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小隊長

「マイヤー少尉! マイヤー少尉はいらっしゃいますか? 」

毛布に包まってうとうとしていると部屋のドアが急に開いて見知らぬ戦車兵が入ってきた。だが僕の名前を呼んでいるということは第七装甲師団戦車大隊の関係者なのだろう。僕は欠伸を堪えながら返事をした。

「私だ。何だ? 」

「今度第七装甲師団に配属されることになりましたコンラート・フォクツ軍曹です。宜しくお願いします! 」

フォクツ軍曹はそう言うと僕に敬礼をした。僕は彼が自分が次に乗る戦車の無線手なのだと思い身体を毛布から出すと立ち上がって敬礼で答えた。フォクツ軍曹は痩せ型だが背は高く顔は頬骨が出っ張っているようでごつごつした感じだった。だがその厳つい顔立ちの割りにはまだ歳は若いようで僕に微笑みながら話掛けてきた。

「少尉殿、この建物の外に我々に新しく支給される車輌が届いております。至急搭乗員を連れて車輌前に集合して頂けますか? ご案内させて頂きます。」

そう言われて僕は横で寝ていたハンスとペットゲン、それにイーヴォを起こしてフォクツ軍曹に続いて建物を出た。そういえば新しく支給される戦車は何なのだろう? 以前乗っていた75mm戦車砲を装備した四型戦車であれば最高なのだが、と僕は思った。今更火力の弱い50mm戦車砲を装備した三型戦車に乗せられても敵の主力戦車であるI-34には対抗出来ないのだ。僕は強く四型戦車が支給されることを祈った。

「少尉殿、こちらです。」

「えっ!? これが!? 」

僕は思わず絶句してしまった。目の前には旋回砲塔のない突撃砲と呼ばれる車輌があったのだ。四型戦車と比べると背がかなり低く見た感じでは一mぐらいは低いように感じる。僕は突撃砲が支給されるとは夢にも思っていなかったので非常に驚いた。というのも突撃砲は通常は歩兵を支援する砲兵隊に支給される車輌であって戦車隊に支給される車輌ではないからだ。だが戦車不足ということもあってそうも言っていられないのであろう。突撃砲は旋回砲塔がなく車体自体に砲が装備されている為射撃する時は車体ごと旋回して目標を捉え攻撃する仕組みになっている。今までの四型戦車とは戦い方が変わるので不安を感じたがその突撃砲の車体からは長砲身の75mm対戦車砲が突き出ている。旋回砲塔がなくとも75mm対戦車砲が装備されていれば何とかなるかと僕は思い直した。それに僕はふと以前対戦車自走砲のマーダーⅡに搭乗したことがあるのを思い出した。この突撃砲というタイプもマーダーⅡのような対戦車自走砲と同じようなものであろうと思うと僕は目の前の現実を前向きに受けとめることが出来た。

「三型突撃砲ですね。三型戦車の50mm砲を搭載した旋回砲塔を撤去し車体に75mm砲を装備した改造車ですよ。」

ハンスが僕にそう言った。僕は暫くその突撃砲を眺めていたがふとフォクツ軍曹に聞いた。

「背の低い戦車だな。中のスペースも狭そうだ。五人乗れるのか? 」

「少尉、この突撃砲は四人乗りですよ。」

フォクツ軍曹が答える前にハンスが僕にそう答えた。え!? 四人乗り? じゃあフォクツ軍曹は何をするのだろう? 僕がそう疑問に思っているとフォクツ軍曹が僕の心を見透かしたように答えた。

「少尉殿、私は少尉殿の指揮する戦車小隊の二号車に乗ります。少尉殿は一号車に乗って頂き小隊の指揮を取って頂くのですよ。今後とも宜しくお願い致します。」

フォクツ軍曹のその言葉を聞きながらよく見ると僕らの正面に姿を見せている三型突撃砲に隠れてもう一台別の三型突撃砲がその後方にあった。僕はフォクツ軍曹の言葉の意味がすぐ理解出来ず暫くその三型突撃砲とフォクツ軍曹の顔を交互に見ていた。するとハンスが言った。

「小隊長ってことですよ! 昇進おめでとうございます! 」

そう言ってハンスが微笑んで拍手をしてくれた。それに続いてペットゲンやイーヴォも僕を祝福してくれる。僕はようやく自分が置かれている状況を理解した。

「二号車の戦車長は私です。第七装甲師団本部からはこの基地で弾薬と燃料の補給を受けた後アマクヤードにいる本隊に合流せよとのことです。」

フォクツ軍曹がそう僕に言ったが僕の耳にはその言葉はあまり入ってこなかった。それよりも自分が小隊の指揮など出来るのだろうか? という不安が心の大部分を占めていた。昇進を喜ぶという感情は全くなかった。

「少尉殿? 聞いておられますか? 」

僕が放心状態のようになっていたので軍曹が僕にまた声を掛けてきた。僕はようやく我にかえり軍曹に聞いた。

「あぁ、大丈夫だ。聞こえている。ところで補給はもう出来るのか? 補給物資は何処にある? 」

「補給物資を積んだトラックがもうすぐ到着します。ちょっと待っていて下さい。」

軍曹の言う通り待つこと二十分、ようやくトラックが到着した。するとトラックから昨日いざこざのあったゲッハ中尉が突然降りてきて僕らのところへやってきた。だが今日のゲッハ中尉は昨夜とはすこし様子が違っていた。いつもなら睨みつけてきて僕らに嫌味の一つでも言う為に粗探しをしてくるのだが今日はそんな感じがない。僕は中尉がいつもと違うのでどこか気持ち悪さを感じつつも敬礼をした。すると中尉も敬礼をして僕にこう言った。

