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懸賞金

「フランツ! 二時の方向に一台逃げる奴がいるぞ! 距離千二百だ! 徹甲弾! 」

バウアー大尉の声を聞きながら僕は砲塔を右に旋回させる。今日の獲物はこいつが三台目だ。昨日空襲を受けて一夜明けてから敵はまた今日も我々を懲りずに攻撃してきた。何台破壊すれば敵は攻撃を止めるのだろう? 僕はふとそんなことを頭で考えつつ両手を素早く正確に動かし敵戦車を照準器に捉えた。ペットゲンが75mm砲弾を装填して叫ぶ。

「装填完了! 」

「よし、撃てっ! 」

大尉のその叫び声とともに僕は引金を引いた。ドォーンという音と共に砲弾が発射される。その砲弾はこちらに前面を向けたまま後退しているI-34の右側の履帯を吹き飛ばした。

「命中だ! フランツ、止めを刺せ! 」

「了解! 」

僕は急いで照準を修正した。ペットゲンが慌てて次弾を装填する。だが照準器に映る敵戦車をよく見ると上部ハッチが開き中に乗っている搭乗員が両手を上げている。

「大尉、あのI-34は降伏するようです! 」

「……その様だな。撃ち方止め。捕虜を収容する。」

戦闘は終わった。周囲にはあちこちに敵戦車が火と煙を噴いてその哀れな姿を晒している。ついさっきまで戦車砲の発射音と爆発音に包まれていた戦場は静けさを取り戻していた。僕らの四型戦車は敵戦車の残骸の間をすり抜けて降伏したI-34のすぐ近くまで進んだ。だが用心の為戦車砲だけは常にそのI-34に向けていつでも撃てるようにはしていた。友軍の歩兵も近づいてきてそのI-34を取り囲む。すると敵の戦車搭乗員が両手を上げて戦車を降りてきた。僕は周囲に新手の敵がいないことを確認するとハッチを開けて上半身を戦車から出し敵の戦車搭乗員をぼんやりと見つめていた。

「敵戦車の残骸は十二台ありますね。友軍の損害車輌は四台ですが一台は修理可能のようです。」

ハンスが周囲を見ながらバウアー大尉にそう報告した。大尉はそれを聞きながら無線で第七装甲師団本部に連絡を取っていた。

「整備中隊をすぐにまわしてくれ。四台やられたが一台は修理可能らしい。確認して欲しいのだ。それと燃料と弾薬の補給も頼む。昨日から戦闘が続いて戦車達は皆腹ペコだ。」

僕は早口で喋る大尉を敵の捕虜の一人がじっと見つめていることに気が付いた。その捕虜は見なりから他の捕虜と違い将校のようで破壊されたI-34から降り両手を上げたまま友軍の歩兵に連行され僕らの戦車の脇を歩いていているところだった。

「バウアー大尉、敵の捕虜の中に将校らしき奴がいます。大尉のことを見てますよ。」

大尉もそのことには気が付いていたようで僕とその捕虜をチラッと見てからこう言った。

「ちょっと彼にはいろいろ聞きたいことがあるな。フランツ、その捕虜を連れてきてくれ。」

僕が大尉にそう言われてその捕虜にゼスチャーでこっちに来いという素振りをした時だった。その捕虜が急にマイルヤーナ語で喋り出した。

「君がバウアー大尉か。そして君がフランツ少尉だな? 」

僕はその言葉を聞いてびっくりした。捕虜がマイルヤーナ語を喋ったこともそうだがそれ以上に大尉と僕の名前を以前から知っているような口ぶりだったことに非常に驚いたのだ。僕は動揺して思わずバウアー大尉の顔を見た。大尉もおそらく驚いていた筈だが大尉はそんな素振りは一切見せず戦車の上部ハッチからその捕虜の顔をじっと睨みつけて言葉を発した。

「言葉が分かるのなら話が早いな。君の氏名と階級は? 」

「グレボヴィッチ・アバーエフ大尉だ。」

「アバーエフ大尉、では聞こう。何故我々の名前を知っている? 」

バウアー大尉がそう質問するとアバーエフはニヤリと笑った。人を食ったその笑いは僕にこの上なく不快な思いをさせるものだった。僕は生意気な捕虜の顔のニヤつきを消してやろうかと思い戦車を降りようとしたがバウアー大尉は僕の動きを制して会話を続けた。

「何がおかしい? 」

大尉は僕のように熱くならず冷静にそう聞いた。だがその声は低く地響きのように発せられ非常に凄みを感じさせるものだった。アバーエフは笑うのをやめてこう言った。

「この周辺で君達二人の名前を知らないル・カメリカの戦車兵はいない。」

僕は一瞬アバーエフが何を言っているのか分からなかった。僕は頭の中でアバーエフの言葉を反芻しなければならなかった。

「どういう意味だ? 詳しく話せ。」

バウアー大尉がまた低くどすの利いた声でアバーエフにそう言った。アバーエフもその迫力に負けまいとして必死に大尉の顔を睨み返しながら答えた。

「君達の首には懸賞金がかけられているのだ。」

「懸賞金? 何故俺達が懸賞金をかけられなければならないのだ? 」

大尉はそう言うと戦車を降りてアバーエフの前に立った。僕もそれに続いた。おかしな話だ。何十万といるマイルヤーナの兵士の中で何故僕ら二人が懸賞金をかけられるのだろう? アバーエフからその理由を聞き出さなけれなならないと僕は思った。おそらく大尉も同じ思いだろう。

