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ホルニッセ

「オッペル軍曹の骨、集めてあげましょうよ。」

火が消えたティーゲルの残骸を前にして僕とペットゲン、そしてイーヴォが長い間無言で立ち尽くしていたがイーヴォがようやくポツリとそう口を開いた。

「鉄の棺桶の中で火葬付きで死ねたんスから……戦車兵としては幸せっスよね。」

ペットゲンはそう一人言のように答えると砲塔部が吹き飛んだティーゲルの車体の中に入っていきそれにイーヴォが続いた。オッペルの身体はティーゲルの中で炎に焼き尽くされ骨だけとなっていたのだ。僕は立ち尽くしたまま二人の背中を見つめつつ自責の念にかられていた。僕が敵無線の傍受の為ティーゲルの中にいるようにとオッペルに命じた為に彼は骨となってしまったのだ。僕が彼を殺してしまった、そう思うと僕は居ても立っても居られなかった。そして僕は自分が何をしたら良いのか分からずただ心の中で何度もオッペルに謝罪を繰り返した。

「マイヤー少尉殿、第七装甲師団本隊が到着しました。」

不意にそう背後から伝令兵に声を掛けられて僕はようやくふと我に返った。このままではいけない、戦友の死は辛いが僕には生き残った者を束ねてこのガバナー盆地を死守するという義務があるのだ。本隊と力を合わせてそれをやり遂げねばならない、そう思うと僕は両方の頬をピシャッと両掌で叩いて声を掛けられた方向を向いた。すると先ほど敵地上攻撃機を追い払ってくれた対空戦車二台を先頭に何台かの友軍の車輌が縦二列になりもう目の前に迫ってきていた。

「よし、シラー少将も来られているだろう。戦況を説明しよう。」

僕がそう伝令兵に言ってその第七装甲師団の隊列に近づこうとした時だった。対空戦車のすぐ後方を走っていた四型戦車の上部ハッチから懐かしい顔が見えた。

「お〜い! フランツ、貴様まだ生きていたのか!? しぶとい奴だな! 」

それは上官であるバウアー大尉だった。懐かしいといってもここ何日か離れていただけなのだが物凄く久しぶりに会う気がした。僕は大尉の顔を見ると何故か泣きそうになったがぐっと堪えて敬礼をしつつ笑顔を作って歩み寄っていった。

「バウアー大尉、お元気そうで何よりです! 私も何とか生きております! 」

僕がそう叫ぶと大尉は四型戦車を降りて僕の方に歩いてきた。そして僕ら二人はがっしりと握手をした。まるでお互いの生命のあることを確認しあうかのように。

「激しい空襲だったようだな。」

大尉は握手した後周囲を見渡しながらそう言った。

「はい、手酷くやられました。まともに動くのは自走砲が二台だけです。ティーゲルも先ほどの空襲で一台が大破し残りの二台も修理が必要です。」

僕がそう答えると大尉は表情を一瞬曇らせたがまたすぐ何時もの明朗快活さを取り戻し言葉を続けた。

「そうか、ではすぐに修理可能なティーゲルは整備中隊に引き渡そう。あと負傷者もかなりいるのだろう? トラックを用意するから後送させよう。残った戦力で何とかここを維持せねばならん。」

「分かりました。」

その後戦闘継続が不可能と診断された大勢の負傷者が集められトラックに乗せられて前線を去っていった。友軍の兵士の遺体は全て埋葬し皆で簡単な墓を作った。塹壕の中で破壊された自走砲は引っ張り出され遮蔽物として利用し空になった塹壕に新たに到着した第七装甲師団本隊の戦車や自走砲が配備された。二台のティーゲルもこの場での修理は無理だという結論が下されて後方の整備工場に牽引されることになった。ティーゲルは重いので一台のティーゲルを牽引するのにハーフトラックが三台必要なのだ。こうして着々と陣地の整備は進み特にやることが無くなった僕は整備中隊がティーゲルにワイヤーを掛けて牽引の用意をしているのをまた突っ立ってぼんやりと眺めていた。

「フランツ、ほら。」

僕と同じですこし手持ち無沙汰になったのであろうバウアー大尉が僕に声を掛けてきた。手には煙草の入ったケースを持っている。僕はその中から煙草を一本を受け取ると大尉が火をつけてくれた。その後大尉も煙草を一本口に咥えると火をつけて白い煙を吐き出した。

「フランツ、大丈夫か? 」

大尉は僕の様子を見てどこか元気がないと感じたのだろう。そう優しく声を掛けてくれた。

「すみません、ハンスとオッペルが戦死してすこし参っていましたがもう大丈夫です。」

僕は自分にそう言い聞かすように言葉を発した後俯いていた顔を上げてしっかりと大尉の目を見た。大尉も僕の顔を真っ正面から厳しい表情で見つめ返していたが暫くすると急にニコリと笑って言った。

