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PK隊員

「少尉、お世話になったっス。本当にありがとうございましたっス! 」

バウアー大尉と会った次の日の朝は晴れて穏やかな日だった。第七装甲師団は瓦礫だらけのアマクヤードの街の中央部で部隊再編成の為の移動準備をしているところだったがそこでペットゲンとイーヴォが僕に別れの挨拶をしてきたのである。ペットゲンの目は心なしか潤んでいるように見えた。僕は笑って言った。

「おいおい、大袈裟だな。何日か離れるだけですぐ帰って来るんだぜ? もう二度と会えないような言い方するなよ。」

僕はそう言ったがペットゲンは僕の言葉が耳に入っていないようだった。戦場では一度戦列を離れるとそのまま他の部隊へ転属させられてしまうケースはよくあるのでペットゲンはそれを心配しているのだろう。するとイーヴォも僕に涙ながらの挨拶をしてきた。

「少尉殿、騎士鉄十字章受賞おめでとうございます。あなたと一緒に戦えたことを誇りに思います。ありがとうございました。」

「だからすぐ帰って来るって。まぁでも俺もお前らには世話になったよ。こちらこそありがとうな。」

僕がそう言うと二人は今にも泣き出さんばかりだった。僕は続けて言った。

「ハンスもすぐ帰ってくるからな、その間二人ともしっかりやれよ。」

ハンスは昨夜憲兵隊に連れて行かれたのだ。ゲッハ中尉への暴行の件で今頃取り調べを受けているのだろう。非常に心配だがおそらくバウアー大尉が裏から手を回してくれていてすぐ釈放になる筈だ。今はそう信じるしかなかった。

「少尉、迎えのトラックってあれですかね? 」

イーヴォがそう言って僕の後ろを指差すので振り向くと補給部隊のオストホフ伍長の運転するトラックが近づいてきた。そしてトラックが僕の真横に停まると運転席の伍長が顔を出し僕に声を掛けてきた。

「マイヤー小隊長! お待たせしました。乗って下さい。コノハ族の村までお届けさせて頂きます。」

伍長もアマクヤードの戦いが終わったということで心なしか表情が明るい。僕はトラックの助手席に乗り込んでペットゲンとイーヴォに言った。

「じゃあな! 」

トラックは出発し僕は窓から二人に手を振った。すると二人は泣きながら僕に手を振り返してくる。僕は苦笑いしながらも二人の姿が見えなくなるまでそのまま手を振り続けた。


雨季が終わり道路状況は以前に比べると格段に良くなっていてトラックはその日の夕方にはコノハ族の村に到着した。僕は降り際に伍長に礼を言った。

「伍長、ありがとう。それとこの前貰った砲隊鏡も随分役に立ったよ。君には世話になりっぱなしだ。」

「いえ、そんなことありませんよ。でも役に立ったのなら良かったです。また何かあれば言って下さい。でもひょっとして小隊長殿は転属ですか? 部隊を離れてお一人でこんなところまで来られるなんて普通じゃないですよね? 」

伍長は僕の騎士鉄十字章の話はまだ知らないのだ。自分からペラペラ喋るのもどうかと思い僕は曖昧な返事をして誤魔化そうとした。

「いや、転属ではないんだがちょっとな。まぁまたすぐ帰ってくるよ。」

僕がそう言ってトラックを降りた時だった。近くで女の悲鳴が聞こえた。

「なんだ!? 」

最前線ではまず聞くことのない女性の悲鳴は僕をかなり驚かせた。我々マイルヤーナ軍は最前線に女性を配属させることはまずないので声の主は女レジスタンスかコノハ族の一般女性ぐらいしかない。僕が警戒して周囲を見回しているとトラックの近くに男と女が一人ずつ歩いてきた。女は後ろから男に右腕を掴まれているようで必死にそれを振り払おうとしているようだった。

