虎
「おい、シートを取ってくれ! 」
シラー少将がそう近くにいた整備兵に指示を出した。巨大な物体を覆い隠していたシートが外されるとそこにはやはり僕の予想通り、ハーゲ社の工場で見た大型戦車が姿を表した。長く突き出た砲身、直線を主体としたゴツゴツとしたデザイン、幅の広い履帯に大きな転輪、どこを見てもそれはあの大型戦車と同じものに違いなかった。
「8.8cm砲を搭載した新型の重戦車だ。新型といってもアマクヤード以外の戦線では既に実戦配備されてその攻撃力、防御力はI-34相手に絶大な威力を発揮している。今回の戦力再編成において第七装甲師団にも重戦車中隊が新設されこの戦車が九台配備されることになったのだ。」
シラー少将がそう説明をしてくれたが僕はあまりその話を聞いていなかった。僕はこの重戦車に自分が乗れるということが嬉しくすこし興奮していた為だ。前面装甲が10cmということは以前乗っていた四型戦車の前面装甲と比べても倍の厚みがある。おまけにあの強力な8.8cm砲を搭載しているのだ。これに乗っていればI-34など敵ではない。生存率はぐっと上がる筈なのだ。
「こいつですか……確か走行速度がかなり遅かったですね。8.8cm砲は魅力ですが師団の移動についていけるのかどうかが心配です。」
興奮している僕とは違ってバウアー大尉は冷静に意見を言った。シラー少将がそれに答えた。
「確かにこいつの足回りには問題も多い。移動にも時間を要するだろう。だから一日でも早くアマクヤードに向けて出発せねばならん。アマクヤードを包囲しようとしている敵戦車部隊を壊滅させるにはこいつの力がどうしても必要なのだ。」
少将はそう言うとその重戦車の側面装甲をポンと軽く叩いた。少将はその重戦車の攻撃力の高さを僕らに強調したかったようだが僕にはアマクヤードが包囲されようとしているという少将の言葉の方が気になった。やはり敵は本格的に反撃を仕掛けてきているのだろう。だがその雰囲気を察してかシラー少将は僕が口を挟ませられないようにするかのように続けた。
「今から戦車兵を集めて訓練を開始する。こいつの性能を余すところなく発揮出来るようにしてくれ。重戦車中隊長はバウアー大尉にやってもらう。マイヤー少尉はその補佐だ。頼むぞ。」
「了解であります! 」
僕とバウアー大尉はそう言ってシラー少将に敬礼をした。
「そういえば……この戦車の名前は何ですか? 」
大尉がふとそう質問をするとシラー少将はニヤリとして答えた。
「『ティーゲル』だ。こいつにぴったりの名前だろう。こいつはI-34を食い尽くすのだ。」
ティーゲルとは動物の虎を指す言葉なのだ。なるほど、確かに力強くてしっくりくる名前だなと僕は思った。
「少尉! 帰ってきてたんスね! 」
その後シラー少将が司令部へ戻ったのでバウアー大尉と二人で暫くティーゲルについて雑談をしていると突然僕はそう後ろから大きな声を掛けられた。それは聞き覚えのある声だ。僕は声の主が誰だかすぐ分かったので笑顔で振り向きこう返事をした。
「久しぶりだな、ペットゲン! 」
僕の視線の先にはペットゲンにハンス、それにイーヴォとオッペルの四人がニヤニヤして立っていた。皆僕の部下だが僕には部下というより戦友と言った方がしっくりくる。僕は彼らとの再会に嬉しくなり思わず大きな声を出していた。
「皆元気だったか!? ハハッ! これからまた頼むぞ! 」
僕は四人の前に進み出て順番に握手をした。すると四人の中の一人が大きな声で僕に話し掛けてきた。
「少尉、いろいろ御迷惑をお掛けしました。」
そう僕に言ってきたのはハンスだった。ハンスは上官に暴力を振るったことが暴露て僕が本国に帰っている間に憲兵隊から取調べを受けていた筈なのだ。僕は心配して聞いた。
「大丈夫か? 何か処分を受けたのか? 」
するとハンスは微笑みながら答えた。
「バウアー大尉殿に揉み消して頂きました! 」
それを聞いて僕ら五人は大笑いした。上官への暴行は懲罰部隊への異動など厳しい処分を課せられることが多々あるのだ。それが何のお咎めも無しとは! 「さすがバウアー大尉だ! 」と僕らが言いあっているとその張本人である大尉が背後から歩み寄ってきてこう言った。
「まったく、あの時は大変だったんだぞ! 憲兵隊にいる古い友人に連絡して手を回して貰ったんだ。フランツ、お前の部下の責任はお前が取れ! 俺に死ぬまでワインを貢げ! 」
大尉が笑いながらそう冗談を言ったのでまた僕らは大笑いした。怪我をしていたオッペルも復帰して元気になったようで一緒に笑っている。それから僕らは暫くの間生きて再会出来たこととバウアー大尉の指揮の下また同じ戦車(しかも新型重戦車! )に乗れることの二つを喜びあった。
だがそれも束の間、ティーゲルに慣れる為の訓練がすぐに始まった。ティーゲルの取扱説明書を持った技術将校が僕らのところへやってきて一通りの取扱説明を行った。その後実際に動かしてみようということになり取り敢えず僕と運転手のハンス、それにその技術将校がティーゲルに乗り込んだ。戦車の履帯に足を掛けて車体の上部によじ登る。戦車の砲塔部の上に立つとやはり図体が四型戦車より大きい為か非常に高く感じた。その後戦車の上部ハッチを開け戦車内部に身体を滑り込ませる。戦車内も四型戦車よりすこし広いように感じた。
