出撃
「昨日のナタリーさん、泣いてましたね。可哀想でした。」
ハンスがスープを啜りながらそう言った。
「多分覚悟はしてたんだろうけどな。そりゃ辛いだろう。」
僕は固いパンをちぎりながらそう答えた。
「ひどいことをしますね。ル・カメリカ兵は残酷ですよ。」
「いや、我々だって似たようなことをしてるだろう。戦争なんて所詮は殺し合いさ。仲間を殺されたらその報復で相手を惨殺するなんて日常茶飯事だろ。皆おかしくなっちまうのさ。」
僕はちぎったパンをスープに浸しながらそう答えた。そこへペットゲンが会話に加わってきた。
「そういえばバウアー大尉が怪我から復帰するらしいスね? 」
「ああ、もう病院からこちらへ到着されてるんじゃないか? 」
僕はそう言ってパンを口に放り込んだ。湖での残敵の制圧作戦を終えて僕らは占領した敵基地に戻り久しぶりの温かい食事をしていたのだ。敵基地はすっかり我が軍のものとなって増援の戦車や歩兵が続々と到着している。そして頭上には友軍の戦闘機が頻繁に飛び交っていた。おそらく何かまた新しい大規模な作戦が始まるのだろう。僕は頬張ったパンをスープで胃に流し込みながらぼんやりと小さくなっていく戦闘機を見つめていた。
「イーヴォはどこへ行ったんスか? 」
「あいつは俺達の中隊の二号車に乗ることになった。バウアー大尉が復帰されたから俺はまた砲手に戻る。一号車に砲手は二人もいらないだろ? 」
僕は視線を戦闘機からペットゲンに移してそう言った。
「少尉の戦車長もなかなか良かったっスよ! 」
「いや、戦車長の仕事なんて大変だ。俺にはちょっと荷が重いな。砲手もプレッシャーはきついけどまだマシだ。」
僕はそう言うと視線を落としてまたパンを一つ小さくちぎった。思い起こせば僕は戦車長になるチャンスは過去に何度かあったのだ。だが僕は自分に自信がなかったせいか「戦車長になりたい」という意思表示を積極的にせずに軍人生活を送ってきた。今でこそバウアー大尉の部下になってしごかれたお蔭でそれなりの自分の能力への自信がついたがそれまでは僕は本当に頼りない人間だったのだ。バウアー大尉の前に僕の上官だった人間は「こいつは戦車長に向いていない」とおそらく判断していただろうしそれも当然だった。そう思えばこんな頼りない僕を見放さず指導し続けてくれたバウアー大尉にはいくら感謝しても足りないぐらいなのだ。
「でもそのうち少尉は戦車長をやることになるっスよ! バウアー大尉が以前にそんな話をしてたっスよ! 」
「そうなのか? じゃあその時はまた一緒にチームを組んでくれよな? ペットゲン。」
僕はそう言ってまた小さくちぎったパンをスープに浸した。今の僕なら戦車長の仕事も出来るかもしれない、そう思えるようになったのもバウアー大尉のお蔭だ。僕はそのスープの味を吸い込んだパンをまた口に放り込んだ。
「よっ! お前ら! 元気だったか? 」
背後から聞き慣れた大きなエネルギッシュな声がする。バウアー大尉だ。僕とハンス、ペットゲンにオッペルは戦車の横にテーブルを置きその周りに椅子を並べて座って食事をしていたのだが全員が一斉に立ち上がりバウアー大尉の方を向くと敬礼した。
「お帰りなさい! 大尉殿! 」
僕がそう言うと大尉は嬉しそうに笑って敬礼をした。そして全員の顔をぐるっと見渡したあと急に顔を引き締めて言った。
「食事が終わったらいつでも出撃出来るようにしておけ! 俺は今からシラー少将と打ち合わせをしてそれからまた戻ってくる。」
「了解であります! 大尉殿! 」
