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トラブル

その日からティーゲル漬けの日々が始まった。僕らはティーゲルに乗って実戦を想定した訓練を行った後自分達で車輌のメンテナンスを施すというサイクルを一日中繰り返し、全員があらゆる操作や整備を卒なく出来るレベルを目指した。ティーゲルを使いこなす為に僕らは文字通り寝る間も惜しんでティーゲルと向き合ったのだ。最初はトラブルが発生するとなかなか対応出来なかった我々だったが五日も経つと搭乗員全員にティーゲルを使いこなせるという自信が芽生えてきた。するとそのタイミングに合わせたように訓練開始より六日目の早朝に遂に僕らティーゲル中隊を含む第七装甲師団に出撃命令が下った。僕はバウアー大尉と共に司令部へ呼び出されシラー少将と出撃前の打ち合わせを行った。

「いよいよ出撃だ。我々第七装甲師団の任務はアマクヤードを包囲しようとしている敵部隊の侵攻を食い止め撃退することである。もしこれが上手くいかなければアマクヤードにいる友軍は補給路を絶たれ窮地に陥ってしまうのだ。我々の任務は重要だぞ。」

シラー少将は葉巻を咥えながらそう言ってテーブルの上に広げた地図を指差した。地図上ではアマクヤードの街の東側から敵の大部隊が迂回しようとしていることを示す大きな赤い矢印がアマクヤードの南側へ向かって書き込んであった。それを見て大尉が少将に聞いた。

「敵の兵力はどれぐらいです? 」

「情報ではざっと三個師団だ。」

シラー少将はさらっとそう言ったが僕と大尉は思わず顔を見合わせた。三個師団の敵を我々第七装甲師団のみで食い止めなければならないのだ。単純に考えても戦力差は三倍、不利な戦いになることは誰の目にも明らかだった。僕は思わず少将に質問した。

「我々だけで食い止めることが出来ますでしょうか? 」

「やるしかない。失敗すればアマクヤードの友軍は全滅し戦線は崩壊するのだ。全ては我々にかかっている。」

少将はそうきっぱりと言い切った。そこまで言われれば僕も大尉も何も言い返せない。僕らが黙っていると少将は言葉を続けた。

「アマクヤードの南東に広い平原がある。敵部隊と戦闘が行われるとすればおそらくその平原になるだろう。本当はもっと戦力を集中出来る狭い地域での防御線を構築したかったがもうそんなことも言っていられない。その平原を突破されアマクヤード包囲網が完成してしまえば我が軍は敗北するのだ。」

僕は少将の話を聞きながら地図を見ていた。確かに地図を見れば事態が切迫していることは僕でも理解出来る。のんびりとはしていられないのだ。僕は言った。

「ではすぐに出発しましょう。足の遅いティーゲルでは展開に時間がかかります。」

僕がそう少将に言うと大尉が僕と少将の間に割って入ってきてこう言った。

「シラー少将、私は第七装甲師団の戦車部隊全体の指揮を取らねばなりません。足の遅いティーゲルに乗っていては師団の移動についていけない為指揮に支障をきたします。なので足の速い四型戦車に乗ることにします。フランツにティーゲル中隊の指揮を任せますが宜しいですね? 」

突然の大尉の発言に僕は驚いたが少将は表情一つ変えず頷いた。そして僕の方を向き直るとこう言った。

「頼むぞ。」

少将のその一言に僕への少将の信頼が感じられて僕は嬉しかった。今までの働きをバウアー大尉だけではなくシラー少将さえも認めてくれているのだ。喜びを感じながら僕は自分の乗車するティーゲルのところへ戻りすぐに出撃の準備を整えた。そして太陽が地平線の彼方にわずかに姿を表しティーゲルの姿を明るく照らし始めた時、僕は無線で命令を下した。

「重戦車中隊、前進! 」

九台のティーゲルはゆっくりと列をなして進み出した。


アマクヤードに向けて意気揚々と出発した我々だったが荒野を走ること一時間程でさっそくトラブルが発生した。重戦車中隊のティーゲル九台は縦列で進んでいて先頭を僕の乗る一号車、そしてその後ろを二号車、三号車が続いていたのだが最後尾を走っていた九号車のギアが故障してしまったらしく急に動かなくなってしまったのだ。帯同していた整備中隊が応急措置を施すがすぐには直せないとのことで我々は止むを得ずその九号車と整備中隊をその場に残して前進することにした。幸いにもここはまだ友軍の勢力圏内なので敵に遭遇する危険はないと判断しての決断だった。修理をされる九号車が遠ざかる様子を上部ハッチから眺めながらペットゲンが言った。

「戦闘する前から壊れるってヤバいっスね。俺達のティーゲルは大丈夫っスかね? 」

ペットゲンの独り言に誰も反応しなかった。確かに機械に故障は付き物だが移動し始めてすぐのタイミングだったので僕だけでなく皆も内心相当な不安を抱いたに違いない。それは訓練で得たティーゲルとの絆にヒビが入ってしまったようなもので車内の沈黙が搭乗員の不安を表していた。

