終息
「マイヤー少尉! こちらユアサ伍長、少尉の突撃砲の右手十時の方向の廃屋に敵が機関銃を据えています! 砲撃願います! 」
「こちらマイヤー、了解だ、任せろ! ハンス、右六十度旋回! ペットゲン、榴弾装填だ! 急げ! 」
我々が奪い返したアマクヤードの大通りに敵は一度は退却したもののその後も執拗に攻撃を仕掛けてきた。我々は数少ない歩兵とたった一台の突撃砲で彼らを撃退せねばならなかったが敵の戦力も大きいものではなかった。我々もそうだが敵も激しい戦闘の為にかなり消耗しているのだろう。
「装填よし! 」
「敵機関銃の発射光を確認、照準よし! 」
ペットゲンに続いて発せられたイーヴォの声を聞いてから僕は叫んだ。
「撃てっ! 」
敵の機関銃は廃屋ごと吹き飛ばされた。我々は歩兵と連携しこうした作業を何十回と繰り返して敵の攻撃ポイントを一つずつ潰していったのだ。
「マイヤー少尉! 左手前方の四階建ての建物の二階に狙撃兵です! お願いします! 」
「壁が崩れて鉄骨がむき出しの建物だな、了解だ! ハンス、聞こえたな? 左三十度旋回! 」
ユアサ伍長はひっきりなしに我々に砲撃を要請してきた。榴弾が次々に消費されていく。だがその甲斐あってか敵の攻撃は徐々に弱まっていった。
「榴弾装填完了! 」
「照準よし! 」
「撃てっ! 」
ペットゲン、イーヴォ、そして僕の声に続いて轟音が響き砲弾が発射される。目標となった建物の二階部分は吹き飛ばされ悲鳴が響いた。どうやら潜んでいた敵の狙撃兵のもののようだ。その悲鳴の後銃声は急激に少なくなり戦場は静かになっていった。どうやら敵は大通りの奪還を諦め再び退却を始めたようだった。
「ふぅ、危なかったっス。榴弾は残り三発しかなかったっス。」
ペットゲンがそう言って苦笑いをしている。今回の敵の攻撃は歩兵だけによるものだったので我々は榴弾を多用しそのほとんどを消費してしまったのだがその榴弾のお陰で敵兵は退き我々はたった一台の突撃砲で陣地を守り通したのだ。榴弾の対歩兵戦闘での効果は抜群だった。
「ペットゲン、補給を大至急要請しろ。折角奪い取ったこの陣地をむざむざ敵に渡すわけにはいかないからな。」
「了解っス! 」
ペットゲンがそう返事をした直後だった。後方から瓦礫がバキバキと踏み潰される音と履帯の鉄の軋む音が聞こえてきた。僕は援軍が来たのだと思い上部ハッチから頭をすこしだけ出して音のする方向を見た。
「小隊長殿、すみません! 遅くなりました! 」
案の定だった。視線の先には我が小隊の二号車がこちらに近づいてきていて僕が頭を出すのと同時に無線で車長のフォクツ軍曹が話し掛けてきた。僕はちょっと嫌味を言ってやった。
「やっと来てくれたか。こっちは一台だけで今まで大変だったよ。あ〜疲れた! 」
「まぁそう怒らないで下さいよ。これからちゃんと働きますから! 」
「ハハッ、冗談だよ。だが榴弾をすこし分けてくれないか? 徹甲弾はあるが榴弾はほぼ撃ち尽くしてしまっているんだ。」
「了解です! 」
フォクツ軍曹はそう言うと自分の突撃砲を我々の一号車の横につけた。そして周囲に敵がいないことを確認するとハンスとイーヴォが突撃砲から降りて二台の突撃砲の間に並んだ。そして二号車の搭乗員からイーヴォが榴弾を受け取るとそれをハンス、そして突撃砲のハッチから上半身を出しているペットゲンへと順々に手渡していった。僕とフォクツ軍曹は特に手伝えることもなかったので突撃砲を降り煙草片手にぼんやりとその作業を眺めていた。
「戦況はどうですか? 」
ふと軍曹が僕にそう聞いてきた。
