88mm高射砲
「本部へ、こちらバウアーだ。敵戦車四台撃破するもこちらも二台大破、一台が行動不能! 至急整備班を寄こしてくれ! 」
「こちら第七装甲師団本部付整備中隊です。状況を詳しく教えて下さい。」
バウアー大尉が無線で整備兵とやりとりしている。大尉は戦車の中の戦車長席に座ったまま我々の乗る四型戦車の破損状況を細々と説明していた。五分程その会話は続いていたがおそらくちまちまとした整備中隊の質問責めにイラっとしたのだろう。急に大尉が大きな声を出した。
「何回同じようなことを聞くんだ! 状況はもう分かっただろう! とにかく早く来てくれ! 万が一ここでまた敵に出くわしたら貴重な四型戦車を一台失うことになるんだぞ! 」
大尉はそれだけ言うとヘッドホンを外してオッペルに預けてこう続けた。
「あとは任せる。」
そう言うと大尉はハッチを開けて戦車を降りそのまま何処かへ行ってしまった。オッペルは大尉から手渡されたヘッドホンを両手に抱えたまま苦笑いをしている。その様子を見ていた僕とハンスとペットゲンも思わず顔を見合わせてオッペルに同情するしかなかった。
「大尉、整備中隊から連絡が来ました。あと一時間程で到着するとのことです。」
整備中隊からの連絡を受けてそのことを大尉に伝えようと僕は戦車のハッチを開けて大声でそう叫んだ。大尉は木陰で用を足していたらしくズボンのファスナーを上げながら僕の方に近づいてきた。
「そうか。あの無線のやりとりの調子だと三〜四時間掛かるのかと思ったが一時間で来てくれるなら早いものだ。良かった。」
大尉はそう言うとポケットから取り出した煙草にマッチで火をつけて煙を吐きながら話を続けた。
「俺達の愛馬も最近よく壊れるな。」
「これだけ激しい戦闘が続けば破損や故障も増えますよ。今の状況の中ではよく動いている方だと思います。僕はこの四型戦車、気に入っていますよ。」
「I-34とも対等に戦えるしな。」
「そこが一番重要なポイントですね。これからもいろいろ壊れたりするでしょうけど大事に扱いますよ。」
僕の言葉を聞いて大尉はふっと笑った。大尉とゆっくり話すのは久し振りだ。戦争が始まる前に僕と大尉はよく酒を飲みながら仕事からくだらない世間話まで色々語りあっていた。それはほんの数ヶ月前のことなのに今ではもう何十年も前のことに思える。平和な時代が懐かしく感じられた。
「大尉! ちょっと来て下さい! 」
僕がさらに昔の記憶を懐古しようとした時それを邪魔するかのようにオッペルが叫んだ。僕は仕方なく大尉の後に続きオッペルのところに駆け寄った。
「どうした? 」
「ここから二km北西にいる対戦車砲部隊より連絡がありました! 敵戦車隊と交戦しこれを撃退するも一台ないし二台取り逃がしたとのこと! そいつらが方向としては我々の今いるこの場所の方へ走り去ったらしいのです! 」
「それは……まずいですね。」
僕がそう言って大尉の顔を見ると大尉はすぐにオッペルに指示を出した。
「近くに応援を頼める友軍の部隊がいないか無線で問い合わせろ。さすがに動けない戦車でI-34を相手にするのは大変だ。徹甲弾も二発しかないのだからな。まずいぞ、これは。」
逃げるという選択肢もあったが大尉はそれには触れなかった。I-34に対抗出来る貴重な四型戦車を一台も失いたくないという考えもあっただろうがそれ以上におそらく大尉は僕と同じくこの四型戦車に愛着を感じているのだろう。僕らは取り敢えず戦車に乗り込み敵が来ないことを祈った。だが神様はどうも素直に僕らの祈りを聞き入れてはくれないようだった。
「大尉! 前方より敵戦車! I-34です! 」
連絡があってから二十分程経つと敵が現れた。ハンスが双眼鏡を覗き込みながらそう叫ぶ。四型戦車の車内に緊張が走った。
「やっぱり来やがったか! 鬱陶しい奴らだ。数は? 」
大尉が吐き捨てるように言った。それにハンスが答える。
