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掃討

「よし、捕虜は全員そこへ一列に並ぶんだ! 手は上げたままだぞ。変な素振りをしたらすぐに射殺する! 」

歩兵隊の指揮官がそう言って投降してきた敵兵を草むらから連行してすこしひらけた場所へ集めていた。捕虜となった敵兵は皆不安そうな表情を浮かべながら我々の指示に従っている。その中には年齢は若くまだ子供のように見える兵士すら何人かいた。おそらくイーヴォやペットゲンよりも若いであろう。あどけなさの残る顔に恐怖の表情を浮かべている彼らを戦車のキューポラから見ているとすこし可哀想にも思えてくる。だが僕は彼らを眺めていて「おや? 」と思うことがあった。彼ら捕虜のほとんどが腕時計をしているのである。今の御時世では腕時計は高級品で誰しもが持てるものではない。僕はそのことが気になってハンスにふと聞いた。

「ル・カメリカ兵は皆腕時計をしているな。ル・カメリカは金持ちが多いのか? 」

「少尉、何を言ってるんです? ル・カメリカの富裕層なんて全体のほんの一握りですよ。あんな末端の兵士達は貧しい家の人間ばかりです。腕時計なんて買える訳ないですよ。」

「俺も腕時計なんて持ってないスよ。高いっスもん。」

ハンスに続いてペットゲンもそう言った。では奴らがしている腕時計は一体何なのだろう? 僕は周囲に敵の狙撃兵がいないことを確認してから戦車を飛び降り捕虜の敵兵士のところへ歩いていった。

「どうされました、 少尉殿? 」

突然戦車を降りて歩いてきた僕を見て歩兵隊の指揮官である軍曹が何事かと僕にそう尋ねてきた。

「いや、ちょっと気になることがあってな。」

僕はそれだけ言うと近くを連行されていた捕虜の一人を立ち止まらせその捕虜の左腕を掴んだ。その捕虜はまだ若い男で僕が何をしようとしているのか分からず驚き怯えていたが僕は構わずその男の軍服の裾を捲り上げた。

「やっぱりな。軍曹、これを見てくれ。」

僕はこみ上げてくる怒りを抑えながら軍曹にそう言った。軍曹は僕が指し示す捲り上げられた軍服の裾の下に光るものを見て「あっ! 」と驚き言った。

「こ、これは! マイルヤーナ製の腕時計です! 」

「そうだ。おそらくこいつがマイルヤーナ兵の死体から盗んだのだろう。このル・カメリカの豚野郎め! 」

僕がそう言って睨みつけるとその捕虜は涙目になって何事かを喋りだした。だがル・カメリカ語なので何を言ってるのかさっぱり分からない。僕はオッペルを呼んで通訳させた。

「この時計は戦前に買ったものだ、と言ってます。欲しいなら差し上げます、とも言っています。」

「なんだと! 」

僕は見え見えの言い訳に思わずカッとなってその捕虜の顔面にパンチを喰らわした。捕虜は倒れて鼻血を流している。僕は軍曹に言った。

「こいつらはハイエナだ! こいつらが略奪したものは全て取り上げろ! このことをシラー少将に報告することも忘れるな! まったく、連行などやめてここで射殺してやりたいぐらいだ! 」

頭に血が昇っている僕をオッペルがなだめた。だが僕はなかなか怒りが収まらなかった。死んだ兵士の私物を盗むという行為が僕には許せなかったのだ。

「少尉、落ち着いてください。」

オッペルはそう言って煙草を一本差し出した。僕はその煙草を受け取ってオッペルに火を着けてもらった。煙草の煙を吸い込んで吐き出すと自分の中の怒りも身体から煙と一緒に出ていくように感じてようやく僕はすこし落ち着いてきた。そんな僕を見てオッペルが言った。

