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待ち伏せ

「少尉殿、MG34が二挺積荷の中にありました。これも使いましょう。」

オストホフ伍長はそう言いながら両手に一挺ずつ重たそうな機関銃を持って僕に近づいてきた。僕は伍長に聞き返した。

「伍長、その機関銃の使用許可をゲッハ中尉から貰ったか? 」

「いいえ、ですが中尉殿はもう私に任せると仰られていましたから大丈夫だと思います。」

そう言うと伍長はニヤッと笑った。それを見て僕も笑いながら拳を身体の前に突き出し親指を上に立てた。

「でゲッハ中尉は何処だ? 」

僕がそう聞くと伍長は機関銃を運びながら答えた。

「知りません。でもいない方が良いんじゃないですか? その方が作業がはかどります。」

僕はそれを聞いてまたニヤリとしながら伍長に指示を出した。

「そうかもな。では伍長、MG34は道を挟んで左右に一挺ずつ配備しろ。弾は多めに用意しておけよ。」

僕がそう言うと伍長は笑顔で先ほど掘ったばかりの塹壕に機関銃をセットしていった。こうして森の中の我々の陣地作りは着々と進んでいった。森の中の道の左右に突撃砲が一台とMG34が一挺ずつ配備され補給部隊のトラックはその後方四百mのところに隠された。さらにその後方二百mのところには背後からの敵の侵入を阻止する為に我々が埋設した地雷原がある。

「少尉、突撃砲のカモフラージュも終わりました。これなら敵は十m手前にまで近寄らないと我々を発見することは出来ません! 」

ハンスが得意気に僕にそう言ってきた。突撃砲はその長い75mm対戦車砲を地表すれすれのところに突き出し木の枝や葉っぱを被せられてその車体を周囲の森に同調させている。そのカモフラージュはなかなか見事なものだった。

「上出来だな、よくやった。」

僕がそう言って突撃砲に乗り込もうとした時だった。歩哨に立たしていた補給部隊の兵士が息を切らせて走ってきて僕の前まで来るとこう言った。

「敵戦車三台接近中! もうすぐここへやって来ます! 」

「来やがったな! 全員戦闘準備! 」

僕の掛け声で全員が持ち場についた。マイヤー小隊と補給部隊の兵士達は風景に溶け込んだ。


「なるべく敵を引きつけるぞ。敵の戦車が視界に入っても焦ってすぐに撃つな。イーヴォ、分かったな? 」

僕がそう言うとイーヴォは額から流れる汗を拭いながら言った。

「了解です。」

イーヴォは緊張しているのだろうなと思いつつ僕は双眼鏡を手に取り前方を見据えた。我々の前方に続く一本道は幅が七m程で五百m先をなだらかに左にカーブしていた。敵戦車はおそらくそのカーブから姿を表すだろう。この距離なら外すことはない。敵戦車が三台とも視界に入るまで射撃を我慢することが出来ればすんなりと敵部隊を全滅させられるのだ。僕もいつの間にかイーヴォと同じように額から顎、そして足下へと汗が流れ落ちていた。

「ゴゴ……ゴゴゴゴ……」

敵戦車の履帯の振動と音が微かに響いてくる。周囲が静かなのでそれらははっきりと感じられた。するとその次の瞬間だった。カーブの先から敵戦車が現れた。見慣れたシルエットだ。それは敵の主力戦車であるI-34に間違いなかった。

「よし、来たな。ペットゲン、徹甲弾を装填しろ。イーヴォ、まだ撃つなよ。」

I-34はその車体の上に沢山の兵士を乗せていた。これもいつものパターンだ。それを見たハンスが言った。

「一人として生きて帰すなよ! イーヴォ、頼んだぞ! 『目には目を』だ! 」

先頭の敵戦車が三十m程進んだところで二台目のI-34が姿を現した。三台目のI-34が現れるまでもう少しだ。

「早く来やがれ、この豚野郎共め! 」

ハンスがまた口汚く敵を罵った。ハンスは友軍の兵士を平気で嬲り殺すル・カメリカ兵が許せないのであろう。彼は普段は冷静で真面目な男だが一度怒ると熱くなりすぎるところがあるのだ。

「さぁ、そろそろだぞ。皆落ち着けよ。」

ハンスをなだめるように僕がそう言った次の瞬間だった。ついに三台目の敵戦車が姿を現した。先頭の敵戦車まで距離はもう四百m近くに迫っている。僕は叫んだ。

「イーヴォ! 先頭のI-34を撃てっ! 攻撃開始! 」

ドーンという音と共に砲弾は放たれた。だがその砲弾は我々の突撃砲と敵戦車を結ぶ直線を延長させたところに生えていた木をなぎ倒しただけだった。外したのだ!

