大戦果
「いたぞ! 前方五百mにI-34だ! ハンス、車体を停止させろ。」
突撃砲の上部ハッチから前方を見据えて僕はそう指示を出した。周囲はいつの間にかほんのりと明るくなってきている。時計を見ると時刻は朝の五時を少し回ったところだった。動きを止めた突撃砲の上から敵の狙撃兵に注意を払いつつ双眼鏡を覗き込むと瓦礫の山の合間から多数の敵戦車が左側面を我々に向けて前方に停車しているのが見えた。
「よし、まだこちらには気が付いてはいないようだ。」
僕がそう言うとイーヴォが不安そうに聞いてきた。
「何台いますか? 」
「ええと……今数えたんだが十二台いるな。全部I-34だ。」
敵戦車は周囲の瓦礫で車体部分こそ隠れているものの上部の砲塔部は周囲から丸見えになっていた。その砲塔の数を数えると十二あったのでイーヴォにそのまま伝えたのだがそれを聞いたペットゲンが横で目を丸くして言った。
「え! 本当に十二台もいるんスか? こっちは一台っスよ! どうするんスか!? 」
「一台ではとても勝ち目はありません。増援を要請しましょう! 」
ハンスがペットゲンに加勢した。だが僕は無言でそのまま双眼鏡を覗き続けて状況を確認していた。確かにこの戦力差では正面からまともに戦いを挑むのは問題外だ。攻撃を仕掛けたところですぐにでも反撃を受けて逆にやられてしまうだろう。
「フランツ、どうする? 」
僕は思わず一人言を呟いて自分に聞いた。普通に考えればハンスの言う通りこのまま敵の様子を窺って増援を呼びその到着を待つべきだろう。だがその増援がすぐ来てくれるかどうかは昨今の友軍の状況では分からないのだ。かといって一台で十二台の敵戦車に攻撃を仕掛けたところで勝てる訳もない。……いや待てよ、周囲には瓦礫が積み重ねられて背の低い我々の突撃砲が隠れるのにちょうど良い高さになっている。普通の戦車であれば車体の上の砲塔が瓦礫の上から見えてしまうだろうが突撃砲は見えないのだ。それに所々に立ち込める朝靄も敵から我々の姿を隠すのには役に立ちそうだ。この地形と状況を上手く活用すればなんとかなるのではないか? 僕は暫く考えた後ある決断をして皆に口を開いた。
「ペットゲン、本部へ連絡しろ。マイヤー小隊は戦闘を開始するとな。歩兵隊のユアサ伍長にも援護するように伝えろ。ハンス、車体をもう少し前に出せ。瓦礫の山の合間から敵に攻撃を掛ける。」
その命令に車内の空気が一瞬どよめいたように僕は感じた。ペットゲンとハンスは僕の方を振り返って顔を真っ赤にしてこう言ってきた。
「少尉! 敵は十二台っスよ! 負けると分かってる戦いをするんスか!? 」
「今は敵をやり過ごすべきです! 無謀ですよ! 」
イーヴォは黙っていたがあとの二人は僕の攻撃命令に強く反対してきた。だが僕は自分の考えに自信があったので考えを変えることはなかった。僕は戦車長になってから一番大きな声を出して二人を一喝した。
「黙れ! ハンス、右手に見える瓦礫の山と山の合間につけろ。ペットゲン、徹甲弾装填だ。」
僕がそう言うとさすがに二人は黙り命令に従った。軍隊では上官の命令は絶対なのだ。そして「攻撃を待て」という本部からの連絡も鬱陶しいので聞こえない振りをして僕は無線のスイッチを一旦切った。どういう訳か普段頼りない僕が今だけは攻撃をすることが最善で自分の判断が正しいということに強く自信を持っているのだ。そして突撃砲は右に三m程ゆっくりと前進して瓦礫の山に挟まれた場所で停止した。
「よし、イーヴォ、前方の一番手前に砲塔だけ見えているI-34に照準しろ。」
