麻痺
眼前には無数の敵戦車が黒煙を噴き上げている。そしてその戦車の脇にはこれまた無数のル・カメリカ兵の骸が横たわっていた。彼らは今から出撃しようという矢先に我々によって後方から不意打ちを喰らいその命を絶たれたのだ。僕はふと自分自身が大鎌を担いだ死神のような気がした。
「ティーゲル中隊へ、こちら自走砲中隊。七台撃破されました。負傷者多数! 現在稼動可能車輌は四台です! 」
無線で敵の側面に展開していた自走砲中隊からそう連絡が入った。僕は早口で返答した。
「了解、負傷者搬送用の車輌を至急本部に要請する。暫くはその場で待機だ、敵の反撃に備えよ。」
ティーゲルの重装甲はI-34の7.62cm砲を弾き返すが自走砲はそういう訳にはいかないのだ。戦力に劣る我々に取って貴重な自走砲を七台も失ったのは痛いがもうどうしようもない。僕は続けてティーゲル中隊の各車に連絡を取り被害状況を確認した。すると三号車から連絡があった。
「三号車右側面車体下部に被弾しました。負傷者はいませんがギアにトラブル、動けません! 」
「了解、整備中隊をすぐ来させる。今は一台もティーゲルを失う訳にはいかないからな。そのまま待機しろ。」
僕はそう答えた後第七装甲師団本部に連絡を取り必要車輌を手配した。一旦は蹴散らしたもののいつル・カメリカ軍がその豊富な戦力をもって逆襲してくるかは分からない。たった一台の戦車とはいえ修理可能なものはすぐにでも直さなければならなかったのだ。整備中隊が到着するまでの間僕は敵が来ないことを祈りながら周囲を警戒していた。すると敵戦車の残骸の合間を縫って走ってくる一台の小型車が目にとまった。
「何だ? 敵か? 前部機関銃射撃用意! 」
僕がそう叫ぶとオッペルがティーゲルの前面に備えつけられた機関銃の引金に指を掛けた。だがその時ハンスが叫んだ。
「味方です! 味方のキューベルワルゲンです! 」
確かにその車には友軍の兵士が乗っていた。オッペルが慌てて引金から指を離す。僕はその車を運転する兵士にティーゲルの上部ハッチを開けて頭を出し大きく声を掛けた。
「おーい! こっちだ! 」
僕の声でようやく森に潜むティーゲルに気が付いたそのキューベルワルゲンの兵士は僕らの戦車の前までやってくるとエンジンを止めて大きな声で言った。
「少尉殿、あなたが指揮官ですか? 」
「そうだ、俺が指揮官のマイヤーだが。どうした? 」
僕が戦車から降りてその車の横に立つと彼はゴーグルを外しながら言った。
「偵察部隊所属のフーデル軍曹です。この先北北西にニkmほど行くと敵の野砲の陣地がありますがその野砲陣地を守るべきI-34の戦車部隊は先ほどの戦闘であなた達にその大半を破壊されました。今がチャンスです! 敵の野砲部隊を壊滅させられるチャンスですよ! 」
フーデル軍曹はすこし興奮気味にそう大声で僕に言ってきた。僕はハンスを呼んで地図を持ってこさせるとその敵の野砲陣地の位置を確認した。
「なるほど、近いな。」
僕が地図を見ながらそう言うと軍曹はまた大声で言った。
「ひょっとしたら敵の野砲部隊も護衛のI-34が壊滅したことを知って退却するかもしれません! 急いで攻撃しましょう! 」
それを聞いたハンスが僕に耳元で声を小さくし軍曹に聞こえないように僕にこう言った。
「動けるティーゲルは三台しかありませんしそれに敵の逆襲がないとも限りません。ちょっと危ない気がします。」
僕は一瞬悩んだ。敵の野砲を叩きたい気持ちは勿論あるのだがハンスの反対意見も理解出来る。だが指揮官はその場で判断を下さねばならない。僕は賭けに出た。
「いや、すぐ攻撃しよう! 敵の野砲を蹴散らせることが出来るならばやってみる価値はあるだろう。ル・カメリカめ! こんな目と鼻の先に野砲を配置していたとはな、目にもの見せてやる! 」
僕がそう言うとハンスはもう何も言わなかった。僕は各ティーゲルと自走砲の車長と歩兵隊の指揮官をその場に集めて指示を出した。
「これより北北西二kmの地点にある敵の野砲陣地を強襲する。破損して動けないティーゲルとその乗員、そして負傷兵はここで救援を待て。それ以外はすぐに出発だ! 軍曹、先導してくれ。」
「了解であります! 」
フーデル軍曹のキューベルワルゲンを先頭にティーゲル、自走砲、歩兵を乗せた装甲車がその順番に列をなして北北西に進路を取った。この決断がどういう結果になるかは分からないがやると決めた以上はすぐに動かねばならない。我々は進撃を開始した。
「また雪がちらついてきましたね。」
黒い地面の上にひらひらと舞う雪を見ながらハンスがそう言った。最近は気温も低くなりふと気が付くとつま先の感覚がなくなっていることもあるようになった。軍服も冬季用の厚手のものにそろそろ変えないとまずい、ル・カメリカの冬は厳しいのだ。
