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強襲

「そこだ! そこにワイヤーを掛けてくれ! 」

戦闘が終わって次の日、整備兵の大きな声が響く。破損して動けなくなり修理の必要となったティーゲルを移動させる為に整備中隊のハーフトラックが牽引の準備をしているのだ。僕は戦車の脇で煙草を吹かしながらその様子をぼんやりと眺めていた。そこへティーゲルの砲弾の補給作業を手伝い終わったハンスがふらっと歩いてきてこう言った。

「激しい戦闘でしたね。」

そう言うハンスは疲れた表情だった。僕の煙草を見て思い出したかのように胸ポケットからハンスが煙草を取り出したので僕はライターで彼の煙草に火をつけてやった。ハンスは大きく煙草の煙を吸い込むとその煙に身体の中に溜まってしまった疲労を混ぜて体外に排出しようとするかのように大きく口を開けて白煙を吐き出した。そしてハンスはまるで自問するかのようにボソリと言った。

「敵の攻撃はいつまで続くのでしょうね。」

ハンスもル・カメリカの圧倒的な物量をすこし憂いているのだろう。九台支給されたティーゲルがあっという間に四台しか稼働出来ないという現状を考えればハンスが少し落ち込んでしまうのも無理はなかった。

「ハンス、まだ戦いは始まったばかりだぜ。それに敵だって大きな打撃を受けている筈さ。見ろよ、あの大量のI-34の鉄屑と化した姿をさ。敵の進撃を阻んで戦力を削っていけばそのうちル・カメリカも出血多量で動けなくなるさ。」

僕はそう言って眼前に広がる平原に横たわる無数の敵戦車の残骸を指差した。その残骸の中にはまだ煙を吐き続けているものもあった。

「そうですね。この調子で敵をやっつけていけば……」

そこまで言い掛けたハンスが何かに気付いたようで喋るのを止めて空を見上げた。

「どうした? 」

僕がそう聞くとハンスは空を見上げたまま言った。

「少尉、雪ですよ。」

ふと気が付くと僕の軍服に白い雪がフワフワと舞い降りてきていた。黒い戦車兵の軍服には白い雪はよく映える。その雪を眺めながらハンスは言葉を続けた。

「俺、雪って好きなんですよね、家の屋根や道路を全部真っ白にしてくれるから。綺麗だと思いませんか? 」

ハンスはそう言いながら両手で水をすくうようにして空から舞い降りる雪を受け取っている。僕もふと子供の頃故郷のクレリバーで雪かきを家族全員でしたことなんかを思い出した。ノスタルジーに襲われどこか切ない気持ちになって僕はその場に暫く立ち尽くしていた。

「ティーゲルも白く化粧してますよ。」

ふとハンスが後ろを振り返りながらそう言った。ハンスの視線の方に目を遣るとグレー一色で塗装された僕らのティーゲルの上に薄く雪が積もっている。その姿は寂しげだったが何故か妙に綺麗に見えた。僕ら二人はその後も暫く雪の降る中でその美しいティーゲルの姿を無言で見つめ続けた。

「普段は荒々しい猛獣だが……今日は上品なものだ。」

僕がそう呟くとハンスがふっと笑った。そしてそろそろ戦車の中に戻ろうかと僕が思ったその時、白いティーゲルの車体ハッチが急に開きオッペルが顔を出して僕にこう叫んだ。

「中隊長! 第七装甲師団本部より命令がきました! 二人とも車内に戻って下さい! 」

僕とハンスは慌ててティーゲルに乗り込んだ。


その三時間後、僕らティーゲル中隊は援軍である装甲車と自走砲を二十台ほど引き連れてパラパラと降る雪の中を前進していた。というのも我々が先ほどまでいた地点からほんの五km先に敵部隊が集結しているという情報が斥候よりもたらされたからだ。敵が攻撃の準備をしている間に迂回して側面から逆に攻撃してやろうというのが今回の作戦の目的だった。援軍と合流したティーゲル中隊は文字通り獲物を探す虎のように森の中を前進していた。