「一台だけです! 」
「一台だけならまだ勝機がありますよ。先に仕留めてやります。ハンス、距離は? 」
僕は照準器を覗き込みながら大尉とハンスの会話に割り込んだ。
「千二百ぐらいです。偶然ですが三型戦車の残骸が我々と敵戦車の間にちょうどあるので敵はまだ気が付いていないようです。」
なんとラッキーなのだろう。遠距離の撃ち合いになれば動けない我々はかなり不利なのに今の状況だと敵はのこのこと我々に気が付かず近づいてきてくれるのだ。「ついてる!」 と僕は心の中で叫んだ。
「ようし、敵がこちらの射界に入ったら攻撃します。二発あれば何とかなるでしょう。」
僕は大尉とハンスにそう言って照準器を覗き込んだ。今はまだ三型戦車の残骸が遮蔽物になっていて敵戦車は照準器には捉えられない。だがあと数秒待てばI-34の姿が残骸の死角から姿を現す筈だ。その時敵は初めて我々に気付くのだろう。その瞬間に葬り去ってやる! 僕はペットゲンに言った。
「ペットゲン、徹甲弾装填だ。」
「了解っス。頼むから当たってくれっスよ。」
ペットゲンはそう砲弾に話しかけながらいつも通りの滑らかな動きで装填作業を終えた。あとは僕に全てがかかっている。皆が生きのびることが出来るかどうかは僕の射撃技術次第なのだ!
「もうすぐこちらの射線上に出てくるな。任せたぞ、フランツ。」
僕はいつもであれば初弾を放つまでは汗だくになり心臓の鼓動が全身に響き渡るほど早く激しくなるのだが今日は落ち着いていた。集中力が溢れるような感じがして「やってやる! 」という闘志が漲っている。そこへついに敵戦車が姿を現した。
「距離八百! 」
大尉が距離を伝える。僕は照準器を調整して敵戦車の砲塔基部に狙いを定めた。敵戦車もようやく三型戦車の残骸に隠れている我々に気が付いたようで慌てて主砲をこちらに向けようとしている。先にくたばりやがれ! 僕はI-34が砲塔をこちらに向け終える前に引金を引いた。
「やったっ! ナイスですよ! 少尉! 」
爆発するI-34を見てハンスが歓喜の声を上げた。徹甲弾は敵戦車に直撃してその装甲を貫いたのだ。
「気付くのが遅いっスよね! あいつらはノロマなんスよ! 」
ペットゲンも嬉しそうにそう叫ぶ。僕もピンチを脱したことでふっと気が緩み砲手席の背もたれに深く寄りかかった。その時だった。
「まずい! 側面に別のI-34だ! 距離五百! 主砲旋回急げ! 」
車内の空気を一変させる言葉がバウアー大尉の口から発せられた。嘘だと思いたかったが残念ながらその言葉はそうではないようだった。「ついてない! 」と心の中で叫びつつ先ほどとは打って変わって僕は自分の運命を呪った。すると大きな爆発音がして四型戦車が大きく揺れる。その衝撃は思わず目を瞑り首を竦めてしまうほど激しいものだった。どうやら敵戦車の砲弾がかなり至近距離に着弾したのだ。
「全員脱出しろ! 」
大尉が叫んだ。敵の第一撃がかなり正確だったことでこのままの動けない状態では殺られると大尉は判断したようだった。急いで戦車から離れなければならない。僕らは皆各々が必死の形相でハッチを開け車外に出ようとした。
「早くしろ! 」
大尉は皆にそう言いながら素早く上部ハッチから車外に出た。僕も地面から二mほどの高さにある砲塔部横のハッチを開けて上半身を車外に出すとそのまま戦車の脇へ落ちるように脱出した。身体を強かに打ちつけたが痛みを感じている暇はなかった。敵戦車が前部機銃で脱出した僕らに銃撃してくるのではないか? と思ったからだ。僕は焦って足が縺れながらもそのまま戦車から離れすぐ近くにたまたまあった小さな溝に自分の身体を押し込んだ。その姿は屠殺場で逃げ回る豚の如く格好の悪いものだっただろう。だが生き残る為には形振り構ってはいられなかった。
「うわあ〜! 殺られちまう〜! 」