「痛い、やめて下さい! 」

その声と姿には聞き覚えがあった。以前世話になったナタリーだ。だがナタリーは泣きながら叫んでいるようで様子がおかしい。すると男の方が低い声で言った。

「静かにしろ! 喚くな! ちょっとこっちへ来い! 」

ようは男が嫌がるナタリーを何処かへ無理矢理引っ張って行こうとしているようだった。僕はナタリーを助ける為思わず二人のところまで走りだしていた。

「何をしている! やめろ! 」

僕がそう叫ぶとナタリーは僕に気が付いたようで泣きながらこう言った。

「あっ! マイヤー少尉! 助けて下さい! 」

彼女はそう言うと男の手を振りほどき僕の方へ走ってきて僕の胸へ飛び込んできた。彼女は嗚咽の声を漏らし震えている。余程怖かったのだろう。僕は彼女の肩を抱きそのまま男の方に近づいていった。すると男がこう言った。

「マイヤーだと! 」

その声にも聞き覚えがあった。周囲がすこし暗くなりかけた中を歩いていくとそこにいたのはなんとゲッハ中尉だったのだ! 僕らを目の敵にしハンスを窮地に陥れようとした憎っくきゲッハ中尉が目の前にいる。僕は殴りかかりたい気持ちを必死に抑え中尉に声を掛けた。

「ゲッハ中尉、ここで何をしてるんです? 」

僕がそう言うと中尉は伏し目がちに答えた。

「お前には関係ない! 」

「関係ないことありません。コノハ族はマイルヤーナと友好関係にあります。それ故我々マイルヤーナ軍人はコノハ族の人に何かあれば助けなければならない義務があるのです。もし中尉殿が正当な理由もなく彼女に暴行を加えようとしたのであれば憲兵隊を呼びますよ! 」

僕が強い口調でそう言うと中尉はすこし青ざめたようだった。中尉は渋々小声で話を始めた。

「この女が腐った牛乳を俺に飲ませたのだ。だから俺がこの女に注意をしてやろうとしたのだ。」

ナタリーはこの村で取れた新鮮な牛乳を我々マイルヤーナ軍に売って商売をしているのだ。僕もこの村にいた頃にその牛乳を飲ませてもらったことがあるがとても美味しかったのを覚えている。それに彼女は真面目で当時から評判も良く腐った牛乳を飲ますようなことは今まで一度もなかった。

「腐った牛乳? 中尉殿はその牛乳を飲んで腹でも壊したのですか? では他にも体調不良を訴えた人がいるのですか? 」

そう言うと大尉は黙ってしまった。おそらく腐った牛乳なんてのも出鱈目なのだろう。僕は矢継ぎ早に言葉を続けた。

「中尉殿、この件がコノハ族の長に知れて正式に抗議がくればあなたはただでは済みませんよ。」

僕がそう言うとゲッハ中尉は怒りを露わにして言い返してきた。

「貴様! お前は自分の間抜けな部下の仕返しをする気か?! 私情を挟むな! 」

中尉はハンスのことを言ったが僕は涼しい顔をして答えた。

「中尉殿、何のことを仰っているのか分かりません。ですが今日の件については覚悟していて下さいね。」

「うるさい! そんなことはいくらでも揉み消してやる! お前なんかに陥れられてたまるか! 」

中尉はこの場に憲兵を呼ばれるとますます自分が不利になると思ったのかそう捨て台詞を残して足早に去っていった。僕はその後ろ姿を目で追いながらナタリーの頭を優しく撫でてこう言った。

「もう大丈夫だよ、ナタリー。」

彼女は泣いて震えていたが暫くすると落ち着いたのかようやく口を開いた。

「あの人、あたしから買った牛乳に文句をつけてきて……あたしが言い返すと急に逆上して襲いかかってきたんです。……怖かった。」

「今までこんなことはあったのかい? 」

「一度もなかったです。マイルヤーナの軍人さんは皆私達コノハ族に優しいもの。」

「では長に今日あったことを伝えて正式に抗議してもらうんだ。ゲッハめ、とことん追い詰めてやる! 」

「よく知ってる人なの? 」

「腐れ縁でね、でも絶対友達ではないよ! 」

そういうとようやくナタリーはすこしだけ笑った。そこへオストホフ伍長が車から降りてやってきた。

「大丈夫ですか? その娘は? 」

一歩下がったところから覗き込むようにして伍長が言った。

「ああ、大丈夫だ。」

僕が伍長にそう言うと伍長は申し訳なさそうに言葉を続けた。

「我が上官ながら見下げ果てた人です、あのゲッハ中尉は。いろんなところから補給部隊本部にあの人の苦情が来てます。あんな感じの悪い奴を寄こすなって。おまけに補給部隊の中でもかなり嫌われてます。今回も迷惑掛けちゃってすみません。もし軍法会議にでもあの人がかけられることになれば僕は喜んで今日見たことを証言しますから。」

