虐殺
「よし、取り敢えずこの軟弱な地盤から脱出しよう。ハンス、いけるか? 」
「やってみます。」
敵の対戦車砲を破壊したとはいえもし新たに敵が来れば動けない戦車など格好の目標に過ぎない。この周辺のル・カメリカ軍の大部分は駆逐されたとはいえ現に少数ながら敵はまだいたのだ。僕は隠れている敵はまだいるのではないか? と思っていたがその嫌な予感は当たった。突然ゴンという音と激しい振動が僕らを襲う。おそらく敵の放った砲弾が僕らの乗る四型戦車に命中してその装甲に弾かれたのだ。僕は叫んだ。
「敵だ! やはりまだいるぞ! 何処だ?! 」
おそらく敵の対戦車砲がカモフラージュされて何処かに隠れているのだろう。だが敵の主力対戦車砲である76.2mm砲は我々四型戦車の装甲など距離が千m以内であれば簡単に貫いてしまうのだ。余程遠いところから撃っているのか? 僕はそう思い目を凝らしたが敵の対戦車砲は発見出来なかった。するとまたゴンという金属同士のぶつかる鈍い音が響く。敵の砲弾が弾かれたとはいえ我々を捉えているのだ。僕は焦った。
「くそっ! 何処だ?! 」
「いましたっ! 左十時の方向! 先ほど破壊した奴のちょい左に別の対戦車砲です! 」
ハンスが叫んだ。だがそれを聞いて僕は疑問を感じた。先ほど破壊した対戦車砲は我々の四型戦車とは距離が七百m程しかなかった筈だ。であれば我々の四型戦車はとうに装甲を貫通されて破壊されている筈だ。だがまだ我々は生きている。僕は不思議に思いながらもすぐに皆に命令を出した。
「イーヴォ、主砲を左十時の方向へ! ペットゲン、榴弾装填だ! そしてハンス、よく見つけてくれた! 」
キューポラから左十時の方向を見てようやく僕は地面スレスレに突き出た敵の対戦車砲の砲身を発見した。そしてその砲身が我々に向かって火を吹くのも見えたが敵の砲弾は今回も四型戦車の装甲に弾き返された。
「イーヴォ、撃てっ! 」
僕が叫んだ直後イーヴォが榴弾を放つ。その榴弾は敵の対戦車砲のすぐ近くに着弾して爆発し対戦車砲兵が吹き飛ばされるのが見えた。
「イーヴォ、よくやった。しかしこの距離で四型戦車の装甲がよくもったものだ。」
「少尉、おそらく今の敵の対戦車砲は旧式の45mm対戦車砲だったのですよ。45mmでは四型戦車の前面装甲は距離七百では貫通出来ませんからね。」
僕の疑問にすかさずハンスが解答を出してくれた。なるほど、確かにそう考えれば辻褄が合う。僕はハンスの冷静な思考力に脱帽だった。そしてそのことを気付けない自分が少し情けなかった。こういった自分の頭の回転の悪さに気が付く度に僕は指揮官というものに自分が向いていないと思う。バウアー大尉のような頭脳明晰な指揮官になりたいと思う気持ちはあるけれども逆にこういう時に大尉のような人と自分との指揮官としての能力の差を痛感させられるのだ。僕は平然を装いながらも内心はひどく落ち込んでいた。
「少尉、破壊した対戦車砲の奥に例の小屋が見えます。どうしますか? 」
ハンスが指示を仰いできた。僕は慌てて頭の中から雑念を振り払うとキューポラからその小屋を観察した。
「おそらく敵兵が潜んでいるだろうな。よし、あの小屋のすぐ近くに榴弾を撃ち込め。」
僕がそう指示を出すとイーヴォが不思議そうな顔をして聞いてきた。
「小屋を吹き飛ばすのではないのですか? 」
「敵が榴弾に恐れをなして降伏してくれたらこちらも戦闘をしないで済むから楽だろう? それに小屋の中にコノハ族の行方不明者が囚われている可能性もある。ここは一発威嚇だ。」
「なるほど! さすが少尉ですね! 」
イーヴォは納得すると早速小屋の近くに榴弾を撃ち込んだ。すると効果は覿面だった。すぐに五〜六人のル・カメリカ兵が手を上げて小屋から出てきた。
「な! 言った通りだろ? 」
内心はここまで効果があるとは思ってもいなかったが僕はさもこうなることを予測していたような得意気な顔でついイーヴォにそう言ってしまった。イーヴォは僕を尊敬の眼差しで見ながらこう言った。
「凄いですよ! 本当に少尉の予想通りですね! 」
それを聞いて僕は自分を「小さい人間だ」と思いながら自嘲気味に笑みを浮かべ投降してくる敵兵を眺めていた。
