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救援

「おい! どういうことだ! 話が違うじゃないか! 」

普段あまり聞くことのないハンスの怒鳴り声で僕は目を覚ました。何事だろうと思って声のする方を見てみるとエンジンルームの前でハンスが鬼のような形相で整備兵を睨みつけている。時計を見るとちょうど休憩を始めてから一時間が経っていた。

「どうした? 」

皆ウトウトしていたがその声で起きたようでバウアー大尉がハンスに声を掛けた。ハンスは大尉の方に向き直ると顔を紅潮させて言った。

「こいつはさっき一時間で直るって言っていたのに今聞いたらあと二時間掛かるなんて言い出したんですよ! おかしいですよ! 」

整備兵はすこし不貞腐れたような表情で何も答えなかった。よく見ると整備兵はまだ若く歳は十七〜八といったところだろうか。おそらく何かとんでもない見当違いをしてしまったのだろう。大尉は立ち上がるとハンスのように騒ぎたてるのではなく静かにその整備兵に問いかけた。

「君の名前は? 」

「ランペです。エッボ・ランペといいます。」

ランペの声はすこし震えていた。大尉の口調は穏やかなもののその中に含まれたかなりの怒気を感じ取ったからであろう。ランペの表情は先ほどまでとは打って変わってビクビクと怯えたものに変わっていた。

「ランペ君、本当にあと二時間で我々の戦車は直るのか? 」

大尉がそう聞くとランペは黙って俯いてしまった。そして暫く沈黙が続いた後ランペは小さな声を絞り出した。

「……直らないかもしれません。」

ランペのその声は蚊の鳴くような小さなものだった。それを聞いて大尉は言った。

「ランペ君、これからは出来ないことを出来ると言ってはいけない。でないと君に関わる人間全員の命が危険に晒されることもある。分かったな? 」

「……はい。」

ランペは今にも泣き出しそうな顔をしながらそう返事をした。それを聞いた大尉は戦車の方に向き直りこう言った。

「おいオッペル! 修理が完了しない可能性もある。至急戦車回収班を呼べ! 」

「了解しました! 」

オッペルは戦車のハッチから頭を出してそう返事をしたがすぐにまた無線機を操作する為に戦車の中に頭を隠した。そして大尉はランペの方に向き直りまた口を開いた。

「ではランペ君、君は君で全力で修理に当たってくれ。君が直してくれれば回収班はわざわざ来なくて済むのだからな。」

「……はい。」

ランペはそう言うとエンジンルームに戻り修理を再開した。だがその後一時間経っても二時間経っても修理完了の報告がされることはなかった。


三時間経ってもまだ戦車回収班は姿を見せなかった。待っている間はやることもないので一人が歩哨を順番に担当しそれ以外の人間は皆仮眠を取った。最近は激戦が相次ぎゆっくり眠ることもままならなかったので思いがけぬ休憩時間に皆最初は喜んでいた。だが三時間も経つと流石に不安になってくる。僕はその不安を打ち消す為と手持ち無沙汰なこともあってペットゲンと四型戦車の脇に座り込んで煙草を燻らしていた。

「回収班はいつ来るんスかね? 」

ペットゲンがそうぼやいた。僕は念の為煙草の火を周囲から見えないように手で覆いながら答えた。

「さあな。迷ってんのかな? 何やってんだろうな。」

「ところで今何時っス? 」

「夜の七時だ。」

僕はそう言ったあと周囲を見回した。バウアー大尉は戦車の上に座り込んで周囲を警戒している。ハンスとオッペルは戦車の中にいるようだった。ランぺも今はその手を止めてエンジンルームの横に座り込んでいる。どうやら修理を諦めたようだった。

「このまま誰も来なかったら……困っちまうっスね。」

ペットゲンがそう言った次の瞬間だった。僕がふと自分の前に広がる真っ暗な平原に目を遣ると一瞬何かが動いた気がしたのだ。僕は不審に思って大尉にそれを知らせようと大きな声を出した。

