エース
「ドォーン! 」
先ほど撃破したI-34が砲弾に引火したようで再度大きな爆発を起こした。燃える敵戦車の炎は雨の中非常によく目立つ。その炎が雨雲で薄暗い周囲を松明のように明るく照らしていたからだ。我々は敵の反撃に備えて破壊した戦車から距離をとり暫くじっと警戒をしていたが一発の銃弾すら撃ち返されることはなく敵兵が発する泣き声や叫び声だけが僕らの耳に聞こえてきた。不甲斐ないその敵の様子から考察すると敵の戦車はただ単にこの付近を迷い彷徨っていただけなのかもしれない。突然の我々からの攻撃で反撃すら出来ずパニックを起こしている敵の様子は統制がとれておらず何か目的があって行動していた訳ではないように思えたからだ。だがその時だった。
「ガサッ! 」
不意に僕らの突撃砲の左前方辺りに物音がした。僕は敵兵が近づいてきたのかと思い慌てて音のした付近に機関銃弾を撃ちこんだ。「ドドドド! 」と激しい発射音が響く。
「待て! 撃つな! マイルヤーナ人だ! 」
機関銃の射撃音の合間にマイルヤーナ語が聞こえてきた。僕は慌てて射撃するのを止めた。だが何かの罠かもしれない。僕は用心深く銃を構えながら言った。
「誰だ? そのままゆっくり歩いてこい! 」
すると激しく降り続ける雨の中から一人の男が現れた。その男は僕の見慣れない軍服を着ている。両腕を後ろ手に組んで現れたその男の顔は痣だらけで疲れきった表情を浮かべていた。不審に思った僕はいつでも撃てるように銃を構え続けていたが突然その男の姿を見たハンスが叫んだ。
「少尉! あれはマイルヤーナ空軍の服です! 彼はおそらく我々が探していたパイロットですよ! 」
その言葉を聞いてその男は言った。
「マイルヤーナ空軍のハルトマン少佐だ。君達はマイルヤーナ陸軍か? 」
マイルヤーナ語を喋るその男は嘘を言っているようには見えなかったので僕は警戒しつつもペットゲンを突撃砲から降ろしその男の介抱に向かわせた。ペットゲンがその男に恐る恐る近づいて話し掛ける。
「我々はマイルヤーナ陸軍っス。大丈夫っスか? 」
「ああ、だが私は乗機を撃墜されて脱出して彷徨っていたところをル・カメリカ兵に捕まってついさっきまで拘束されていたのだ。酷い目にあった。」
その男は何故両腕を後ろ手に組んでいるのだろう? と僕は思っていたが実は縛られていたのだ。顔の痣は敵兵に暴行を受けたらしい。僕もようやくその男の言うことを信用しペットゲンに続いて突撃砲を降りて介抱に加わった。
「第七装甲師団のマイヤー少尉です。ひどくやられましたね、大丈夫ですか? 」
少佐の両腕は手首の部分を針金で縛られていた。その針金がくいこんで少佐の両手首は血まみれになっている。僕はその針金を解きながらそう少佐に話しかけた。
「ああ、何とか大丈夫だ。だが君達が来てくれなければ俺は間違いなく殺されていただろう。ありがとう。」
少佐は痣だらけだったが意識ははっきりしているようで僕にそう礼を言った。僕は針金を解いた後少佐を突撃砲に乗せ毛布を掛けながら答えた。
「困った時はお互い様ですよ。少佐殿は墜落する前にル・カメリカの攻撃機を一機撃墜されたでしょう? 僕らはその攻撃機から銃撃を受けていたのです。少佐殿があの時来てくれてなければ我々はあの場所で死んでいたかもしれません。こちらこそありがとうございました。」
それを聞いて少佐はすこし驚いたように言った。
「あの時地上にいた部隊が君達だったのか? 俺が脱出したのを見てわざわざ助けに来てくれたのか? 」
「そうです。助けてくれた少佐殿を放っておくことは出来ませんでした。アマクヤードの友軍基地までは徒歩ですとそこそこ距離がありましたからね。」
僕は少佐の顔の痣を消毒しながらそう答えた。すると少佐は目に涙を貯めて言った。
「わざわざ俺の為に……ありがとう。ル・カメリカ兵は俺を散々殴った後戦車の前に寝かせて轢き殺そうとしていたのだ。だがその時急に戦車が爆発して敵はパニックになった。その隙をついて俺は逃げ出すことが出来たんだ。君達は命の恩人だ。本当にありがとう。」
「我々の砲撃が少佐殿の逃走の助けになったのですね。良かったです。」
少佐は涙を流しながら僕らへの感謝の言葉を述べた。おそらくその涙は敵兵に捕らえられ殺されかけた自分が味わった恐怖感とそれから逃れられた安心感の両方からつい出てしまったのだろう。大の男がわんわん泣いているのを見ても誰も馬鹿にする人間はいなかった。僕は少佐に雨除け用の迷彩の防水シートを手渡しながら言った。
「これから友軍基地へと向かいます。もう安心して下さい。ではハンス、アマクヤードに向けて出発しようか! 」
