戦線拡大
「バウアー大尉、前方より怪物が近づいてきます。距離は約五百、まだこちらには気が付いていないようです。」
僕らの乗る四型戦車は街道脇の森林に潜みカモフラージュを施してその姿を風景に溶け込ませていた。僕は戦車砲塔部側面のハッチを開けてそこから双眼鏡で街道上をゆっくりと進む敵戦車を発見し大尉に報告していたのだった。
「来たか。情報通りだな。数は? 」
「二台です。」
「よし、怪物め。一泡吹かせてやる。二号車、三号車、作戦通り行動せよ。」
怪物というのは152mm砲を装備し重装甲で車体を防御したIV-2というル・カメリカの戦車に僕らが付けたあだ名だ。以前に一度戦闘をしたことがあるがまともにやりあうとなかなか破壊するのに苦労する相手なのだ。この付近を移動していた補給部隊のトラックがIV-2に遭遇したという報告が第七装甲師団司令部に入った為我々が派遣されたのだが我々は報告から敵の進むルートを想定し待ち伏せをしていたのだ。ルート想定は見事に的中し怪物はのこのこと僕らの前に姿を現した。
「距離四百だ。ペットゲン、徹甲弾装填しろ。フランツ、いつでも撃てるようにしておけよ。」
ペットゲンが75mm砲弾を装填する。砲弾が装填されてから射撃命令が出るまでの間はいつも僕の手のひらは汗まみれだ。戦闘が始まってしまえば何とも思わないのだがこの待っている間だけはいつも緊張する。早く「撃て! 」の号令が掛かればいいのに。
「距離三百! 二号車、三号車は射撃を開始しろ! 」
バウアー大尉が大声を出した。その声は僕らの戦車と街道を挟んで反対側の森に潜んでいた二号車と三号車に無線で伝わり彼らは怪物に向かって射撃を開始した。IV-2の周囲に爆発が起こる。IV-2の車体の上には歩兵が何人か乗っていたようで爆発の合間に飛び交う悲鳴がやたらと耳に付いた。
「怪物が二号車と三号車の方向に進路を変えたぞ! こちらに側面を晒している! 作戦通りだ! 撃てっ! 」
50mm砲を装備した三型戦車である二号車と三号車ではIV-2とまともに戦っても勝ち目はない。そこで彼らが囮となり敵の注意を引いたところで僕らの乗る75mm砲を装備した四型戦車が装甲の薄い側面から攻撃し敵を葬る。これがバウアー大尉の計画だった。IV-2の前面装甲は非常に分厚く正面からの攻撃だと撃破するのに非常に手間取ることが予想されたので大尉がこの計画を考えたのだがこれまでのところは全てこちらの狙い通りにことが進んでいる。僕は一台のIV-2の側面エンジン部辺りに狙いを定めた。
「まんまと引っかかったな! くたばれ! 怪物め! 」
大尉がそう言い終わるか終わらないかのうちに僕は引金を引いた。僕の放った徹甲弾が怪物に突き刺さる。大きな爆発が起きてIV-2はその動きを止めた。
「よし! もう一台も吹き飛ばせ! 」
大尉の掛け声と同時に僕は主砲を旋回させもう一台に狙いを付ける。残ったIV-2はまだ僕らの乗る四型戦車の存在にすら気が付いていない。この間抜けめ。僕は再度引金を引いた。
「命中です! 」
