと虜になってしまっていた。
待ち合わせの場所では、ひとりが迎えに来た王子様に連れ去られると、その空いた席に新たな待ち人が着いて、顔ぶれは次々と入れ替わっていった。
目の前の大通りを、きれいなモデルの写真を側面に飾り付けた、化粧品の広告トラックがCMのメロディーを流しながら、ゆっくりと通り過ぎていった。舞はバッグから小さな手かがみを取り出すと、自分のメイクをチェックし、抜かりない出来栄えに満足した。
舞は、ひろきと会うたびに、自分のメイクを少しずつ変化させていた。眉のかたち、チークの濃さ、ルージュの色と艶。そうして、ひろきの反応をさぐり、彼の好みをつかもうとしていた。ひろきは、あからさまに表情に出すことはなかったが、それでも、なんとなく舞にはひろきの好みが分かってきた。そうして完成したのが今日のメイクだ。舞は絶対の自信をもっていた。
ふとした時に気がついたのだが、ひろきもまた舞の好みをつかもうをしているようだ。デートを繰り返すごとに、彼の服装は舞の好みに近づいていった。彼の格好を見たときに表情に出してしまっていたのか、あるいは、なにげなく「今日の服、かっこいいね」と口に出していたのか、それは舞には分からなかった。だが、近頃のひろきのファッションは舞の理想そのもので、舞は会うたびに心がときめいていた。
ぴゅうっと風が吹き、舞はぶるっと身を震わせた。スマホを取り出して見る。約束の時間の5分前になっていた。メールも届いてはいない。
ミニスカートのサンタのコスプレをしたおんなの子が、プラカードを肩に担いで、通り過ぎていった。その姿に、舞は去年のクリスマスを思い出していた。
去年のクリスマスイブ、舞はドレスアップして出かける準備をしていた。
そのとき、電話が鳴った、ひろきからだった。
「もしもし」舞が電話に出ると、ひろきがいった。
「ごめん。今日ダメになった」
「え?」舞は驚いていった。「なんで」
「急に仕事が入った。本当にごめん」
「なんで!? レストランも予約してあるんでしょ? 仕事断れないの?」
「突然入っちゃったんだ。おれも後日に回せないかと努力してみたんだけど、ダメだった」
「ひどいよ、楽しみにしてたのに」
珍しく口調を荒げてひろきは、いった。
「わがままいうなよ。おれだって楽しみにしてたんだ。だけど仕方ないだろ」
「ばか。ひろきのばかあ」
「……とにかく、そういうことだから。またあとで連絡する」
そういうと、ひろきは電話を切ってしまった。
舞はベッドの上にうつ伏せになり、泣き続けた。わがままだということは、自分でも分かっていた。でも、割り切れない気持ちが悲しかった。そして、ひろきを困らせてしまった自分が情けなかった。
しばらく泣いたあと、舞は着替えると、目の腫れぼったさを感じながら『どうしようかなあ』と考えていた。そのとき、スマホがメールの着信を知らせた。ひろきからだった。
『さっきはゴメン。
今日は楽しみにしてたのに本当にすまない。
埋め合わせは必ず倍にして返すから。
だいすきだよ』
「わたしも大好きだよ」舞はそうつぶやくと、スマホをぎゅっと抱きしめた。
交差点の向こうのビルでオーロラビジョンが時報を知らせた。舞はスマホで時間とメールを確認した。そのとき、ひろきの姿が目に入った。いつもと同じ、素敵な笑顔で手を振りながら駆けてくる。舞も胸の前で小さく手を振って応えた。
「待った?」ひろきはいった。
「ううん、今きたとこ」舞は答えると、ひろきの腕に抱きついて、いった。「さ、行こっ」
そして、心の中でささやいた。
『だいすきだよ、ひろき』




