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大破

「かなり雪がこびりついてますね。今日はいつもよりひどいです。これを取るのは大変ですよ。」

ティーゲルの履帯と転輪の間をビッチリと埋め尽くすように凍りついた雪と氷の塊を見ながらイーヴォがそう言った。

「昨夜はほとんど雪は降ってなかったからここまでひどくなるとは思ってなかったな。」

僕が半ば呆れながらそう言うとペットゲンもうんざりしたように言った。

「また今日も朝から重労働っスね。取り敢えず始めるっスか。」

ペットゲンは僕にバールを、そしてイーヴォにはスコップを渡した。自分の手にはツルハシを握っている。僕らは各々の道具を振りまわしてティーゲルに付着した雪や氷を砕き始めた。この作業は夜の間に履帯と転輪の間に入りこんで凍結してしまった雪を取り除く為のものでほぼ毎朝の日課となっていたがティーゲルはこれをしていないと満足に動くことすら出来ない。我が軍最新の重戦車といえどもこういった細かいケアを怠ればその能力を引き出すことは出来ないのだ。多少面倒臭いと思いつつも自分達が生き残る為にはやらざるを得ない。僕は昨夜から疲れていてフラフラになりながらもバールを振りまわした。

「火炎放射器でも使えば楽勝なんじゃないスか? 」

ツルハシで氷を砕きながらペットゲンがぼやいた。

「そんなものここにないじゃないですか。」

イーヴォがすこしイラついた様子でそう答えたので僕も言葉を重ねた。

「愚痴を言っても始まらんぞ。さっさと終わらせちまおう。」

「オッペル軍曹は何してるんスか? 」

ペットゲンがちょっと不服そうに僕にそう聞いてきた。

「ティーゲルの中でル・カメリカの無線傍受をしている。あいつはル・カメリカ語が分かるからな。」

僕がそう答えるとペットゲンは口を尖らせて言った。

「上官の少尉がこうして雪掻きしてんのにオッペル軍曹は中でぬくぬくとしてていいんスかね? 」

「俺は好きでやってるからいいんだよ。さぁ、手を動かせ! 」

僕らはその後も汗だくになりながらティーゲルの足回りに絡み付いた雪と氷を剥ぎ取っていった。そして二十分も経つと三人は汗だくになり肩で息をしていた。

「だいぶ綺麗になってきたな。」

僕が手を休めてそう言うとペットゲンも作業を一時中断して僕の方を見てこう言った。

「ちょっと休憩しないっスか? 」

「あとすこしですよ。頑張りましょう。ほら、いつの間にか晴れて今日はいい天気ですよ。」

イーヴォがペットゲンをそう言って励ましているのを聞いて僕はふと空を見た。作業で夢中だったが今日は珍しく晴れて青い空が広がっている。気持ちの良い天気だと思ったがそれと同時に嫌な予感がした。晴れているということは敵の空からの攻撃があり得るのだ。

「北北東に編隊! 」

予感は当たった。歩兵の誰かがそう叫んだ時には大空に胡麻のような黒い粒が数個見て取れた。方角からしておそらく友軍機ではない。僕は大声で叫んだ。

「全員対空戦闘用意! 敵機だぞ! 」

僕がそう指示を出している間にも空の黒点はぐんぐん近づいてきた。やはりそれはル・カメリカの軍用機で我々からシュトゥルモビークと呼ばれている地上攻撃機であった。重装甲に覆われておりなかなか撃墜しにくいということで有名な機体でもある。そのような敵機に対してこちらは対歩兵戦用の小型機銃しかないのに対空戦闘などとても無理な話だ。僕はもう一度ティーゲルの方へ振り向くと叫んだ。

「オッペル! 空軍へ大至急報告しろ! 敵爆撃機編隊がガバナー盆地へ飛来、応援を寄こせと! 」

僕がそこまで言った時僕はイーヴォに背後からタックルをされてなぎ倒された。その直後爆発音とシュトゥルモビークのエンジン音が頭上で連続して響く。敵機による爆撃が始まったのだ!

「少尉! 伏せて! 動かないで! 」

イーヴォは僕を押し倒した後そう叫んだがイーヴォの身体の重みと爆風、それに恐怖で僕はとても動ける状態ではなかった。舞い上げられた黒土が嫌というほど空から降ってきて身体を打ちつける。僕は恐ろしくて冷たい地面を握り締める以外は何も出来なかった。

「うわぁ〜! 」

爆発音の合間に誰のものか分からない悲鳴がいくつも飛び交う。僕は恐怖で伏せたまま頭を上げることも出来なかった。

「早く何処かへ行っちまえ! 」

僕と重なり合って地面に伏せているイーヴォがそう叫んでいる。イーヴォは僕の上に覆い被さっているのだ。その分爆風や土砂を僕より多く喰らっている。その恐怖は僕以上で耐え難いものだろう。イーヴォの声は震えていた。だがその後暫く敵機のエンジン音と爆発音が途絶えることはなかった。

「また来るぞ! 」

爆発音の合間に誰かがそう叫ぶのが聞こえる。そしてその声の直後に敵機の機銃掃射が始まった。激しい機銃弾の発射音が聞こえたかと思うとその放たれた機銃弾がこれまた物凄い勢いで僕らの周囲に土煙を舞い上げた。