「少尉がそんなに怒っているのを初めて見ましたよ。」

「そうか? でも確かに俺は人前で怒るのは年に二回ぐらいしかないからな。お前はそのうちの貴重な一回を見たって訳だ。」

ようやく僕が冗談を言う余裕が出てきた時不意に僕らの背後にキューベルワルゲンが到着した。捕虜の連行をするには小さい車だなと思いながら目を遣るとその車の後部座席にはコノハ族の村長とナタリーが乗っていた。僕らが驚いてナタリーを見ていると彼女は笑って手を振ってきた。

「マイヤー少尉! 」

「どうしたんだい? こんなところへ村長も一緒で何の用だい? 」

僕がそう尋ねると彼女は車を降りて僕に近づいてきてこう言った。

「隠れているル・カメリカ兵の掃討をシラー少将にお願いしたのは私達なのです。ですがこの辺りは複雑な地形なのでル・カメリカ兵が息を潜めて隠れることが出来る場所がいくつかあります。そういった場所も全て索敵しなければル・カメリカの脅威が無くなったとは言えません。そのことをシラー少将にお話したら少将は私達に現地に行って敵の潜んでいそうな場所をマイヤー少尉に教えてやってくれないか? と言われたのです。それで来たのですよ。」

「ここまで協力してくれるあなた方には何かお礼をしなければなりませんね。ありがとう、ナタリー。」

僕がそう言うと彼女はニコッと微笑んだ。それを見ていたオッペルが小声で僕にだけ聞こえるように言った。

「絶対あの娘は少尉に惚れてますよ! 」


ナタリーに話を聞くと僕らの目の前に広がる背の高い草むらをこのまま進んで行くと湖があるらしくその湖の畔に小さな小屋があってそこにル・カメリカ兵がいるということだった。そのことを聞いていなければ僕らは小屋に行くこともなく今の時点で掃討作戦を終了していたであろう。小屋が建っている場所は周辺より低いところにあって小屋はなかなか見つけにくいということだった。ナタリー達から小屋の場所についての説明を一通り聞いていよいよ出発する直前に僕はナタリーに声を掛けた。

「その小屋からル・カメリカ兵を追い出せば君達もひとまず安心だね。」

「……はい。あ、少尉、一つお願いがあるのですが……」

「何だい? 」

「実は私達の村からは過去に何人も行方不明者が出ているのです。その中には私の仲の良かった従姉妹もいます。私達はル・カメリカ兵の仕業だと思っているのですがそのことを確かめる術はありませんでした。」

「その小屋で監禁されているかもしれないってことかい? 」

「……おそらくそうだと思います。もしくはもう殺されてしまっているかもしれません。」

彼女はそこまで言うとはらはらと涙をこぼした。ナタリーの従姉妹が行方不明ということなど勿論僕らは知らなかったし彼女はおそらくそのことを真っ先に僕らに言って捜索して欲しかった筈なのだ。そのことを胸の内にひた隠しにして振舞っていたナタリーのことを考えると僕はとても切ない思いがした。僕はナタリーの肩に手を置いて言った。

「従姉妹の名前と年齢は? 」

「デイジーといいます。歳は十七です。」

「分かった。もし彼女を見つけたら真っ先にナタリーに伝えるよ。ここで待っていてね。」

声を震わせている彼女にそう言うと僕はオッペルの方を向いて言った。

「そろそろ出発するぞ! 」

「了解です! 」

オッペルはそう大きな声で返事をした後僕にまた嫌味っぽく小声で言った。

「いいなぁ、少尉ばっかりモテモテで。」


我々は四型戦車を先頭にその後ろを歩兵隊を乗せた装甲車を引き連れて草むらの中を前進した。草むらの中に潜む敵兵からの待ち伏せ攻撃に警戒しつつの前進だったが幸いそれはなかった。

「少尉、目標の小屋は見えますか? 」

ハンスが聞いてきた。ハンスの座る操縦手の席は低い位置にあるので草むらに視界を遮られているらしかった。

「いや、草しか見えないな。もうすこし前進してみよう。」

僕はそう言ってさらに戦車を前進させた。すると前方の草むらの奥に何か木造の建物の屋根らしきものがチラッと見えた。おそらく小屋だ!