傷の応急手当を終えた少佐を突撃砲の上に乗せて我々は進路を百八十度変えて北へ進みだした。その後目的とする友軍陣地に到着するまでは我々は幸運にも新たな敵戦車と遭遇することはなかった。
「着きましたよ、少佐殿。もう大丈夫です。」
我々はその日の午後にアマクヤードの前線基地に到着した。そこはアマクヤードの街の一角を基地と称していくつかの建物を基地施設として利用しており鉄条網と対戦車バリケードが幾重にも張り巡らされている区画の中にあった。対戦車バリケードの合間を基地に向かって走行していると先に到着していたらしいフォクツ軍曹が姿を現して基地から僕らに手を振ってくれているのが見えた。僕が手を振り返すと軍曹はゼスチャーでこっちに来いというような仕草をしている。どうやら軍曹の立っている場所の後ろにある建物が司令部らしい。僕らは軍曹目指して進みようやく彼の目の前に着くと突撃砲を停車させた。軍曹との再会を喜ぶ前に僕はペットゲンと二人で突撃砲からハルトマン少佐をゆっくりと地上に降ろす作業に取り掛かった。
「フランツ・マイヤー少尉、君の名前は一生忘れない。ありがとう。」
ハルトマン少佐は突撃砲から降ろされ大地に立つと笑顔でそう言いながら右手を差し出してきた。僕も笑顔でこう返した。
「これからも空軍と陸軍はお互い協力してやっていきましょう! ではお元気で、ハルトマン少佐。」
僕らは固く握手をした。そして僕が衛生兵を呼ぶと少佐は司令部横にある病院として使われているらしい建物の中にそのまま連れていかれた。
「救出は成功したのですね。それに一号車のメンバー全員怪我も無さそうで良かったです。」
フォクツ軍曹がそう言って僕に話し掛けてきた。僕は軍曹とも握手をしてお互いの無事と再会を喜びあった。するとまた聞き慣れた声が僕を呼んだ。
「やっと来やがったか! 待ちくたびれたぞ! 」
声のする方に顔を向けるとそこにはバウアー大尉がニヤニヤしながら立っていた。僕は大尉に近づいていくと微笑みながらまたがっちりと握手をした。
「大尉、遅くなってすみません。」
僕がそう言うと大尉は笑顔で僕の肩をポンと叩きながら言った。
「これから嫌というほど働いてもらうからな。ところであの人か? お前が助けた空軍のパイロットというのは? 」
大尉は僕らが遅くなった理由を既に知っていたらしく病院に担架で運ばれるハルトマン少佐を見ながら僕にそう聞いてきた。
「はい。ハルトマン少佐と仰られていました。僕みたいな下っ端にもお礼を言ってくださる丁寧な方です。」
僕がそう言うと大尉の顔が驚きに包まれた。
「何!? ハルトマン? エーリッヒ・ハルトマン少佐か? 」
僕はその大尉の態度を見て何事かと思い不安になって聞いた。
「確かそう仰っておられましたが……どうかしましたか? 」
「フランツ! エーリッヒ・ハルトマン少佐ってのはマイルヤーナ空軍のエースだぞ! 確か騎士鉄十字章も貰ってる筈だ! お前……凄い有名人を助けたな! 」
そう言って大尉は僕の肩をまた何度もポンポンと叩いて笑ったが僕はそれを聞いても自分が「エースと呼ばれる凄い人を助けた」という感覚はなかった。ハルトマン少佐は僕らと何も変わらない一人の人間だったからだ。偉そうにすることもなく僕ら一般の兵士にも感謝の言葉を述べてくれる出来た人だった。僕らは偶然そんな人を救出した訳だがそれも何か意図があった訳ではなくただ単に敵機の攻撃から我々を救ってくれた相手に借りを返そうとしただけだったのだ。でもそれが結果的に友軍のエースだったと言われれば悪い気はしない。僕は大尉に笑顔で答えた。
「たまたまでしたけど良かったですよ、そんな人を助けることが出来て。ところで戦況はどうなのです? 」
僕がそう話を変えると大尉の表情から笑みが消えた。大尉は煙草を取り出しそれに火を付けながら言った。
「一進一退といったところだ。一時は我々は街から追い出されかけたが今は何とか持ち堪えて逆にアマクヤードの街の六割程を占領している。……だが敵も必死だ。」
「……厳しい戦いになりそうですね。」
僕がそう言うと大尉はふぅと大きく煙草の煙を吐き出してすこし明るい表情を作ってみせてから言葉を続けた。
「フランツ、後で俺の部屋に来い。戦況を詳しく説明してやる。まぁそれはついでだが実はとっておきのワインがあるのだ。一緒に飲もう! 」
「了解しました! 喜んでお伺いさせて頂きます! 」
僕がそう言って大袈裟に敬礼をすると大尉は笑った。僕はその日の夜十時にまた大尉と会う約束をしてその場を一旦離れ自分の小隊の突撃砲の整備と補給作業に取りかかった。




