空爆
「ふぅ〜、今日は暑いっスね。」
振動と騒音の激しい戦車の中でペットゲンが汗を拭きながら言った。
「ああ、季節はもう夏だからな。これからもっと暑くなるだろう。」
「既に汗だくっス。風呂に入りたいっスよ。」
僕もペットゲンと喋りながら既に身体は汗でベトベトだった。ル・カメリカはマイルヤーナより北方に位置するので寒いというイメージしかなかったが夏はやはり暑いのだ。出撃する時に洗って綺麗だったタオルはもう既に汗まみれになっていた。まだ友軍の陣地を出てから一時間しか経っていないというのに。
「風呂なんか暫く入れないんじゃないか? 」
ハンスがそう言った直後だった。バウアー大尉が突然大声で叫ぶ。
「いたぞ! 前方にI-34だ! 数は約三十。距離千二百! バウアー大隊第一中隊前へ! 各個撃破せよ! 」
車内に緊張が走る。出撃してから初めての会敵だ。ハンスがギアを上げた。スピードを増して四型戦車はI-34に近づいていく。ペットゲンが徹甲弾を装填し僕は照準器を覗きこんで敵戦車を確認する。もう我々は各自がやることを分かっていて大尉がいちいち指示しなくとも皆テキパキと動いていた。僕達はもう何年も戦車に乗っているベテランのようだった。
「車体を右前方の窪地に入れます。」
「うむ。窪地に入ったらすぐに射撃を開始するぞ。」
ハンスが減速させて上手く窪地に車体を滑り込ませた。動きは実にスムーズだ。地形を上手く活用して我々の四型戦車は敵に晒す面積を極力少なくした。大尉がいつも言っている戦闘の基本だ。
「距離千、この距離なら楽勝だ。フランツ、射撃開始! 」
「了解! 」
大尉のその言葉を待ってましたとばかりに僕は予め狙いをつけておいた先頭のI-34に徹甲弾を放った。車内に煙がたちこめて一瞬照準器からは何も見えなくなる。だがすぐに視界を遮っていた煙は霧散しバウアー大尉の戦果を告げる掛け声を聞きながら僕は照準器の中から自分が破壊した敵戦車を見た。
「命中! 次はその右にいる奴だ。撃て! 」
先頭のI-34は徹甲弾に前面装甲を貫かれたようで爆発を起こし炎と黒煙を噴いていた。我々の装備する75mm砲の徹甲弾はI-34の装甲を距離千mでもいとも簡単に切り裂く。以前装備していた37mm砲や50mm砲では考えられないことだった。この戦車であれば我々は勝てる! そう思い僕は自信満々で次の目標へ向けてまた徹甲弾を放った。
「よし! 命中だ! その調子で撃ちまくれ! 」
四型戦車から放たれた次の徹甲弾は標的となったI-34の砲塔基部を直撃したようだった。I-34は爆発して砲塔が十mほど垂直に空高く吹き飛んでいた。砲塔は数秒間宙を舞った後大きな音を立てて地面に落ちてその無惨な姿を戦場に晒した。僕はその光景を見て思わず「やったぞ! 」と心の中で叫び喜んだがそれと同時に心の片隅では僅かな恐怖も感じていた。それは「僕らの乗る戦車もいつかあの様になってしまうのではないか? 」という恐怖だった。
「こちら三号車! 車体に被弾! 」
不意に無線から大きな声が急に響く。友軍の車輌が敵弾を喰らったのだ。バウアー大尉がそれを聞いて叫ぶ。
「全車へ! 極力地形を上手く活用しろ! 敵も強力な砲を装備していることを忘れるな! 」
I-34が装備している76.2mm砲は我々の戦車砲と同等の破壊力を持っている。兵器は同等だが物量で不利な我が軍は兵士の練度の高さで損害を抑え敵と渡り合わなければならない。大尉は大隊の車輌に細かく指示を出した。
「四号車! もっと低いところを走れ! 五号車! 三号車の乗員の脱出の援護だ! 二号車はその位置から撃ちまくれ! 」
こうして戦況は我が軍に有利に進んでいた。敵の戦車は一台、また一台と戦闘から脱落していく。敵のI-34は優秀な兵器だがそれを扱う兵士がその能力を引き出すことが出来なければ真価を発揮することは出来ないのだ。I-34は照準器の精度が我が軍のそれに劣るとはいえ敵戦車の射撃は正確さに欠けていることが多かった。噂ではル・カメリカでは現在の独裁者であるビーリケという男が政権を握った時に政敵となる政治指導者や軍関係者を大量に処刑した為に優秀な軍人が不足していると言われている。この戦力差で優秀な戦車兵の乗ったI-34と戦うことになっていたら我々はもっと苦戦していたであろう。今まで我々が掴み取ってきた勝利は時として頭を捻りたくなるような敵兵士の練度の低さのお蔭かもしれなかった。
