悶着
「すみません。ご心配をおかけしました。全員無事であります! 」
僕は無線に応答しないフォクツ軍曹が心配で周囲に敵がいないことを確かめると二号車に駆け寄っていた。すると軍曹が元気そうな顔を突撃砲の上部からひょっこりと出してそう言ったのだ。最悪の事態を想定していただけに拍子抜けだったが部下の無事が分かって僕は一安心だった。
「敵戦車の砲弾が瓦礫か何かに当たった後に上部装甲板に命中したようです。跳弾だった為勢いが削がれていて装甲を貫通することなくそのまま弾かれました。ですがその衝撃の為か無線機が故障してしまい連絡が取れなかったのです。おまけに主砲も故障して射撃不能になりました。被害はそれだけで搭乗員は全員怪我の一つもしておりません! 」
そう言ってフォクツ軍曹は苦笑いをした。二号車を見ると突撃砲の上面が大きく凹んでいる。直撃であればこれでは済まなかっただろう。軍曹はツキのある男のようだった。僕は軍曹に聞いた。
「取り敢えず生きてて良かったよ。それで故障は直せそうか? 」
「今やっていますが分かりません。念の為一号車の無線で整備中隊を呼んで頂けますか? 」
軍曹がそう言うのでぼくは自分が乗っていた突撃砲に向き直り叫んだ。
「ペットゲン! 無線で整備中隊を呼び出せ! 突撃砲が一台主砲と無線機が故障で戦闘不能だとな。」
するとペットゲンが突撃砲のハッチから頭を出して僕に大声で返してきた。
「少尉! 司令部からまた連絡が入ってるっス! マイヤー小隊は逃げる敵部隊を追撃し突破された戦線の穴を繕え、とのことっス。」
「何だと!? 」
僕は思わずペットゲンのところに走り寄った。ペットゲンが不安げに言葉を続けた。
「敵の戦力が分からないスし戦闘可能車輌は一台だけっスけど……どうするっス? 」
どうするもこうするも命令ならば我々は行かねばならない。僕はペットゲンに言った。
「仕方ないだろう、行こう。だがその前に取り敢えず整備中隊を呼べ! なるべく急ぐように言ってくれ。」
「了解っス! 」
ペットゲンはそう返事をして突撃砲の中にまたその頭を隠した。
ペットゲンが無線でやりとりした結果整備中隊が到着するのに二時間は掛かるということが分かったので我々は一号車一台で歩兵隊を引き連れて前進をすることにした。フォクツ軍曹の二号車は修理が終わり次第後から一号車を追いかけるということになり僕はフォクツ軍曹と一旦別れ暗闇と瓦礫に囲まれた街中をゆっくりと進み出した。
「暗闇の中を進むっていうのはちょっと怖いですね。敵が潜んでいてもこれじゃ分かりませんよ。」
ハンスがそう言った。確かに対戦車砲でもその辺に隠れていたら僕らは即死だ。車内には重苦しい雰囲気が漂う。今までは待ち伏せをする側の立場だったが逆にされるかもしれない側の立場はこれだけ恐怖に駆られるということを僕らはこの時初めて知った。僕はその恐怖を少しでも振り払おうと上部ハッチから頭を出して周囲を見渡した。だが突撃砲の前方に備え付けられたライトから放たれる光線には降り注ぐ雨と瓦礫が浮かび上がるだけでそれ以外は暗闇しかない。そのことは僕の疑心暗鬼な気持ちを更に深いものにさせた。そして歩兵達も気持ちは僕と同じなのであろう、皆突撃砲の後ろから恐る恐るくっついてきていた。
「撃たれて初めて敵の存在に気付いた時には天国にいた、なんて洒落にならんっスよ! 」
ペットゲンは冗談のつもりでそう言ったのだろうが誰も笑うどころか空気はより重くなった。イーヴォが思わず溜息をつく。だがその時前方から機銃の射撃音や爆発音が聞こえてきた。どうやら突破された戦線を繕おうとしている部隊は我々以外にもいるようだった。
「前方に機関銃の発射光多数だ、市街戦の真っ最中だぞ! 榴弾をいつでも撃てるようにしておけ!」