「見えたぞ! 真っ正面に屋根が見えた! うわっ! 」

小屋が見えたと思って僕が叫んだその次の瞬間だった。戦車が急に前のめりになった。それはまるで落とし穴に戦車ごと落ちたような感覚だった。僕は頭を強かに戦車の装甲にぶつけてしまった。

「痛っ! くそっ! 何が怒ったんだ? 」

オッペルが怒って言った。オッペルもどこか強くぶつけたらしい。

「どうも段差になっていたようです。一m程の段差を我々は落ちたようですよ。」

ハンスが冷静にそう言った。僕がキューポラから周囲を見渡すと草むらはなくなっていて戦車は若干前のめりに傾いて軟弱な地面にすこし埋まっているようだった。戦車はエンストしてその動きを完全に止めている。

「結構柔らかそうな地面だな。脱出出来るか? 」

僕はそう言ってふと前を見た。すると正面に敵の対戦車砲が一門見えたのだ! 僕は恐怖で背中が凍りつくような感覚を覚えながらも皆に叫んだ。

「前方に敵対戦車砲だ! 榴弾装填しろ! イーヴォ! 仰角いっぱい! 」

「こりゃヤバいっス! 」

ペットゲンが僕の声から鬼気迫るものを感じたのかそう言って慣れた手つきで榴弾を装填する。だがイーヴォの方は凍りついたように動かない。

「距離七百だ! イーヴォ! 早く照準しろ! 」

イーヴォは実戦は初めてなのだ。突然の会敵に混乱するのは分かるが今はそんなことを言っていられない。僕は思わずイラっとしてイーヴォの座っている砲手席を後ろの戦車長席から蹴ってやろうかと思った。だがようやくイーヴォが照準を始める。すると敵の対戦車砲の方が照準するのが早かったらしく我々の四型戦車のかなり至近距離で爆発が起きて車体が大きく揺れた。

「うわぁ〜! 」

悲鳴が車内を飛び交う。僕もあまりの衝撃の凄まじさに一瞬命中弾を喰らったのかと思った。だが戦車は無事のようだった。今度はこちらの番だ。僕はイーヴォに自分の心の中のイライラを隠すように努めて優しく言った。

「頼んだぞ、イーヴォ。」

次の敵弾はおそらく僕らの四型戦車を捉えるだろう。それまでに敵を撃破しなければ待っているのは死だ。僕らの命はイーヴォに託された。僕は祈るような気持ちでイーヴォが射撃するのを待った。だがイーヴォはなかなか撃たない。一秒一秒が物凄く長く感じられる。敵の対戦車砲はいつ次弾を撃ってきてもおかしくないのだ! 「早く撃て! イーヴォ! 」と僕は心の中でイライラしながら何度も叫んでいた。

「早く撃て! 」

オッペルが我慢しきれずそう怒鳴った瞬間だった。ドォーンと音がして四型戦車の75mm砲がようやく火を噴いた。

「よくやったぞ! イーヴォ! 」

僕は思わず叫んでいた。イーヴォの放った榴弾は敵の対戦車砲のかなり至近距離に着弾して爆発し敵の対戦車砲兵にダメージを与えたようだった。また爆発のショックでこちらを狙っていた敵の砲口の向きがすこしずれたのも見て取れた。これなら敵はすぐに反撃出来ない。

「イーヴォ! 止めを刺せ! 」

イーヴォが再び榴弾を放つ。その榴弾は敵の対戦車砲を直撃した。爆発が起こって対戦車砲は吹き飛んだ。

「敵対戦車砲一門撃破。お前の砲手としての筆下ろしは何とか無事終わったな。」

僕がそう言うとペットゲンが続いた。

「なかなか撃たないからヒヤヒヤしたっスけどね。」

「確かにな。だが最初はあんなものだ。お前も筆下ろしの時は苦労するぞ、ペットゲン。」

「うるさいっスよ! 」

僕がペットゲンをからかっているのを聞いて皆笑った。さっきまでの殺伐とした雰囲気は一転し車内には安堵感が漂っていた。良かった、何とか全員生き残れたのだ。

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