僕らはそう答えると慌ててパンとスープの残りを胃袋に詰め込んだ。やはり新たな作戦行動が取られるのだ。ここ数日の戦力の大幅な増強は何かあると思わせるものだったがバウアー大尉の言葉でそれがハッキリした。軍部はおそらく最近停滞気味なル・カメリカへの侵攻をもう一度加速させるつもりなのだろう。また激しい戦いになるだろうなと思いながら僕はテーブルと椅子を片付けていた。
「マイヤー少尉! 」
背後からそう呼ばれたので振り返るとナタリーが立っていた。彼女は我が軍に村で飼っている牛から搾った新鮮な牛乳を提供してくれていて基地内を自由に往き来することが許されていた。彼女は美人だし性格も明るいのでマイルヤーナ軍の中で彼女は人気者になりつつあった。
「やぁ、ナタリー。今日も牛乳の配達かい? 」
「ええ、今終わったところなの。ところで今日はいつも以上に随分と騒がしいわね。何かあるの? 」
彼女の態度は昨日辛い目にあっていたことなど微塵も感じさせなかった。本当に心の強い人だと思って感心しながら僕は答えた。
「詳しくは言えないけどね、僕達はこの基地を離れることになるかもしれない。」
僕がそう言うとナタリーの表情がすこし曇った。僕達がル・カメリカの支配からナタリー達コノハ族を解放したことで彼女は僕らに親しみを感じてくれている。それ以上に彼女は僕に好意を持ってくれているのだ。僕は慌てて言葉を付け加えた。
「まぁ離れるといってもすこしの間だけだよ。多分すぐ帰ってこれるさ! 」
僕の取って付けた様な言葉に彼女は何も言わなかった。彼女は淋しげな表情から無理矢理笑みを作るとそのまま僕に背を向けて何処かへ歩いて行ってしまった。
「少尉、いいんですか? 彼女行ってしまいますよ。」
普段はナタリーのことで僕をからかってくるオッペルがこの時ばかりは心配そうに僕にそう言った。だが僕がもうこの町に居られないのはおそらく事実なのだ。彼女との別れは仕方のないことだと思った。
「ああ、いいんだ。さぁ! 出撃準備にかかるぞ! 」
僕は皆に向き直り大きな声でそう言った。すると補給部隊のトラックが僕ら戦車部隊の横を次々と走り抜けていく。間違いない。また大きな戦いが始まるのだ。
出撃準備が始まって二時間程経った時バウアー大尉が僕らのところへ戻ってきた。大尉は僕ら四人を戦車の前に並ばせるとこれから始まる作戦について説明を始めた。
「今から一時間後に我々は出撃する。任務は先行して北北東へ前進する第六軍の側面の援護だ。」
「北北東? 第六軍の目的地は何処です? 」
「それは俺も知らされていない。だがおそらくアマクヤードかもしくはズヤハイゲ辺りまでを狙っているだろう。そうなれば戦争は終わる。」
僕の質問に大尉は淡々と答えた。するとペットゲンが大尉に質問した。
「アマクヤード? ズヤハイゲ? それって街の名前っスか? 」
「まったくお前は不勉強過ぎる。敵の首都とそれに次ぐ二番目に大きな都市の名前さえ知らないのか? 」
大尉が半ば呆れながら言った。ズヤハイゲはル・カメリカの首都でありル・カメリカの中では最大の都市だ。そしてアマクヤードは大きな工場が建ち並ぶ工業都市で人口もズヤハイゲに次いで二番目に多い。この二つの都市を占領してしまえば確かに戦争は終わるのだ。
「マイルヤーナと比べてル・カメリカの国力はやはり強く大きい。戦争の長期化を避ける為にも早いところ敵の喉元にナイフを突きつけて有利な条件で和平交渉を始めたいというのがマイルヤーナの本音なのだろうな。」
