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廃墟

「燃料と弾薬、共に補給完了しました。」

「おう! ご苦労さん。我々は今夜は基地北東部のポイント69にて明朝までそこで待機だ。これよりポイント69へ移動する。」

ハンスの報告を受け僕はフォクツ軍曹の二号車を連れて待機場所まで移動の指示を出した。その待機場所というのはかつては建物が多く建ち並んでいた街の一角であったのだろうが今はその殆どが破壊されていて瓦礫の山と化していた。そして瓦礫と瓦礫の間に歩兵が機関銃をセットし敵の侵入に備えている。我々突撃砲も瓦礫に埋もれるように配置され地上スレスレにその長い75mm砲を突き出していた。これならばもし敵が来ても瓦礫がカモフラージュとなってすぐに見つかることはない。僕らはそこで補給部隊のオストホフ伍長から貰ったパンを頬張りながら次の命令を待つことにした。

「今我々がいるポイント69から北へ4km程進むとアマクヤードの街の中心に当たる大通りがあるそうだ。そこで昼夜を問わず敵味方の歩兵が入り乱れて激しい市街戦を行っているらしい。」

僕は地図を見ながら皆に言った。

「我が軍が司令部を置いているこの辺りまで敵は来るのでしょうか? 」

ハンスがそう質問してきた。

「今までは来たことはないらしいが……覚悟しといた方がいいかもしれないな。この街の中では明確な戦線というのはないらしい。敵味方常に入り乱れているそうだ。」

僕はバウアー大尉に聞いたことをそのまま話した。

「そう言われると何だか落ち着かないっス。」

ペットゲンが不安げにそう言った。重装甲を誇る戦車や突撃砲といえども歩兵に至近距離から攻撃を受ければ意外に脆い。だだっ広い平原ならまだしもこんな市街地での戦闘は至近距離で突発的に戦闘が発生しがちだ。ペットゲンはそのことを憂いているのだろう。

「今日はこの後バウアー大尉にワインを飲ませてもらう約束をしてるんだ。敵が来なけりゃいいんだがな。」

僕がそう言った直後だった。無線機から怒鳴り声が聞こえてきた。僕は一瞬身体がビクッとなった。

「マイヤー小隊、こちら司令部だ。敵が4km先の友軍の歩兵陣地を突破した。どうやらそちらへ向かっているようだ。マイヤー小隊はこれを殲滅せよ! 」

いきなりの戦闘命令だった。僕はすぐに無線で返答した。

「了解! 敵の戦力はどれくらいか分かるか? 」

「戦車三、四台と歩兵が五十人程度らしい。もうすぐそちらに現れる。頼んだぞ! 」

「今までここに敵が現れたことはなかったんスよね? なんで俺達ってこう運がないんスかね? 」

ペットゲンがぼやく。僕はそんなペットゲンを無視して皆に指示を出した。

「ペットゲン、徹甲弾装填用意。ハンス、前方注視。イーヴォは敵を見つけても慌てて撃つなよ、俺の指示を待て。二号車、フォクツ軍曹! 聞こえたな? 警戒態勢のまま待機だ! 」

僕がそう言うとペットゲンが75mm砲弾を抱えながら僕の方を見てちょっと意地悪そうにニヤッと笑った。

「何だ? 」

僕がそう聞くとペットゲンはニヤついたまま答えた。

「ワインはお預けっスね。 」

「生き残って絶対飲んでやる! その時は大尉に頼んでお前の分も貰ってきてやるよ。 だからさっさと戦闘を終わらすぞ! 」

僕は真顔でそう言った後拳を突き出して親指を上に突き出した。その後僕らは顔を見合わせて笑った。


「来ましたね。」

「ああ、近いな。 」

履帯のキリキリと軋む音と瓦礫がパキパキと踏み潰される音、それにビリビリとした振動が伝わってくる。これは敵戦車が現れる時のお決まりの合図のようなものだった。この音と振動を感じることだけで僕らはこれから戦闘を行うのだという覚悟が芽生え緊張してピリピリとした雰囲気になる。それはまさに条件反射だった。