僕の声を聞いてイーヴォが照準器を覗き込みながら狙いを定める。最初イーヴォの後姿からは明らかに僕の命令に対する不信感が感じて取れた。だが主砲の仰角を上げて敵戦車を狙えばこちらの姿は敵に曝すことなく我々が攻撃出来ることに気が付くとイーヴォは急に笑顔になり僕の方を一瞬振り向いて言った。
「照準よし! 」
イーヴォは僕の意図をすこし理解したようだった。僕はその声を聞いて叫んだ。
「撃てっ! 」
轟音と共に周囲に立ち込めた朝靄を切り裂いて砲弾が発射される。するとその砲弾は見事にI-34の砲塔部に命中した。大きな爆発が起こる。
「命中! いいぞ! ではイーヴォ、次はその左隣にいる奴だ。主砲を左へ微調整しろ。よし、撃てっ! 」
燃え盛るI-34の左隣にいる別のI-34はまた先ほどと同じように砲塔部だけを瓦礫の上から見せている。イーヴォは砲弾を放ったがそれは目標のやや左に着弾して瓦礫を吹き飛ばしただけだった。僕はイーヴォに言った。
「もうちょい右だ! 次弾装填! 撃てっ! 」
三発目の砲弾は一発目と同じように正確に目標を捉えI-34の砲塔部に見事に直撃した。爆発が起こり敵戦車の上部ハッチが吹き飛ぶのが見える。これで二台撃破だ。そして敵はまだ我々を発見出来ていない。僕は今度はハンスに命令を出した。
「ハンス右旋回だ、場所を移動する。敵に見つかりにくい低いところを走れよ。」
僕がそう言うとハンスとイーヴォ、それにペットゲンの三人が同時に「え!? 」と叫んだ。皆この位置から射撃を継続するものだとばかり思っていたらしい。僕は言葉を続けた。
「一つの場所に留まって攻撃を続ければいつか見つかってしまうだろう。我々は動き回りながらもこの地形を利用して隠れたまま攻撃を繰り返すのだ。あちこちから見つからないように砲撃を繰り返せば敵は複数の戦車に包囲されたと思うだろう。状況を最大限有効に活用して戦えば数的不利も跳ね返せる!ハンス、旋回急げ! 」
ハンスは僕の話を聞いてもすこし半信半疑のようだったが取り敢えず車体を右に九十度旋回させてから車体を前進させた。敵と僕達突撃砲の間には瓦礫が積み重なっていて二m程の壁となっておりちょうど我々の突撃砲の姿を隠すようにしてくれている。背の低い突撃砲だから見つからないのだ。突撃砲でしか出来ない戦い方をこれから敵に見せつけてやると僕は息巻いていた。
「よし、前方左手に見える窪地に車体を入れろ。攻撃を再開する。」
僕らは四十m程進んだところにあった瓦礫に囲まれた窪地に突撃砲の車体を埋めると瓦礫の隙間から主砲だけを出してまた敵戦車に照準した。
「よし、絶好の射撃位置だ! イーヴォ、前方のI-34を狙え。距離五百、俺たちにケツを曝してる奴だ! 」
「了解! 」
今回の射撃場所からは敵戦車が先ほどよりもさらに高い位置にあった。砲塔だけでなく車体までもがはっきりと見える。イーヴォが慎重に狙いを定めI-34のエンジン部に砲弾を叩き込んだ。
「よし! 直撃だ! 」
僕の一人言も大音量の爆発音で掻き消された。I-34は徹甲弾に切り裂かれ車体が炎に包まれている。僕はその様子を上部ハッチから双眼鏡でじっくりと観察していた。今いるこの場所なら周囲が瓦礫に覆われているので狙撃兵から狙われる心配もなく僕は敵の様子をかなり長い間眺めることが出来た。双眼鏡に映るまだ攻撃を受けていない敵戦車は上部ハッチを開けそこから戦車兵が顔を出して周囲を見回し我々を探し出そうと必死になっている。だがそこへ友軍の歩兵隊が銃撃を加えた。こうなると敵の戦車兵もおいそれとはハッチから身体を出すことは出来ない。状況は我々にとってどんどん有利になっているのだ!
