メッサーシュミット
待ち伏せ攻撃により敵部隊を撃破した我々は燃え盛る敵戦車の残骸の横をすり抜けて前進を再開した。目的地であるアマクヤードの友軍陣地まではあと数kmの筈なのだがそこに辿り着くまでにこれだけ頻繁に敵と出会うということは戦線はかなり混乱しているのであろう。広いル・カメリカの領土の中を我々はかなり奥深くまで進出したのだがそれはあくまで点と線の占領であり我が祖国マイルヤーナからアマクヤードまでの広大な地域が完全に我が軍の勢力圏下に置かれた訳ではないことを僕らは痛感させられていた。
「雨がすこし止んできましたね。」
揺れる突撃砲の中でハンスがそう言った。確かにハンスの言う通り雨の勢いが弱くなっているのが感じられる。
「周囲の木の数が減ってきたっス。森をそろそろ抜けるんスかね? 」
ペットゲンが突撃砲の上部ハッチを開け頭を出し周囲を見渡しながら言った。
「おい! 頭を出しっぱなしにするな! 敵の狙撃兵がいたら撃たれちまうぞ! 」
僕がそう言うとペットゲンが慌てて頭を車内に引っ込めた。
「頭を出したら一瞬で周囲の状況を確認してすぐ引っ込めるのだ。ぼんやりしていると本当に射抜かれちまうぞ。」
僕はそう言いながら実際に以前戦車のハッチから上半身を出していて撃たれて死んだリコ少尉のことを思い出していた。遥か大昔のことに思えるが実はあれから半年程しか経っていないのだ。
「砲隊鏡が必要っスね。」
ペットゲンがそう言った。砲隊鏡とは双眼鏡の一種で目で覗くところから上に棒が二本飛び出しておりその棒の先にレンズが付いているのだ。それだと突撃砲の上から頭を出さずに砲隊鏡のレンズだけを出して周囲の状況を確認することが出来る。砲隊鏡は基本的には砲兵にしか支給されないのだ。
「確かにあれはいいよな。どうにかして手に入らないかな。」
僕がそう言うとペットゲンが笑って言った。
「オストホフ伍長に頼んでみたらどうっス? 補給部隊の彼なら何とかしてくれるっスよ。でもゲッハ中尉だと駄目っスよね。中尉は少尉や僕らのこと大嫌いっスからね! 」
それを聞いて僕とペットゲン、それに話を横で聞いていたイーヴォが笑った。そしてその笑いが一段落した時にハンスが口を開いた。
「少尉、急に晴れてきましたね。」
ハンスにそう言われてちらっと外を見るとさっきまで大地を覆っていた雨雲はいつの間にか消えていて青空が広がっていた。そして周囲には木はまだらにしか生えておらず我々の突撃砲やトラックがその姿を隠せるようなものは何もない。僕はすこし嫌な予感がした。
「いつの間にか森を抜けたんだな。敵の爆撃機が来ないことを祈ろう。」
僕がそう言った瞬間だった。ブーンという飛行機のエンジン音が微かに聞こえる。僕は思わず「嘘だろ? 」と叫びながら上部ハッチを開けて音のする方向を見た。
「上空に敵機! 全車散開しろ! 対空戦闘用意! 」
上空を見ると我々の後方から敵機らしき飛行機が一機近づいてくるのが見えた。僕は突撃砲の車内に置いていたMG34機関銃を取り出し戦車の上部ハッチからその敵機に銃口を向けた。ペットゲンが慌てて銃弾を装填する。
「くそっ! こんな時に来やがって! 運が悪い! 」
ハンスがそう叫ぶ。確かに晴れ間が見えた瞬間に敵機に見つかるとは僕らは余程ついていないらしかった。
「来るぞ! 射撃開始! 」
一号車の僕と二号車のフォクツ軍曹がMG34を撃ちまくるが敵機はそれを全く意に介さないように突っ込んでくる。敵機は最後尾のトラックに狙いを定めて機関銃を撃ってきた。心の奥底では自分が標的にされなかったことにすこしほっとしつつも僕は必死に敵機の侵入を妨げようと弾幕を張るがそれは薄すぎた。最後尾のトラックは蛇行運転をしたりして必死に敵の攻撃をかわそうとする。だがそのトラックは回避運動も虚しく敵機の銃撃を浴びせられて爆発を起こしてしまった。
「くそったれ! 」
せっかくあとすこしでアマクヤードに着くというのにここまできて貴重な人員と補給物資を失ってしまうのがなんとも歯痒く僕は思わずそう叫んでいた。敵機は銃撃を加えた後我々の上空を飛び去り旋回してもう一撃を加えようとしている。「今度は僕の乗る突撃砲が標的にされるかもしれない。」と内心恐怖を感じつつ僕は新たな機関銃の弾倉を装填した。そしてまた後方から向かってくる敵機に射撃をしようとした時だった。僕の横で弾倉を支えていたペットゲンが叫んだ。
「敵機の後方にもう一機いるっス! あれは……友軍っスよ! 」