「雪がすこし止んできましたね。」

ハンスがティーゲルを操りながらそう言った。僕は上部ハッチを開けて頭を戦車から出し周囲を見回しながら言った。

「そうだな、出来ることなら視界がいい間にI-34と出会いたいもんだ。遠距離での砲撃戦ならティーゲルの方が圧倒的に有利だからな。」

「少尉、頭を出してると危ないスよ! 狙撃兵がいたらヤバいっス! 」

ペットゲンが心配そうに僕にそう言った。

「確かにな、だがそれを恐れて周囲の状況を確認せずに進むともっとヤバいことになることもあるからな。」

僕はそう答えてからようやく頭を引っ込めた。ペットゲンの言う通り狙撃兵は怖いが戦車の周囲をキッチリと確認しておかないと敵の罠に頭から突っ込んでしまうこともあるのだ。事実I-34がよく何の警戒もせずに我々の対戦車砲の前にノコノコと出てきて破壊されるのを何度も僕らは目にしてきた。自分の身を危険に晒そうともそんな間抜けな殺られ方だけは戦車長としては絶対に避けなければならない、それが僕の考えだった。そして暫くすると斥候に出ていた兵の一人が前進中の我々中隊のところへ戻ってきた。僕は中隊の前進を一度停止させるとその兵をティーゲルの横へ手招きし僕も戦車の横に降り立った。

「様子はどうだ? 」

僕がそう尋ねるとその兵は息を弾ませながらこう言った。

「この森を抜けると開けた場所に出ますがそこに敵戦車がいます、その数は約五十! 」

地図を広げながらその兵は早口にそう言った。僕は広げられた地図を覗き込みながらその兵に聞いた。

「東に進んでいる我が中隊の正面に敵戦車隊が南を向いて集結しているのだな? 」

「はい! そうです! 」

「地図では森は敵戦車隊の後方、北の方まで広がっていますね。ここまで部隊を散開させれば敵に後方から不意打ちを喰らわすことが出来ますね。」

いつの間にか僕の横に来ていたハンスがそう言った。僕もハンスと全く同じことを考えていたので我々の方針はすんなりと決まった。僕は自走砲隊と歩兵隊の隊長をその場に呼ぶとすぐに命令を出した。

「この森を抜けるとすぐに敵がいるらしい。自走砲隊はこのまま前進し敵を射撃可能な位置で待機だ。敵に存在を悟られるなよ! ティーゲル隊は迂回して森の北側まで進み敵の後方から攻撃をかける。ティーゲル隊の攻撃開始五分後に自走砲隊も攻撃を開始せよ、敵を後方と側面から叩くのだ。歩兵隊は二隊に別れてそれぞれ自走砲隊とティーゲル隊を援護だ。何か質問は? 」

すると自走砲隊の指揮官が質問してきた。

「ティーゲル隊の砲撃と同時に自走砲隊も攻撃してはいけないのでしょうか? 」

僕は早口にこたえた。

「同時攻撃だと敵の反撃が自走砲隊に向くおそれがある。自走砲でI-34とまともに打ち合えばある程度の損害は覚悟しなければならない。だが敵の反撃が装甲の厚いティーゲル隊に向いてから自走砲隊が攻撃すれば防御力の弱い自走砲隊への敵の攻撃は少なくて済む。」

その僕の説明で自走砲隊の指揮官は納得したようだった。その後は誰からも質問が無かったので僕は話を続けた。

「では散開だ! 敵を一台たりとも逃さずに撃破するぞ! 」

その一言で全員が各自の車輌に戻っていった。そして我々は隊ごとに別れてまた前進を始めた。


「森を出て六百m程前方にI-34多数! 確かに斥候の報告通り五十台程はいそうですね。」

散開し森に潜んだティーゲルの中で前部機関銃の引金を握りしめながらオッペルがそう言った。どうやら目の前に敵の戦車が並んでいるのが見えるらしい。僕はティーゲルの砲塔上部ハッチを開けるとそこから頭を出して敵の様子を探ろうと双眼鏡を手にした。

「全く我々には気が付いていないようだ。しかも全車輌がこちらにケツを向けている。格好の射撃目標だな。」

僕は双眼鏡を覗きこみつつそう言った。

「我々からの反撃など予想もしていないのでしょうね。」

ハンスもそう言いながら車体上部ハッチより頭を出している。

「徹甲弾装填よし! 」

「照準よし、何時でも撃てます! 」

車内からはペットゲンとイーヴォの声が続いてそう聞こえてきた。もう我々一号車の戦闘準備は完了しているのだ。すると一号車の左に横一列で並んだ三台のティーゲルからも戦闘準備完了の合図がきた。歩兵隊も皆森の中から機関銃を前方の敵集結地に向けて射撃の合図を待っている。時は来たのだ。僕は命令を下した。

