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決意

次の日僕は普段より早く目を覚ました。時計を見るとまだ朝の五時で今日の訓練の集合時間は五時四十分だった。まだあと四十分ある。身支度と集合場所までの移動時間はだいたい二十分みておけば余裕があるだろう。僕はベッドに横たわったままもう少し寝るかそれとも起きるかをぼんやりしながら考えていた。そして何気なくドアの方を見るといつの間にかドアが開いていることに気が付いた。僕は他のことはいい加減だが戸締りだけはいつもきっちりとしているのでおかしいなと思っていると開いたドアのところに男が立っているのが見えた。僕が寝惚け眼でその男を見ると肩からライフル銃をかけ首からは見覚えのあるゴルゲットをぶら下げている。こいつは憲兵だ!と思った瞬間にその男は肩からライフル銃を下ろし銃口を僕に向けてこう言った。

「フランツ少尉、貴公は我が軍の規律と秩序を大きく乱している。貴公の行いは重罪であり万死に値する為早急にここで銃殺刑に処す。」

そう言ってその憲兵は僕に向けたライフル銃の引金を引こうとした。僕にはさっぱり訳が分からなかった。

「ちょっと待ってくれ!俺が何の罪を犯したというのだ?俺は何もしていない!」

僕がそう言うと憲兵はニヤリと笑って答えた。

「貴公の罪はカーソン教信者の殺害である。貴公が凶悪な反カーソン教団体に所属していることも我々は知っているのだ。まぁ我々憲兵隊にとっては反カーソン教の人間もカーソン教の人間も変わりはない。どちらも軍に害をもたらすクズだ。死ね!」

「待ってくれ!俺は関係ない!撃たないでくれ!」

僕はそう叫ぶと反射的に身体を動かし銃口から逃れようとしてベッドから転げ落ちた。そこでようやく僕は目が覚めた。全て夢だったのだ。

僕は真冬だというのに汗びっしょりになっていた。部屋の中は静かで時計の針が進む音だけが辺りに響いていた。時刻は朝の五時を少し回ったところで部屋を見回すとドアも少し開いていた。憲兵にライフル銃を向けられていないことを除けば夢の中と全く同じ光景だった。僕は立ち上がりベッドの上に腰を落としてびしょびしょの汗を拭った。暫くぼんやりしていると頭の中に昨日のバウアー大尉の話が蘇ってきた。おそらくその影響でさっきの夢を見たのだろう。そしてオットーのことが頭を過る。だがふとその時僕はドアの隙間から様子を伺っているバルクマンに気付いた。

「俺の部屋には覗き見したくなるようなセクシーなものは無いぜ。どうした?」

そう声を掛けるとバルクマンは慌てて返事をした。

「あっ!いえ、申し訳ありません。少尉の部屋のドアが珍しく開きっぱなしになっていたので何かあったのかと思いまして…」

「昨日は疲れ切っていてドアを閉めるのも忘れていたようだ。気を遣わせてすまない。」

僕がそう答えるとバルクマンは僕の顔を覗き込むようにして言った。

「少尉、疲労が溜まっているのではありませんか?無理はなさらずに。我々はチームなんですから何かあればいつでも言ってください。」

周囲にいつもさりげなく気を遣っているバルクマンの言葉は温かかった。

「では私は先に集合場所に行っていますね。」

そう言ってバルクマンは部屋を出て行った。その後ろ姿を見送ってから身支度を始めた僕は一つのことを心に決めた。

「周りは僕のことをよく見ている。僕が悩んでいる姿を見せればそれは若い兵に悪影響だろう。今の僕ら戦車隊は非常に良い状態だ。士気は高くチームワークも申し分ない。僕がその状態を壊す訳にはいかないのだ。バルクマン、ペットゲン、ヒューブナー、そしてバウアー大尉。今のチームである彼ら最高の仲間達に迷惑はかけられない。もうオットーのことで悩むのはやめよう。僕があいつに対して出来ることは今は何もないのだし。それにもしあいつが軍法会議にかかっても有罪になると決まった訳ではないし有罪としても死刑と決まっている訳でもなかろう。いつか会える。」

僕はそう心の中で割り切った。そして身支度を終えると部屋を勢いよく飛び出て何も考えずに集合場所へ走っていった。

集合場所に着きバルクマンと戦車の点検を始めようとしているとペットゲンとヒューブナーもやってきた。全員で手分けして点検を行い各部に異常が無いことを確認し終わるとちょうどバウアー大尉がやってきた。僕ら四人は戦車の前で横一列に並んで整列し敬礼をして大尉を出迎えた。

「ようし、準備はいいな?今日もハードだがへたばるなよ!」

「我々四人は大丈夫であります!大尉殿!」

僕は思わず大きな声で返事をしていた。それを聞いて大尉はニヤリと笑って言った。

「今日は元気がいいな、フランツ。では大丈夫なところを見せてもらおう。全員乗車!」

大尉の掛声で皆戦車に飛び乗った。そして今日も厳しい訓練が始まった。



「今日はどうした?フランツ。いつもと別人だったな。」

厳しい訓練が終わり基地に帰ってきてからのバウアー大尉の第一声が僕に浴びせられた。それを聞いて僕は焦った。大尉の言葉が皮肉めいた言い回しに聞こえてまた自分が気付かないところで何かミスをやらかしたのかと思ったからだ。

「大尉、申し訳ありません。何処が悪かったのか御指導して頂けませんか?」

僕は単刀直入に聞いた。

「ハハハ、違うぞ。そんな意味じゃない。今日はよく集中出来ていたと褒めてるんだ。」

「え?」

「今日のお前は非常に優秀だったと言ってるんだ。最近のお前は集中力が散漫だった。その状態が長く続くようなら一度ぶん殴ってやろうかと思っていたが今日のお前は以前の様に優秀だったぞ。」

「あ、ありがとうございます。」

僕がそう答えると大尉は僕の耳元で言った。

「よく乗り越えたな。」

大尉は僕が昨夜の話でショックを受けていることは分かっている筈だった。だがそのショックに負けて今日不甲斐ない態度で訓練に参加していれば僕は間違いなく大尉にぶちのめされていただろう。その精神的な困難を乗り越え集中して訓練に臨んだからこそ大尉は僕を褒めてくれたのだ。僕は素直に嬉しかった。

「フランツ。それとな、さっき連絡があってお前に面会人が来ているらしい。後片付けが終わったら基地のゲートのところへ行け。そこでその面会人を待たせているらしい。」

僕は大尉にそう言われたが面会人など誰も心当たりがなかった。ひょっとしたら兄のルドルフが軍に何か用事があってそのついででちょっと立ち寄ったのかもしれない。それぐらいしか思いつかなかった。最近兄とは何度か顔を会わせているし別に会いたいとも思っていないので僕はゲートまで行くことが物凄く面倒臭く感じた。だが行かずに放っておく訳にもいかず僕は渋々残務処理をして簡単に身支度を整えてゲートに向かった。


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