制圧
「ちっ、雨が降ってきたな。こいつは屋根がないからびしょ濡れだな 。」
「バウアー大尉、後ろにシートを積んでるんですぐにそれで頭上を覆いますよ。今日は寒いしこんな日に雨ざらしでは風邪を引いてしまいます。ナウマン、手伝ってくれ。」
僕とナウマンは慌ててシートを頭上に広げて雨が自分達を濡らさないようにした。僕らが今乗っているマーダーⅡは戦車ではない。履帯を備えた車体の上に75mm対戦車砲を搭載した自走砲と呼ばれる兵器なのだ。車体の上に載せられた対戦車砲の周囲には薄い鉄板が前方と左右にあるだけで後方と上部には何もなく開けっ広げになっておりそこが戦車との大きな違いだった。同じ口径の主砲を持つ四型戦車とは防御能力ではかなり差があるのだ。また四型戦車の主砲は三百六十度旋回するのに対しマーダーⅡは車体前方の限られた範囲しかその主砲を動かせない。その範囲外の敵には車体ごと旋回して攻撃するのだ。そこも戦車と自走砲の大きな違いの一つだった。
「結構降ってきましたね。視界が悪い。」
「確かにな。だがもうすぐこのルートは抜けれる筈だ。頑張れよ、ハンス。」
時間は夜明け前の朝の五時で周囲はまだ暗かった。ハンスはすこしでも進路をずれればたちまち周囲の生い茂った木にぶつかってしまいそうになるほどの細い道を数時間一人で運転してきたのだ。かなり疲れているだろう。僕はハンスを励ました。するとナウマンが誰に話しかける訳でもなくボソッと呟いた。
「今日はオッペルの野郎がいないから静かだな。」
するとその言葉にバウアー大尉が反応した。
「そうだな。あいつがいるとうるさくてイラっとすることが多いがいないと寂しいものだ。だがあいつも今頃陽動部隊の方で頑張っているだろう。ゲッハ中尉にいじめられてそうだがな。」
敵の後方からの奇襲部隊の指揮をバウアー大尉が取ることになった為僕らは今回の作戦で急遽大尉と一緒にマーダーⅡに乗り込むことになったのだがマーダーⅡは四人乗りの為オッペルだけが一人陽動部隊の方に回されて違う戦車に乗ることになったのだ。オッペルは「たまには違うメンバーと戦車に乗るのもいい気分転換になります。」と言っていたが目は寂しそうだった。
「お、道がすこし広くなってきたぞ! 全員周囲を警戒しろ! 」
大尉が不意に僕らにそう言った。すると今まで車幅が約二.三mのマーダーⅡがなんとか通れていた狭い道が幅五m程の道に突き当たっているT字路に我々は辿り着いた。
「コノハ族の話ではこの広い道を左に二km程行けば敵の基地がある筈です。」
僕がそう言うとバウアー大尉が地図を見ながら答えた。
「いよいよ敵基地だな。よし、斥候を出すぞ。敵基地の状況をまず調べる。だがいつ敵が出てくるか分からん。全車警戒を怠るなよ! 」
大尉のその言葉で歩兵部隊の一部が装甲車を降りて徒歩で敵基地へと近づいていった。そして我々自走砲部隊はその報告を待つことになった。もう敵は目と鼻の先だ。
「大尉殿、報告致します。敵基地はこの先一.五kmのところにあり戦車の姿は認められません。長距離無線機の故障の為友軍への連絡が出来ず重砲の援護は期待出来ませんが我々奇襲部隊の戦力だけでも敵基地攻略は可能かと思われます。」
斥候に出ていた歩兵がそうバウアー大尉に報告した。敵の戦力が弱っているというのはコノハ族の情報通りだったが元々の作戦の筋書きでは陽動部隊が正面からの攻撃を開始して敵の注意を引きつけている間に重砲隊が敵基地への攻撃位置につく。そして敵後方に回り込んだ我々奇襲部隊が敵基地の所在を確認し重砲隊にその位置を知らせた後重砲隊が敵基地に砲撃を加える予定だった。その後砲撃を逃れた敵に我々奇襲部隊が攻撃を加えて殲滅し敵基地を占領する予定だったのだ。陽動部隊との連絡の為に長距離無線機を一台装甲車に積んで持ってきていたのだがその無線機がまさか故障するとは誰も想像していなかった。本来であればそれぐらいのことは想定しておくべきだったのだろうが今更それを嘆いてもどうしようもない。バウアー大尉は黙って考えていたが暫くすると遠くから榴弾の炸裂する音が聞こえてきた。陽動部隊の攻撃が始まったのだ。
「よし、我々奇襲部隊だけで敵基地を攻撃しよう。一型自走重歩兵砲の榴弾を敵基地に叩き込むぞ! 全車戦闘準備! 」
敵の戦力が予想通り少ないことと友軍の陽動で敵が浮き足立っている今のタイミングを逃すまいと考えたのだろう。バウアー大尉は攻撃の指示を出した。一型自走重歩兵砲が榴弾を装填し砲撃準備を始める。その間に歩兵隊も敵基地周辺に移動した。歩兵の敵基地包囲完了の報告が入るといよいよ砲撃が始まった。