ハンスが叫んだその一言が聞こえないほどの爆発音とともに二台目のIV-2は炎と煙を吐く鉄屑と化した。燃え盛る戦車の周りで狼狽える敵歩兵には容赦無く機関銃弾が浴びせられ敵は完全に沈黙し戦闘は我々の一方的な勝利で終わった。
「今回の怪物狩りは楽勝でしたね。でも敵はしぶといなぁ。劣勢でも抵抗をやめないし。」
戦闘が終わり一段落した四型戦車の車内でオッペルがポツリと言った。
「そうだな、なかなか手強い。だが第一攻略目標のアマクヤードまではもう二十kmもないところまで来たのだ。もう少し頑張れば流石に奴らも音を上げるさ。」
バウアー大尉がキューポラから周囲を警戒しながらそう答えた。我々がアマクヤードへの進撃を開始してから既に二十日ほどが経っている。第七装甲師団は消耗しながらも敵を蹴散らしてきた。軍の中ではアマクヤードを占領出来ればル・カメリカは和平交渉に応じるだろうという憶測が広がっていて僕らもこの作戦が成功すれば戦争は終わるのではないか? となんとなく思っていた。だからこそ大きい損害を出しても第七装甲師団の士気が下がることはなく皆意気揚々とアマクヤードを目指し進軍することが出来たのだ。
「大尉! 本部より連絡です。ここから南西に七kmのポイントPP1に敵戦車が三台出現したらしくすぐに迎撃に向かってほしいとのことです。」
急にオッペルがそう叫んだ。最近は戦線が急激に拡大した為か我々が占領した地域内でも至る所に敵は現れる。その度に第七装甲師団の戦車は分散して投入された。先ほどの戦いがそうであったように。不意に現れる彼らは数は少ないことが多いものの戦意を全く失っておらず最後の一発まで戦う手強い相手だ。たった三台とはいえ油断は出来ない。
「分かった。本部にはすぐに向かうと伝えろ。全車街道を南西に進むぞ! 」
バウアー大尉がそう命令を下した後僕らは北北東に向けていた進路を南西に変えた。ハンスがギアを上げ四型戦車は街道を進んでいった。
南西に進むこと三十分、我々は見通しのいい平原を走行していた。ポイントPP1は近い。全員が目を皿のようにして周囲を警戒していた。
「この近くには確か友軍の高射砲部隊がいる筈だ。彼らが敵戦車に遭遇して被害を受けていなければいいのだがな。オッペル! その後友軍が敵戦車と遭遇したという報告は無いな? 」
バウアー大尉がそう聞くとオッペルはヘッドホンを耳に当てながら言った。
「今のところありません。」
「大尉! 」
バウアー大尉とオッペルの会話に急にペットゲンが割り込んだ。大尉が少し驚いてオッペルの方を向いて答えた。
「どうした? 」
「ヤバいっス! 徹甲弾の残りがあと八発しかないっス! 」
そこへハンスが付け加えた。
「燃料も三分の一になりました。」
最近は戦線の急激な拡大の為補給が追いついていないのだ。最後に補給を受けたのは二日前でありその間の戦闘でかなりの砲弾を消費してしまっている。また最近ではそういった補給事情から頻繁に「弾薬を節約せよ」という指示がなされるようになっていた。
「敵の数が情報通り三台であれば八発で十分だろう。いずれにせよこの戦闘が終われば補給を受けないとまずいな。」
バウアー大尉がそう言った直後だった。急に大きな爆発音がして僕らの前方を走っていた三型戦車が黒煙を吐いてその動きを止めた。敵だ!
