アマクヤード攻略戦
「ついに第六軍がアマクヤードの南西部に到達したらしいっスね。」
四型戦車を整備中隊に預けて修理を待っている間、僕とハンス、オッペルにペットゲンの四人は平原のど真ん中に急造された戦車の整備工場の脇に机を置きそれを四つの椅子で囲んで座っていた。皆特にやることもなく夏のギラギラした太陽の下で黙って煙草を吹かしたり仮眠を取ったりしていたがペットゲンが唐突に沈黙を破ったのだった。
「らしいな。」
僕は自分の護身用の拳銃を磨きながらペットゲンに生返事をした。
「戦況はどうなんでしょうか? 」
「さあな。」
今度はハンスが僕に質問してきたので僕はまた生返事をした。激戦続きで疲れていたせいか僕はこの日はどうも御機嫌斜めで皆との会話を楽しもうという気分になれなかった。今日の僕は自分でも驚くほど皆に対して態度が素っ気無かった。
「アマクヤードを占領すれば戦争が終わるんですよね? 」
そこへオッペルがまた能天気なことを言ってきた。
「だといいな。」
確かにそうなってはほしい。だがその期待が裏切られた時の自分の落胆ぶりを想像すると僕はオッペルのように楽観的には考えることが出来ないと思った。そして相変わらずの素っ気のない返事を繰り返し磨き終わった拳銃をホルスターに納めた。そこで僕は初めて視線を拳銃から皆の顔へ移した。すると皆いつもと変わらず明るく振舞っている。皆も疲れているだろうに僕のような素振りは一切見せていないのだ。僕だけが疲れている訳はない。僕は今までの自分の周囲に思いやりのない態度に気が付き反省した。この中で一番の年長者である僕がこんなことではいけないのだ。するとそこへ整備兵のランペが現れた。
「皆様お待たせしました。戦車の修理が完了しました。」
ランペがいいところで登場してくれた。僕は今までの仏頂面から不自然なほど柔かな表情へと変わり皆に言った。
「よし、皆行くぞ! ランペ! 今度は大丈夫だろうな? 」
以前に整備で失敗したことのあるランペを僕はちょっとからかうように言った。
「はい! 大丈夫です! 」
「お前の大丈夫は当てにならんけどな。まぁいい。迅速な修理対応に感謝する。」
僕が微笑みながらそう言うとランペはにこっと笑った。そしてそのやりとりを見ていたハンス達も笑顔になった。これでいいのだ。
修理を終えた四型戦車に搭乗し出撃前の点検をしているとバウアー大尉が乗り込んできた。
「よし、全員揃っているな。我々はすぐに出発し第七装甲師団本隊と合流する。そして明朝にはアマクヤードに南から侵攻する。南西からアマクヤードを攻撃している第六軍の側面からの援護だ。」
大尉は戦車長席に着くとそう言った。
「いよいよですね。戦況はどうなんです? 」
ハンスが大尉にそう質問をすると大尉の表情がすこし曇った。
「敵の防御線は強力で第六軍はかなり苦戦しているらしい。そこで我々が敵の土手っ腹に風穴を開けるように命令が下ったのだ。なんとかせねばな。」
大尉がそう言った後友軍の急降下爆撃機の編隊が頭上を通過して行った。空軍もアマクヤード攻略の為第六軍の支援にかなり力を入れているようだ。
「では出発します。」
「うむ。第七装甲師団本隊がいるポイントTG1001へ向かえ。」
ハンスの言葉の後に大尉の指示が続いた。僕らの四型戦車はゆっくりと動きだしル・カメリカの大地を削りながら合流地点へと走りだした。
その日の夕方に僕らは第七装甲師団本隊に合流するとそのままアマクヤードに向かい翌日の早朝の五時過ぎにようやくアマクヤードの南四kmの地点に到着した。目の前には小高い丘が広がりそこを越えればアマクヤードはもう目の前だという。シラー少将はアマクヤードから死角となるこの丘の陰から野砲による砲撃を行うつもりのようで砲兵隊は射撃の準備に大忙しだった。
