授与式
「そろそろ駅に着きますよ。」
グラツィエ准尉がそう言った。僕らはシュトルヒを降りた後車に乗って国境を越え本国マイルヤーナに入りその後鉄道に乗り換えてクレリバーの街にあるマイルヤーナ陸軍基地を目指していたのだ。
「……懐かしい。」
マイルヤーナ陸軍基地にはかつて僕とバウアー大尉は駐留していたことがあったしクレリバーは僕の両親が暮らす街なのだ。車窓から景色を眺めながら僕がポツリとそう言うとバウアー大尉がそれに反応した。
「そうだな。」
それだけ言うとバウアー大尉も遠い目をして景色を眺めた。列車の席は二人づつが向かい合わせになっていてバウアー大尉とグラツィエ准尉が列車の進行方向を向いて並んで座り僕とマシューさんがその対面に座っていた。窓側にいた僕とバウアー大尉は戦前と変わらないクレリバーの風景を眺めながらそれぞれが感慨に耽っていた。すると列車のスピードがどんどん落ちてきた。いよいよ駅に到着だ。
「さあ、降りましょうか。」
グラツィエ准尉に促されて僕らは列車を降りた。石畳の通路に高い天井の煉瓦造りの駅舎、そしてその上で時を刻む時計台。クレリバーの駅は何も変わっていない。しいて言うならば変わったのは以前よりも人が少ないことぐらいだ。再び猛烈な懐かしさに襲われて僕は列車から足を降ろした瞬間思わず泣きそうになった。
「こちらです。」
そんな僕の気持ちなど知る由もない准尉は笑顔で駅構内を案内してくれた。僕は涙を堪え隠しつつ准尉の後に続いた。家族や友人、恋人とこの辺りはよく歩いたものだ。ふと昔の恋人だったエヴァのことが頭を過る。彼女は元気だろうか?
「ん、あれは何だ? 」
不意にバウアー大尉がそう言った。僕らが歩く駅構内の一角にシートで覆われた箇所があるのを大尉は指差している。するとマシューさんが答えた。
「あれが先ほどお話した爆破テロのあった現場ですよ。駅舎の一部が破壊され一般市民が二十人ほど亡くなった例の件です。まだ修復工事は進んでいないようですね。」
無差別の爆破テロがクレリバーで起きていたことを知って僕は家族の安否がすごく気になった。最前線といえども郵便物は届くのでもし何かあれば連絡は来ている筈だが何かの手違いで僕の手元に家族の不幸の知らせが届いていないこともあり得る。僕は平静を装いながらも心の中は穏やかではなかった。
「あ、迎えの車が来てくれています。さあ行きましょう! 」
准尉はそう言って駅前のロータリーまで僕らを連れて行くとそこに止まっている乗用車に僕らを乗せた。これから陸軍基地に行きそこで騎士鉄十字章の授与式をするらしい。僕は車の窓から離れていくクレリバーの駅を見つめながら授与式のことよりも家族の安否のことが気になって仕方がなかった。
陸軍基地に着くとバウアー大尉と僕は大きな体育館のようなところに案内された。ここが授与式の会場らしくドアを開けられ准尉に続いてその中に入ると僕らは突然大きな拍手に包まれた。驚きながらも周囲を見渡すとそこには椅子がびっしりと並べられ数百人の兵士が笑顔と拍手で僕らを迎えている。今からここで始まる我々の騎士鉄十字章授与式を彼らは見届けてくれるのであろう。僕らはその兵士達に敬礼で応えた後彼らの前方正面に備えられた一段高いステージのようなところで椅子に座るように指示された。その椅子は彼らに背を向けるように置かれておりその椅子の正面には大きな会議用テーブルが置いてあった。おそらくそのテーブルに陸軍の偉いさんが陣取って僕らに勲章を手渡してくれるのであろう。
「バウアー大尉殿、左の椅子に座って下さい。マイヤー少尉殿はその横にお願いします。では暫くこのままお待ち下さい。ここで授与式が行われます。もうすぐに基地司令官が来られますから。」
准尉はそう言うとステージの隅にある椅子に座った。マシューさんは僕らの横でカメラを取り出し撮影の準備をし始めている。勲章の授与式とはこんなに大袈裟にやるものだということを知らなかった僕が不安げに椅子に座っていると大尉が僕に言った。
「俺達の授与式は新聞で大きく取り上げられるようだ。『アマクヤードの激戦を戦い抜いた功労者達』ってところだろうな。」
「軍の上層部は我々を国民の戦意高揚に利用するのでしょうか? 」
