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蛮行

我が軍の拠点であるアマクヤードを包囲殲滅しようとした敵部隊は我々第七装甲師団によって撃退された。多数の敵戦車と野砲が叩き潰されアマクヤードへの脅威は一時的に取り除かれたのだ。ここ一週間は激戦に次ぐ激戦で第七装甲師団も消耗が激しかったが敵の攻撃も次第に尻すぼみになってきた為我々ティーゲル中隊の中にもすこしずつ安堵感が広がりつつあった。

「今日は寒くなりそうスね。今の気温はどれぐらいっスか? 」

ペットゲンが僕にそう聞いてきたので僕はキューポラの外からティーゲルの車内に備えつけられた温度計に視線を移して言った。

「今は二℃だな。外はまた雪が降り出してるぞ。これからもっと寒くなるな。」

僕はその後またキューポラから外を見た。昼間だが太陽も出ておらず薄暗い中を雪が大地やそこに生えている木々、そして我々の戦車までもを白く染めていっている。まさに我々は雪の本場であるル・カメリカの本格的な冬を迎えようとしているのだ。

「暑いよりは寒い方が好きなんスけど寒過ぎるのは勘弁してほしいっス。そういえばル・カメリカの真冬の寒さってのはヤバいらしいスよね? 」

「ああ、氷点下二十℃とか三十℃になるらしいからな。」

ペットゲンの質問に再び僕は答えた。思い起こしてみればこのル・カメリカの大地に足を踏み入れたのはこの前の冬の終わり頃だった。もう暫くすれば戦争が始まって一年が経つのだ。

「我々の冬季装備は敵軍のそれに比べるとかなり劣っています。これからはその辺りを改善していく必要がありますね。」

ハンスがそのようにふと真面目過ぎることを言ったせいかその場は急激に白けてしまいその後誰も口を開かなくなってしまった。ティーゲルの走行による振動音だけが無言の僕らの周囲を取り巻いていた。

「少尉! 前方に何かいます! おそらく敵戦車かと思われます! 」

その白けた雰囲気を打ち消すかのようにイーヴォが突然叫んだ。アマクヤードを包囲しようとしていた敵を蹴散らした我々はそのまま敵を追撃するようなかたちで北北東に進んでいたのだがその時に前方に一台の戦車を発見したのだ。シルエットからしてそれはI-34だった。

「中隊全車停止! 前方に敵戦車! 距離六百!ペットゲン、徹甲弾装填急げ! 」

僕は咄嗟にそう命令を出したが何かおかしい。ル・カメリカの戦車部隊は集団で動くことが多く一台で行動していたことなど今まで殆ど聞いたことがない。僕はどこかに不安を感じながらもイーヴォに射撃を命じた。

「敵はまだ気が付いていないな、我々に側面を向けたままで砲塔が旋回する気配もない。よし、イーヴォ、殺ってしまえ! 」

イーヴォは視界の悪い中慎重に狙いを定めて8.8cm砲弾を発射した。するとI-34は砲弾を右側面に喰らって動きを止めたかと思うと煙を吐き出した。I-34の上部と車体前面のハッチが開き中から煤で真っ黒になった搭乗員が煙と共に慌てて飛び出して逃げようとしている。そこへ友軍の歩兵隊が容赦無く機関銃弾を浴びせかけた。

「うわぁっ! 」

I-34の搭乗員は逃げようとしながらも一瞬両手を上げようとしたがその動作の途中で先の短い悲鳴を上げるとそのまま大地に頭から倒れこんで動かなくなった。周囲に別の敵戦車もいなさそうだったので僕は命令を出した。

「よし、中隊前進。俺に続け。」

ティーゲルが煙を吐くI-34に近づくと歩兵隊が倒れている敵戦車兵の死体を調べ始めた。すると歩兵隊の兵士の一人が嬉しそうに右手を高らかに上げて叫んだ。

「みんな! こいつ煙草を持ってるぞ! しかも結構な量だ! 山分けしようぜ! 」

その兵士は死んだ敵戦車兵の胸ポケットから取り出した煙草の入った小さな箱をいくつか右手に持って掲げていた。僕はティーゲルの上部ハッチから上半身を出しその兵士に笑いながら声を掛けた。

「おい!そのI-34を殺ったのは俺達だ。歩兵隊だけで山分けってのは筋が通らないぞ。」

最近は第七装甲師団が攻勢に転じていることもあってか補給部隊が我々の動きについてこれず煙草の支給も途絶えがちになっていたのだ。喫煙者の多いティーゲル中隊内ではそのことは大問題になっていた。僕は笑顔を浮かべてはいたが内心はティーゲルに乗る皆と自分の為に煙草が欲しくて仕方がなかったのだ。

「中隊長殿、勿論であります! 一箱どうぞ! 」

その兵士はそう言うとティーゲルの脇にやってきて戦利品であるその煙草の箱を僕に差し出した。僕が投げるようにジェスチャーをするとその兵士がティーゲルの上の僕に箱を放り投げてきた。僕はそれを掴むと車内に上半身を引っ込めて皆に言った。

「ちょっと早いが俺からのクリスマスプレゼントだ。受け取れ。」

僕はそう言うとその箱から三本だけ煙草を抜き取って残りを砲手席に座るイーヴォに渡した。

「ハイエナのような行為はどうかと思いますが……」

オッペルはそう言って渋い顔をしつつイーヴォから廻ってきたその箱を受け取り煙草を三本ほど抜き取った。そうしてから彼はその箱をハンスに渡した。その様子を見ながらペットゲンが笑って言った。

