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騎士鉄十字章

「しっかりと手を上げろ! もたもたするな! 」

ユアサ伍長が敵の捕虜達に大声を張り上げている。だがおそらく彼らは我々の話す言葉を理解出来ていないのであろう。彼らは皆不安そうな表情でユアサ伍長の方を見ている。ユアサ伍長がもっと両手を高く上げろというゼスチャーをして初めて彼らは伍長の言いたいことを理解したようだった。

「あれだけ頑強に抵抗していたのに……呆気ないもんスね。」

昨日まで我々を悩ましていた敵兵は今目の前で並ばされて首を項垂れて力なく歩かされている。彼らはおそらくこの後マイルヤーナ国内に送られて強制労働所にでも連れていかれるのだろう。そこで待っているのは辛い生活だ。そう考えれば僕は彼らのことを笑う気にはなれずむしろ同情した。お互い今の立場は違えど国の為に戦ったというのは同じなのだから。

「バウアー大尉が来られました! 」

僕が感慨に耽っていると不意に誰かがそう叫んだ。突撃砲の上部ハッチを開いてそこからぼんやりと敵捕虜の様子を眺めていた僕はその声を聞くのと同時に背筋がピンとした。だがそれは僕だけでなくハンスにペットゲン、イーヴォの全員に共通する動作のようだった。そして突撃砲の後ろを見るとちょうど装甲車から降りるバウアー大尉の姿が見えた。

「全員敬礼! 」

僕がそう掛け声をかけると皆一斉に大尉の方に敬礼した。ここ何日か会っていなかっただけなのにもの凄く久しぶりな気がする。大尉は僕らの方を見るとにこっと笑いながら近づいてきてこう言った。

「楽にしろ。」

その言葉を聞いてから僕も突撃砲を降りて大尉に近づいていった。大尉がこちらに歩いてくるのだから何か僕に用があると思ったのともう一つは大尉の指揮のもとを離れても僕らマイヤー小隊はきちんと仕事をこなしたということをアピールしたいという気持ちがあったからだ。僕はきっちりと自分達の奮闘を訴えようと気合を入れてかつてないぐらいに背筋を伸ばし大尉の手前一m程で再度きちっと敬礼をした。

「ご苦労様であります、大尉殿! 」

僕がそう言って大尉の目を見ると意外なことを発見した。大尉の目は焦点があっていないのだ。僕は大尉が怪我でもしているのかと心配になり思わず大尉に声を掛けた。

「どうされました!? 大尉! 」

僕がそう言って大尉の左腕に手を差し伸べると大尉はバランスを崩しかけた。だがそれは怪我をしているという感じではなかった。それにやけに酒臭い。

「大尉、まさか……!? 」

「フランツ、すまん。ちょっと飲み過ぎちまった。だが今日ぐらいいいだろう? なんたって今日という日はアマクヤード陥落記念日なんだ。許してくれ。」

そう言うと大尉はその場に倒れ込んでぐぅぐぅと寝息を立て始めた。僕は拍子抜けし苦笑いしながらも大尉の身体を起こしてそのまま瓦礫の山の陰に連れていきそこにシートを敷いて寝かせた。その様子を見ていたペットゲン達は大笑いをしている。だが僕は大尉の気持ちがなんとなく分かるような気がしていた。大尉は表情には出さなかったけれどこの戦いが本当に辛かったのでそれが終わるとなると喜びも人一倍だったのであろう。それでつい酒を飲み過ぎてしまったということを僕は容易に想像出来た。僕は暫く大尉をそっと寝かしておくことにした。


二時間程すると大尉は起きてきた。僕と大尉はそこでようやくゆっくりと話をすることが出来た。

「呆気ない幕切れでしたね。」

僕がそう言うと大尉は胸ポケットの辺りを右手で押さえながら答えた。

「あぁ、我々が敵の正面で頑張っている間に援軍として到着したYTH師団という部隊が別動隊となって敵の後方を突いたのだ。それで敵は総崩れとなったらしい。」

大尉はそう言いながらもまだ胸ポケットの辺りの何かを右手で探しているようだった。僕は煙草を差し出しながら不服そうに答えた。

「では我々は囮であってそのYTH師団に上手く手柄を持っていかれたのですね。それはちょっと面白くないですね。」

大尉は僕から煙草を受け取りながら笑って言った。

「いや、そうではない。我々の踏ん張りがなければ作戦がこうも上手くいかなかったってことは本国のマイルヤーナ軍総司令部も理解している筈さ。敵に止めを刺したのがYTH師団というだけだ。」

その話を聞いて僕はすこし納得した。苦労した我々第七装甲師団が評価されるのであれば文句はない。大尉は煙草に火を着けながら話を続けた。

「で、フランツ。お前に聞きたいことがある。」

「なんです? 」

そう答えながら大尉のいつになく真剣な表情に僕はすこし身構えた。

「お前の部下のハンス・メルケル曹長のことなんだが……」

大尉がそこまで言って僕はピンときた。ハンスは以前にゲッハ中尉の言動にカッとなって中尉を殴ってしまったことがあるのだ。おそらくそのことだろう。その後は戦闘が続いていたのでお咎めなしかと思っていたかどうやらそうではなさそうだ。

「曹長が中尉に暴行したというのは本当か? 」

「……。」

僕は一瞬黙りこんでしまった。思わず嘘をつこうかとも思ったが相手はバウアー大尉なのだ。下手な小細工は見抜かれると思い僕は正直に話すことにした。

「はい、本当です。」

「……そうか。」

「ですが大尉、それはゲッハ中尉が散々我々に悪意のある発言を繰り返したからからです。私に言わせればそういった素行のゲッハ中尉の方が遥かに問題があります。おそらく中尉は他の部隊からも評判が悪いのではないですか? 」

