物量
「中隊長殿! 歩兵隊が到着しました! 」
戦闘を終えたティーゲルに異常がないかを確認する為に車外に出ていた僕のところに中隊二号車の戦車長が駆け寄ってきてそう報告してきた。振り向くとその戦車長の後ろに歩兵を乗せた何台かの装甲車がこちらに向かって走ってくるのが見える。どうやらこれで追撃戦の役者は揃ったようだ。
「よし、では行くか。」
僕はそう言うと自分の乗る中隊一号車の方に向き直って叫んだ。
「おい! オッペル! 」
すると開いていた車体の上部ハッチから無線手のオッペルが顔を出した。
「はい、なんでしょう? 」
「第七装甲師団本部へ連絡、只今よりティーゲル中隊は敵部隊の追撃を開始するとな。中隊全車にもそのことを伝えろ! 」
「了解であります! 」
オッペルはそう答えるとハッチの中に頭を引っ込めた。僕は中隊二号車の戦車長の方にまた振りかえって言った。
「君も自分のティーゲルに戻れ。すぐに出発するぞ。」
彼は「ハッ! 」と答えて敬礼をすると自分の戦車に走って戻っていった。僕は彼の後ろ姿を見送った後戦車の履帯に足を掛けてティーゲルの上によじ登り上部ハッチから身体を戦車の中へ滑り込ませた。
「中隊長! 第七装甲師団本部より連絡、新たな敵戦車部隊がこちらに向かってきているとのこと! 」
戦車長席に座るなりいきなりオッペルが僕にそう報告してきた。僕はオッペルに聞き返した。
「なんだと!? 数は? 」
「先ほどと同程度のようです。」
それを聞いてペットゲンが笑いながら言った。
「じゃあ楽勝っスね! 」
するとハンスもニヤニヤしながら僕の方を振り向いてこう言った。
「また蹴散らしてやりましょう! 」
確かに皆の言うとおり敵がさっきと同じぐらいの数で真っ正面から突っ込んできてくれたならおそらく我々は勝てるだろう。だが先ほどの戦闘で撃ち漏らした敵部隊から我々に強力な戦車があるということは新手の敵部隊にも伝わっている筈だ。何か策を講じてくるだろう。でなければル・カメリカの指揮官は無能としか言いようがない。
「ドォーン! 」
僕が考えごとをしていたその時だった。急に大きな爆発音と振動がティーゲルを襲った。
「何だ!? 」
ハンスがそう叫んだ後続けて何か喋っていたがそれは聞き取れなかった。爆発音と振動が連続してティーゲルを襲ったからだ。どうやら敵の野砲が我々重戦車中隊に砲撃を加えてきたようだった。おそらくさっき敗走した敵戦車が我々の位置を野砲へ知らせたのだろう。
「うわぁ! 」
無線から誰のものかも分からない悲鳴が爆発音の合間に聞こえてくる。敵の砲撃の中我々の戦車は荒波の上に浮いた小さな小舟のように大きく揺れ続けた。僕はパニックに陥りかけたが目を閉じて歯を食いしばりその恐怖に抗った。後退したいがここを退けば敵の戦車部隊が押し寄せてくるのだ。野砲の直撃がないことを祈りながら耐えるしかない。敵の砲撃は三十分ほど続いてようやく終わり最後の爆発音が鳴り終わった瞬間に僕は叫んでいた。
「被害状況を知らせろ! 」
すると無線が鳴り響く。
「こちら四号車、行動不能! 」
「こちら三号車、異常なし! 」
「こちら七号車、車体上部ハッチに直撃弾! 負傷一名! 」
「こちら二号車、異常ありません! 」
その後も報告は続いたが結局破損したのは四号車と七号車の二台だった。僕は整備兵をその二台へ向かわせるのと同時に衛生兵も七号車へ向かわせた。今は貴重なティーゲルを一台でも失うのは痛い。なんとか修理可能であってくれればいいのだが! と僕は願うしかなかった。だがその時だった。
「中隊長殿! 前方より敵戦車多数! 」
中隊二号車から無線でそう連絡が入った。
「ちっ! 来やがったか! 」
僕はそう舌打ちしてキューポラから前方を見た。すると肉眼でもはっきりとI-34の姿が確認出来る。土煙をもうもうと上げながらI-34の大群が近づいてきているのだ!