「辛いことは山ほどあるさ、戦場なんだからな。だが一ついい話がある。」

「何です? 」

僕がそう聞き返すと大尉はすこし声を小さくして言った。

「シラー少将から聞いたのだがな。ル・カメリカ国内では独裁者ビーリケの圧政に反対する労働者達のデモやストがしょっちゅう起こっているらしい。おまけにそれを今まで押さえつけていた軍の内部にもビーリケを中心とする体制に不満を持つ者が現れて国内は大混乱だそうだ。停戦しようという動きも活発になっているという話もある。おそらくこのままではル・カメリカは我が国との戦争どころではなくなる。」

ル・カメリカの政情が不安定だということは知ってはいたがそこまでひどくなっているとは僕は思いもしなかった。僕は呟く様に言った。

「ということは戦争が終わる……? 」

するとバウアー大尉は笑顔で頷いてこう言った。

「その可能性も高いということだ。もともとは独裁者のビーリケが我が国の領土を自分達のものだと言い出してちょっかいを出し始めたのがこの戦争のきっかけだ。ビーリケが失脚すれば我が国としてもそれは歓迎すべきことだからな。」

ハンスやオッペルが死んで落ち込んでいた僕の心に急に明るい光が差してきた気がした。今まではあまり考えないようにしていたがひょっとしたら生きて祖国マイルヤーナの土をまた踏めるかもしれない。

「だが浮かれるのはまだ早いぞ、フランツ。我々はル・カメリカを和平交渉のテーブルに引っ張り出すまでこのガバナー盆地を死守してアマクヤードを保持しなければならない。首都ズヤハイゲに次ぐ第二の都市アマクヤードを占領し続けることでその後の和平交渉をも優位に進めることが出来るのだしな。」

僕の気を引き締めるように大尉はそう言った。確かにまだ帰国することを考える状況ではない。今はこの盆地を守ることを考えなければならないのだ。僕は大尉に言った。

「大尉、そういえば私……戦車が無いのです。」

大尉は黙って僕の目を見ながら聞いていた。

「乗っていたティーゲルは大破してしまいましたしあとの二台も修理が必要です。第七装甲師団本隊の車輌で私が乗れる戦車は無いでしょうか? 」

僕がそう大尉に聞くと大尉はニヤリと笑って言った。

「やっとその台詞が出てきたか。」

僕は大尉の言葉の意味が分からず尋ねた。

「え? どういうことです? 」

すると大尉はニヤついたまま答えた。

「自分の乗っていたティーゲルは撃破されあとの二台も整備工場行きだ。俺はお前がどうするつもりなのか聞きたかったのだ。」

僕は暫く考えてから答えた。

「……正直あまり何も考えていませんでした。」

そう言うと大尉は吸っていた煙草を地面に投げつけて言った。

「部下の死でショックを受けたのは分かるがそれでやる気を無くしていたのなら俺はお前にパンツァーファウストを持たせて歩兵として戦闘に参加させるつもりだったのだ。そんな精神的に弱い戦車指揮官は俺の部下には不要だからな。だがお前はまだやる気はあるようだ。」

僕は何も答えられなかった。考えてみればバウアー大尉なんかは今まで僕以上に部下を失っているのだ。悲しいことも辛いことも僕以上にあっただろう。でも大尉はそんな素振りを見せたことがない。辛いのは僕だけではないのだ。僕は甘えていた自分を恥じた。

「フランツ、ついて来いよ。」

大尉はそう言うと僕に背を向けて歩き出した。僕は黙ってその後に続いた。


「こいつをお前に預ける。」

大尉はそう言って僕をとある車輌の前に連れてきた。

「これは……? 」

僕がその車輌を眺めながらそう言うと大尉は説明を始めてくれた。

「ホルニッセという自走砲だ。四型戦車の車体にティーゲルと同じ8.8cm砲を装備している。一昨日に戦闘で搭乗員が負傷してしまったのでちょうど乗る人間がいなかったのだ。どうだ? やってみるか? 」

僕は暫くその自走砲を眺めていた。以前マーダーⅡという自走砲には乗ったことがあるがそれをすこし大きくしたような感じだった。だが8.8cm砲の力強い存在感はマーダーⅡの7.5cm砲のそれとは比べものにならないぐらい大きかった。僕は頷きながら言った。

「はい、やってみます。」

その言葉を聞くと大尉は笑って言った。

「よし、では任せたぞ。ペットゲンとイーヴォを連れてこい。新しい運転手を紹介する。」

大尉はそう言うとその新しい運転手を呼びに何処かへ行ってしまった。大尉の後ろ姿を暫く見送った後僕もペットゲンとイーヴォを呼ぶ為に彼らのいるであろう破壊されたティーゲルのある場所へ歩き出した。

「ホルニッセか。あいつで何としても生き残ってここを死守してやる! 」

いつの間にか走りだしながら僕はそう大きな声で叫んでいた。

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