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初陣

「少尉、アマクヤードまであと十kmほどです。もうすぐですね。」

イーヴォが地図を見ながら言った。イカサの町を出てからもう三日が過ぎている。雨季のル・カメリカの悪路は想像以上で一日あれば着くぐらいに思っていたアマクヤードまでの道のりはその三倍の時間を掛けてもまだ走破することが出来なかった。

「少尉、ガス欠です。そろそろ燃料補給をしないとまずいです。」

ハンスがそう言った。この三日間で何度給油しただろうか。悪路の為か燃費は非常に悪かった。

「分かった。では補給と休憩としよう。ハンス、お前はずっと運転で疲れただろう。休んでいいぞ。イーヴォは俺と給油作業だ。ペットゲン、お前は突撃砲の足廻りの点検だ。分かったな? 」

「了解です! 」

僕が指示を出すと皆が一斉に返事をした。その後僕は随伴している補給部隊のゲッハ中尉にも給油をしたい旨を連絡し全車輌が停止した。時計の針は夜の八時を指している。僕とイーヴォは暗闇の中を補給部隊のトラックまで歩いていきガソリンの入った携行缶を受け取りに行った。

「少尉殿、こちらの携行缶をどうぞ。」

補給部隊所属の兵士が僕に携行缶を手渡してくれた。

「ありがとう。」

僕がお礼を言ってその携行缶を受け取るとその兵士は僕に話しかけてきた。

「少尉殿、補給部隊のドライバーも疲れ切っております。今夜はここで休憩を取り明日の早朝に出発ということにさせて頂けませんか? 」

「ゲッハ中尉がそう言っているのか? 」

僕がそう聞き返すとその兵士は黙って頷いた。どうやら中尉はいざこざ続きの僕とはもう顔も合わせたくないらしい。僕はその兵士に言った。

「分かった。出発は早朝にしよう。我々の操縦手もかなり疲れているのだ。すこし休んだ方がいいかもしれないな。」

我々はこの三日間多少の休憩を取ったとはいえほぼ走り詰めだったのだ。僕らの突撃砲に限っていえば操縦は全員が出来たので大半の操縦はハンスがこなしたけれども皆がハンスと運転を交代しながら今まで進んできた。それでも疲労はかなりのものだった。補給部隊がトラックの運転を交代でやっていたかどうかまでは分からないが疲れは皆溜まっているであろう。雨がひどくなってきたことと補給部隊のトラックに故障が出たことも重なったので出発は明朝の四時ということにした。

突撃砲に戻って給油を済ませると我々はパンだけの簡単な食事を取った。ハンスだけはパンも食べずに運転手席でぐぅぐぅ寝ている。するとその時本部からの無線連絡が入った。装填手兼無線手のペットゲンが内容を聞き取り僕に報告してくる。

「少尉、ポイントF4にて友軍の補給部隊が敵と遭遇したらしいっス。補給車輌に何台か被害が出たようで周辺の部隊は注意せよとのことっス。」

「ポイントF4だって? 近いんじゃないか? 」

僕がそう言うとイーヴォが僕に地図を差し出してこう言った。

「ここから北東へ三km程のところです。近いですよ。」

僕はイーヴォから地図を受け取ると場所を確認した。確かに近い。友軍を襲った敵部隊が我々の方に向かってくることも十分考えられる。僕は無線で二号車のフォクツ軍曹に連絡を取った。

「軍曹、敵部隊が近くにいる可能性があるようだ。数は不明。一応警戒だけはしておいてくれ。」

「了解しました、小隊長殿。」

軍曹の返事を聞いて僕は無線を切るとペットゲンとイーヴォに言った。

「俺が周囲を警戒しておくからお前らは寝てていいぞ。三時間経ったら交替だ。俺、イーヴォ、ペットゲンの順番で回すぞ。」

「いいんスか? 小隊長殿に見張りなんかさせちゃって? 」

ペットゲンが気を遣ってそう言ってきた。僕は笑って言った。

「四人しかいないんだ。皆で分担しないでどうする? 気にするな。」

僕がそう言うとペットゲンは申し訳なさそうにしていたが自分の席の背もたれに寄りかかるとあっという間に大きないびきをかきだした。僕とイーヴォは顔を見合わせて笑った。


その後二時間経って雨はさらにひどくなった。視界は悪く雨が突撃砲の装甲板を打ちつける音が激しい。僕は上部ハッチを開けそこから頭を出しその上からポンチョを被って濡れないようにしながら周囲を警戒していた。周囲は真っ暗で雨の音しかしない。

