戦車工場
授与式が終わった後僕とバウアー大尉、それにグラツィエ准尉とマシューさんの四人は戦車メーカーであるハーゲ社の工場に車で向かった。ハーゲ社が四型戦車に続く新型戦車を開発しており是非それを僕とバウアー大尉に見せたいとのことらしい。その新型戦車は軍に正式採用されたばかりでまだほんの数台が納入されただけらしかったが今後は主力戦車として増産されていくとのことだった。工場が建っているハーゲ社の敷地に到着すると技術者が出迎えてくれて僕らを工場の入口へ案内してくれた。
「バウアー大尉、マイヤー少尉、そしてグラツィエ准尉、こちらです。私はハーゲ社の技術担当のディッツと申します。宜しくお願いします。工場内は社員と軍関係者以外は立ち入り禁止になっておりますのでカメラマンの方は申し訳ないのですがこちらでお待ち下さい。」
出迎えてくれたディッツさんという技術者がそう僕らに声を掛けてきた。ディッツさんは眼鏡をかけていておでこが広くちょっと神経質そうな顔立ちをしていた。白衣にグレーのズボンを履いていて痩せ気味で髪はボサボサのいかにも技術者、研究者という感じのする人だった。ディッツさんにそう告げられたマシューさんは仕方なく工場の入口の扉の前で待つことになりあとの三人がディッツさんに案内されて工場内に入ることになった。工場内は奥行き五十m、幅三十mほどで天井も高さ十mぐらいあり広くその中に僕が乗っていた三型突撃砲や四型戦車と比べると一回り大きい戦車が一台置いてあった。
「これがその新型ですか? でかい砲を積んでますね。」
僕がそう言うとディッツさんはその戦車の前まで行って解説をしてくれた。
「こいつは8.8cm高射砲を戦車用に改造したものを積んでおります。その破壊力、貫通力は従来の7.5cm対戦車砲とは比べものになりません。」
そう語るディッツさんの表情は自信満々だった。確かにディッツさんの言う通り8.8cm高射砲であれば強力なことこの上ない。僕は口をポカンと開けてその長く太い砲身を眺めていた。
「装甲も分厚そうだな。」
バウアー大尉がそう聞くとディッツさんはまた自信満々に答えた。
「前面装甲で10cmあります。四型戦車の倍ですね。」
「……凄い。」
僕は思わずそう言って溜息をついてしまった。こんな戦車があればI-34など怖くもなんともない。三型戦車に乗ってI-34の76mm砲に怯えていたのがついこの間だというのに! 兵器が進歩していくスピードというのは想像以上なのだということをこの時僕は実感した。だがその時バウアー大尉がふとディッツさんに質問した。
「前面装甲が10cmか。では車体の重量はどれぐらいだ? 」
「え、え〜と、57トンあります。」
「57トン! そんなにあるのか!? 足回りで問題は無いのか? 」
バウアー大尉がそう言うとディッツさんは初めてちょっと困ったような顔をした。
「……長時間走らせると足回りには故障が発生することがあります。それについては随時改良を加えていきます。」
僕はバウアー大尉の洞察力に感服した。僕なんかは新型戦車の迫力に押されてそんなことなど思いつきもしなかったのだ。バウアー大尉は質問を続けた。
「走行スピードはどれぐらいだ? 」
「最高時速38kmです。」
「遅いな。それでは機甲師団の展開スピードについて来れないだろう。もっと早く出来ないのか? 」
「……それについても今後検討していきます。」
その後もバウアー大尉から使用する立場としての要望が次々と出てきた。するとディッツさんの声はどんどん小さくなっていき最後の方は非常に聞き取りにくいぐらいになっていた。ディッツさんはここまでバウアー大尉がいろいろと突っ込んだ話をしてくるとは思ってもいなかったのであろう。グラツィエ准尉も予想外の長話に時計をチラチラと気にしている。この後何か予定があるのだろう。暫くするとバウアー大尉もその雰囲気を感じたのか喋るのを止めた。するとそこへすかさずグラツィエ准尉が間に入り話を切り上げた。
「ではそろそろ時間なので工場を出ましょうか! 」
工場を後にしてクレリバーの陸軍基地に戻るとマイザー少将が晩餐の用意をして待っていてくれていた。准尉が時間を気にしていたのはこの為だったのだろう。マシューさんは記事に必要な僕らの写真が十分撮れたということで新聞社へ帰った為僕とバウアー大尉、それにグラツィエ准尉の三人がその晩餐に招待された。騎士鉄十字章受賞者と飲みたいとのことで少将はワインを沢山用意してくれていたのだ。酒に目がないバウアー大尉がそんな誘いを断る訳もなく僕らは基地の食堂で簡単な祝宴を開いてもらった。
「今日はたっぷり飲んでくれ給え! さあさあ遠慮はいらんぞ! 」
マイザー少将はそう言うと僕らを食堂に並べられたテーブルの一つに座らせ置いてあったワイングラスにワインを注ぎ始めた。すると授与式の時にいた中尉が給仕用のワゴンに料理をのせて自ら運んできてくれた。
「たいしたものはありませんが召し上がって下さい。」
中尉はそう言うと料理の盛られた皿をテーブルの上に並べて少将の横の椅子に座った。その後彼は自己紹介をして名をヘルトルといい歳は三十二歳ということだった。見た目はすこしおとなしそうであまり軍人ぽくは見えないと思っていたら案の定彼は偵察や諜報活動によって得た情報を分析する仕事を主にこなしていて実戦の経験は無いとのことだった。