「暗くてよく見えません。」

前方を見据えていたハンスが言った。それを聞いて僕が時計を見るともう夜の七時だった。雨がポツポツと降り周囲はもう真っ暗でその中を敵戦車の音と振動だけが伝わってくる。僕らの緊張感は否が応でも高まった。

「早く来やがれ、豚野郎共め。」

イーヴォが照準器を覗きながらそう呟いた。音から推測すると敵は近づいてきてはいるが遮蔽物となる瓦礫の山が至る所にあるのでまだ射界内には入っておらず攻撃可能な位置までは辿り着いていなさそうだった。僕はもう少し敵を引きつけたところで照明弾を打ち上げるつもりでじっと待っていた。一発で仕留めれる距離まで敵を引きつけるのが理想なのだ。これを誤ると反撃を喰らうことになる。だが暫くするとその音と振動はピタリと止まった。

「停止したっス! 」

ペットゲンが叫ぶ。僕の額を汗が流れ落ちた。

「どういうつもりでしょう? 」

ハンスが僕にそう聞いてきた。だが僕にも敵の意図は分からない。一つだけ分かることはこのまま敵戦車がのこのこと走ってきたところを待ち伏せて一気に叩くつもりだったこちらの作戦が変更になりそうということだけだった。

「取り敢えずこのまま待機だ。皆耳に神経を集中しろ! 」

僕がそう言って五分程沈黙が続いた後だった。前方の瓦礫の山からカタンと何か物音がした。それは小さな音だったが僕の耳はそれを聞き逃さなかった。僕は照明弾を片手に無線で友軍の歩兵隊に連絡を取った。

「歩兵隊! 敵兵が近づいてきているぞ! 今から照明弾を打ち上げる! 」

僕はそう言うと突撃砲の上部ハッチから上空へ向けて照明弾を放った。辺り一面が真昼のように明るく照らされる。すると前方の瓦礫の山にいつの間にか数十人の敵兵が近づいてきているではないか! どうやら音を立てないようにして気付かれないようにゆっくりと忍び足で我々に迫ってきていたのだ。僕は一瞬息を飲んだがすぐに歩兵隊に命令した。

「射撃開始! 」

友軍のMG34機関銃が火を噴く。何人かの敵兵が悲鳴を上げて倒れた。いよいよ戦闘開始だ!

「ペットゲン、徹甲弾を榴弾に変更! イーヴォ、一時の方向の瓦礫の山に一発ぶち込め! 」

ドーンという音と共に榴弾が発射され爆発音が響いた。その後に敵兵の悲鳴が続く。瓦礫の山に潜んでいた敵兵のものであろう。僕はイーヴォに言った。

「イーヴォ、次はその右隣の瓦礫だ! 撃てっ! 」

また瓦礫の山が吹き飛び敵兵の悲鳴が響く。僕とフォクツ軍曹の突撃砲は周囲の敵兵の潜んでいそうなところに片っ端から榴弾を撃ち込んだ。友軍の歩兵隊から無線で興奮しきった声が響く。

「敵の奇襲は完全に失敗しました! このまま徹底的に叩き潰してやりましょう! 小隊長殿! 」

確かに無線で言われた通りだった。敵兵は全く進むことが出来ないでいる。友軍の銃撃は激しさを増しさらに照明弾が二発ほど打ち上げられた。戦局は我々が優勢に進めている。だがもし僕があの微かな物音に気が付かなければ立場は逆だったのかもしれない。ほんのちょっとしたことが勝敗を分けるのだ。僕はそう思うと喜ぶどころか気が引き締まった。それに一つ気になるのは今は敵が劣勢だけれども何処かにいるはずのI-34がまだ顔を出していないのだ。僕がふとそう思った瞬間、不安は的中した。

「前方敵戦車! うわぁ! 」

「軍曹! どうした!? 」

無線でフォクツ軍曹からの悲壮な叫びが聞こえてきた。だが僕が問い返しても返事はない。動揺した心に不安と恐怖の念が沸き起こるが僕はそれを心の中で何とか鎮めて前方を見据えた。すると瓦礫の山の合間から主砲の砲身だけを出しているI-34を発見した。