「二号車がやられた! 前方二時の方向に敵戦車だ! 距離千! 徹甲弾装填しろ! 」
バウアー大尉の声と同時にペットゲンが砲弾を装填し僕は戦車砲を敵戦車のいる方向に素早く向けた。ハンスは敵からの更なる攻撃から一旦逃れる為破壊されて炎上する友軍の三型戦車の陰に我々の四型戦車の車体を重ねた。全員が一連の作業を流れるようにこなす。僕らはもう何年も戦車に乗っているベテランのようだった。
「ハンス、ちょっとだけ車体を前進させてくれ。ちょっとだけだぞ。」
「了解。」
敵戦車と僕らの四型戦車を結ぶ線上にちょうど友軍の三型戦車の残骸がある為この位置からでは敵に砲撃が出来ない。僕の注文に応えてハンスは一m程車体を前進させた。これでぎりぎり敵の戦車を照準器に捉えることが出来る。敵も残骸から僅かにはみでる我々の四型戦車の車体を狙って砲撃を加えてきた。だがその砲弾はことごとく外れる。照準器の中のI-34は地形をうまく利用して車体を隠し戦車砲だけをこちらに向けて砲撃してきていた。
「I-34が二台にベッティーが二台だな。情報より一台多い。三号車はベッティーを狙え! I-34は俺達の獲物だ。任せたぞ、フランツ。」
こちらは四型戦車が一台と三型戦車が一台の二台しかいない。数の上では相手の方が倍なのだ。だが僕らは自信に満ち溢れていた。敵戦車兵の練度の低さのお陰もあって今まで何度も数で不利な状況を跳ね返してきたことがその自信の根拠だがそれは一歩間違えれば慢心に繋がりかねない。僕は慎重に照準して第一弾を放った。
「外れたぞ! ちょい左だ! 」
敵戦車のすぐ右手に土煙が舞う。くそっ! 僕はバウアー大尉に怒鳴られながら照準を微調整し二発目を放った。
「よし! それでこそフランツだ! 次も頼むぞ! 」
I-34は砲塔に直撃弾を受け爆発を起こした。僕はその爆発を確認するとすぐにその左手にいるもう一台のI-34に狙いを定めてまた砲弾を放った。
「外れたぞ! どうした!? しっかりしろ! 」
敵戦車の姿が主砲部分しか見えず小さいことと砲弾の数が少ないということがプレッシャーになっているのか僕はまた外してしまった。落ち着け! フランツ! 僕は照準を微調整しながらそう心の中で自分に言い聞かしまた引金を引いた。
「ふぅ、やっと撃破したか。これで怖いI-34は破壊した。あとの二台もやってしまうぞ! 」
二台目のI-34も一台目と同じように砲塔に直撃弾を受けて爆発を起こし黒煙をもくもくと吐いている。これで残った敵戦車はI-34よりはるかに能力の劣るベッティーが二台だけだ。もう今日の戦いは勝ったようなものだ。僕は正直気持ちが少し緩んだ。その時だった。ドーンという爆発音と共に激しく戦車が揺れた。どこかに敵の砲弾が命中したのだ。続いて無線が鳴った。
「三号車被弾! 脱出する! 」
敵のベッティーの必死の反撃で我々の四型戦車はキャタピラに被弾して動けなくなり三号車は直撃を受け破壊されてしまった。敵も必死なのだ。気を抜いたらやられる。ベッティーは遠距離の撃ち合いは不利だと思ったようで僕らの四型戦車に向かって全速力で走行しその距離を縮めてきていた。くそっ! なめるなよ! 近づく前に吹き飛ばしてやる。僕は慎重に照準し引金を引いた。ドーンという大きな爆発音が耳に付く。
「よし! あと一台だ! 」
徹甲弾に切り裂かれベッティーは紙屑のように燃え盛った。そしてペットゲンが次弾を装填する。あと徹甲弾は三発。だが僕には焦りはもうなかった。敵戦車に命中弾を与えるということだけに集中していた僕は落ち着いて照準を定めると近づいてくる二台目のベッティーに必殺の一撃を加えた。
「よし! これで看板だ! フランツ、よくやった! 」
バウアー大尉の歓声が上がる。最後のベッティーは砲塔基部を徹甲弾が貫いたようで砲塔が空高く吹っ飛び大爆発を起こした。敵戦車を一掃したことで硝煙が蔓延している車内にもようやく安堵の雰囲気が漂う。だがこの戦いで我々は二台の戦車を失い我々の四型戦車も被弾するという損害を被ったのだ。第七装甲師団は激戦に次ぐ激戦で日々少しずつ出血しその体力を奪われている。アマクヤードに辿り着くまでに出血多量で動けなくなってしまうのではないか? と僕は危惧の念を抱かずにはいられなかった。