「この馬鹿野郎! この距離で外すか?! 何処を狙ってんだ! 」

ハンスが大声で怒鳴った。僕は努めて冷静に言った。

「ペットゲン、徹甲弾装填急げ! イーヴォ、落ち着け! 」

僕がそう言い終わる前にペットゲンは次弾を装填し終わっていた。だがその後イーヴォが少し震えたような声で僕に言った。

「少尉、上手く狙えません。」

距離四百mの的を外して自信を無くしたのか急にイーヴォは弱気な台詞を口にした。だがもう既に戦闘は始まっているのだ。「そうですか、ではもう撃たなくていいですよ。」という訳にはいかなかった。

「イーヴォ、一度深呼吸だ。お前なら出来る! 撃て! 」

僕がそう言って一呼吸おいた後イーヴォはまた徹甲弾を放った。すると今度は命中しI-34の左の履帯が吹き飛んだ。起動輪らしき円筒形の鉄の塊が宙に舞う。

「いいぞ! イーヴォ、もう一発叩き込め! 」

僕の掛け声に続いてイーヴォが三発目の徹甲弾を放つ。その一発でようやく敵戦車は爆発を起こしその動きを完全に止めた。

「よし、やったぞ! ハンス右旋回、最後尾のI-34を仕留めるぞ! 」

僕らの突撃砲の射撃を合図に友軍が一斉攻撃を始めていた。戦車の上に乗っていた敵歩兵に容赦無く機関銃弾が浴びせられる。すると今度は二台目の敵戦車が爆発を起こした。どうやらフォクツ軍曹の二号車が撃破したようだった。我々の一号車が先頭車輌を、フォクツ軍曹が二台目の車輌を攻撃するというのも事前の打ち合わせ通りで敵は混乱し今までのところは全てこちらの思惑通りにことが進んでいる。三台目の敵戦車撃破まであと一息だ。ペットゲンが叫ぶ。

「徹甲弾装填完了! 」

「イーヴォ、今度は外すなよ! 」

ハンスがイーヴォに声を掛ける。僕もイーヴォに言った。

「イーヴォ、落ち着いてな。任せたぞ。」

そう僕が言い終わった瞬間に轟音と共に四発目の徹甲弾が発射される。すると最後尾にいた敵戦車は爆発に包まれた。イーヴォの放った徹甲弾が今回は正確に敵の前面装甲を捉えそれを貫いたようだった。爆発を起こした戦車の上に乗っていた敵兵が吹き飛ばされるのが見える。そこへオストホフ伍長達がまたも機関銃弾を浴びせかける。敵兵はバタバタと倒れていった。それを見てハンスが興奮気味に叫ぶ。

「いいぞ! もっとやれ! もっと殺せ! 」

普段は冷静なハンスが敵兵への憎悪の余りこんなことを叫ぶのだ。殺すか殺されるかという極限状態の中では人は簡単に狂気に走る。それはル・カメリカ兵も同じなのだろう。それがお互いへの憎しみへと繋がっていき戦火はこれからも鎮まることなく更にどんどん大きくなっていくのだ。争いの無い世界など人間は絶対に作り上げることは出来ないと僕はこの時思った。するとその時不意に無線機からフォクツ軍曹の喜びに満ち溢れた声が聞こえてきた。

「敵兵はおそらくほぼ全滅です! 今回も作戦は大成功ですよ! 」

前方を見ると敵戦車が燃えその周囲を多くの敵兵が倒れている。それを見て僕は複雑な気分になった。敵兵の屍を見ると殺し合いをする人間の愚かさを感じつつもそれ以上にホッとする自分がいることにも気付いたからだ。理性を失い殺人機械と化した僕らは屍を前にしても作戦が上手くいって自分の義務を果たした達成感や自分に害を加えようとする者がいなくなった安心感を喜びとして感じとれるのだ。それは普通の人間ではない。何処か感覚が麻痺してしまったのだ。だが今の自分達にはそれはどうしようもないことだというのも分かっていた。戦場で生き残りたいと思う限りは人間らしさは捨てなければいけないのだから。

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