「すぐに直って俺達の後を追いかけてくるさ。さぁ、アマクヤードを目指すぞ。」

その沈黙を振り払う為に僕は無意識のうちにそう大きな声を出していた。アマクヤードまでの道のりはまだ始まったばかりなのだ。


だが我々ティーゲル重戦車中隊はその日と次の日とを合わせて九台のうち四台のティーゲルが故障する羽目に見舞われた。初日こそは故障したティーゲルと整備の人間をその場に置き去りにして前進していたがそのうちそれも難しくなった。整備中隊の人の数がそれほど多い訳ではないからだ。二日目からは故障が発生する度に縦隊はその動きを停止し修理が完成するのを待たなければならなかった。そうこうしているうちに最初に置き去りにしたティーゲルが停止している縦隊に追いついてきた。これではアマクヤードに到着出来るのはいつになるのか見通しすら経たない。ペットゲンが呆れて言った。

「大丈夫っスかね? この戦車。戦闘中に故障でもしたらオイラはこの戦車を開発した人間を半殺しにしてやるっスよ! 」

修理を待つ間の一号車の中は嫌な雰囲気だった。確かに戦う前からこの調子では皆のモチベーションが下がっても仕方がない。するとハンスがペットゲンにこう言い返した。

「戦闘中に故障したら開発者を半殺しにする前にお前が先にI-34の大軍に殺されるよ。俺達は与えられた兵器で戦うしかないんだ。イラついても何にも始まらない、落ち着こう。」

ハンスはそう諭したが逆にそれによってペットゲンのイライラはさらに増長されたようだった。そして急に話の鉾先を僕に向けて喋りかけてきた。

「少尉も大変な新型戦車を押し付けられたっスよね! 以前の四型戦車の方が遥かに扱い易いっスよ!少尉はこの戦車、どう思うっスか? 」

「強力な戦車が必要だということでおそらくこのティーゲルは実戦投入を急がされたのだろう。我々のような実戦部隊からのトラブルの報告を集めてこれからまた改良されていくのだろうな。それまでの間は我慢だ。」

僕が取り敢えずそう答えるとペットゲンはすこし拗ねたように小声で言った。

「……じゃあ俺達はモルモットみたいなもんじゃないスか。」

「ペットゲン、もうその辺でやめておけ。お前が一人で苛つき続けてもどうにもならないだろ? 俺達が不快になるだけなんだから。」

ハンスがそう言うとペットゲンは黙った。僕はそこに付け加えた。

「ペットゲン、気持ちは分かるがハンスの言う通りすこし落ち着けよ。大丈夫、ティーゲルは戦闘になればその威力を十分発揮するさ。これは俺の勘だがね。まぁ煙草でも吸えよ、ほら! 」

僕がそう言って煙草を差し出すとペットゲンは軽く頷いてその煙草を受け取った。そしてマッチを擦って火をつけるとパカパカと煙を吐き出した。この日のペットゲンのイライラはこの一服で収まったようだったがその後もトラブルは連続して起こり結局我々が作戦地域に到着したのはその五日後だった。


五日後の昼過ぎにティーゲル重戦車中隊がようやくアマクヤードの南東の平原に到着した頃先行していた第七装甲師団の他の部隊は数に勝る敵の足をなんとか食い止めその前進を阻んでいた。バウアー大尉率いる四型戦車部隊の奮闘は見事で圧倒的な物量を誇るル・カメリカ軍を押さえ込んではいたもののやはり数の差は大きすぎた。戦況が好転する兆しは何処にもなくこのまま戦線を維持し続けるのは難しいということは誰の目にも明らかだった。そんな状況下のバウアー大尉へ自分達が到着したことを伝える為に僕は無線機で大尉に語りかけた。

「こちらレックス1! レパード1、応答して下さい。」

レックス1というのは重戦車中隊一号車、つまり僕の乗るティーゲルを指すコードネームでありレパード1というのはバウアー大尉の乗る四型戦車を意味していた。

「こちらバウアーだ! フランツ! 遅すぎるぞ! 」

大尉から返信があって僕はホッとした。バウアー大尉のことだから大丈夫だろうと思ってはいたが戦場では何が起こるか分からない。生きていてくれて良かったと僕はしみじみ思いつつ大尉に返答した。

「レパード1へ、平文は厳禁ですよ。」

「固いことを言うな! そんなことより敵が迫ってきている。ポイントSC6000へすぐ来てくれ! 」

「了解しました! ではハンス、車体を右三十度旋回! ポイントSC6000へ向かえ! 重戦車中隊車輌は全車一号車に続け!」

僕らのティーゲルは向きを変えた。すると二号車、三号車も同じように方向転換する。これからいよいよ戦闘が始まるのだ。

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