「伍長、ここだけの話だが……俺はあいつが大嫌いなんだ。証言台に立つ時は頼むぜ。」

僕と伍長はそう言うと笑った。するとそこへ今度は見知らぬ男が二人歩いてきた。一人はマイルヤーナの軍服を着ているがもう一人は白いワイシャツを着ていてネクタイを締めカメラを首からぶら下げている。軍服を着ている男が僕らに話し掛けてきた。

「悲鳴が聞こえたので駆け寄ったのですが……ひどい男がいるものですね! ずっと物陰から見ていましたよ。我が軍がコノハ族と協力してル・カメリカ軍を撃退した話は国内でも広く知られていますがそのコノハ族の女性に乱暴しようとするなんて……今のあの男の言動は大問題ですよ! 」

その男は若くかなり憤慨しているようだった。軍服の襟の階級章を見ると准尉であるその男に僕は聞いた。

「君達は? 」

「あっ! 申し遅れました。私PK隊員のグラツィエ准尉です。こちらはモーニング・サン新聞社のマシューさんです。」

「え!? 君が広報担当者なのか! 俺がマイヤーだ。フランツ・マイヤー少尉だ。」

PK隊員とは広報部隊に所属する兵士のことなのだ。僕がそう申し出ると准尉はすこし驚いた様子だったがその後ニコリと表情を変えて僕に握手を求めてきた。

「あなたがマイヤー少尉でしたか! 始めまして! マシューさん! この方が例の騎士鉄十字章受賞者のマイヤー少尉だよ! カメラの用意して! 」

グラツィエ准尉がそう言うとオストホフ伍長が驚いて言った。

「え!? 少尉殿が騎士鉄十字章? 凄いじゃないですか! なんで教えてくれなかったんです! 」

「いやぁ、自分から言うのもちょっと変かな? と思ってさ。」

「それって勲章か何かですか? おめでとうございます! マイヤー少尉! 」

さっきまで泣いていたナタリーが笑顔を作ってそう言ってくれた。場の空気を読んで気を遣ってくれるナタリーは以前と相変わらずで雰囲気が急に和む。するとグラツィエ准尉がますます笑顔になって言った。

「じゃあそこに三人とも並んで下さい。マシューさん、カメラ頼むよ。」

「え? あたしもですか? 」

「自分も写っていいんですかね? 」

ナタリーとオストホフ伍長がすこし困惑した顔でそう言ったがグラツィエ准尉は笑顔のままこう言った。

「戦場の英雄とそれをサポートした人々、って感じの写真が欲しいんですよ!それにコノハ族の方が写っているとマイルヤーナとの良好な関係のアピールになりますし美人がいた方が絵になりますから! ですから三人で撮りますよ! 」

そうして三人が並ぶとマシューさんが何枚か写真を撮った。その光景はまるで映画スターか何かのようで照れ臭い。さっきのゲッハ中尉との騒動も忘れて僕らはバシャバシャとフラッシュを焚かれた。その後ナタリーとオストホフ伍長はグラツィエ准尉から取材を受けた。もしこの三人で撮った写真が新聞に載ることがあれば二人の紹介文も合わせて掲載するという。ナタリーも伍長もすこし戸惑いながらも嬉しそうに准尉の質問に答えている。そして暫くすると二人の取材が終わったらしく准尉が僕のところに来て言った。

「少尉殿、明日の昼頃に連絡機が到着しますのでそれで本国に帰ることになります。私とマシューさんも一緒に同行しますので。ところで腹減りませんか? 野戦炊事馬車が村の中央広場に来ているのです。温かい食事が食べられますよ。さぁ、皆さん行きましょう! 」

そう言うとグラツィエ准尉は笑いながら僕らの背中を押し始めた。そのまま歩き始めるとすぐにシチューのいい匂いが鼻を刺激してくる。するとオストホフ伍長のお腹がグゥとなった。僕らはそれを聞いて皆一斉に笑った。久々に味わう最前線にはないこのどこかのんびりとした雰囲気が僕の心をほぐし楽しませている。こんなに笑ったのは久し振りだなと僕はふと思った。

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