僕の言葉に反応してペットゲンが榴弾を装填する。我々の突撃砲が発射光の近く百m程のところに近づいていくと急に歓声が聞こえてきた。どうやら友軍の兵士が突撃砲が来たことに気が付いて喜んでいるらしい。すると前方から友軍の兵士が一人走ってきた。僕はハンスに突撃砲の停止を命じた。するとその兵士が突撃砲の真横に来たので僕は上部ハッチから頭だけを出してその兵士と会話をした。
「第二歩兵大隊のユアサ伍長です! 敵はこのまま真っ直ぐ行ったところにある廃屋に機関銃を備え付けて我々に撃ちまくってきています! 吹っ飛ばして下さい! 」
「分かった、吹き飛ばす。あと聞いておきたいのだが敵の戦車はいないのか? 対戦車砲もないのか? 」
僕がそう聞き返すと伍長は言った。
「ここにいるのはマシンガンで武装した兵士だけだと思います。砲の類は自分は見ておりません! 」
そう伍長は僕に叫んだ。対戦車兵器がないことが分かれば我々に脅威はない。僕は今までビクビクしていたのが嘘のように急に元気になって大声で命令を出した。
「ハンス、突っ込むぞ! 歩兵隊、臭くても俺のケツにべったりついて来い! 」
車内の雰囲気が急に明るくなった。ハンスがギアを上げて前進を再開する。すると敵の機関銃の火線が突撃砲に集中した。だが突撃砲はそんな程度の攻撃ではびくともしない。僕は目標とする廃屋を前方に確認すると突撃砲を停車させた。
「イーヴォ、一発ぶちかませ! 」
「了解! 」
イーヴォがそう言って轟音と共に放った砲弾は廃屋を吹き飛ばした。
「発射光には全て砲弾をぶちこんでやれ! 」
僕がそう叫ぶとイーヴォはその命令を忠実にこなした。戦闘に参加してから十分も経たないうちに敵は一掃され我々へ攻撃する者はいなくなった。その後歩兵隊が周囲を制圧する。僕はその間に先ほどのユアサ伍長を呼んだ。周囲の状況を聞こうとしたのだ。伍長は走って突撃砲のところまできてくれた。僕はハッチから頭を出して彼に尋ねた。
「第七装甲師団のマイヤー少尉だ。伍長、この周辺の状況を教えてくれ。」
「はい。この先はずっと廃墟が続きますが一kmほど進むと大きな通りが前方を横切るようにあります。その通りで我々は敵と数時間前まで交戦していたのですが大量の戦車が来て押し切られてしまいました。おそらくその辺りにはまだ敵の戦車がうようよいると思います。」
「数は具体的にどれぐらいだった? それと君の部隊の生き残っている人数は? 」
僕がそう聞くと伍長は俯いて一瞬考えてからまた顔を上げて言った。
「十台はいたと思います。私の隊の生き残りは二十名ほどでしょうか。ですが弾薬が尽きかけています。」
「十台!? そんなにいるのか? こちらは一台しかいないのに! 」と僕は言いかけたが伍長の悔しそうな顔を見るとそんな台詞は口に出来なかった。伍長は自分が陣取っていた街の通りから追い出されたことに腹を立てているのだろう。その顔にはすぐにでも通りを奪い返したいと書いてあるようだった。彼は疲れてはいるようだったが精悍な顔をしていて真面目そうな男だった。僕は車内にいるペットゲンに言った。
「ペットゲン、バウアー大尉に連絡しろ。対戦車戦闘装備と補給を至急よこしてくれとな! 」
「了解っス! 」
ペットゲンは無線ですぐに第七装甲師団本部に問いかけた。
連絡してから三十分後、補給部隊が到着した。バウアー大尉が僕からの要請にすぐ動いてくれたのだ。僕は嬉しかった。そして補給部隊のトラックから降りてきたのはオストホフ伍長だった。彼の来訪は僕を更に喜ばせた。伍長にはいつも食料品なんかをこっそり貰っていて僕は彼のことが大好きだったからだ。僕とハンスは突撃砲を降りて伍長に近づいていくと伍長は僕らに話し掛けてきた。
