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埋葬

目の前には十数人の友軍兵士の遺体が横たえられていた。彼らの衣服は一様に黒い土でまみれている。その土まみれで冷たくなった魂の抜け殻の周りに彼らを助けようと懸命に働いていた他の生き残りの兵士が取り巻いていた。茫然と立ち尽くしている者、泣いている者、無言で認識票を集めている者など彼らの表情は様々だった。その兵士達に混じって僕とペットゲンとイーヴォが一人の冷たくなった男の前に並んでいた。

「埋めて……あげましょうよ。」

僕の右横に立ち目の前の遺体を見下ろしていたイーヴォがポツリとそう言った。するとさらにイーヴォの右横でしゃがみこみ目を真っ赤に腫らしているペットゲンがしゃくり上げながら小さく頷いた。

「……そうだな。」

僕も取り敢えずそう生返事をしたが視線は目の前の遺体に注いだままでじっとして動かなかった。言い出しっぺのイーヴォですら動く気配はない。ペットゲンもしゃがんだままだ。結局三人は三人とも自分達のそのままの姿勢を保ち続けていただけだった。

「……眠っているみたいですね。」

またイーヴォがそう口を開いた。衛生兵の話ではハンスは地下壕の爆発が起きた時にその爆風で飛んできた何かの破片が心臓を貫いていて即死だっただろうとのことだった。楽に死ねたであろうと思えることだけが救いのように感じられる。それを証明するかのようにハンスの表情は土まみれなものの苦しげな様子は一切なくイーヴォが言ったように本当に眠っているように見えるのだ。だが彼の顔から下の軍服は土だけではなく大量の血によっても黒く染められていた。

「暫くこのまま寝かしておいたら目が覚める……なんてことはないスもんね。」

ペットゲンが震える声でそう言った。寝ているだけのようなハンスだが触れるとその肌は氷のように冷たい。ハンスとの別れを無意識のうちに避けていた僕だったがこのままでは野ざらしのハンスが可哀想だ。僕は意を決した。

「よし、埋めてやろう。」

僕はそう短く言うとハンスの遺体を塹壕からすこし離れたところに三人で運びそこで固い土を掘り返し始めた。するとティーゲルに残っていたオッペルも話を聞いて駆けつけてきて結局四人で暫く穴を掘ることになった。人一人が仰向けに横になれるぐらいの穴が出来ると僕らはそこにハンスを横たわらせた。

「さようなら、ハンス。」

僕はそう言ってからハンスの身体に土をかぶせ始めた。いつの間にか大粒の涙が頬を伝っている。四人は一言も口を開くことなく黙々とスコップを動かし続けた。


地下壕の爆発による死者を全て埋葬し終わったのはその日の夕方近くだった。工兵の話によるとその爆発はおそらく敵の罠で所謂ブービートラップが仕掛けてあったのだろうということだった。地下壕に置いてあったワインのボトルなんかに触るとセットされた爆発物が起動する仕組みになっていたのだろう。戦利品に目が眩むとこうなるということをハンスの命と引き換えにして僕は肝に命じることになったのだ。ハンスのいなくなったティーゲルの中で残された僕ら四人はその日の夜を過ごした。誰も口を開く者はなく静かで寒い夜だったが深夜零時を過ぎた時にオッペルが無線機で暗号を受信した。

「少尉、 第七装甲師団本部より連絡です! 」

オッペルが数時間ぶりにティーゲルの中でそう言葉を発した。

「何だ? 」

「現在第七装甲師団本隊は北上中であり明朝ティーゲル中隊とガバナー盆地にて合流の予定! それまで敵より奪取したこの陣地を死守されたし! とのことです。」

友軍がこちらに向かってきてくれているのだ。僕は消えかかっている蝋燭の炎のような車内の雰囲気がほんのすこしだけ輝きを取り戻したように感じた。

「そうか、本隊が来てくれるならば心強いな。オッペル、伝令兵を呼んで今の本部からの内容を全部隊に伝えろ。もし今夜敵の大規模な襲撃があっても退却はない、とな。」

「了解しました。」

オッペルはすぐに伝令兵を呼び自走砲兵や歩兵全員にこのガバナー盆地に第七装甲師団本隊が向かってきていることを知らせるように伝えた。オッペルが外にいる伝令兵と話をする為に無線手席の上にあるハッチを開けて車外に出ていったので冷たい空気が戦車の中に流れ込んできた。