オッペルの泣き叫ぶ声が聞こえた。僕は溝から少しだけ頭を起こしてオッペルの声がした方向を見ようとしたがその前に我々に砲撃を加えたI-34が目に入った。I-34は我々の四型戦車に止めの一撃を加えようとしているのだろう。馴れ親しんだ四型戦車が破壊されてしまうと思うと僕は急に口惜しさが心の中にこみ上げてきた。
「くそっ! 」
僕が思わずそう叫んだ瞬間だった。突然I-34が大爆発を起こした。何がどうなっているのかさっぱり分からない。僕は溝から上半身を起こすと爆発を繰り返しながら激しい炎に包まれているI-34を暫く茫然と見つめていた。すると四型戦車のすぐ脇で地面に伏せていた大尉が立ち上がって近づいてきてポツリと僕に言った。
「88mm高射砲だ。」
大尉はそう言いながら破壊されたI-34の遥か後方を指差した。その方向を見ると従来の対戦車砲より背の高い砲らしきものが見えた。僕は四型戦車に戻ると双眼鏡を手に取りもう一度その砲を見た。我々の75mm砲よりも径が太く長い砲身を備えた大型の砲が双眼鏡の中にくっきりと写る。大尉が言葉を続けた。
「もともとは高射砲なのだが水平に撃っても命中率が良く最近はI-34退治にも使われだしている我が軍の切り札だ。その威力は75mm砲の比ではない。おや? 誰かこちらへ来るようだな。」
僕の双眼鏡からも88mm高射砲の方からキューベルワルゲンが一台近づいてくるのが見えた。暫くそのキューベルワルゲンを覗いているとそこに乗っているのは以前僕らが窮地を救ったことのあるテンツラー少尉だった。
「バウアー大尉、マイヤー少尉、危機一髪でしたね。 間に合って良かった。」
テンツラー少尉は柔かにそう言いながら敬礼をした。
「本当に助かったよ。君達が助けてくれなければ我々はI-34に踏み潰されていたかもしれない。」
大尉もそう言って微笑みながら敬礼をした。その後大尉とテンツラー少尉はがっちりと握手を交わした。
「この前助けてもらった借りは返せましたね。」
「実はつい先日もアショフ少尉に危ないところを助けてもらったのだ。最近は我々は皆に助けてもらってばかりなのだよ。」
二人はそう言って笑った。そしてテンツラー少尉は僕の方を向くと僕にも声を掛けてくれた。
「マイヤー少尉も無事で良かった。」
「助かりましたよ。ありがとうございました。」
テンツラー少尉は僕とも握手を交わした。僕はその時ふと少尉に聞いた。
「さっきはどれぐらいの距離で射撃したのです? 」
「確か千八百mです。この88mmは弾道が低く伸びるような感じでよく当たりますよ。今本国ではこの88mmを搭載した戦車を開発しているそうです。I-34を駆逐する為にね。」
「距離千八百mで装甲の薄い後方からとはいえ一撃でI-34を葬ってしまう砲ですか。凄いですね! 」
「こいつはもともとは高射砲なんで射撃準備をするのに時間がちょいと掛かるのが難点ですけどね。取り敢えず間に合って良かったですよ。」
その後テンツラー少尉と大尉と僕は雑談を続けていたが暫くすると整備中隊が到着して我々の四型戦車はその場で応急措置を施された後整備工場へ送られることになった。
「では我々はこれで失礼します。今度はズヤハイゲで会いましょう。」
テンツラー少尉はそう言うとキューベルワルゲンに乗り込んだ。
「今日は本当にありがとう。」
僕と大尉は最後にそう礼を言った。するとテンツラー少尉は笑いながら答えた。
「これからもお互い助けあってやっていきましょう。」
テンツラー少尉を乗せたキューベルワルゲンは88mm高射砲の方へ走っていった。今こうして生きていられるのは彼のお陰なのだ。走り去るテンツラー少尉の後ろ姿にせめてもの感謝の念を表そうとしたのだろうか、僕は無意識にテンツラー少尉の姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。