「では騎士鉄十字章受賞者に乾杯! 」
ヘルトル中尉の自己紹介の後少将がそう乾杯の音頭を取って宴はスタートした。中尉は食事はたいしたものがないと言っていたが最前線では滅多にありつくことの出来ない肉がふんだんに皿に盛り付けられている。僕とバウアー大尉は乾杯をしてワインを一口含むとすぐにグラスを置いて肉を取り皿に運んだ。普段食べられないものを食べたいという思いは僕も大尉も一緒らしい。その様子を見ながら少将はワインを口に運び笑顔を浮かべて僕らに質問をしてきた。
「最前線の様子はどうかね? 」
バウアー大尉が肉をむしゃむしゃと頬張っているので必然的に答えられるのは僕しかいない。僕は口に運ぼうと思っていた肉を取り皿に置いたまま答えた。
「アマクヤードの戦いは我々の勝利に終わりましたがそれはかなり際どいものでした。敵の物量は侮れません。おそらく雨季が終わり路面状況が良くなれば敵は必ず反撃してくるでしょう。今のうちにこちらも態勢を立て直す必要があります。」
僕がそう言うと少将はまた質問をしてきた。
「開戦前はル・カメリカなど最初に強烈な一撃を加えればすぐに和平交渉に乗ってくるだろうと軍の高官や政治家は考えていたようだが……? 」
「そうなれば良いのですが少なくとも戦場でのル・カメリカ兵は練度は低いものの最後の一発まで戦う勇敢さを持ち合わせています。長期戦になればその練度も上がり物量に劣る我が軍にはすこし不利になるかもしれませんね。」
僕がそう言うと場がすこし静まってしまった。だがそこへバウアー大尉がすかさず間を繋いでくれた。
「仮に和平交渉が失敗しても我々が敵をはねのけてやりますよ! 次は敵戦車二百輌撃破を成し遂げて柏葉付騎士鉄十字章を狙います! 」
すると皆が笑って場が和んだ。大尉に感謝しつつそこへ僕も付け加えた。
「では大尉、競争しましょうか? どちらが先に二百輌撃破するかを。」
「お? お前も俺に勝負を挑んでくるほどになったか! よし、受けて立ってやる! 」
「おいおい、これでは勲章は君達二人が独占しそうだな。他の者の為にちょっと手加減してやってくれよ。」
少将の言葉でまた皆笑った。その後の宴は和やかな雰囲気の中非常に楽しいものとなった。
「酔っ払って言うのを忘れる前に言っておくぞ。よく聞いておいてくれ。」
宴が始まって三時間、ワインの空瓶がテーブルの上を所狭しと置かれていた。ヘルトル中尉とグラツィエ准尉はもう酔っ払って机に突っ伏してグウグウと寝息を立てていた。あとの三人はへべれけになりながらもまだワインを片手になんとか意識を保っていた。既にかなり酔っ払っている少将が先のように言ったので僕とバウアー大尉は顔を見合わせ笑いながら同時に返事をした。
「何です? 」
「明日から二日間、君達は特別休暇だ。好きなように過ごしてくれ給え。」
それを聞いて僕は酔いが急に冷めたような気がした。
「本当ですか!? ありがとうございます! 」
二日も休みが貰えるのだ。突然実家に帰って両親をびっくりさせてやるか。騎士鉄十字章を見たら父さんも母さんも喜んでくれるかな? 突然の少将の発言に僕の心は休みをどう過ごすかで一杯になった。
「ただし! 明々後日の朝十時にはクレリバーの駅に来ておいてくれ。遅れるなよ。」
「了解であります! 」
僕は飛び跳ねたいほど嬉しかったがグッと堪えて少将に敬礼した。バウアー大尉も横でニヤニヤしながら僕と同じように敬礼している。だが大尉は突然そこで引き締まった顔つきになり少将にある質問をした。
「そういえば……基地司令官のヨーゼフ中将はどうされているのですか? 」
僕はハッとした。僕らを自らの保身の為に最前線に追いやったヨーゼフのことを大尉は突然少将に尋ねたのだ。その名前を聞いただけでまた怒りが僕の心の中に蘇ってくる。だがそんなヨーゼフと僕達の関係のことなど知らない少将は笑顔で答えた。
「正式発表がまだなのであまり大きい声では言えんのだが……ヨーゼフ中将は転属になられるのだ。第十九歩兵師団の師団長としてな。二、三日前から頭が痛いと言っておったからおそらく風邪か何かだろう。だが一週間後にはアマクヤードに向けて出発の筈だ。」
僕はそれを聞いて「ざまぁみやがれ! 」と心の中で叫んだ。今までぬくぬくと国内で過ごしていたヨーゼフも遂に最前線に行くのだ。アマクヤードで出会うことがあれば敵兵と間違えた振りをして戦車で踏み潰してやる! 僕はさっきまでの心の中の怒りが瞬時に冷めとても愉快な気分になり笑いを堪えるのに必死になった。
「そうですか。ではもしお会いされることがあればお伝え下さい。かつての部下だったバウアーとマイヤーがヨーゼフ中将の御指導のお陰で騎士鉄十字章授与の名誉を掴み取ることが出来ましたと。宜しくお願い致します。」
「分かった。伝えておく。」
そう返事をした少将に礼を言った後バウアー大尉は僕の方をチラッと見て悪戯っぽく笑った。僕も思わず笑顔で返した。そして暫くすると宴はお開きになり僕らはそれぞれの部屋に戻った。僕はあまりに気分がいい為か朝までぐっすりと眠った。




