真価
「ドォーン! ドォーン! 」
前進するにつれて激しい砲火の音が耳に響くようになってきた。ティーゲルの車内は皆のピリピリとした緊張感が張り詰めている。それもその筈で敵はもう近くにおりいつ視界の中にI-34が入ってきてもおかしくないのだ。
「レパード1へ、こちらレックス1、ポイントSC6000付近に到着、今のところ敵影はなし。」
僕がそう状況を報告するとすぐにバウアー大尉から返答があった。
「フランツ、すぐにお客さんが現れるぞ! 戦闘準備をしておけ! 」
それを聞いて僕はキューポラから周囲の様子を窺った。付近には遮蔽物は何もなく平坦な荒野が広がっていて見晴らしは非常に良く敵が現れたらすぐ分かる。僕はティーゲルの上部ハッチを開けそこから砲隊鏡でさらに周囲の監視を続けた。すると北北東の方角からこちらに近づいてくるいくつかの戦車らしきものを見つけた。
「中隊全車に告ぐ、一時の方向より車輌多数接近中! おそらくI-34だと思われる、全車戦闘準備! 散開し横隊隊形を取れ! 」
僕の命令の後ティーゲル中隊は全車が真横に一直線に並んだ。これで全車輌の火力を正面から向かってくる敵に向けることが出来る。その後暫く僕は砲隊鏡を覗き続けていた。すると近づいてくるものの姿がはっきり見えてきた。やはりI-34だ!
「中隊全車へ、I-34の姿を確認した。くそっ、結構いるぞ! 数はおよそ四十、距離は約二千、千八百になったら射撃を開始する、各個撃破せよ! 徹甲弾用意! 」
僕の命令が無線で全車に伝わる。ペットゲンは無言のまま8.8cm砲弾を装填した。
「敵もどうやらこちらに気が付いたようだ。ばらけて突っ込んできやがる。イーヴォ、先頭のI-34を狙え。頼んだぞ。」
「了解です。」
イーヴォが僕にそう返事をした後ゴクリと唾を呑み込む音が僕の耳にハッキリと聞こえた。イーヴォも緊張しているのだ。だがそれも無理もない。敵の数はこちらの四倍以上なのだ。もうこうなれば僕らはティーゲルの8.8cm砲と重装甲に自分達の命を預けるしかなかった。
「距離千八百! 全車射撃開始! 撃てっ! 」
僕がそう叫んだ次の瞬間ティーゲルは激しい音と振動に包まれながら砲弾を発射していた。それはまるで竜が炎を吐くようなイメージだった。訓練で何度か経験しているとはいえ実戦で8.8cm砲を撃つのは初めてなのだ。その衝撃はいつもより激しい気がした。だが次の瞬間砲隊鏡から視界に飛び込んできた光景はその衝撃のことを僕にすぐに忘れさせるものだった。
「命中! やったぞ! 」
僕は興奮して思わず叫んだ。イーヴォの放った砲弾は狙ったI-34を正確に捉えたのだ。I-34は爆発を起こしその場で動きを止めた。車内だけでなく無線からも歓声が聞こえ僕らティーゲル中隊の士気は急激に上がった。僕は続けて叫んだ。
「イーヴォ、次は今吹き飛ばした奴の右にいるI-34を狙うぞ! 徹甲弾装填急げ! 」
最初の中隊の砲撃で二〜三台の戦車が破壊されたが他のI-34は突っ込んでくるのをやめなかった。
「どんどん来やがれ! 全部スクラップにしてやる! 」
僕は思わずそう一人言を呟いていた。するとペットゲンとイーヴォが僕に叫ぶ。
「次弾装填完了! 」
「照準よし! 」
その声に砲隊鏡を覗いている僕が続く。
「撃てっ! 」
ティーゲルはまた激しく炎を吐いた。そしてその炎はまたしても獲物を正確に捉えた。さっきまでのどこか沈んでいた雰囲気は何処かへ消え皆の表情に明るさと活気と自信が漲ってきているのが感じられる。僕は興奮してまた叫んだ。
「命中だ! イーヴォ、凄いぞ! 」
装甲を切り裂かれ大きな爆発を起こすI-34の姿は見ていて痛快だった。中隊の他のティーゲルも次々と敵戦車を撃破している。8.8cm砲の威力と命中精度は素晴らしく今まで使用されていた7.5cm砲の性能を遥かに凌駕しているということはその場にいた誰の目にも明らかだった。
「よし! 次にいくぞ! 」
8.8cm砲の桁外れの攻撃力に喜んだ僕はすこし浮かれてそう言った。これなら負けない! そんな自信が全身から溢れ出しているようだった。だがその時ティーゲルが大きく揺れた。
「うわっ! な、なんだ!? やられたのか!? 」
グワーンという鈍い金属音とともに振動が我々を襲い反射的にハンスがそう叫んだ。どうやらI-34が装備する7.62cm砲の徹甲弾がティーゲルに命中したようだった。どうやら敵も反撃してきたらしい。僕もハンスと同じように反射的に叫んでいた。