投降してきた敵兵を連行する為に友軍の歩兵隊が小屋に近づいていくのを僕は軟弱な地盤に埋まって動けなくなった戦車のキューポラからぼんやり眺めていた。友軍の歩兵が小屋に到着すると敵兵は両手を上げた状態で武器を持っていないかを検査されその後連行されていった。だが友軍の歩兵の様子が何かおかしい。双眼鏡で彼らを覗くとどうも僕を呼んでいるようだった。何があったのだろう? 僕は戦車を下りて八百m程離れた小屋までぬかるんだ地面の上を歩いて行った。
「どうした? 」
靴を泥々にしながらようやく小屋に到着して歩兵達にそう尋ねると彼らは顔を強張らせていた。そしてその中の一人の歩兵が僕に言った。
「少尉殿、あれを見て下さい。」
僕は歩兵が指差す方向を見た。彼らが指差したのは小屋から百m程離れた背の高い草が生い茂っている場所だった。だが僕が立っているところからでは草しか見えなかった為僕は近くまで歩いていった。するとひどい異臭が鼻を突いてくる。僕は顔をしかめながら近づいていった。そしてその場所まで近寄ると僕は思わず「あっ! 」と叫んでしまった。僕について一緒に歩いてきた若い歩兵は鼻を押さえながら吐き捨てるように言った。
「嬲り殺したのでしょうね。ひどいもんですよ。」
背の高い草に覆われたその場所は塹壕のような穴が掘られておりその穴の中には何十という人の遺体が打ち捨てられているのだ。男もいれば女もいて皆後ろ手で縛られ裸にされている。そして遺体にはいくつもの痣があり中には刃物で切り刻まれたようなバラバラのものまであった。おそらくコノハ族の行方不明者達であろう。
「……く、狂ってる。」
僕は思わずそう一言だけ呟いて目を背けた。そして一緒にいた若い歩兵に向き直り言った。
「ル・カメリカの捕虜をもう一度ここへ集めろ。奴らにここで死んだコノハ族の人々の埋葬をやってもらう。こちらの命令に従わない者は射殺して構わん! 」
コノハ族に対するル・カメリカ兵の罪は当然埋葬をさせる程度では償えない。だがそれでも僕は彼らル・カメリカ兵に自分達が何をしたのかを分からせてやりたかった。僕は遺体の前にル・カメリカ兵を集めその酷い様をじっくり見させてから死んだコノハ族の人々の為の墓穴を掘らせた。その後僕は周囲を捜索したが生存者はついに一人も見つからなかった。
「……小屋周辺を捜索しましたが生存者は発見出来ませんでした。残念です。」
話を聞いて駆けつけたコノハ族の村長とその息子、そしてナタリーにそう告げると村長は何事かを口走った。ナタリーがそれを通訳してくれる。
「『それは仕方ありません。あなた方はよくやってくれました。感謝しております。』と言っております。私からも重ねてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。」
そう言うナタリーは目が真っ赤だった。惨い殺され方をした遺体はとてもナタリーには見せられなかったので村長とその息子に遺体の身元確認をしてもらったのだがその中にやはりナタリーの従姉妹のデイジーの遺体もあったとのことだった。だがナタリーはそれを聞いても泣き叫ぶようなことはなく気丈に振舞おうとしている。逆にその姿を傍で見ている僕らの方が辛かった。
「それと先ほどル・カメリカ兵が潜んでいた小屋を捜索した時に時計やアクセサリーなんかがいくつか見つかりました。どなたかの所持されていたものだったのではないでしょうか? 」
僕はそう言ってそれらをナタリー達に見せた。腕時計や懐中時計、指輪にネックレスにブレスレッドなど色々な物が出てきたのだ。ル・カメリカ兵が殺した人々から奪い取った物なのであろう。ナタリーはその中から一つの指輪を選んで手に取った。彼女はその指輪を眺めていたが暫くすると涙を堪えきれなくなりついにしゃがんで泣き出してしまった。僕らが黙って泣いている彼女を見つめていると彼女は立ち上がって声を振り絞った。
「……ごめんなさい。この指輪、デイジーがしていた指輪です。でも遺品が見つかっただけでも……本当に良かった。」
彼女はそこまで言葉を発したがそれ以上はもう無理だった。村長が彼女に何か言葉を掛けている。だが今の彼女に何を言ってもその悲しみを和らげることは出来ないだろう。僕は泣いて立ち尽くしている彼女をただ見つめることしか出来なかった。




