プロローグ
場面を想像しながら読んでもらえれば。
彼は誰が見ても幸せだった。
幼い頃から天才だと騒がれ、少し顔を出せば
人気で囲まれ、誰もが知る大学に飛び級で
入学した。
誰が見ても幸せだった。
しかし、彼はあまり己を語らなかった。
それは自分が本当は不幸せであることを
隠しているかのようにも思える。
自分を知られたら周りは嫌うんじゃないかという
己の弱さすらうかがえる。
彼は不幸だった。
幼い頃親を失った。その顔すら覚えてない。
聞いた話では父親は精子バンクに登録されていた男だが、
どこの誰か、顔すらもわからない。
そんなこと、彼が5歳のときに理解していた。
つまらない世の中だと、8歳のときに察した。
窓の奥のどこか遠い空を見る彼は少し寂しげだった。
周りは事務的な机が並ぶなか、一番奥の洒落た机に
両手をついてスティーブはその洒落た机と洒落た椅子に
座る女性の背中を睨んでいた。
「もう無理だと言っている。ここは個人の意見は
尊重されないのか?僕の意見はとうとう1年ほったからしだ。
いい加減にしてくれ。」
女性は背を向けたままだった。
「聞く気がないなら、もうここには来ない。」
女性は少し顔を向けて言った。
「それができるなら、もうそうしているんじゃないの?」
強い眼差しで彼に語りかけた。
白く染まった髪の毛に重い経験をうかがえる。
いかにも気が強そうな目は一瞬スティーブを怯ませる。
まるで全てを見透かしているようにも見えた。
スティーブはなおも語りかけた。
「俺は今まであなたにかなりの貢献をしたはずだ。
始まりはロス。初めての任務なのにいきなり
テロ組織の壊滅を命じられた。
専任の教え役はたった1人。
あんなジジイ何の役にもたたなかった。
だけどミシェル。僕は確かにそれを
こなして、幾千と任務をこなした。
そして確かにこの地位にある。
だがもう疲れた。僕は命をもうかけたくないんだ。
普通に生きていきたい。僕がずっと
望んでたことだったんだ。普通に生きたい。」
ミシェルというこの女性は未だにスティーブの
目を見つめていた。
「スティーブ。確かにあなたは今まで
よく貢献してくれたわ。いえ、貢献ではないわ。
わたしとあなたでいくつもの任務を遂行してきた。
あなたを初めて見たときあなたの腕なんて
わかったもの。
そしてあなたの経歴からあなたの言い分も
充分理解したわ。
ただ現場で動くエージェントがそれを
やめるのは簡単ではない。
辞職届をだしてもすべての審査とテストに
合格しないとやめられないのよ。
それに13ヶ月かかるの。」
スティーブは驚いた表情をして、彼女を
見つめた。
彼女の言ってることはつまり、今日で
自分とはお別れ、ということだからだ。
安堵の表情を浮かべてスティーブは
ならば、と言った。しかしミシェルは
あと1カ月あるわね、と続けた。
スティーブは眉間にしわを寄せた。
「スティーブ、これが最後。」
ミシェルはそういうと洒落た机の上に
丁寧に何重もの書類を置いた。
スティーブはそれを、手に取らなかった。
「ミシェル…。どこまで僕を使うつもりだ…?」
「使ってなどいないわ。これはかなり
楽な任務だし、気分転換にもなるかも。
でも、気は抜かないのよ。それでは、幸運を。」
それだけ言って彼女はまた背を向け、
立ち上がり、スティーブを通り越して
どこかへ向かった。
スティーブはただただ立ち尽くして
その書類をみていた。
「日本…。」
その書類の本拠予定地、という項目には
日本、とだけかかれていた。
スティーブはその書類を手に取り、その部屋を去った。
…
「ミシェル。もう彼の辞職手続きは
終わっているんだろう?」
「えぇ。」
「ならばなぜ?」
「言ったじゃない。気分転換よ。」
ある男はミシェルに疑問をいだいていた。
「彼は少し自分を追い込みすぎているのよ。
本当にやめたとき自分でもそれが分かるはず。
だからクールダウンといったところかしら。
一気にやめるのではなく、少しずつやめれば
いいと思ったの。そして、これが最後。
日本で彼と出会えれば。」
その後に、彼は天才だから。と続けた。
蝉が鳴いていた。それはまるで
アスファルトの水平線から上がっている
熱気と共に聞こえてくるようだった。
そこには人気はなかった。
ここは日本。平和と経済発展の国。
スティーブは日本へ飛び立った。
この作品は僕が日常生活の中で
考えながら作った。
何をしてるときもだいたいこの話を
考えていた。
そんなうちに本当にこの登場人物は
実在するような気がして
小説をかく面白さで想像は膨らんだ。
スパイになりたいと中学生のころから
馬鹿みたいにいっていた。
僕はこの文字の中にスパイを作ることが
できた。
人造人間だ。僕ら文学家は
何百年も科学者ができない人間づくりを
簡単にできる。
うん、面白いなぁ。