「バウアー大尉! 」

僕がそう叫んだ次の瞬間だった。周囲にマシンガンの発射音が響き渡った。カンカンと甲高い金属音がして火花が散る。マシンガンの弾丸が四型戦車の側面に命中して弾かれているのだ。僕とペットゲンは咄嗟にその場に伏せた。

「敵です! 」

僕はそれだけ叫んだがその声はマシンガンの発射音と金属音に掻き消されてしまった。僕らの周囲にもマシンガンから放たれた銃弾が撃ちこまれて土埃がもうもうと舞っている。

「まずいっス! 囲まれてるみたいっス! 」

ペットゲンが伏せたままそう言った。ふと横を見るとランペも目を瞑り歯を食いしばって地面に伏せている。僕も伏せたままの姿勢で戦車内にいるバウアー大尉に聞こえるように大声を出した。

「大尉! 周囲に敵兵多数! 救援を至急呼んで下さい! 」

四型戦車の強力な75mm砲も夜間ですぐ近くに敵兵がいるこの状況下ではそれほど役には立たない。しかも四型戦車は近接した敵兵を攻撃する為の武器は前部機銃ぐらいしかないのだ。動けない四型戦車では敵兵に対抗する武器が無いに等しい。このままでは殺られてしまう!

「少尉! 」

不意にランペが叫んだ。それを聞いて僕がランペの方を見ると暗闇の中から敵兵が一人中腰で近づいてくる姿がマシンガンの射撃で発する微かな光から浮かびあがっていた。近づいて手榴弾か火炎瓶でも投げつけるつもりなのかもしれない。僕は腰にぶら下げたホルスターから拳銃を手に取るとその敵兵に向けてパンパンと何発か発砲した。すると僕の放った銃弾が当たったのかどうかは分からないがその場で敵兵が蹲るのが見えた。敵兵を近寄らせることは絶対に阻止せねばならない。近寄られればそれは我々の死を意味するのだ。

「この豚野郎ども! 来るんじゃねぇ! 」

すると突然頭上からハンスの大きな声がしてマシンガンの発射音が響き渡った。見上げると四型戦車の砲塔の横のハッチが開いていてそこからハンスが敵兵にマシンガンの銃弾を撃ちまくっていた。それを見て僕は言った。

「ハンス! 九時の方向! 俯角いっぱいで榴弾だ! 」

僕は咄嗟に敵兵のマシンガンが放つ発射光が多く見える方向に戦車砲を撃つようにハンスに指示をした。その方がマシンガンの銃弾を散発的に撃つよりも効率的ではないかと思ったからだ。するとその声が聞こえたようで四型戦車は主砲を左に向けると砲弾を発射した。衝撃と耳をつんざくような発射音、そして硝煙が僕とペットゲンを包む。すると砲弾が放たれた平原で爆発が起こり敵兵の悲鳴らしき声が聞こえた。僕は思わず叫んだ。

「いいぞ! もっと撃て! 」

敵の接近を阻止して時間を稼げばそのうち戦車回収車が近くまで来てくれる。そうなれば友軍を呼んでくれる筈だ。もしくはオッペルが既に無線で救助を要請しているかもしれない。いずれにせよ僕らが生き残る為には時間を稼ぐしかなかった。その為にハンスは戦車のハッチからマシンガンを撃ち続けた。そしてバウアー大尉がおそらく操作しているであろう戦車砲も頻繁に榴弾を放ち続けた。僕とペットゲンは拳銃で近づこうとする敵兵だけを狙い撃ちした。僕ら二人は拳銃の弾数に限りがあるので無闇矢鱈に撃つことは出来なかったがこの反撃が功を奏したのか敵兵はあまり近づいてこなくなった。だが状況はまだまだ楽観視出来るものではなかった。