「撃てっ! 」
バウアー大尉の掛け声が響き続いて榴弾が発射され敵基地めがけて飛んでいった。数秒の後敵基地の方向から爆発音が聞こえる。するとすぐに散開した歩兵隊から砲弾が目標からどれぐらいずれて着弾したかを知らせる連絡が入った。砲撃位置からは敵基地が見えない為歩兵が砲兵の目の役割をしてくれるのだ。一台しかない長距離用の無線機は故障しているが各装甲車や自走砲に装備している小型の無線機は使用可能なので重歩兵砲を操る砲兵と歩兵隊は頻繁にやりとりを繰り返していた。そして数発の榴弾が発射された後に無線機から歩兵の大きな声が響いた。
「敵の倉庫と思われる建物に榴弾が直撃したぞ! 炎が燃え盛ってる! 敵は完全にパニックに陥っているぞ! 」
それを聞いてバウアー大尉は言った。
「よし、マーダーⅡは全車前進。歩兵隊はマーダーⅡの到着を待って敵基地への突入を開始する。重歩兵砲は合図するまで砲撃を続けろ。」
ハンスがギアを入れ我々のマーダーⅡは前進を始めた。雨はさっきより小降りになっていて視界は若干良くなっていた。暫く進むと炎と黒煙に包まれた敵基地がうっすらと見えてきた。バウアー大尉は敵の反撃がないこともあり思い切って敵基地に近づいていった。敵基地は重歩兵砲の砲撃の為に建物は崩れて黒煙を吐きその中を敵兵が逃げまどっていた。だが砲撃を逃れた敵兵には基地を包囲している友軍の歩兵隊からライフルやマシンガンの銃弾が容赦無く浴びせられる。敵基地内には死体が溢れていた。大尉はそれを見ながらまた命令を出した。
「敵基地まで距離二百mだ。重歩兵砲は砲撃を止めよ。マーダーⅡは全車トラベリングロック解除! いつでも撃てるようにしておけ。」
すると敵兵はマーダーⅡの存在にようやく気が付きこちらに向かって発砲してきた。マーダーⅡは装甲が脆弱な為対戦車ライフルなどの強力な歩兵携行武器による攻撃は我々搭乗員にとって非常に脅威だった。大尉がまた大声を張り上げる。
「全車敵火点に向けて榴弾発射! 抵抗する奴は全員殺せ! 」
敵兵の潜む塹壕には容赦なく榴弾が撃ち込まれた。そして敵兵が隠れている建物は全て建物ごと吹き飛ばされた。
「敵部隊沈黙! 抵抗はありません! 」
「うむ。」
ハンスの叫び声に大尉は頷いた。だがその直後歩兵隊からの連絡が入り無線機から大きな声が聞こえた。
「敵戦車四台! 基地の奥から出てきました! マーダー隊の方へ向かっています! 」
「全車徹甲弾に切り替え! そのまま待機! すぐに敵戦車が来るぞ! 」
僕は大尉の声を聞きながら照準器を覗き込み敵戦車が現れるのを待った。するとすぐにI-34が姿を見せた。距離は二百m。先に当てた方が勝ちだ。
「フランツ、頼むぞ。全車射撃開始! 」
大尉のその言葉の後僕は狙いを定めていた先頭のI-34に砲撃を加えた。この距離ならばI-34のどの部分に当たっても75mm砲弾はその装甲を貫通出来る。I-34は全面装甲を貫かれたようで大爆発を起こした。他のマーダーⅡも射撃を始め敵戦車は次々に破壊されていった。
「フランツ! 一台逃げるぞ! 」
「逃がしませんよ! 」
大尉の言葉を聞く前から僕はその逃げ出そうと後進し始めたI-34に狙いを定めていた。僕が徹甲弾を放つとそのI-34は煙を吐いて敵基地内のとある建物の残骸に突っ込みその動きを止めた。ハッチが開き中の戦車兵が外に逃げ出そうとするが彼らは友軍の歩兵隊のマシンガンの餌食になった。こうして敵戦車はあっと言う間に全滅してしまった。
「流石だな! 天才的な射撃の腕前は健在のようだ、フランツ。よし、歩兵隊は基地内ヘ突入せよ。敵の抵抗はほぼないがまだ生き残りがいるかもしれん。完全に制圧したことが確認出来るまでは気を抜くな! 」
大尉の命令で歩兵隊が敵基地内ヘ走っていく。散発的な抵抗はあったものの敵基地はその後一時間ほどで完全に沈黙した。
「呆気ないものだ。数日前までは戦力が少ないと言って敵の攻撃からの防御のことばかり議論していたのにな。敵も戦力不足で苦しかったのだ。こりゃ情報をくれたコノハ族には金一封でも贈らなければならんな。」
大尉が冗談を言って僕らは笑った。僕らは目的である敵基地の占領を果たしたことでホッとして車内は安堵感に包まれていた。だがその安堵感を吹き飛ばすような爆発が背後で起こった。そして無線から絶叫が鳴り響く。
「こちら重歩兵砲隊! 敵の攻撃を受けている! うわ〜っ! 」
無線はそこで途切れまた大きな爆発音が響いた。敵の反撃が始まったのだ。マーダーⅡの車内から笑顔が消えた。