「中隊全車へ! 正面より敵戦車が多数突っ込んでくるぞ! 距離千八百、戦闘準備! 急げ! 」
敵の数はざっと五〜六十だ。さっきより多い。
「奴ら左右に分かれているぞ! 」
イーヴォがそう言った。敵は今回は正面から突っ込んでくるのではなく左右から我々の後方に回り込むように進んできている。僕はすぐに無線で指示を出した。
「左右それぞれに斜行隊形を取れ! 」
戦車を横や縦の直線ではなく斜めに配置する斜行隊形というのは正面と一方の側面に火力を集中出来る隊形なのだ。それを左右に展開することで僕は敵の回り込み作戦を潰そうとした。
「一号車は右斜行隊形の先頭だ! 二号車は左先頭へ! 動けない四号車と七号車をそれぞれ最後尾とする! 」
この辺りの隊形の移行は訓練で何度もやっていることだ。ティーゲル中隊はすぐに左右の斜行隊形を完成させた。
「もう距離千五百だぞ! 全車射撃開始! 急げ! 各個撃破せよ! 」
僕の掛け声が無線で響き渡る。するとティーゲル中隊の車輌が一斉に8.8cm砲弾を放ち始めた。敵戦車の周囲に着弾による土煙が舞うがI-34はそれを全く意に介さないように前進をやめない。
「落ち着けよ、イーヴォ。」
初弾を外したイーヴォに僕はそう声を掛けた。野砲の砲撃で多少なりとも動揺があったのだろう。イーヴォの放った砲弾は目標としたI-34の遥か後方に着弾していたからだ。
「照準よし! 」
イーヴォは動揺を打ち消すかのようにそう叫んだ。僕はイーヴォに続いて叫んだ。
「撃てっ! 」
8.8cm砲の駐退装置が砲弾の激しい発射音と振動とともに後退する。そして次の瞬間キューポラから見える敵戦車が一台炎に包まれてその動きを止めた。
「よしっ! 一台撃破! 次はその後方を走っているI-34だ! 」
僕がそう叫んでいる間にペットゲンが薬莢を排出し新たな徹甲弾を装填する。そしてその間にイーヴォが砲塔を旋回させて次の目標に狙いを定めている。一連の作業は流れるように行われそれはまさに訓練の賜物だ。
「照準よし! 」
イーヴォがまた叫ぶ。動いている敵戦車を攻撃するには砲弾が発射されてから目標に到達するまでに生ずる誤差を計算して狙いを定めなければいけない。これを偏差射撃といって動かない目標を狙う直接照準の場合と比べるとかなり難しいのだがイーヴォは偏差射撃でもいとも簡単に目標に命中させてしまう。僕も砲手の頃は偏差射撃は得意な方だったがイーヴォには負ける気がするのだ。それぐらいイーヴォの射撃能力というのは優れていた。
「撃てっ! 」
心の中で誉めた所為かは分からないが僕の掛け声と共に発射された砲弾は僅かに外れた。僕はさっきまでイーヴォのことを誉めていたことも忘れてイーヴォの座っている椅子を後ろから蹴り上げつつ怒鳴った。
「イーヴォ、しっかりしろ! もう一発! 」
「くそっ! 」
そう言いながらイーヴォが歯を食いしばって放った次の砲弾は回り込もうとするI-34の側面を捉えた。I-34はエンジン部付近で大きな爆発を起こしその動きを止めた。それを見て僕は叫んだ。
「よし、いいぞ。I-34とは距離を取っていれば殺られることはない。近づけさせるな! 撃て、撃て! 」
野砲の砲撃による動揺が拭われたのかティーゲル中隊の各車は射撃の調子をどんどん上げていった。回り込んで我々の側面ないし背後に近づこうとするI-34はことごとく破壊されていく。だがそれでも敵は特攻にも似たその攻撃をやめようとはしなかった。燃え盛るI-34の合間をすり抜けて別のI-34が迫ってくる。その距離はどんどん縮まっていった。
「くそっ! ル・カメリカめ! 早く諦めて撤退しやがれ! 」
普段冷静なハンスがそう言った。I-34との距離が接近してきたので皆はっきりと口にはしないものの焦りを感じているのだ。
「イーヴォ! 三時の方向にI-34だ! 距離四百! 急げ! 」
僕の命令を聞いてイーヴォが必死に砲塔を旋回させる。これぐらいの接近戦になればさすがのティーゲルといえども側面もしくは後部エンジン付近に直撃弾を喰らえばただでは済まないだろう。僕はいつの間にか汗びっしょりになっていた。
「照準よし! 」
「撃てっ! 」
次の瞬間I-34は大爆発を起こした。思わずホッと溜息が出る。だが次の瞬間皆の動揺を誘う内容の無線が続けて聞こえてきた。
「二号車大破! 」
「六号車転輪に被弾! 」
まずい、このままでは数に押し切られてしまう。だがここで慌てては駄目なのだ。僕は後方に敵戦車がいないことを常に確認しつつイーヴォに目標とするI-34の指示を出し続けた。
「イーヴォ、さっき殺った奴の後ろにもう一台いる! 撃て、撃てっ! 」
僕に急かされるようにイーヴォは砲弾を放ったがそのI-34は履帯が吹き飛んだだけだった。I-34の7.62cm砲がゆっくりとこちらを向こうとしている! 僕はまたイーヴォの席を蹴り上げながら怒鳴った。
「イーヴォ! まだ奴は生きてるぞ! もう一発だ! 早くしろ! 」
ペットゲンが大急ぎで次弾を装填する。イーヴォは照準を微調整してこう叫んでから砲弾を放った。
「この野郎! しつこいんだよ! 」
I-34は爆発を起こし砲塔が空高く舞い上がった。もう季節は秋から冬になろうというのに今日は全身汗だくだ。その後も暫く戦闘は続いたが我々の奮闘で多数のI-34を失った敵戦車部隊は戦闘開始から一時間ほど経つとようやく退却していった。
結局今回の敵の襲来も我々ティーゲル中隊は撃退し四十台近いI-34をスクラップに変えた。だがこちらのティーゲルも一台が撃破され四台が小破し修理が必要となった。取り敢えず敵を撃退出来たことは良かったのだがこのペースで敵に来られては部隊が前進するどころではなくいつか押し切られてしまうだろう。敵の攻撃を撃退した達成感や安堵感よりも敵の物量作戦に対する今後の不安感の方が中隊に大きくのしかかっていた。僕ら中隊一号車の車内も皆俯いてしまい誰も口を開く者はなかった。