確かに敵の物量は凄まじい。こちらの何倍もの戦力を喪失しているというのに敵の攻撃は絶えない。ここ最近はすこし静かだったがおそらく放っておけば敵はすぐに力を蓄えて反撃に移るだろう。立ち直る前に完膚無きまでに敵を叩き潰して戦争終結まで導くというのが今回の作戦の目的のようだった。
「戦争が終わったら……家に帰りたいスね。」
「その通りだ。今回の作戦が上手くいけば早く家に帰れるぞ! ん? 」
ペットゲンと喋っていた大尉が急に僕らの背後の何かに気が付いた。僕らは皆大尉の顔を見ていたが大尉がその後もチラチラと僕らの背後に目を遣るので僕ら全員が後ろを見ようと振り向きかけた時だった。大尉が声を大きくしてこう言った。
「フランツ! 向こうのテントの中に地図を忘れてきた。取ってきてくれ。あとのメンバーは全員戦車に乗り込め! 」
「分かりました。」
僕は大尉が忘れ物をするなんて珍しいと思ったが取り敢えずそう返事をした。僕以外の四人は戦車に乗り込む為に戦車の車体をよじ登ってその身をハッチの中へ押し込もうとしている。僕は一人背後のテントに向かって走り出した。すると不意に僕を呼ぶ声がした。
「フランツ・マイヤー少尉! 」
声のする方向を見るとナタリーが立っていた。僕は立ち止まりナタリーの方を向いた。彼女はゆっくりと近づいてくる。だが表情は淋しそうだった。
「……行ってしまうのですね。」
彼女はやや俯き加減でその一言だけを絞り出すように言った。
「……はい。僕も義務というものがあります。行かない訳にはいきません。」
そう僕が答えると彼女は暫く黙っていたがふと顔を上げて目に涙を溜めて言った。
「私達の為にしてくれたこと、忘れません。ありがとう。そして……死なないで。」
僕は彼女に対してそれほど大したことはしていない。単に彼女達の協力が我が軍に取って有益だと判断したから彼女達を助けただけなのだ。だが今までのル・カメリカの圧政が酷いものだったのであろう。僕が思っている以上にナタリーは僕らのしたことに感謝の念を抱きその感情がいつの間にか僕への愛情に変わってきているのだ。好意を持ってもらえて僕は素直に嬉しかった。僕は彼女の頭にポンと手を置いて言った。
「ありがとう、ナタリー。辛いことがあっても生きていれば何とかなります。平和になればまた会える日が来ますよ。その日までお互いしっかり生きましょう。」
彼女は目に溜めた涙を流して僕の胸に顔を埋めてきた。僕は彼女を抱きしめた。ナタリーのいい匂いがする。暫く抱擁してから僕はナタリーに言った。
「じゃあね、ナタリー。元気でね。」
僕はそう言うとナタリーから身体を離して走り去った。そして僕は一度も振り返らなかった。ナタリーも辛いだろうが僕もこれからはまた激戦に身を投じていつ死ぬのかということに常に怯えながらの生活が始まるのだ。そう思うと僕も涙が出そうだった。
「バウアー大尉、申し訳ありません。テント内を探しましたが地図は見当たりませんでした。何処か違うところに置いている可能性は無いでしょうか? 」
五分後戦車に戻りバウアー大尉にそう報告するとバウアー大尉はニヤッと笑って僕にこう言った。
「すまん! 地図は持っていた。俺の勘違いだったのだ。」
大尉のニヤニヤした顔を見て僕はようやく大尉の意図を察し僕もニヤッと笑い返した。そして僕が戦車によじ登ろうとすると大尉が僕の手を引っ張ってくれた。僕が砲手の席に着くと大尉が全員に言った。
「よし、 すぐに出発だ! バウアー中隊一号車、前進する! 中隊車輌は俺に続け! 」
僕らの四型戦車はゆっくりと進み出した。僕はハッチを開けて周囲の風景を見た。山に囲まれた美しい眺めだった。「生きてまたここへ来て今度はもっとゆっくりと景色を眺めたい」と僕は思った。