「少尉、あと三発しか残っていません。」

膠着状態が続く中でペットゲンが僕に不安げにそう言った。まずい、もし弾切れになりそれを悟られたら敵はおそらく突っ込んでくるだろう。そうなったら終わりだ。死ぬのは嫌だが捕虜になったとしても命の保証はない。ル・カメリカ兵の頭には捕虜の人道的扱いなどという考えは全くなく今まで何回もル・カメリカ兵に捕らわれた後になぶり殺されたであろう死体を見てきたからこそそう思うのだ。くそっ! どっちにしろ死ぬのか? こんなところで? そう思った次の瞬間だった。真っ暗だった周囲が突然昼間のように明るくなった。ペットゲンが叫ぶ。

「何スか!? 」

「照明弾だ! やばいぞ! 」

敵が僕達の正確な位置を突き止めて射撃する為に照明弾を打ち上げてきたのだ。敵はなんとしてでも僕らを殺してこの四型戦車を破壊したいのだろう。こんな地名も分からないような平原でマシンガンに撃たれて命を落とすのか? 嫌だ! 死にたくない! そう思うと僕は悔しくて涙が出てきた。

「くそったれ! 」

僕はどこにもぶつけようのない怒りでそう叫ぶとそのまま地面にうつ伏せの状態で顔まで強く地面に押し付けて歯を食いしばっていた。周囲が明るい以上頭をすこしでもあげれば銃撃されると思ったからだ。だが銃声はするものの敵は僕の伏せている場所にはほとんど発砲してこなかった。何故だろう? これだけ明るいのに敵兵は僕がこの場にいることに気が付いていないのだろうか? 不思議には思ったが僕は撃たれるのが怖くて目を瞑り頭と身体を地面に押し当てたまま動かなかった。

「少尉! 友軍っスよ! 友軍が来てくれたっスよ! 」

突然横で僕と同じように伏せていたペットゲンが歓喜の声を上げた。それにつられて僕もそれまで必死に地面に押し付けていた頭を擡げて周囲を見渡した。すると消えていく照明弾の光の中に草原をこちらに向かって進んでくる友軍の装甲車が二台視界に入った。二台の装甲車はマシンガンを撃ち敵兵をなぎ倒しながらゆっくりと近づいてくる。照明弾は友軍が放ったものだったのだ。敵兵は不意を突かれたようで銃撃を受け慌てふためいている。するとさらにもう一発の照明弾が友軍の装甲車から打ち上げられ抵抗する敵兵がまた明るく照らしだされた。二台の装甲車は次々と敵兵に銃弾の嵐を浴びせていく。敵はあっという間に蹴散らされ撤退していった。

「少尉! 助かったっスよ! 」

近づいてくる友軍の装甲車を見ながら僕とペットゲンは抱き合って喜んだ。そして僕は抱き合いながらもふとペットゲンの顔に涙痕があることに気が付いた。ペットゲンもおそらく死を覚悟していたのだろう。それぐらい状況は絶望的だったのだ。僕らが喜んでいるとバウアー大尉やハンス、そしてオッペルが戦車を降りてきた。皆安堵の表情を浮かべている。僕らは互いに無事であることを喜びあった。そこへ装甲車の指揮官が歩み寄ってきてこう言った。

「どうやら借りは返せたようですな。バウアー大尉。」

どこかで聞いた声だと思ってよく見るとそれは今日の昼間に僕らが捕虜になりそうなところを助けたアショフ少尉だった。バウアー大尉はアショフ少尉とガッチリと握手をするとこう言った。

「本当に助かったよ。ありがとう。我々の救援の無線を聞いてくれたのか? 」

「はい、そうです。その時たまたま近くにいたものですから。間に合って良かったです。」

「それは俺が君を助けた時に言った台詞だな。確かにこれでお互い貸し借りは無しだな。」

そう言うとバウアー大尉とアショフ少尉は笑った。そしてその後僕ら全員がアショフ少尉に礼を言った。アショフ少尉も嬉しそうにしている。良かった、皆生き残れたのだ。僕がそう思っているとバウアー大尉がぽつりと言った。

「今後も強大な敵に立ち向かい続ける我々は各部隊が助け合わなければ生き残ることは出来ない。」

その通りだ。僕はそのことを心に刻みそして心の中で誓った。

『如何なることがあっても困っている友軍を見捨てるような奴には絶対にならない』と。

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