「全車射撃開始! 」

四台のティーゲルが一斉に火を噴いた。敵戦車がたちまち二台ほど爆発を起こし炎に包まれる。敵戦車兵が我々の突然の攻撃に慌てて右往左往している様子が丸見えだ。敵は出撃前だったので戦車兵も搭乗すらしていない。僕は思わず叫んだ。

「よし、チャンスだぞ! 敵が反撃してくる前に撃ちまくれ! 」

四台のティーゲルは次々と砲弾を放ちI-34を鉄屑に変えていった。装甲の薄い後部エンジンを曝け出し動くこともしないI-34は我々にとって格好の獲物だ。歩兵隊も戦車に乗り込もうとする敵の戦車兵に機関銃弾の雨を浴びせている。敵は一発も撃ち返すことが出来ないのだ。するとそこへ自走砲隊も当初の打ち合わせ通り側面から砲撃を始めた。敵は完全にパニックに陥っている。

「こりゃ楽勝ですよ! 」

ハンスが笑いながらそう言ったその時だった。ティーゲルの車内にグワーンという金属の鈍い音と振動が響く。敵が反撃してきて砲弾が命中したが弾かれたのだ! 車内の空気がそれまでと一変し急に引き締まった。僕はキューポラから慌ててこちらに反撃してきた敵戦車を探した。すると何時の間にかこちらに砲を向けたI-34が一台いるではないか! 僕は叫んだ。

「二時の方向に敵戦車だ! 砲塔回せ! 早く! 」

イーヴォが砲塔を旋回させる間に敵の砲弾はまた我々のティーゲルに命中したが弾かれた。ティーゲルの重装甲に感謝しつつも僕はイーヴォを急かした。弾いたとはいえやはり敵の砲弾に捉えられているということは気持ちの良いことではないのだ。

「照準完了! 」

「撃てっ! 」

イーヴォの声と僕の声が連続して響く。ドオーンという音と振動が響くと同時に我々に砲口を向けたそのI-34は大爆発を起こして炎に包まれた。思わず「フゥ」と溜息が僕の口から漏れる。だが安心するのはまだ早かった。

「I-34が突っ込んできます! 十時の方向! 」

ハンスがそう叫ぶ。奇襲攻撃を受けてパニックに陥っていた筈の敵部隊だが戦意を喪失することなく僅かな時間の間に体制を整えて我々に反撃を開始しているのだ。アマクヤード奪還を目指す敵の士気は高いということを僕はこの時肌で感じた。

「砲塔戻せ! 急げ! 」

すこし焦りを感じつつそう叫ぶ僕に今度は自走砲隊から連絡が入る。その声は悲痛なものだった。

「ティーゲル中隊へ! こっちにも敵戦車が突っ込んできやがった! 数の差がありすぎる! このままじゃ殺られちまう! 」

「落ち着け! 慌てずに一台ずつ片付けろ! 」

思わず僕はそう怒鳴り返していた。奇襲をかけて完全に有利だった筈の我が軍が今度は逆にパニックに陥りかけているのだ。心の中の焦りに比例して不安と苛立ちがどんどん大きくなる。僕は冷静を保とうと自分自身に対しても心の中で「落ち着け! 俺が浮ついてどうする? 落ち着け! 」と叫んでいた。するとどういう訳か今盛り返しているように見えるル・カメリカ軍も必死に我々の包囲を破ろうとしているだけで兵士一人一人の内心は我が軍に対して恐怖と畏敬の念を抱いているのではないか? と思えたのである。僕の心はあっという間に冷静さを取り戻した。

「イーヴォ、十時の方向のI-34だ。距離三百、任せたぞ。」

僕がそれだけ言うとイーヴォは「はい。」と短く返事をして砲弾を発射した。砲弾は見事に命中しI-34はその動きを止めた。

「まだあと三台横並びに突っ込んでくるな。右端から片付けろ、イーヴォ。」

だがイーヴォがその三台のI-34に砲弾を発射することはなかった。他のティーゲル中隊の車輌があっという間に彼らを片付けてしまったのである。僕は無線で僚車に声を掛けた。

「中隊全車へ。いいぞ、その調子だ。敵を近づけさせるな。」

その後暫く砲撃戦が続いたが敵は遂に反撃をやめて散り散りに逃げ去った。だが逃げたI-34は四〜五台といったところでその殆どは我々の目の前で煙を吐き出す鉄塊と化していた。戦闘は我々の勝利で幕を閉じたのだ。

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