「……やはり大きいな。」
僕が思わずそう言うとハンスが答えた。
「運転手の席は狭いですね。まぁ広々としてゆったりとした運転手席のある戦車なんてこの世の中にはないのでしょうけどね。」
そう言うハンスの横に技術将校が座りその後運転の仕方を丁寧に教え始めた。最初は悪戦苦闘していたハンスだったが慣れてくるとスムーズにティーゲルは動いた。技術将校の話によると地表の条件が極端に悪いところで急旋回をしたり急発進なんかをしたりすると履帯が外れたりすることがしょっちゅうあるらしい。それに加えてエンジンやギアには常に細心の注意を払いこまめにメンテナンスをしないとすぐ故障してしまうという。やはりバウアー大尉の指摘通り足回りにはかなりの不安がある様だった。その話を聞きながら僕は戦車長用のキューポラから外の景色を眺めていたがやはり車体が大きい為今までの四型戦車と比べると非常に高いところから周囲を見渡していると感じる。これだけ大きいと敵にも発見されやすいだろう。今までの様に遮蔽物を上手く活用して戦闘するなど出来るのだろうかと僕はすこし心配になった。
その後イーヴォとペットゲンが乗ってきて技術将校から8.8cm砲の説明を受けることになった。砲弾の収容場所を教えられてペットゲンがそこから8.8cm砲弾を取り出し抱えてみたが見るからに重たそうだった。ペットゲンは苦笑いして言った。
「重たいっス! でも落っことす訳にはいかないっスからね! 」
8.8cm砲弾が装填されると今度はイーヴォが照準器や砲弾の発射方法について説明を受けた。いくら強力な8.8cm砲といえども当たらなければ何の意味もない。そういう意味ではイーヴォの責任は重大なのだがイーヴォは落ち着いた様子で技術将校の話を聞き実際に戦闘になった際の自分なりの照準のイメージを頭の中で描いているようだった。
「フランツ、どうだ? いけそうか? 」
一通りの説明が終わった後にバウアー大尉から無線でそう連絡が入った。ハンスの方をチラッと見るとOKの合図をしたので僕はバウアー大尉に答えた。
「大丈夫です。」
「よし、では後に続け! 」
バウアー大尉はそう言うと自分の乗るティーゲルを走らせて僕らの正面を左から右に横切って行った。僕は取り敢えず技術将校を降ろしてからハンスにバウアー大尉を追いかけるように指示を出した。一体何処へ行くのだろうか?
バウアー大尉のティーゲルは町を出て2km程進むとようやく停止した。そこは何もないだだっ広い荒野だったがよく見ると1.5km程前方にI-34の残骸がいくつか横たわっている。どうやらここは演習場でそのI-34を標的とする射撃訓練をバウアー大尉はしたいようだった。
「大尉、あの残骸を狙うのですか? 」
「そうだ。やってみろ。あと数日で第七装甲師団は出発する。我々には時間がないのだ。この2〜3日の間にお前達にはこのティーゲルという戦車を使いこなしてもらわなければならん。」
大尉の言葉には重い響きがあった。おそらく敵の反撃が激しいことを大尉は知っているのであろう。ティーゲルを上手く乗りこなさなければお前達の命はない、と言われているような気がした。
「了解しました。ではペットゲン、榴弾装填、イーヴォ、二時の方向にあるI-34を狙え、距離1500! 」
僕がティーゲルの上部ハッチを開けて双眼鏡で目標を確認しそう指示を出した。ペットゲンが重たそうな8.8cm砲の砲弾を砲身に押し込む。その後イーヴォが自分の席の足下にあるフットペダルを踏んで砲塔を旋回させた。砲塔は手動ではなくモーターで旋回させ細かい微調整だけを手動でするという。だが旋回速度が遅い気がしたので僕はかなり不安になった。数で勝る敵を葬るには素早く敵に狙いを定めなければならない。この戦車、大丈夫だろうか? 僕がそう思った時にイーヴォが言った。
「照準よし! 」
イーヴォのその言葉を聞いて僕は反射的に叫んでいた。
「撃てっ! 」
ドォーンという音とともに8.8cm砲弾は発射された。なるほど、7.5cm砲弾と比べると音の大きさと衝撃はかなり激しい気がする。そしてその激しい音と衝撃に続いて目標としていたI-34の残骸は吹き飛んだ。直撃だったのだ。
「命中! 続いてその右奥にいるI-34を狙え。」
最初の射撃をいきなり命中させるイーヴォの腕前も大したものだがおそらくこの8.8cm砲の命中精度もかなり良いのだろう。それを証明するかのようにイーヴォはその後七〜八発の砲弾を放ったが一発も外さなかった。イーヴォは次々と目標に命中弾を与え最後には二千m離れた標的にも砲弾を初弾で命中させたのである。先ほどまでの不安は何処へやら、いつの間にか僕は自分でも気が付かないうちに物凄く興奮していた。
「……このティーゲル、本当に凄いぞ! 」
僕がそう言うとイーヴォが僕の方を振り向いて拳を突き出し親指を立てて笑った。僕も同じポーズを取ってそれに応えながら微笑んだ。イーヴォもこの戦車の手応えというものを感じ取っているようだった。