「視界が悪くなるぞ、皆周囲警戒を怠るなよ。」
僕がそう一人言のように皆に促した。僕らのティーゲルはフーデル軍曹のキューベルワルゲンの後方を走っていたがすこし角度の急な坂道に差し掛かった。ティーゲルは足回りが弱いのでこんな急勾配の坂道を登って何処か故障しないかとふと心配になる。だが今日のティーゲルは快調でその坂道を難なく登り切った。
「ティーゲル、よく頑張ったっス! 」
ペットゲンが笑いながらそう叫んだ。どうやら皆内心ヒヤヒヤしていたらしい。僕らは思わず顔を見合わせて笑った。だがその時だった。キューポラから前方に広がる平原に敵のトラックが多数見えたのだ。しかもそのトラックは野砲を牽引していて我々から逃げるように北の方向を向いている。僕は叫んだ。
「前方に敵だ! 野砲部隊が我々の接近に気付いて慌てて退却しようとしている! 全車全速力で接近しこれを叩くぞ、 一人も逃がすな! 」
僕のその声を聞いてハンスがティーゲルのアクセルをふかした。ティーゲルは速度を上げたが敵のトラックの方がはるかに早くこのままでは逃げられてしまう。僕はティーゲル中隊に再度命じた。
「ティーゲル各車はすぐに射撃開始せよ! I-34はいなさそうなので接近戦は装甲車と歩兵に任せるぞ、ペットゲン、榴弾装填急げ! 」
僕がそう叫ぶのとほぼ同時にペットゲンとイーヴォの声が続いた。
「榴弾装填完了! 」
「照準よし! 」
二人とも僕が次に何を命じるのかを常に考えているので自分のやるべきことが分かっているのだ。彼らはついこの間までは頼りなかったのがいつの間にか優秀な戦車兵に変貌していた。僕は頼もしさを感じつつ言った。
「よし、撃てっ! 」
轟音とともに8.8cm砲弾は撃ち出され縦に連なる敵のトラックの列の真ん中で爆発が起きた。一台の敵トラックが横転し悲鳴が響き渡る。
「この豚どもめ! 逃がすか! 」
オッペルが前部機関銃の引金を握りしめながらそう怒鳴っている。彼の放った銃弾は光を放ち鋭い放物線を描きながら縦列のトラック群に浴びせかけられた。敵は反撃どころではなく逃げようと必死になっているのが見て取れる。
「イーヴォ! なるべく遠くにいる奴から殺れ! 近くにいる野砲は上手くすれば拿捕出来るぞ! 」
僕のその指示通りイーヴォは射撃を行った。イーヴォの腕前はやはり見事なもので敵の野砲はトラックごと次々に吹き飛ばされていった。その様子はまるで射的であり我々は一方的に敵に攻撃を加えていた。
「戦車がいないのが悲劇だな、お前らは全員あの世行きだ。」
イーヴォはそう呟きながら淡々と砲弾を放ち続けた。敵の中には野砲をトラックから切り離して我々に反撃を試みようとする者もいたが大概は牽引を外す作業をしている間に8.8cm砲弾の的になった。可哀想だが仕方がない。我々はこの野砲で殺された友軍兵士の仇を取っているのだ。
「友軍の装甲車が敵にさらに接近していくぞ、ティーゲル中隊射撃中止! 」
僕のその命令で砲撃は止み後は装甲車から放たれる散発的な銃声だけが平原に響いた。もうもうと上がる煙の中に敵兵の生き残りがいたのだろう。銃声はなかなか止まなかった。
「凄い戦果ですよ、また少尉の勲章が増えますね! 」
多数の屍を前にしてそうハンスが言って笑った。時間としては三十分ぐらいであろうか、その間に平原は黒い煙を吐くトラックと横倒しになった野砲、そして無言で土に還ろうとする多数の兵士に覆われていた。
「いや、次の勲章はハンスだな。敵部隊多数撃破に貢献したってことで俺が推薦してやるよ。」
僕はそう笑って答えてふと前方に目を遣った。するとたまたま敵の若い兵士が顔を煤で真っ黒にしながら両手を上げて友軍の兵士に投降しようとするのが見えた。おそらく何処かに隠れていたのだろう。だが恐怖に顔を引きつらせながら歩くその男を見て友軍の兵士は笑顔で小銃を向けてそのまま撃ち殺してしまった。敵兵は倒れて動かなくなった。
「ル・カメリカ兵なんて一人も生かしておいちゃいけないんですよ、あの行動は正解ですね。」
ハンスもたまたまその光景を見ていたようで平然とした態度でそう言ってのけた。するとオッペルが反論した。
「あんな行為はさすがに駄目でしょう! あんなことをしていては我々マイルヤーナもル・カメリカと同じ蛮族と見なされます。少尉、歩兵隊の指揮官に言ってやりましょう。捕虜の虐待を止めろと! 」
「あぁ、分かった。言っておくよ。」
僕はそう答えたが内心はそこまでする気はなかった。正直面倒臭いしどうでもいいと思ったのだ。おそらく戦場での生活が長くなり過ぎて昔自分が持っていた筈の人としての正義感とか常識といったものがどこか欠如してきているのだろう。もし戦争が終わって平和な世の中に戻ったとしてもそこで昔のように普通に生活出来るのかな、と僕はふと思った。