「そういえば戦争が始まる前に付き合っていたエヴァとよく雨の日に映画に出かけたな。」

僕はふとそんなことを思い出していた。スラッとしたスタイルの良いエヴァと二人で一つの傘に入って腕を組んでよく歩いていたものだ。

「あの頃は楽しかったな。彼女は今……どうしているのだろう? 」

昔のことを思い出すと今の自分がとても惨めに思えてくる。常に命の心配をしながら泥にまみれる毎日だ。軍になんか入らずに一般企業に就職すれば良かった。そうすれば戦地へ来てこんな思いをすることもなかったのに。

「ふぅ。」

僕は思わず溜息をついた。だがその時だった。激しい雨音に紛れて何か別の物音がしたような気がした。過去を後悔する暇があるのなら未来の為に今をしっかり生きようと頭を切り替えて僕はじっと耳を澄ました。

「ゴゴ……ゴゴゴゴ……」

間違いない。何かのエンジン音が近づいてくる。それに振動も微かに伝わってきた。敵か味方かは分からないがおそらく戦車だろう。

「おい! 全員起きろ! 敵かもしれん! 二号車、フォクツ軍曹! 近づいてくるエンジン音がある。警戒態勢を取れ! 」

僕は皆にそう指示を出した。皆僕の声に驚いて飛び起きる。

「I-34ですか? 数は? 」

今目を覚ましたばかりなのにハンスが冷静に僕にそう聞いてきた。

「いや、まだ分からん。エンジン音が微かに聞こえるだけだ。友軍の可能性もある。ペットゲン、無線で問いかけてみろ! 」

僕がそう答えている間にそのエンジン音と振動はどんどん大きくなってきた。皆にもそれが感じられたようで車内に緊張した空気が流れる。

「無線での問いかけには反応はないっス。」

ペットゲンがそう言うとハンスが僕に意見を具申してきた。

「少尉、無線に応答しないのであればおそらく敵でしょう。ですが敵の数が分かりません。我々は二台しかいないのです。ここはやり過ごした方がいいのではないでしょうか? 」

するとペットゲンが反論した。

「目の前にいる敵をわざわざ見逃すんスか? 敵はこちらには気付いていないんスよ! 叩くべきっスよ! 」

僕は悩んだ。指揮官はこういう時に判断を下さねばならないのだ。そしてそれが間違っていれば全員の死に繋がる。僕は目を閉じて腕を組んだ。

「少尉! 」

ハンスとペットゲンの二人が同時にそう叫んで僕に決断を迫ってきた。僕は一瞬間を置いてから言った。

「攻撃しよう。」

僕の一言を聞いてハンスは驚いている。逆にペットゲンはすこし嬉しそうな顔をしていた。僕は二人の顔を見つつ言葉を続けた。

「今から照明弾を打ち上げる。それでI-34のシルエットが確認出来れば攻撃だ。ひょっとすると無線機が故障した友軍の戦車ということもあり得るからな。それと攻撃を判断した理由だが今我々がいるこの場所はアマクヤードに展開する友軍の最前線の後方に当たる。この場所に敵の大部隊が進出するということは考えにくいだろう。おそらく小規模な部隊だと思われる。我々がここで彼らを撃破せねば最前線に物資を運ぶ補給部隊に被害が出続けることになるのだ。やるぞ! 対戦車戦闘用意! 」

そう言って僕は信号拳銃を手に取り照明弾をセットした。ペットゲンは徹甲弾を装填する準備をしている。ハンスも命令が出されてしまえば文句の一つも言うことなくイーヴォと共に戦闘に臨む準備は出来ているようだった。それを確認して僕は叫んだ。