僕がそう詰め寄ると大尉は黙って腕を組んだ。僕はそこへさらに言葉を続けた。

「本当はこんなことを言ってはいけないのでしょうが……今回は見逃してやって下さい、お願いします。ハンスはいい奴で優秀な部下でもありいなくなられると困るのです。」

僕は必死で大尉に頼み込んだ。本来は上官に対する暴力は重大な軍規違反で下手をすれば死体埋葬、地雷処理専門の懲罰部隊へと異動させられたりするのだ。かわいい部下であるハンスを守るために僕は大尉に頭を下げ続けた。大尉は黙って腕を組み目を瞑って僕の話を聞いていたが僕の話を聞き終わるとふぅと溜息をついてからポツリと言った。

「……分かった。何か考えよう。」

「あ、ありがとうございます! 」

大尉に僕は改めて深々と頭を下げた。大尉は厳しい人だがちゃんと部下の意見を聞いてくれるしいざとなれば今回のように融通を利かしてくれる。懐の深い人だと僕はつくづく思った。

「フランツ、それともう一つある。」

大尉はそう言うとまだ話したいことがあるようで言葉を続けようとした。僕は次は何を言われるのだろうと思いまた無意識のうちに身構えていた。すると大尉は笑って言った。

「フランツ、そんなに俺を睨むなよ。今度はいい話だ。」

僕はそれを聞いて肩の力がふっと抜けた。だが何の話だろう? ひょっとして戦争が終わるとか? だとしたら万々歳だ。僕は大尉に聞いた。

「何です? 」

「我が第七装甲師団は明後日戦力再編成の為一旦アマクヤードから退くことになった。代わりに新設された第十一装甲師団が我々の後を引き継ぐ。喜べ、すこしの間だが戦場から離れられるぞ! 」

「本当ですか!? それはちょっと嬉しいですね! 」

僕はそう言って笑顔を浮かべた。だが考えてみるとそれは束の間の休息であっていつかは戦場に戻らなければならない。そう思うと手離しでは喜べない気がした。ここで大尉が「マイルヤーナとル・カメリカの間で和平交渉が成立した。戦争は終わりだ! 」なんて言ってくれたらそれこそ飛び上がるほど嬉しいのに。僕が力なく喜んでいると大尉はそのまま話を続けた。

「それと今回の戦いでシラー少将が本国司令部へ俺を騎士鉄十字章授与に値する働きをしたと報告してくれた。どうやら騎士鉄十字章を貰うことになりそうだ。」

大尉はさりげなくそう言ったが僕はそれを聞いて驚き聞き返した。

「え! 騎士鉄十字章ですか!? 凄いじゃないですか! あの勲章はなかなか貰えないって聞いたことがあるしもう大尉は我が軍の英雄と呼ばれる人達への仲間入りですね! でも大尉はそれぐらいの働きをされたと僕も思います。大尉、良かったですね! おめでとうございます! 」

僕は何故か大尉の騎士鉄十字章授与の話の方が戦場から離れられる話よりよっぽど嬉しく感じた。おそらく最前線でずっと指揮を取り続けた大尉の騎士鉄十字章授与が僕も含めた第七装甲師団に所属する全ての兵士の努力を評価してくれているような気がしたからであろう。僕が大尉を祝福していると大尉も嬉しそうにしている。だがその後大尉は思わぬことを口にした。

「ありがとう、だが騎士鉄十字章を貰うのは俺だけじゃない。お前もだ、フランツ。」

「え? 」

僕は頭の中が真っ白になりなんて答えていいのか分からなかった。大尉はニヤニヤしながら話を続けた。

「お前がいなかったら俺は生き残れなかったかもしれん。お前は自分が撃破した敵戦車の数を知っているか? 公式な記録に残っているだけでも八十を超えているのだぞ。だから俺がシラー少将に言ったのだ。俺だけでなくお前も騎士鉄十字章授与候補者のリストに入れてくれとな。最初は少将もどうしようか迷っていたみたいだがこの前お前が一台で七台の敵を葬ったって報告をしただろう? あれでシラー少将も決断しお前の騎士鉄十字章授与が決定したのだ。俺に言わせればお前も十分働いたよ、フランツ。」

僕は何も言わずただ大尉の顔を見ていた。騎士鉄十字章なんて縁がないと思っていたから急に言われてもどう反応していいのか分からないのだ。だが自分のやってきたことを他人が認めてくれたということに間違いはない。そう思うとようやく自分の心の中にじわじわと喜びが広がってくるのを感じた。

「騎士鉄十字章の授与式は本国でやるらしい。明日の朝に迎えの車が来るからお前は師団より一足早くアマクヤードを離れて一旦コノハ族の村まで戻れ。そのあとは現地で広報隊員の指示に従ってくれ。俺も後から続くつもりだ。」

そこまで言うと大尉は急に声のボリュームを下げて続けた。

「……俺とお前だけはおそらくニ、三日だけだが本国に帰れるのだ、ちょっと他の者には気が引けるがな。でもそれだけの働きをしたと認められたのだ。胸を張って帰ろう! 」

そう言って笑っている大尉の顔を見ていると僕も自然に笑顔になってきた。僕は大尉と固く握手をしてすぐに荷物をまとめる準備を始めた。

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