「取り敢えず出撃命令が出るまでは待機だ。だが命令が出ればすぐに動くことになる。準備だけは怠るなよ。俺はシラー少将と打ち合わせをしてくる。」
大尉はそう言うと戦車を降りていった。第七装甲師団本部が設けられているテントに向かって歩いていく大尉の後ろ姿を四型戦車の上から眺めているとテントの周囲には続々と戦車や装甲車が集まってきているのが分かった。周囲はそれまでの暗闇がすこしずつ薄れてきていて朝の訪れが近いことを窺わせている。どうやらここが第七装甲師団の集結地点となっているようだ。
「これだけの戦力があれば大丈夫ですよね? 」
オッペルも戦車の車体上部ハッチから頭を出しその光景を眺めて僕にそう聞いてきた。
「ああ、大丈夫さ。」
目の前には五十輌を越す戦車が並んでいる。大半が三型戦車だが四型戦車も数台その姿が見えた。その他にもマーダーⅡや三型戦車から旋回砲塔を取っ払って四型戦車と同じ強力な75mm砲を装備した突撃砲と呼ばれる車輌も何台か見える。やはり75mm砲の長い砲身は頼もしく見えた。僕はオッペルにそう答えた後東の空から僅かに差し込み出した朝焼けの光に映し出される第七装甲師団の頼もしい戦車群を暫く眺めていた。
「少尉は戦争が終わったらどうします? 」
オッペルが唐突に質問してきた。もうオッペルの頭の中では戦争は終わると決まっているようだった。オッペルは分かりやすい男だ。考えていることがすぐ態度に出る。戦闘中泣いたり喚いたりするのが一番早い。悪く言えば単純な奴だが僕にとってはかわいい弟のような存在だった。
「オッペル、まだこの作戦すら終わってないぞ。ちょっと気が早いんじゃないか? 」
僕がそう嗜めるとオッペルはにこっと笑って言った。
「へへ、すみません。でも少尉、戦争が終わって俺が軍を辞めても連絡下さいね。」
「そうだな。戦争が終わってもまたこの五人で飲みにでも行こう。」
オッペルも僕のことを慕ってくれているようだった。戦争が始まってから嫌なことだらけだったけれども唯一良かったことはバウアー大尉やハンス、オッペル、ペットゲンと知りあえたことかもしれないと僕は思った。
「あ! 俺まだ少尉から女の子を紹介してもらってないス! 戦争が終わったらちゃんと約束守って下さいっスよ! 」
僕とオッペルの会話にペットゲンも加わってきた。僕らは暫くくだらない雑談に耽ったがその時間は最高に楽しい時間となった。
「よし! 出撃するぞ! ハンス、エンジン始動だ! 」
三十分ほど経つと大尉が戻ってきて僕らにそう告げた。それまでの楽しいお喋りの時間は終わり皆の顔に緊張が走る。いよいよ僕らのアマクヤード攻略戦が始まるのだ。
「我々戦車大隊の任務は敵の対戦車砲陣地を破壊し突破することだ。敵は多数の対戦車砲を幾重にも配備しているらしい。野砲がまず砲撃を加えその後が俺達の出番だ。空軍の援護もあるらしいが野砲の砲撃から生き残った目の前の対戦車砲は自分達で始末していかねばならない。敵はいつもの如く地上スレスレに砲身だけを突き出して我々を狙ってくるだろう。頼むぞ、フランツ! 」
「分かりました! 」
敵の76.2mm対戦車砲は強力だ。しかもそれが大量に配備されているとなれば攻略にも骨が折れるだろう。だがやるしかないのだ。僕は力強く返事をした。すると野砲が敵陣地へ向けて砲撃を開始した。耳をつんざく砲撃音が途絶えることなく響き渡る。僕はあまりの音の大きさに耳を塞ぎながらハッチを閉めて戦車の中へ入り砲手席に座った。大尉も続いて上部ハッチから戦車内に乗り込んでくる。全員が席に着き準備は整った。
「では前進! 大隊車輌は俺に続け! ル・カメリカ軍を蹴散らすぞ! 」
大尉の命令が無線で響き渡る。いよいよ作戦決行だ。