僕がそう質問すると大尉はニヤッとして答えた。
「その通りだ。だが悪い気はしないだろう? ここは一つ国民のヒーローになりきってやろうじゃないか。」
大尉がそう僕の耳もとで呟いた後待つこと十分、僕らの座っている椅子のやや右寄り正面のドアが開いて二人の男が入ってきた。その二人は僕の知らない顔だったが一人は五十歳ぐらいの男でもう一人は僕よりちょっと年上の三十歳位だろうか? 階級章を見ると年長の男が少将でもう一人は中尉だった。僕らは立ち上がって敬礼した。おそらくこの少将が基地司令官で僕らに勲章を渡すのだろう。少将がテーブルの後ろに立つとその横に中尉が並び立って言った。
「これより騎士鉄十字章の授与を行います。本日は当基地司令官のヨーゼフ中将が体調不良の為代理として副官のマイザー少将に授与をお願いしています。では名前を呼ばれた方は前に出て下さい。エルンスト・バウアー大尉! 」
僕はその中尉の言葉を聞いて嫌なことを思い出した。開戦前に宗教絡みのゴタゴタで僕とバウアー大尉を最前線に追いやったのがヨーゼフ中将だったことを。ヨーゼフは僕らが最前線で辛い思いをしている間もこの基地でぬくぬくと生活しているのだ。あのクソ野郎め! そう思うと僕は内心腸が急激に煮えくり返ってきた。おそらくバウアー大尉も同じ思いだろう。だがバウアー大尉は普段と全く変わらない態度のまま前に進み出た。その後マイザー少将が何か原稿を読み上げ始めたが僕の耳にはその内容は全く入ってこなかった。僕の心はヨーゼフに対する怒りでそれどころではなかったのである。ヨーゼフが僕らの前に姿を現さないのもその辺りを感じて気まずいからであろう。僕の心の中では怒りが渦巻いてとても騎士鉄十字章どころではなかったが急に大きな拍手が起こって僕はようやく我に返った。
「次、フランツ・マイヤー少尉! 」
不意に僕の名が呼ばれた。バウアー大尉はいつの間にか首から騎士鉄十字章をぶら下げて自分の席に戻ってきている。どうやら先ほどの拍手はバウアー大尉の勲章授与を周囲の兵士が祝したもののようだった。怒りの余りそのことに僕は全く気が付いていなかったのだ。
「君は敵戦車八十台以上を撃破したのか。凄いな。ご苦労だった。」
なんとか平静を保って前に歩み出た僕にマイザー少将がそう声を掛けてくれた。まずい、頭の中を切り替えなければ! 僕は無理矢理笑顔を作って言った。
「ありがとうございます! 少将殿! 」
僕がそう言うと少将は僕の首にリボンの付いた騎士鉄十字章を掛けてくれた。マシューさんが横から写真をバシャバシャと撮っている。僕は自分の胸の上で光り輝く騎士鉄十字章を改めて眺めているとすこし心が落ち着いてきた。そしてふと考えると勲章をもらうことが出来たのは皮肉にもヨーゼフが僕を最前線へ送り込んだからでありその結果こんな僕でも国の役にすこしは立てたのだ。人生何が起こるか分からない。自分に降りかかることに対して愚痴を言うのではなく如何に前向きになれるかが生きる上で大切なのだろうなと僕は思った。するとヨーゼフへの怒りは消えることはないもののすこしずつ和らいでいった。
「マイヤー少尉、ちょっとこちらを向いて下さい! 」
不意にマシューさんが僕にそう言った。僕がマシューさんの方を向くとバシャバシャとカメラのシャッターを押している。それはまるで自分が映画スターにでもなったような感じだった。
「笑って下さいよ! 」
マシューさんにそう言われて僕はすこし微笑んだ。気が付くと周囲の兵士達は皆総立ちで拍手をしてくれている。この時僕はようやくヨーゼフへの怒りを心から一旦取り除いて自分がしてきたことへの他人からの賛辞を素直に受け止めることが出来た。僕は笑顔で皆に胸の騎士鉄十字章を掲げ拍手に応えた。
「ふふ、良かったな、フランツ。」
バウアー大尉も僕が席に戻るとそう言ってくれた。ひ弱だった自分を鍛え上げてくれた恩師であるバウアー大尉のその言葉は嬉しかった。そしてこの時僕は自分の心の中に自分の能力に対する自信が漲ってくるのを感じた。
「ありがとうございます、でもこれは大尉のお陰ですから。これからも宜しくお願い致します。」
そう言うと僕らはガッチリと握手を交わした。そしてその様子をマシューさんが色々な角度から写真に収めていた。