「照明弾発射! 全員エンジン音のする前方を注視! 」

そう言って僕は照明弾を上部ハッチから前方上空に向かって打ち上げた。周囲が昼間のように明るくなる。前方に現れたのは紛れもなくI-34のシルエットで数は三つだった。敵戦車は縦に三十m程の間隔をおいてこちらに向かってきている。先頭のI-34までの距離は百m程で各車輌のエンジンルームの上には歩兵も何人か乗っているようだ。僕は先頭の敵戦車に照準を定めるように命令を下した。

「ハンス、エンジン始動! 右に五度旋回! ペットゲン、徹甲弾装填! 」

僕の声で三型突撃砲のエンジンがブルンと揺れてそのまま右に旋回する。僕は続けて叫んだ。

「イーヴォ! 先頭を撃てっ!フォクツ軍曹は二台目だ! 」

僕がそう叫んだ次の瞬間だった。激しい音と衝撃、そして煙が身体を包んだかと思うと次の瞬間目の前で大爆発が起きた。イーヴォの放った徹甲弾がI-34に直撃したのだ。そして続けざまにその後方にいたI-34も爆発を起こした。フォクツ軍曹の乗る二号車が放った徹甲弾がおそらくこれも直撃したのだろう。敵は不意打ちを喰らって完全にパニックになっていた。破壊された敵戦車が発する炎の周辺には逃げ惑う敵兵士が見える。

「ハンス、さらに右に十度旋回だ、イーヴォ、敵に反撃する機会を与えるな! 三台目を仕留めろ! 」

僕がそう叫ぶ前にハンスは旋回を開始していた。ペットゲンも次の徹甲弾を装填し終わっている。あとは砲手であるイーヴォに任された。

「イーヴォ! 撃てっ! 」

僕がそう叫ぶとまたドーンという音と激しい振動が身体を揺らす。だが敵戦車が爆発することはなかった。外れたのだ!

「ペットゲン、次弾急げ! イーヴォ、落ち着け! 」

僕がそう叫んだ次の瞬間だった。三台目の敵戦車が爆発を起こした。どうやらフォクツ軍曹の二号車が止めを刺したらしい。フォクツ軍曹から無線が入った。

「こちら二号車、I-34二台撃破! 」

我々一号車が一台しか撃破していないのに二号車は二台撃破したのだ。なんとなく悔しい気持ちになったがよく考えてみればこれでいいのだ。僕はもう砲手ではない。戦車隊の小隊長なのだ。小隊として戦果を上げれればそれでいいのだから。僕は次の命令を出した。

「よし、照明弾をもう一発打ち上げる! フォクツ軍曹、突撃砲上からMP-40で敵歩兵に銃撃を浴びせろ! 」

「了解! 」

僕が次の照明弾を打つと戦車を破壊され泥の上を右往左往している敵歩兵が何人か見えた。そこへフォクツ軍曹が銃撃を加える。僕もMP-40を手に取り銃撃に加わった。そして弾倉を二個程撃ち尽くした時だった。僕はまた叫んだ。

「打ち方やめ! 打ち方やめ! 」

それを聞いてフォクツ軍曹が射撃を止めるともう動いているものはなかった。泥の上には三台の敵戦車が燃えその周辺を何人もの敵兵の屍が取り巻いている。

「大戦果ですよ! しかもこっちは損害ゼロです! さすがは少尉ですよ! 攻撃を決断された勇気、尊敬します! 」

ハンスがそう喜んでくれた。ペットゲンも笑っている。イーヴォだけが二発目に放った徹甲弾を外したことをすこし悔しがっている様子だったが戦闘が終わり一安心となったことで暫くするとイーヴォも笑顔を見せた。

「今日は出来過ぎだな。だが次もこう上手くいくとは限らん。皆気を抜かないようにな。」

口ではそう言った僕だが実は自分が一番気が抜けているような気がした。マイヤー小隊の初陣は敵戦車三台撃破という大成功に終わったのだ。ほっとしない訳がない。僕は皆の手前周囲を警戒し続けている振りをしていたが内心は嬉しくてビールでも飲みたい気分だった。

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