「少尉、パンツァーファウストと対戦車地雷をあるだけ持ってきましたよ! 」
そう言ってにこりと笑う伍長に僕は感謝の言葉を述べた。
「伍長、いつも俺たちのことを優先してくれてありがとう。本当に助かるよ。」
「とんでもない! それより敵の数がかなり多いって聞きましたけど……一台で大丈夫ですか? 」
心配そうに聞いてくる伍長の前で不安げな顔は出来なかった。僕は笑いながら言った。
「市街戦だからな。歩兵隊と上手くやってみるよ。おそらく伍長の持ってきてくれたこれらが役に立つ筈さ。」
僕はそう言って伍長が手にしていたパンツァーファウストが収められた木製の箱をポンと叩いた。その後僕はユアサ伍長を呼んでパンツァーファウストをユアサ伍長の隊の兵と我々が連れてきた歩兵達に配るよう命じた。そして僕がユアサ伍長とこれからの戦闘について打ち合わせをしているとまた僕に声を掛ける者が現れた。だがその声はオストホフ伍長のような爽やかなものではなくドロドロとして意地の悪さに満ち溢れたものだった。
「小隊長様も大変だな。戦力十倍の敵が相手だからな。せいぜい敵戦車の最多撃破記録保持者でも目指してくれ。まぁそうなる前に敵の砲弾を喰らっているだろうがな。」
声の主はゲッハ中尉だった。僕らがこれから圧倒的に数で不利な勝負を挑むのを見るのが愉快で仕方がない様子で顔はいつものしかめっ面ではなくニコニコしている。心底嫌な奴だ。僕はさすがにイラっとして中尉に言った。
「ゲッハ中尉、士気を下げるような発言は慎んで頂きたい! 今のは戦いに赴く友軍兵士に掛ける言葉ではないでしょう! 」
僕がそう言ってもゲッハ中尉のニコニコ顔は止まらなかった。中尉は更に言葉を重ねた。
「では戦いが終わった後にバウアー大尉に怒られるとしよう。今の私の発言をバウアー大尉に報告しろよ。 まぁ生きて帰ってこれればだがな。」
その言葉を横で聞いていたハンスがカッとなったらしく突然ゲッハ中尉の左頬にパンチを喰らわせた。中尉はすっ転んで泥と瓦礫に覆われた大地の上に倒れこむ。まさかハンスがそんなことをするなんて夢にも思わなかった僕は一瞬遅れながらも慌ててハンスを羽交い締めにした。
「よせ! ハンス! 」
僕のその声はハンスの耳には届いていないようだった。ハンスは激昂して言った。
「お前の敵はル・カメリカか? 俺達か? どっちなんだよ! この野郎! 」
「貴様! 殺してやる! 」
ゲッハ中尉は殴られた左頬を押さえながらそう言うと腰にぶら下げたホルスターに右手を伸ばし拳銃を抜こうとした。それを見た僕は反射的に中尉の右手を蹴り上げた。拳銃は宙を飛び地面に落ちた。
「中尉殿、もう辞めましょう! 今は味方同士で仲間割れしている場合ではないのです! それにハンス、お前も冷静になれ! そら、行くぞ! 」
僕はそう言うと熱くなっているハンスの背中を引っ張って二人を無理矢理引き離した。ゲッハ中尉は暫く僕らを倒れたまま睨んでいたが追いかけてきたりするようなことはなく揉め事はここで一旦終わりとなった。僕はハンスに頭を冷やすように言うと共に突撃砲に乗り込んだ。だが車内の雰囲気は良くなかった。ゲッハ中尉の発言は聞こえていたらしくそれは全員のテンションを下げるのに十分過ぎる程の効果を持っていて皆の気持ちはすっかり暗くなってしまっていたのだった。僕は空気を変えようと皆に言った。
「我々はこれより出撃し友軍陣地の奪還を目指す。だが無謀な戦いはしない。必ず全員で生きて帰るぞ! ハンス、微速前進! 」
僕はそう言ったがそれでも車内で口を開く者はいなかった。僕らは無言のまま動き出した突撃砲にゆっくりと揺られながら進んでいった。