「なんだかんだ言ってちゃっかり取ってるじゃないスか! でも煙草にとってもそのまま捨てられるよりは僕らに吸われた方がいいっスよ! 」

皆それを聞いて笑った。オッペルも苦笑いをしている。僕はこう付け加えた。

「煙草が無くなる前に早く次の獲物を探さないとな! 」

それを聞いてまた皆笑った。暫くするとティーゲルの車内は煙草の煙で一杯になった。


「少尉、第七装甲師団本部より連絡です。ティーゲル中隊とそれに付随する歩兵隊、自走砲隊はそのまま北北東に進みガバナー盆地を目指せとのこと! そこで第七装甲師団本部と合流しアマクヤード防御線を築けとのことです。」

敵の煙草を吸って一時の休憩をしていた我々のところに本部から連絡が入りオッペルが僕にそう叫んだ。

「ガバナー盆地か。ここからどれぐらいだ? 」

僕がそうハンスに聞くとハンスは既に地図を広げて眺めていた。

「近いですよ。二十kmぐらいですね。周囲を山に囲まれた盆地のようです。防御にはおそらくもってこいの地形ですね。」

ハンスはそう言いながら地図を僕に手渡した。なるほど確かに地図を見るとハンスの言うとおり守備には適した地形のようだった。山と山の間の道は敵の大部隊が通るには狭そうで少ない戦力でもその道を抑えてしまえば敵の通行を妨害することは容易に思えた。

「なるほど、こいつは自然の要塞だな。よし、ガバナー盆地を目指すぞ! 」

僕のその一声で部隊は前進を再開した。車内には煙草の匂いがまだプンプンと漂っていた。


前進を再開して二時間ほど経った頃だろうか、我々はまた前方に敵戦車らしき車輌を発見した。今度のI-34も一台で走行しており僕は周囲を見廻したがそれ以外の敵はいなさそうだった。

「集団行動がお得意のル・カメリカ軍が一体どうしたんでしょうね? 」

イーヴォが首を傾けながらそう言った。

「確かに。」

ハンスがそう答えた後僕が続けた。

「おそらく敵も予想外の反撃に遭って部隊の統制が取れていないのだろう。特に我々からの攻撃で散りじりになって退却した敵部隊の中にはどうしていいのか分からないから取り敢えずル・カメリカ軍の本体がいる北東部へ逃れようとする敵戦車が沢山いるんじゃないか? 」

「なるほどっス! さすが少尉っス! 」

ペットゲンはそう相槌を打ちながら徹甲弾を既に用意している。僕はこう続けた。

「よし、戦車停止、そのまま徹甲弾装填しろ。イーヴォ、前方距離七百、こちらにケツを向けて全く気が付いていないあの阿呆を砲撃しろ! 」

イーヴォは「了解! 」と答えながら素早く敵戦車に狙いを定めた。敵戦車は徐々にこちらから遠ざかっているものの全く気が付く様子はない。チャンスだ!

「照準よし! 」

「撃てっ! 」

僕の号令で8.8cm砲弾が放たれた。唸りを上げてひらひらと舞う雪を弾き跳ばすように飛んでいった砲弾はまたも見事にI-34の後部に命中し爆発を起こした。I-34は爆発の振動の為か進路を大きく右に逸らして窪地に突っ込みその動きを止めた。その動きが滑稽に見えたのかハンスが笑ってこう言った。

「ケツに砲弾突っ込まれてやがるぜ! 間抜けな野郎だ! 」

「よし、では戦利品を調達に行こうか。ティーゲル中隊前進だ。」

僕は静かにそう言った。ティーゲルはゆっくりと前に進み始める。その時今度は機関銃の射撃音が聞こえてきた。どうやらまた敵戦車の搭乗員が逃げ出そうとしているところへ歩兵隊が銃撃を浴びせているらしい。ふとキューポラから前方を見るとI-34の近くに敵兵らしき人間が二人倒れているのが見えた。どうやらその二人が歩兵隊の機銃弾の餌食になったのであろう。だが僕はそんな敵兵のことはあまり気にならなかった。それよりも今度は何が戦利品として手に入るのかが気になっていた。車内のハンスやペットゲンもI-34に近づくまでの間「今度も煙草がいいな! 」とか「何か美味い食い物でもいいっスよね! 」と話が弾んでいる。

ようやくティーゲルが命中弾を与えたI-34のところに到着した時には歩兵隊の装甲車が既に到着していて何人かの兵士が倒れている敵兵の所持品を調べているところのようだった。僕はティーゲルの上部ハッチを開けて上半身を出し友軍の兵士に声を掛けた。

「おい、戦利品は山分けだぞ! 今度は何を持っていた? 」

僕はちょっとおどけてそう言ったが先ほどとは随分雰囲気が違った。兵士達は誰も笑ってはいないのだ。僕はもう一度声を掛けた。

「どうした? 何かあったのか? 」

すると兵士の一人が僕の方を振り向くと倒れている敵兵を指差しながら言った。

「中隊長殿、あ、あれを見て下さい。」

そう言われて見てみると仰向けに倒れている敵兵はまだ十五、六歳の子供だったのだ。あどけない顔立ちだが目は見開かれたままで苦悶の表情を浮かべ天を睨んだまま死んでいる。口から流れ出ている鮮血がその子供の死をさらに強烈に僕に訴えかけていた。そしてその子供を見ていると「何故敵戦車にこんな子供が乗っているのか? 」という疑問の前にある事実が僕の心を満たしていた。我々が自分達の欲望を満たす為に殺戮を行い挙句の果てに子供を殺してしまったという事実が! もはや蛮族と見下していたル・カメリカと同等かそれ以下に成り下がってしまった我々はただの野蛮人に過ぎない。皆その子供の死体から目を背け誰も口を開く者はいなかった。

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