「マイヤー少尉。戦車砲と機銃の弾薬、それに燃料の補給だ。数量はこの書類に書いてある。ここへサインを頼む。」

何故戦車大隊副官のゲッハ中尉が僕に補給物資の数量を書き込んだ書類にサインを求めるのだろう? ひょっとしてゲッハ中尉は僕をからかっているのかな? と一瞬僕は思った。だが中尉は僕に書類を突き出してくる。僕が取り敢えずその書類にサインをすると中尉はそれを受け取って何処かへ行ってしまった。いつも何かにつけて文句を言ってくる中尉が素直に立ち去ったので僕はきょとんとして思わず一人言を言った。

「どうしたんだろう? 何かあったのかな? 」

だが僕の一人言はフォクツ軍曹に聞こえていたらしく軍曹が僕に耳打ちした。

「ゲッハ中尉殿は今日付けで補給部隊へ転属されたのですよ。今朝本部から発表がありました。」

「えっ!? そうなのか!? 何故だ? 」

僕は驚いて軍曹に聞いた。

「大きい声では言えませんが、あの人前線でヘマを連発したらしいんですよ。それがシラー少将の耳に入って即転属の命令が出されたそうです。シラー少将がかなり怒っていたらしいですから余程のことをやらかしたんでしょうね。」

人によって捉え方はいろいろあるだろうが普通に考えれば第一線の戦車大隊副官が補給部隊に転属というのは左遷だ。おそらくその仕打ちを受けた中尉はかなりショックだったであろう。だがそれを聞いて僕は中尉に「ざまあみろ! 」とは思えなかった。シラー少将は温厚な人だがミスを何回もやらかせば当然今回のようにゲッハ中尉に対する処分のようなことを部下に命じるのだ。いつ自分がゲッハ中尉のようになるかもしれないと思うと僕は中尉を笑う気にはなれなかった。僕は中尉が受けた処分のことは自分の戒めにしようと思った。


その後僕らは午前中に補給物資を積み込むと午後からいよいよアマクヤードに向けて出発することになった。だが正午を過ぎたあたりから激しく雨が降り出し基地の周辺は昨日よりいっそうひどくぬかるんでいる。そのぬかるんだ道路を見てハンスが心配そうに言った。

「路面の状況は最悪ですね。泥の中で動けなくなったりしないでしょうか? 」

「動けなくなったところで敵に襲われたりしたらやばいっスね。」

ペットゲンも不安そうな顔で話しかけてきた。その後僕らがアマクヤードまでの道のりの中で予測される危険について話しあっているとゲッハ中尉がまたその場へ現れてこう言った。

「マイヤー少尉、我々補給部隊も君の突撃砲と一緒にアマクヤードへ向かうように命令を受けた。しっかり護衛を頼むぞ。」

僕はそんな命令は一切聞いていなかったのですこし驚いたが自分より階級が上の人間が目の前でそう言っているのだ。命令には従わなければならない。僕は敬礼しながら返事をした。

「了解であります。中尉殿。」

「アマクヤード周辺は敵味方が入り乱れて戦線は混乱しておる。もし我々の補給部隊に一台でも損害が出たらその原因は護衛している君にあるということになるからな。」

ゲッハ中尉はそう言うとニヤリと笑みを浮かべた。先ほどの態度とは打って変わって中尉はまた以前と同じような意地の悪い言葉を僕に浴びせてきたのだ。しかも行軍中に何かあれば僕に責任を押し付けようとしてきている。性格の悪さは相変わらずでこの人は他人を不愉快にさせる天才だと僕はつくづく思った。先ほど一瞬でも同情めいた感情を持ったことさえ腹立たしく思えてくる。だが僕は何事もなかったように一言だけ返事をした。

「全力を尽くします。中尉殿。」

「ようし、では全員乗車せよ! 出発するぞ! 」

ゲッハ中尉はそう言って我々の突撃砲の後方に並んだ数台のトラックのうちの一台に乗り込んでいった。僕も突撃砲に乗ろうとした時ペットゲンが僕に言った。

「あんなこと言わなくてもいいじゃないスか! 本当にむかつく野郎っスね! 」

ペットゲンは僕と中尉の会話を聞いていたらしくかなり怒っていた。僕はペットゲンをなだめながら突撃砲に乗り込む。

「中尉の態度をいちいち気にしていたらきりがない、気にするな。」

そう僕は自分にも言い聞かすようにペットゲンに言った。そしてハンス、ペットゲン、イーヴォがそれぞれ席に着くと二号車のフォクツ軍曹から無線が入った。

「こちら二号車、発車準備よし。」

「了解、ではマイヤー小隊出撃する。二号車は一号車の後に続け、補給部隊はその後ろだ。」

こうして僕らの突撃砲は動き出した。突撃砲二台だけの小隊だが小隊に所属する兵士達の命は僕が預かるのである。それに加えて今回は補給部隊も護らねばならないのだ。小隊長という立場になった喜びはなく今は不安しか感じられない。僕は思わず一人言を言った。

「まずはアマクヤードだ。無事に辿り着けますように。」

そう言いながらふと見ると外は土砂降りになっていた。エンジンの振動と雨が突撃砲の鉄板を打ちつける音だけが身体に響く。そして小隊はアマクヤードに向けてぬかるんだ泥の中を走り出した。

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