「やはり外は寒いですね。雪は止んでいるようですけど。」

イーヴォが両腕を身体の前で組みながらそう言った。暗号の受信がきっかけで数時間ぶりにようやく気まずい沈黙が破られたのだ。そのまま沈黙を葬り去ろうとするかのように皆が急に口を開き始めた。

「そういえば腹が減ったっス。誰かパンでも持ってないっスか? 」

「持ってたらペットゲンさんにあげる前に自分で食べてますよ。」

ペットゲンとイーヴォのそのやりとりを聞いて僕はふっと小さく笑った。会話自体を面白いと感じた訳ではない。二人の「車内のムードをすこしでも明るくしよう」という気持ちが感じられて嬉しかったのだ。

「煙草でも吸っとけよ。」

僕も会話に加わった。いつまでも僕も無言という訳にはいかないのだ。

「腹減ってる時に煙草を吸うと気分が悪くなるっスよ。貴重な煙草は美味しく味わいたいっス。」

「そりゃそうだな。」

ペットゲンの返答に僕は納得した。するとイーヴォが言葉を重ねてきた。

「明日になれば本隊がここに到着するんでしょう? なら久しぶりに温かい食事が食べられるんじゃないですかね? 」

その後も僕ら三人はハンスがいない寂しさを各々が感じる暇がないようにしようとするかのようにくだらない会話を続けた。するとそこへ伝令兵に指示を伝え終わったオッペルが車内に戻ってきてお喋りに加わってきた。

「少尉、さっき伝令兵から聞いたんですけど……。」

「寒いからハッチはすぐ閉めろよ。で、なんだ? 」

僕がそう言うとオッペルがハッチを閉めながら珍しく笑って言った。

「最近はル・カメリカの兵士の中に少年兵の割合がかなり高くなっているそうです。死体なんかを見てるとその傾向は顕著らしいですよ。破壊されたI-34を調べると女の戦車兵も結構いるそうですし。敵も人がいないようですね。」

確かに我が軍も苦しいが敵も苦しいというのは事実であろう。ル・カメリカはアマクヤード奪還の為に大攻勢をかけてきているが今のところは成功しておらず我々は大きな損害を被りながらも耐え続けている。このまま敵の攻撃を退け続けて敵の戦力が弱体化すれば内情不安定なル・カメリカは戦争継続が出来なくなるかもしれない。そうなれば戦争は終わるのだ。オッペルが笑っているのはそのことを期待しての上でのことだろう。

「そうなんスか? 敵も弱ってきているんスかね? 早く降伏しちまえばいいっスのに! 」

ペットゲンがそう言ったので僕もふと戦争が終わって故郷へ帰る自分の姿を想像した。温かく迎えてくれるであろう両親や兄のことなんかを考えると凄く懐かしい気持ちになる。だが現実は鉄の棺桶の中で敵の襲来に備えて待機しているのだ。やりきれない気持ちが心の中でムクムクと大きくなってくる。僕は考えるのをやめてペットゲンにふと質問をした。

「戦争が終わったら何をする? 」

するとペットゲンは真剣な眼差しで僕の顔を覗き込みながら言った。

「少尉に女を紹介してもらうっス。前約束したっスよね!? 俺は忘れちゃいないっスよ! 」

それを聞いて皆どっと笑った。真面目な顔をしてふざけたことを言うペットゲンは妙に面白い。だがペットゲンは本気のようで言葉を続けた。

「でも少尉がヤった女とかは勘弁して下さいっスよ! 」

それを聞いてまた皆笑った。僕も笑いながらペットゲンに答えた。

「分かったよ。じゃあ俺の故郷のクレリバーで会おう。そして女を紹介した後は俺の実家で酒でも飲むか!?」

僕がそう言うとイーヴォが小さな声で言った。

「あの、少尉殿、私にも女性を紹介して頂いて宜しいでしょうか? 」

「あ、じゃあ俺もお願いします。」

オッペルもイーヴォに続いた。皆顔がニヤついている。

「分かったよ、じゃあ戦争が終わったらまた皆で会おう。激戦を生き抜いたティーゲル中隊の同窓会って感じだな。」

その日僕らはハンスのいない寂しさを紛らわせようと皆何かにつけ冗談を言い合ったりしてティーゲルの中で朝までを過ごした。皆で休憩と見張りを交代しながらだったが心配された敵の攻撃はなく静かな夜だった。

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