「フランツ! 二時の方向にこちらへ砲塔を向けようとしている奴がいる! 片付けろ! 」
バウアー大尉がまた叫んだ。僕が砲塔をそちらへ向けるとその敵戦車がちょうど発砲した。だがその砲弾は我々の四型戦車の遥か後方に着弾したようだった。下手過ぎる、射撃とはこうやるんだ! 僕はそう心の中で叫びながらI-34を照準器の中央に捉えて徹甲弾を撃ち込んだ。煙で照準器からは一瞬何も見えなくなるが間髪を容れずドォーンという爆発音が聞こえてくる。
「命中だ! 今日も調子いいな、フランツ! 」
キューポラから外の様子を見ていた大尉がそう叫んだ。車内にたちこめた煙が消えると照準器からは燃え盛る敵戦車が見える。友軍の戦車も次々に敵を撃破している様で我々四型戦車を中心としたバウアー大隊は敵を圧倒していった。結局戦闘が始まって一時間ほど経つと生き残った敵は敗走を始めた。戦場となった荒野には鉄屑と化して火を噴いている敵戦車が多数残されていた。
「敵が逃げていきます。大勝利ですよ! 」
ハンスが笑いながらそう言った。確かにこちらの損害は五台程度のようだったが敵戦車は二十輌以上が破壊されている。我々は皆で勝利を喜んだが実はまだこの時戦闘は終わっていなかった。
「上空に敵機! まずいぞ! 爆撃機だ! 」
敵機のエンジン音に真っ先に気が付いたバウアー大尉が叫んだ。どうやら頭上に数機の敵爆撃機がいるようだ。マイルヤーナ空軍はル・カメリカ空軍に対して優位を保ちほぼ制空権を掌握していたようだがこれからは敵の領土の奥深くまで侵攻していくのだ。その中で全ての空域を支配するというのは無理なのであろう。僕らはその時初めて空からの攻撃というものを体験することになった。
「窪地を出ろ! じっとしていると格好の標的だぞ! 」
大尉の声を聞いてハンスが慌てて戦車をバックさせる。戦車の中にいて外の様子の分からない僕は恐怖で震えながら反射的に首と肩をすくめていた。いつ敵の爆弾が降ってきてもおかしくないのだ。僕は目を閉じて歯を食いしばった。すると急に激しい爆発と振動に襲われた。
「うわぁ〜! 」
全員が思わず叫んだ。おそらく敵の爆弾が近くに落ちたのだろう。火薬の匂いと煙が車内に充満して目も開けられない程だった。その後暫く爆発音は続いたがその音量は少しづつ小さくなっていった。敵の爆撃機の攻撃目標が僕らの乗る戦車から離れていったのだろう。
「全員大丈夫か? 」
暫くしてからようやくバウアー大尉が口を開いた。さすがの大尉も恐怖を感じていたのだろう。声の調子がいつもとは違っていた。
「はい、なんとか生きております。」
僕はかろうじてそう答えた。その後全員の生存を確認し戦車の被害状況も調べたが破損個所は無いようだった。戦車自体が揺すぶられるような激しい振動だったのに戦車が破損していなかったということは奇跡のように思われた。
「おい、オッペル! 大丈夫か? 」
ハンスがオッペルに声を掛けた。オッペルは余程怖かったのだろう。声を上げて泣いていた。オッペルはハンスの呼びかけにただうんうんと頭を頷かせることしか出来なかった。
「バウアー大隊、損害状況を知らせよ。」
大尉が無線で他の車輌に呼びかける。報告によると戦車は四台が破壊されたようだったがその他に我々戦車隊の後方にいたトラックも数輌が被害を受けたという。
「衛生兵! 負傷者の収容を急げ!それと整備中隊!修理可能な戦車がないか確認せよ! 」
大尉が無線で各部隊に指示を出す。それを聞きながら僕はふと車内に異臭が漂っていることに気が付いた。どうやらオッペルが恐怖の余り漏らしてしまったようだった。皆もそのことに気が付いていたようだがこの時ばかりは誰もオッペルをからかったりする者はいなかった。
「戦車大隊は前進しポイント484にて後続を待て。合流し次第再度前進を開始する。」
第七装甲師団司令部より無線で指示が入った。大尉はそれを聞いた後各車輌に前進の命令を出すと小さく独り言を呟いた。
「しかし、恐ろしいものだな。シラー少将に対空機関砲の装備強化を提案せねばならんな。」
大尉もやはりかなり怖かったのだろう。大尉のその言葉が大尉なりの爆撃への恐怖を表しているようだった。僕らは最初の戦車戦で感じた勝利の喜びは何処かへ行ってしまい今は恐怖の為か疲れ切って虚ろな表情を浮かべているだけだった。