「今我々がいるこの付近に限って言えば小康状態といったところだ。敵も攻撃はしてくるものの戦力は少ない。おそらく敵も苦しいのだろうな。」
僕がそう言って煙草の煙を胸一杯吸い込み吐き出した後軍曹が言葉を続けた。
「我々もそうですが敵も補給が上手くいっていないようですね。なんせこの雨で路面は泥まみれですからね。」
「そうだな。だが雨季が終われば敵はまた態勢を整えて反撃してくるだろう。それまでにアマクヤードは占領してしまいたいものだな。」
「そうですね。あ! 少尉、そういえば渡したいものがあるんですよ。ちょっと待っていて下さい。」
そう言うとフォクツ軍曹は何かを思い出したようで二号車の方に走っていった。僕は軍曹が渡したいものって何だろう? と暫く考えたが何も見当がつかなかった。だが何にせよおそらくたいしたものではないだろうと思いそのままその場で煙草をプカプカと吹かしていた。すると暫くして軍曹は戻ってきたが僕は軍曹の姿を見て驚いた。軍曹の両腕には僕が物凄く欲しがっていたものが抱えられていたからである。それは砲隊鏡であった。
「軍曹! それ、どうしたんだ? 」
僕が驚きながらそう聞くとフォクツ軍曹は笑って答えた。
「以前小隊長が欲しいって言っていたでしょう? それを聞いた補給部隊のオストホフ伍長が段取りしてくれたんですよ。」
僕は砲隊鏡を受け取った。これさえあれば上部ハッチから頭を出さなくとも周囲の状況を確認出来る。死ぬ確率がすこし下がるのだ。僕は思わず笑みを浮かべて軍曹に言った。
「軍曹、ありがとう。伍長にも会ったら礼を言っておいてくれ。本当に嬉しいよ。」
僕はそう言った後ニヤニヤしながら砲隊鏡をいじくりまわしていた。その様子はまるでおもちゃを買ってもらった子供のようで滑稽だったのだろう。軍曹はそんな僕を見て微笑みいつもの戦場とはちょっと違うふんわりとした柔らかい空気が二人の間に漂った。だがその空気はすぐに打ち消される。ペットゲンが僕らに敵の接近を告げたからである。
「少尉! ユアサ伍長から連絡っス! I-34が二台近づいてきてるっスよ! 」
それを聞いて僕はペットゲンの方に向き直り頷きながら言った。
「分かった、すぐ行く! では軍曹、行こう。」
軍曹も僕にそう言われて頷いた。その後僕らは走りだしそれぞれの突撃砲に乗りこんだ。僕はさっそく上部ハッチを開けそこから砲隊鏡を突き出し外の様子を見た。なるほど、肉眼には劣るものの慣れればかなり使えそうな代物だ。すると砲隊鏡に敵戦車の姿が突然飛び込んできた。
「来たぞ! 前方二時の方向、瓦礫の陰からI-34だ。二台並んで現れたぞ、一号車が右、二号車が左を狙え! 距離五百! 徹甲弾用意! 」
僕は砲隊鏡に映るI-34を見ながらそう叫んだ。それを聞いた皆が慣れた手つきで流れるように各自の仕事を行う。僕らは戦争が始まってからこの八ヶ月程で鍛え上げられ自分達が気が付かないうちにいつの間にか優秀な戦車兵となっていたのだ。
「徹甲弾装填完了! 」
「照準よし! 」
ペットゲンとイーヴォのいつもの台詞だ。それを聞いて僕は力強く叫んだ。
「撃てっ! 」
敵戦車は二台ともあっという間に燃え盛る鉄の塊になった。戦闘は呆気なく終わったのだ。僕は砲隊鏡から周囲を見回したが新たに敵が現れる気配はなかった。その後は遠くで激しい砲撃音や爆発音が暫く響いていたが我々の眼前に敵が姿を見せることはなかった。そして二時間程経った頃シラー少将よりマイヤー小隊に戦闘準備をしたままその場で待機するように命令が下され僕らは結局その後丸一日その場に居続けることになった。