「被害状況を報告しろ! 」
だが誰も口を開かない。一瞬車内は静かになった。するとペットゲンが叫んだ。
「被害はないっス! I-34の砲弾を弾き返したんスよ! 」
車内の士気は更に高まった。距離千五百程度を保っていれば敵戦車はティーゲルに対して無力なのだ! 僕はもう踊り出したいくらいの気分だったがそれをグッと堪えて命令を出した。
「イーヴォ、今俺達に砲撃を加えた野郎が二時の方向にいる。片付けろ! 」
「了解! 」
イーヴォの返事も先ほどとは比べものにならないぐらい力強くなっていた。おそらくティーゲル中隊の全戦車兵が今イーヴォと同じように自信に満ち溢れているに違いない。
「照準よし! 」
「撃てっ! 」
イーヴォと僕の力強い声が連続して響いた後ティーゲルから今日三発目の砲弾が発射された。砲弾は今度も車体を直撃! とはいかなかったもののI-34の左の履帯を吹き飛ばした。すると敵の戦車兵が慌てて戦車のハッチを開けて逃げ出そうとしているのが見える。だが彼らはハッチから身体を見せた瞬間に友軍の歩兵隊から機銃掃射を受けてバタバタと倒れていった。
「逃がすか! この糞野郎共! 全員ここでくたばりやがれ! 」
普段冷静なハンスが興奮してそう言った。戦場では敵兵の死こそ至上の幸福を味あわせてくれるものなのだ。以前は多少なりとも敵兵の死に同情や罪悪感を感じていた僕らはこの数ヶ月で大きく変わっていた。
「少尉! まだ突っ込んでくる馬鹿がいます! 早く殺っちまいましょう! 」
ハンスがそう続けた。確かにハンスの言う通り敵戦車部隊はその大半が撃破されたにもかかわらず攻撃をやめていない。その後も敵の砲弾が何発かティーゲルの装甲を捉えてきたが敵弾はティーゲルの分厚い装甲を貫通出来ず虚しく弾かれるだけだった。僕は浮かれるていることを悟られないように冷静な振りをして言った。
「敵も必死なのだ。距離が縮まればヤバい。イーヴォ、一台ずつ慎重に撃破しろ。」
イーヴォは黙って頷くと黙々と照準器を操りI-34を僕の指示通り一台ずつ火柱に変えていった。
「まだ動いている敵はいるか? 」
戦闘が始まって三十分ばかり過ぎた頃、僕はティーゲルの中で誰にという訳ではなかったがそう聞いた。するとハンスが答えた。
「いえ、いません。」
それに続いてイーヴォが言った。
「何台かには逃げられたようです。ですが間違いなく我々の勝利ですよ! 」
イーヴォの声は興奮ですこし震えているようだった。確かに周囲には燃え盛るI-34の残骸だらけになっている。僕は無線で他の車輌に話しかけた。
「こちらレックス1! 中隊全車へ、損害状況を報告せよ。」
「こちらレックス2、異常なし。」
「こちらレックス3です。同じく異常なし。」
その後も他のティーゲルから異常なしの連絡が次々と返ってきた。結局こちらは一台も破壊されていないのだ。僕はキューポラから周囲に敵がいないことを確認するとおそるおそるティーゲルの上部ハッチから僅かに頭を出し敵戦車の残骸を数え始めた。I-34の残骸は全部で三十以上あった。信じられない! まさにティーゲル中隊の完勝なのだ。僕は興奮しながらもすぐに無線でバウアー大尉に報告した。
「こちらフランツ、バウアー大尉、応答して下さい! 」
するとバウアー大尉はすぐに返答してきた。
「どうした? 」
「ティーゲル中隊はポイントSC6000付近にてI-34約四十台と遭遇するもこれを撃退し三十台以上を撃破、損害はゼロ! 後続する歩兵隊の到着を待って追撃戦に移る! 」
大きな戦果を上げた我々ティーゲル中隊に対して大尉の驚嘆と賞賛の声が聞けると思いながら僕はそう大尉に報告した。だが大尉は素っ気なかった。
「そうか、では追撃戦に移行し随時状況を報告せよ! 」
大尉の言葉はそれだけだった。僕はちょっと肩すかしを喰らったような感じだったが取り敢えず大尉に「了解! 」とだけ言っておいた。そして敵の再襲来に備えて周囲を警戒していると大尉がまた無線で突然呼びかけてきた。
「おい! レックス1! 」
「どうしました? 」
「よくやったな。だが前線での無線連絡で平文は厳禁だぞ! 罰としてあと五十台のI-34を片付けろ! 」
僕は苦笑いしつつ「了解! 」と返事をした。