「ひぃっ! 」

イーヴォはそう悲鳴を上げていた。僕は悲鳴こそ上げなかったがそれは単に恐怖で声が出なかったに過ぎない。僕らは二人とも震えていた。

「ドォーン! 」

僕らのすぐ近くで大きな爆発が起こった。だが何が起こったのか確認しようにも爆風による圧力と恐怖の為僕は伏せていることしか出来なかった。僕は冷たい土の上に腹這いになって必死に亀のように身体をすくめていた。だがその時だった。

「ドドドド! 」

今まで聞いていたものとはすこし違う機銃の射撃音が遠くから聞こえてきた。その音はだんだん近くなってきてそれと同時に敵爆撃機のエンジン音の煩さがすこし小さくなった気がした。

「友軍だ! 友軍の増援が来たぞ! 」

誰かがそう叫ぶのが聞こえて僕は初めて頭を上げた。僕らの陣地の背後を見ると四型戦車の砲塔部を取り外しそこに四連装の2cm機関砲を装備した対空戦車が二台ほど目に入った。彼らが敵機に反撃してくれているのだ。

「やったぞ! 」

僕の背中の上でイーヴォが急に大声を上げた。何事かと空を見上げると敵の爆撃機が一機火を噴いて高度をぐんぐん下げている。その機体は地上に激突し爆発して飛散した。その光景を見ていた友軍の兵士が皆一斉に歓声を上げる。我々を一方的に痛めつけていた敵機が一機撃墜されたのだ。これほど痛快なことはなかった。その後も友軍の対空砲火は続き敵機は暫くすると逃げていった。

「た、助かった。」

イーヴォが大きく溜息をつきながら上体を起こしてそう言った。その声はいまだに震えていて余程恐ろしかったのだろう。僕も震えていたがイーヴォに続いて身体を起こすと衣服に着いた土を払いながら冷静を装って彼に声を掛けた。

「大丈夫か? 」

だが僕に声を掛けられたイーヴォは何の言葉も発せず大きく目を見開いて僕の背後を震える手で指している。その表情からしてイーヴォは僕の背後に何か恐怖を感じさせるものを見つけてしまったのだろう。僕は恐ろしかったがイーヴォが発見したものが何かを確認する為に振りかえった。

「あっ! 」

僕は思わず大きくそう叫んでいた。僕達の乗っていたティーゲルが大きな炎と煙を噴いているのだ。ティーゲルにはオッペルが乗っていて無線機を操作していた筈だ。僕はまだティーゲルに乗っている筈のオッペルを助け出さなければと思いティーゲルに近づこうとした。

「駄目ですよ! 爆発するかもしれません! 」

イーヴォがそう言って僕の左手を後ろからがっしりと掴んだ。

「離せ! オッペルが中にいる筈だ! 助けないと! 」

「もう手遅れですよ! 」

普段無口で声も小さいイーヴォが僕と出会ってから一番大きく強い言葉を発した。僕は振り返るとイーヴォを睨みつけてその手を振りほどいた。だが彼の目からは大粒の涙がこぼれている。その目はオッペルの運命を確信している目だった。そしてその直後に背後で大きな爆発が起こり僕ら二人は反射的にまた伏せた。どうやらティーゲルの弾薬に引火したのだろう。爆発がおさまり後ろを振り返るとティーゲルは砲塔部が吹き飛んだようで無くなっており車体部から更に強い炎と黒い煙を噴いている。その無惨な姿はオッペルがひょっとしたらまだ生きているのではないか? という僕の淡い期待を打ち砕くのに十分なものだった。僕とイーヴォは暫く呆然と燃え盛るティーゲルの姿を眺めていた。

「少尉、ティーゲルが……やられちまったっス。」

不意に背後からそう声を掛けられた。振り向くとペットゲンが泣きそうな顔をして突っ立っている。ペットゲンもまた僕と同じように無惨なティーゲルの姿からオッペルの死を現実のものとして受け止め悲しんでいるのだろう。僕もペットゲンと同じように落ち込んでいたがペットゲンの表情を見ているとこのままではいけないと思った。僕は士官なのだ。絶望的な状況でも皆を鼓舞しこれからどうやっていくかという部隊の方針を明示しなくてはならない。

「ペットゲン、よく生きていてくれた。怪我は無いか? 」

僕がそう言うとペットゲンは無言で頷いた。僕は気丈を装い言葉を続けた。

「損害状況を確認せねばならんな。」

僕はそう言いつつ周囲を見回したがあちこちで友軍の戦車が火を噴いていた。その後確認してみると稼働可能だった三台のティーゲルは一台が大破し残りの二台も敵の空襲でトラブルが発生していて修理が必要だった。自走砲も生き残ったのは二台だけで歩兵も全体の三割が戦死、もしくは負傷していた。

「この戦力ではこの陣地を維持するのは……難しいっスね。」

ペットゲンがポツリとそう言った。その目は虚ろになっている。絶望感がその場に生き残った全ての兵士の周囲に漂っていた。

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