よく見ると敵機の後方より近づいてくる別の機体があった。それは友軍のメッサーシュミットという戦闘機であり敵機の後ろにあっという間に近づいてきた。敵機もようやくそれに気が付いたようで我々への攻撃を諦め回避しつつ後部機銃でメッサーシュミットに応戦したがもう既に遅かった。メッサーシュミットが「ドドドド! 」と銃撃を浴びせると敵機は火を噴きそのまま墜落していった。
「やったぞ! 」
僕とペットゲンは思わず抱き合って喜んだ。そしてメッサーシュミットの方に二人で大きく手を振った。
「少尉、助かったっスよ!あの戦闘機のお陰っス! 」
「たまたま友軍機が来てくれて助かったな。俺達はまだついてるぜ! 」
僕とペットゲンは助かったという喜びからかすっかり興奮しつつメッサーシュミットに手を振り続けていた。だが暫くするとそのメッサーシュミットから煙が吹きだした。僕らは二人同時に「え!? 」と叫んでいた。
「故障っスかね? それとも被弾してたんスかね? 」
「分からん。」
僕らはそのまま煙を吐くメッサーシュミットを見つめていたが暫くすると機体が傾き地面に向かって真っ逆さまに墜落していった。だがパイロットは脱出出来たようで青い空の中の一筋の煙の横に一つの白い花が咲いた。パラシュートでパイロットが降下しているのである。
「良かったっスね。パイロットは生きてるみたいっス。」
ペットゲンがそう言うのを聞きつつ僕らはそのパラシュートを眺めていた。するとそのパラシュートは風に流されているようで我々がいる場所から見て三〜四km離れた南の方角に降りていった。
「あのパイロット、大丈夫っスかね? 」
ペットゲンが心配そうに言った。アマクヤードは我々がいる場所から見て北東の方角にあり友軍のパイロットが降下したと思われるところからはおそらく七〜八kmあるだろう。歩けない距離ではないが地面は泥でぬかるんでいるし怪我をしていて動けないことも考えられる。ハンスが操縦手席から振り返って僕を見ながら言った。
「少尉、助けに行きましょう。恩は返さねばなりません。」
するとイーヴォも僕の方を見ながら言った。
「助けに行くべきです。このまま知らんぷりというのはどうかと思います。」
それを聞いてペットゲンが叫んだ。
「決まりっスね! 」
僕は皆の顔を見ながらニヤッと笑って言った。
「よし、ハンス! 南に進路を変えろ! あのパイロットの救出に向かうぞ! 」
「了解! 」
ハンスが突撃砲の車体をゆっくりとターンさせる。だがその動きを見て補給部隊のゲッハ中尉が僕に無線で怒鳴ってきた。
「貴様! 何をやっとる? 敵機はいなくなったのだ。急いでアマクヤードに向かわんか! 」
「いえ、中尉殿、我々一号車は脱出した友軍パイロットの救助に向かいます。これだけ敵がうようよしているのですからあのパイロットをこのまま放っておく訳にはいきません。」
僕がそう言うと中尉は烈火の如く怒りながら叫んだ。
「空軍パイロットの救助など我々の任務ではない! 我々は一刻も早くアマクヤードに補給物資を届ける任務があるのだ! 貴様! 我々の護衛任務を放棄すると言うのなら軍法会議ものだぞ! 」
僕は中尉の言葉を聞いてうんざりしながらも冷静に答えた。
「分かっています。ですが我々には友軍を救助する義務もあると思います。アマクヤードはもう近いですし救助が終わりましたらすぐ合流しますから。フォクツ軍曹! 二号車に乗る君は被害状況確認後ゲッハ中尉の補給部隊を護衛してそのままアマクヤードに向かえ! 」
僕のフォクツ軍曹への命令を聞いて中尉の声量は更に上がった。
「護衛が一台だけだと!? もし複数の敵が現れたらどうするのだ? 」
「アマクヤードはここから目と鼻の先です。もうまとまった数の敵は現れないでしょう。もし現れたらその時は運が悪かったと諦めて下さい。では。」
僕はそう言うと無線のスイッチを切った。ペットゲンが心配そうな顔をして僕に話し掛けてくる。
「いいんスか? あのおっさんは本気で少尉を軍法会議に突き出すつもりかもしれないっスよ! 」
「俺は間違ったことはしていない。それよりあのパイロットを見捨ててしまうことの方がよっぽどどうかしてるし俺達の心にも後味の悪いものを残す。そうは思わないか? 」
僕がそう言うとハンスがニヤッとして言った。
「では行きましょう! 」
困った時には助け合わなければ戦場で生き残ることなど出来ない。僕らの突撃砲は進路を南に向けて進み出した。