「我が軍は君達のことを君達以上に知っている。君達がアマクヤードを目指していることも知っているしあわよくばズヤハイゲまで占領してしまおうというとても淡い期待を持っていることも知っている。君達が第七装甲師団所属の精鋭戦車部隊のエースだということもお見通しなのだ。そのエースに懸賞金を掛けることはたいして不思議なことではないだろう? バウアー大尉。」

その言葉を聞いて僕は怖くなった。会ったこともない敵国の兵士が大勢バウアー大尉や僕の命を狙って群がってくる様子を想像するだけで気分が悪くなる。そんな僕の様子を見てアバーエフは言葉を続けた。

「今日は私が運が悪く捕まった。だが明日はどうなるか分からない。捕まるのは君達かもしれないぞ。そうなったら覚悟しておくがいい。少なくとも君達二人は絶対に生き延びることは出来ないだろうからな! 」

アバーエフがそう言い終わった瞬間僕はアバーエフの頬に拳を一発叩き込んだ。もう聞いていられなかったのだ。アバーエフは地面に倒れこんだがすぐに上半身を起こし僕を睨みつけてまた言葉を発した。

「怖いだろうな。だが捕まっても泣き叫んだりするなよ。そんなことをすれば君が情けない男だということを我が軍が世界中の人間に知らしめるぞ! 君の家族や友人にまでな! 」

そこまで言うとアバーエフは立ち上がった。僕の心に恐怖を植え付けたアバーエフは捕虜ではなくまるで勝者のようであり僕とアバーエフの立場は精神的には完全に逆転していた。僕は自分の心の中の恐怖を打ち消す為に本能的に彼を殴ってしまっただけであって強者が捕虜という弱者に対して自分の優位性を誇示する為に暴力を振るったという訳ではないのだ。僕は動揺してアバーエフに対してはもう何も言い返せなかった。

「黙れ! 調子に乗るな! この豚野郎め! 」

そう急に背後で声がしたかと思うとオッペルが僕とアバーエフの間に割って入りアバーエフの顔に強烈なパンチを放った。バウアー大尉が慌ててオッペルを止めたがアバーエフはまた倒れこみそのまま気を失ってしまった。

「こんな奴の言うことは出鱈目です。負け犬の遠吠えですよ! 」

バウアー大尉に制されながらもオッペルはそう叫んでいた。そしてまたアバーエフに蹴りを喰らわそうとしたので大尉は近くにいた歩兵に言った。

「もういい! その捕虜を連れていけ! 」

大尉がそう言うとアバーエフは友軍の二人の兵士に腕を抱えられそのまま引きずられていった。そのままそこにいたらアバーエフはオッペルに蹴り殺されていたかもしれない。それぐらいオッペルは怒っていた。僕はそんなオッペルを見ていると動揺していた自分が急に恥ずかしく思えてきた。というのも逆上したオッペルの姿がかえって弱くて駄目な僕の姿を鮮やかに引き立てててしまっているように感じられたからだった。オッペルは俯き加減の僕に対して「しっかりしろ! 」と言いたいのかもしれない。そう思うと僕はますますこの場でどんな態度を取れば良いのか、どんな言葉を発したら良いのか分からなくなって立ち尽くしていた。するとそこへハンスが戦車を降りてきて僕らにこう言った。

「大尉と少尉の名前が敵に知られているのは無線を傍受されているからでしょう。」

大尉と僕とオッペルは一斉にハンスの方を見た。

「我が軍では本来戦闘時の戦車間の無線はその部隊で取り決めた暗号名やコードネームで呼び合うように定められていますがそれが第七装甲師団の戦車大隊の中では徹底されていないのですよ。よく大尉や少尉は実名で呼びかけられたりしてます。しかも少尉なんかはよく無線で「射撃の天才だ! 」なんて皆が褒めたりするじゃないですか? 名前が頻繁に出てきてしかもその部隊が目覚ましい活躍をしていれば敵の間でもそりゃ有名になりますよ。」

ハンスにそう言われれば確かにそうかもしれなかった。僕らはよく無線で普通に名前を呼びあったりすることがある。我が軍もよく敵の無線を傍受しているし敵が我々の無線を聞いていても不思議なことではないのだ。そう考えれば合点がいく。僕はどんな時でも冷静な判断力を失わないハンスを後輩ながら大した奴だと思った。

「大丈夫っスよ! 大尉や少尉が捕虜になることはないっスから! 優秀な戦車兵であるこの僕が一緒にいる限り! 」

不意にペットゲンが僕らの会話に入り込んできた。いつの間にか戦車を降りて僕の背後に立っていたらしい。ペットゲンの言葉はとても温かかった。するとオッペルが言葉を続けた。

「その通りですよ! 元気出してやっていきましょう! 」

それを聞いてバウアー大尉がフッと笑った。僕もペットゲンとそれに続いたオッペルの言葉を聞いて急に心が楽になったような気がした。

「無線の件は今後是正していこう。だが俺達がそれだけ有名だってことは俺達の戦果が敵にかなりのダメージを与えてるってことの裏返しだろう。今まで通りやっていけば敵はいつか必ず音を上げるさ。な、フランツ。」

大尉がそう言って僕の肩をポンと叩いた。皆の気遣いが僕は本当に嬉しかった。僕はそこで考えを前向きに改めることにした。このまま戦場で活躍を続ければ戦争が終わって帰国した時に英雄扱いされるかもしれない。その時まで絶対に生き残ってやろうと。僕は笑って皆に言った。

「そうですね。このまま敵戦車を撃破しまくって世界で一番戦車を破壊した砲手として有名になってやりますよ! 」

それを聞いて皆にっこり頷いてくれた。僕は皆に深く感謝しつつ仲間って本当に良いものだとつくづく思った。

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