「行けるぞ! イーヴォ、さっき破壊した奴の右に別のI-34だ! 撃てっ! 」
イーヴォはその場所から更に二発の砲弾を放ちもう一台のI-34をスクラップに変えた。度重なる敵の撃破に重かった車内の雰囲気がすこしずつ変わってくる。僕はその空気を感じながらまたハンスに我々の突撃砲の位置を変えるように指示した。
「よし、さらに回り込むぞ。後進してこの窪地を出ろ。そして九十度右旋回してから前進! 」
「了解! 」
ハンスはようやく僕の意図を読み取ってくれたようだった。ハンスは前進すると砲撃に適した地形を見つけて僕に意見を具申してきた。
「少尉、前方五十mのところに廃屋があります。その陰から砲撃されてはどうでしょうか? 」
「よし、それでいこう! 」
僕らの突撃砲はその廃屋の陰で姿を隠しつつまた敵戦車に狙いを定めた。双眼鏡で見ていると敵が右往左往している様子が手に取るように分かる。たった一台で十二台もの敵に攻撃をかけて相手を手玉に取っているのだ。指揮官の僕にとってはこれ以上痛快なことはなかった。
「イーヴォ、前方六百mのところに側面を曝している奴がいるだろう? あいつを狙え! 」
「了解であります! 」
瓦礫の山とところどころに立ち込める朝靄が我々の突撃砲を非常に良い感じで敵から隠してくれている。そういった条件を上手く利用したこともあるが敵の戦車兵もおそらく未熟なのであろう。彼らは一方的に攻撃を受けどうしていいか分からず周辺をぐるぐると動き回るだけで我々に対して何ら有効な対策を施すことが出来ていなかった。
「照準よし! 」
「撃てっ! 」
イーヴォと僕の声に続いて砲弾が発射される。I-34がまた一台スクラップと化した。破壊された戦車から脱出する敵戦車兵に友軍の歩兵が容赦なく銃撃を浴びせる。敵は完全にパニック状態に陥っていたが我々はその後も攻撃の手を休めることなく敵戦車に砲弾を浴びせ続けた。
「敵が退却を始めました! 」
ハンスが前方を見据えながらそう叫んだ。それを聞いてイーヴォとペットゲンがハイタッチをして喜んでいる。我々の四十分に及ぶ砲撃で敵は反撃の意思を失い逃走しだしたのだ。戦場となったアマクヤードの街の大通りでは七台の敵戦車が燃えていてその周囲には多くのル・カメリカ兵が倒れていた。我々の完勝だ。僕は敵の撤退を確認すると歩兵隊のユアサ伍長に占領した大通り周辺に機関銃とパンツァーファウストを装備した兵を散開させ敵の反撃に備えるように命令すると無線で本部に連絡をとった。
「第七装甲師団本部へ、こちらマイヤー小隊。アマクヤード大通りを奪還し敵戦車多数撃破! 敵は撤退した。」
すると本部からすぐに返信があった。
「こちら本部、マイヤー小隊へ。何故連絡が途絶えていたのか? それと虚偽の報告はやめよ! 敵戦力は戦車一個中隊程度あった筈だ! マイヤー小隊だけでどうにもなるものではない。正確に状況を報告せよ! 」
僕はその無線にイラっとしてもう一度大声で言った。
「こちらマイヤー小隊! 無線機が故障していて連絡が取れなかったのだ! それともう一度正確な報告をするから耳の穴をかっぽじってよく聞け! 敵は撤退し大通りは我々が占領した! 早く援軍を送れ! 以上! 」
「り、了解! 」
僕の剣幕に驚いたのかそれ以上本部から連絡が入ることはなかった。大通り周辺に対戦車戦闘の準備をする歩兵を見ながらハンスが僕に言った。
「少尉! 凄いですよ! 無傷でI-34を七台もやっちまうなんて! 感服しました! 僕が指揮官だったら敵の数に怖気付いてあんな命令絶対出せませんよ! 」
それにペットゲンが続いた。
「本当っスよ! 少尉の今日の戦いは騎士鉄十字章ものっスよ! 」
皆に褒められて僕も悪い気はしなかった。僕は笑顔で言った。
「今日の決断は勇気が必要だったけどでも何故か上手くいくって自分の心の中では確信めいたものがあったんだ。あとは今日の我々の小さな勝利が友軍全体の勝利に繋がればいいんだがな。」
僕が何気無く言ったその言葉はその後現実のものとなっていった。今まで一進一退だったアマクヤードの戦いがこの日を境に徐々に我が軍に有利に動き出したのだ。