「ハンス、左十度旋回! 敵戦車だ、急げ! ペットゲン、徹甲弾に切り替えろ! 」

無線で二号車が被弾したことは皆分かっている。僕は自分も含めて皆が感じているであろう動揺の空気を打ち消すようにそう叫んだ。するとペットゲンとイーヴォがいつも以上に大声でそれに応える。

「装填完了っス! 」

「照準よし! 」

「ぶちかませ! 」

僕の声が砲弾の発射音に掻き消された直後また激しい爆発音が耳を襲った。敵戦車がイーヴォの放った砲弾によって瓦礫ごと吹き飛ばされたのだ。

「やったぜ! 」

普段冷静なハンスが歓喜の声を上げた。だが敵戦車はまだいる。油断は出来なかった。そこへイーヴォが叫ぶ。

「照明弾が消えます! 」

先ほど打ち上げられた照明弾の明かりが消え周囲がまた暗闇に戻った。燃える敵戦車の周囲だけは明るく照らし出されているがその付近には敵はいないようだった。僕はフォクツ軍曹が気になって二号車の方を見たが炎は出ていなさそうだった。ひょっとしたら無線機が故障しただけで生きているかもしれない。そう思うと僕は心の中のモヤモヤが少しだけ薄れたような気がした。

「敵は動きませんね。」

ハンスがそうポツリと言った。確かに敵はまだいる筈なのだがその気配は消されている。暗闇と先ほどの戦闘が嘘のような静寂がまた周囲を覆った。敵の戦車はあと何台いるのだろう? 僕はふとそんなことを考えた。だが何台いようともこの暗闇の中では敵の位置も数も掴めない。先に動いた方が負ける、僕は本能的にそう感じてじっとしていた。するとその時だった。

「ドォーン! 」

激しい爆発と衝撃が僕らの突撃砲を襲った。どうやら敵戦車が大体の見当をつけて僕らの突撃砲に砲撃してきたのだ。おそらく我々が先ほど砲撃した時に発生した発射光を狙って撃ってきたに違いない。だが敵の放った砲弾は突撃砲周辺の瓦礫の山を切り崩しただけだった。

「敵発射光は二時の方向だ! イーヴォ、見たな!? 撃ち返せ! 」

ハンスは僕がそう言い終わる前に突撃砲の向きを二時の方向に向けていた。そしてイーヴォが敵の発射光の辺りに正確に撃ち返した。すると爆発音が響き炎がパッと周囲を照らした。イーヴォの放った砲弾は敵戦車の向かって左側の履帯を吹き飛ばしていたのだ。敵の戦車兵が慌てて戦車から飛び降りて逃げるのが見える。

「よっしゃあ! イーヴォ、ナイスだ! 」

僕は履帯を破壊され動けなくなった敵戦車を見て喜び思わずイーヴォを誉めた。だがその敵戦車の後にまた別の敵戦車が一台いるのが燃え盛る炎のお蔭で目に入った。僕は口調を変えてまた叫んだ。

「ペットゲン、もう一発徹甲弾だ! イーヴォ、今やった奴の後ろにもう一台いるぞ! 」

だがその一台はけたたましい騒音を発して後方へ走り出した。どうやら逃げようとしているのである。

「ハンス、右に五度旋回! 逃がすな! イーヴォ! 」

僕がそう叫ぶとイーヴォが小さくだが力強く呟いた。

「分かってますって! 」

その次の瞬間轟音と共にイーヴォが放った砲弾は逃げる敵戦車の前面装甲を切り裂いた。I-34は大爆発を起こしてその場で動かなくなった。

「よし、上手いぞ、イーヴォ! 各自そのまま警戒態勢を取って待機! 」

僕がそう皆に指示を出した後は散発的な銃撃戦があっただけで戦闘は下火になっていった。そしてその後また数発の照明弾が打ち上げられ歩兵隊が周囲を警戒したがもう敵は撤退したようでいなくなっていた。我々の攻撃で敵は撃退されたのだ。

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