故障
「フランツ、正面に敵戦車が三台いるぞ。それに歩兵も少々だ。距離約千、I-34だな。」
「はい、見えます。こちらにはまったく気が付いていないようですね。」
「あいつらかな? 味方の補給部隊を襲ったのは。」
「はい、おそらくそうだと思います。連絡のあったポイントはこの付近ですからね。」
僕らの乗る四型戦車は茂みに潜みバウアー大尉はキューポラから、僕は照準器からそれぞれ前方にいる敵部隊の様子を窺っていた。三時間前に友軍の補給部隊から「敵戦車に襲われている」という連絡が第七装甲師団本部に入りたまたま近くにいた我々バウアー大隊に現場へ急行するよう命令が下ったのだ。バウアー大尉は取り敢えず戦車二台と歩兵を数名引き連れて出撃し走ること一時間、茂みの合間から平原にいる敵部隊を発見したのだった。
「よし、全車攻撃するぞ。射撃位置につけ。我々は一番右のI-34を狙う。二号車は真ん中、三号車は左だ。外した奴は俺にワインを奢れよ。」
バウアー大尉の命令に従って僕は砲塔を右のI-34に向けた。I-34はこちらに後部を向けておりおまけに停止している。万が一外しても敵が反撃するには時間が掛かるのだ。これだけ好条件で射撃出来るチャンスは滅多にない。だがそれでも僕は慎重に照準を定めた。
「いつでも撃てます。」
僕は短くバウアー大尉にそう言った。
「二号車射撃準備よし。」
「三号車もOKです。」
随伴している他の車輌からも続いて無線で連絡が入る。それを聞いてバウアー大尉は命令を下した。
「全車射撃開始! 」
大尉の言葉に続いて三台の戦車からほぼ同時に轟音が響き渡り徹甲弾が放たれた。すると標的となった敵の戦車三台のうち右側と中央にいた二台が同時に爆発を起こした。三号車だけが初弾を外してしまったようだったが三号車はすぐに次弾を放ち残っていた一台のI-34をたちまち燃え盛るスクラップに変えた。その後友軍の歩兵隊が火を噴く敵戦車の周辺で狼狽える敵兵士にマシンガンで射撃を加えると敵はすぐに投降してきた。ほんの数分で戦闘は終わりを告げたのだ。あっけないものだった。
「よし、投降した敵を拘束するぞ。戦車隊前進! 」
我々は茂みの中から移動して手を上げている敵兵士に接近していった。近づいてみると投降した敵兵士は三人ほどいたがその横に銃を構えている友軍の兵士が何人かいることにも気が付いた。我々と同行してきた兵士達ではない。警戒しながら近づくとその友軍の兵士は五人いてその中の一人が声を掛けてきた。
「救援感謝します! 私は補給部隊と一緒に行動していた第二十三歩兵大隊のアショフ少尉です。危うく捕虜になるところでした。」
どうやらこの男は敵の襲撃を受け捕虜となっていたところを我々に運良く助けられたようだった。つい先ほどまで彼らは囚われの身だったのだが我々の攻撃により立場が逆転し今は彼らが銃を向けて敵兵を捕虜としている。大尉と僕は周囲に敵がいないことを確認するとハッチを開けて戦車を降りアショフ少尉に敬礼した。
「第七装甲師団のバウアーです。救援が間に合って良かった。」
「同じくマイヤーです。怪我人はいませんか? 今から無線で搬送用のトラックを呼びますよ。」
僕らがそう声を掛けるとアショフ少尉はホッとした表情を浮かべて言った。
「負傷者はいませんがトラックは助かりますね。……大勢殺られました。急にI-34に襲われたのです。敵はあちこちに潜んでいますね。」
我が軍が急激に敵地の奥深くまで侵攻して占領地を拡大したこともあり密かに隠れて潜伏している敵部隊に不意に襲われ損害を被るケースが最近は多く報告されていた。アショフ少尉の場合もまさにそれに当てはまるのであろう。僕がオッペルに無線で車輌を呼ぶように指示しているとアショフ少尉の背後からまた別の将校が僕らに話しかけてきた。
「第十二高射砲大隊のテンツラー少尉です。補給部隊のトラックに牽引してもらっていた高射砲は射撃の準備をする間もなく破壊されてしまいました。助けてくれてありがとう。」
テンツラー少尉も微笑んで僕らに礼を言った。僕らが来たことで五人の友軍の兵士が捕虜になることを免れたのだ。おまけに敵戦車を三台破壊しこちらは損害ゼロ。一時間かけて来た甲斐があったというものだ。それに加えて僕は友軍の将校に礼を言われたということで素直に喜びと達成感を感じていた。
「君達は第六軍に合流する予定だったのか? 」
ふとバウアー大尉がアショフ少尉達に聞いた。するとテンツラー少尉が答えた。
「その通りです。先行する第六軍は目覚ましい進撃を続けていますが損害も激しく我々は第六軍の補充兵として配属されることになっていました。その為に補給部隊のトラックに便乗していたのです。まさかこんなところで足止めを喰らうとは思ってもいませんでした。」
「敵は我々の侵攻に対して粘り強く抵抗を続けています。なかなか侮れないですね。」
僕がそう少尉に答えるとバウアー大尉が続いた。
「全くだ。あいつらは不利な戦況でも諦めない。とにかくしつこく抵抗してくるのだ。そのしつこさはまるで踏んづけて靴にこびりついちまった犬の糞の汚れなみだ。少尉達も今後気を付けてな。」
大尉の言葉に皆笑った。そして暫く四人でいろいろと話をした後のことだった。アイドリング状態で停車していた僕らの四型戦車が急にそのエンジンを止めたのだ。そしてハンスが戦車の中からハッチを開けて頭を出し大声で叫んだ。
「大尉! エンジンの冷却水の温度が異常に高くなったのでエンジンを今切りました! 何か故障かもしれません! 」
「何だと!? 」
大尉が血相を変えてそう言った。すると今度は別のハッチが開いてオッペルが頭を出し叫んだ。
「大尉! 」
「今度は何だ!? 」
バウアー大尉が四型戦車の車体後部のエンジン部分に向かって駆け出しながら少しイラッとしてそう返事をするとオッペルが言った。
「第七装甲師団本部より連絡です! 後退する敵の歩兵部隊を発見したとのことで追撃をかけるべく至急戻れとのことです! 」
「歩兵相手なら俺達がいなくとも構わないだろうに……。まったくシラー少将は俺がいないとよっぽど寂しいんだな。」
大尉はそう冗談を言いながら四型戦車の車体後部エンジンルームの扉を開けた。ハンスとペットゲンも心配そうな顔をして戦車から降りてくる。オッペルはバッテリーをオンにして無線機で本部とやり取りをしているようだった。そして僕もエンジンルームの近くに行き大尉に話しかけた。
「どうです? 」
「冷却水が漏れてるな。ラジエーターがどこか破損しているようだ。参ったな。」
大尉はそう言ってハンスと一緒にエンジンルームの中を覗いていたがどうもそれ以外にも不具合のある箇所がいくつかあるようだった。大尉とハンスがエンジンと格闘している様子を僕らは暫く見守っていたがやはり応急措置では直らないようで大尉の機嫌は見る見るうちに悪くなっていっていった。そこへオッペルが大尉に追い討ちをかけるようにタイミングの悪い報告をした。
「大尉! 本部から早く戻れと催促の連絡が来ています! 」
「やかましい! と返事をしておけ! それとすぐに修理の人間をよこせとも言っておけ! 」
突然怒鳴られたオッペルはきょとんとしていた。その表情が滑稽で僕とペットゲンは笑いを必死に堪えなければいけなかった。
待つこと一時間、ようやく整備兵を乗せたトラックが到着し四型戦車の修理が始まった。整備兵の話では応急措置だけなら一時間程度で済むという。バウアー大尉やハンスは「そんなに早く終わるのか? 」と何度も整備兵に尋ねたがその整備兵はその度に「出来ます! 」と言い切ったので僕らはその言葉を信用することにした。そして大尉は二号車と三号車を第七装甲師団の本部へ戻らせた。動けない僕らの戦車ではI-34相手の戦闘は出来ないが一時間程度なら敵に襲われることはないだろうと判断したのである。そしてまた今度は第六軍からも無線連絡が入り搬送用のトラックは回せないとのことでアショフ少尉達に徒歩で第六軍へ合流するように命令が下った。五km程離れたところに第六軍所属の偵察部隊がいてそこまで移動せよとのことだった。
「では我々はこの場を離れます。あなた方に助けてもらったことは忘れません。失礼します。」
アショフ少尉はそう言うと大尉に右手を差し出した。大尉も笑顔で右手を差し出し握手をしながらこう言った。
「気を付けてな。ズヤハイゲで会おう。」
大尉は続いてテンツラー少尉とも握手をした。その後彼らは三人の捕虜を連行しながら目的地へと歩いていった。僕らはその後ろ姿を見送り終わると戦車のエンジンルームに首を突っ込み修理に勤しむ整備兵の方に目を向けた。
「どうだ? 直りそうか? 」
大尉がそう声を掛けると整備兵は振り向きもせずに言った。
「チョロいもんですよ! 」
僕らはその言葉を聞いて安心し取り敢えず修理が完了するまでの一時間休憩を取ることにした。無線連絡が入る可能性があったので通信手のオッペルが見張りも兼ねて起きていることになったが他の四人は戦車の脇でシートを張って日陰を作りそこに横になった。季節はもう夏で暑かったがたまに吹く風が心地よい。僕はいつの間にかぐっすりと深い眠りに落ちていた。




