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コノハ族

「少尉、こいつら、『この部屋に入れ』と言ってます。」

ライフルを構えたレジスタンスらしき男が銃口を向けながら僕らに「急げ! 」というようなしぐさをしている。僕を先頭にしてオッペル、ハンス、ナウマンの四人は両腕を後ろで縛られたままとある建物の中の狭い部屋に入っていった。

「やっと目隠しだけは外してくれたな。」

部屋に入って扉が閉められるとナウマンがポツリと言った。僕達四人は捕まった後すぐに黒い布を目の周りに巻かれて視界を奪われた。そしてそのまま一時間ぐらい歩かされてようやくつい先ほどその目隠しを外されたのだ。周囲を見渡すと僕らは古いコンクリート造りの建物の中にいるようでその中の一つの狭い部屋に詰め込まれることになった。

「臭い部屋だぜ。」

ナウマンが吐き捨てるように言った。ナウマンはそう言いながら何度も後ろ手に縛られたロープを解こうと腕を振ったがそれは徒労に終わった。僕も何処か脱出出来るようなスペースが無いかと狭い部屋を片隅まで探したがそれも無駄だった。

「あいつらはレジスタンスでしょうか? 」

不安そうな顔でハンスが僕に聞いてきた。

「そんな感じだな。だから余計厄介かもしれん。捕虜に対する人道的な扱いをしてくれ、と言ったところで何処まで理解してくれるのか分からないからな。」

僕がそう言うとハンスは不安げな顔をした。オッペルも泣きそうな顔をしている。僕もそんな台詞を口にしながらも恐怖の為足がすこし震えていた。その震えを皆に気付かれないようにするのが僕に出来る精一杯のことだった。僕らの中では唯一ナウマンだけが落ち着いているように見えた。そして五分程経つとまた部屋のドアが開いて男が二人と女が一人入ってきた。男のうち一人は背が低く腰の曲がった年老いた男でもう一人の男は背が高くてがっしりした体格をして手にはライフルを持っている。僕ら四人の中ではナウマンが一番筋肉質だったが二の腕の太さではその男はナウマンにも負けていなさそうだった。そして唯一の女は若いが目つきが妙に鋭くて僕らをジロジロと見回している気の強そうな女だった。いよいよ拷問でも始まるのか? と身構えていたら年老いた男が何かを言った。オッペルが通訳する。

「『指揮官は誰か?』と聞いてます。」

「俺だ。フランツ・マイヤー少尉だ。」

僕がそう答えてオッペルが通訳するとその男は僕に向き直ってまた何事かを言った。

「『君達はあそこで何をしていたのだ? 』と聞いてます。」

「この付近に友軍の飛行機が墜落したのでそのパイロットの救出に来た。」

僕は咄嗟に出鱈目を言った。だがその男は僕の返答にはあまり興味が無いように今度は違う質問をしてきた。

「『マイルヤーナ軍はヤシアリバーの東でル・カメリカ軍の攻撃を受けて殲滅されたのではないのか? 君達は逃亡兵か? 』と聞いてます。」

その年老いた男の言っていることを聞いて僕ら四人は困惑して顔を見合わせた。ヤシアリバーの東に橋頭堡を築いた我々に攻撃を仕掛けて見事に撃退されたのはル・カメリカ軍の方なのだ。彼が言っていることは真逆だった。レジスタンスであればマイルヤーナとル・カメリカの戦いの動向など把握していてよさそうなものなのに彼はそのことについて全く真実を知らないのだ。僕はそのことについては本当のことを言った。

「我々は逃亡兵などではない。戦況はマイルヤーナ優勢だ。現にル・カメリカ軍の反撃は撃退された。ヤシアリバーの東の平原に行けばル・カメリカ軍の戦車の大量の残骸がある。そのことを君達は知らないのか? 」

僕がそう言ってオッペルが通訳するとその男は一瞬驚いたような表情を浮かべた。だがすぐにその表情を元に戻して我々に尋問を続けた。

「『老人に乱暴したというのは本当か? 』と聞いてます。」

「我々は倒れていた老人を見つけて応急措置を施しただけだ。疑うなら我々の乗っていた車に積んでいる包帯とあの老人に巻いている包帯が同じものだということが調べてもらえば分かる筈だが。」

僕がそう言ってオッペルがそのことを伝えるとそれまで何も喋らなかった背の高い男が急に大声を出して僕らのいる部屋の外にいる人間に何かを指示した。どうも僕の言ったことが本当なのかどうか確かめさせているようだった。その後また背の低い年老いた男が僕らに口を開いた。

「『では何故あの老人を助けた? 』と聞いてます。」

「では逆に聞こう。君達は見ず知らずとはいえ年老いた人間が倒れているのを見て助けようとは思わないのか? 我々マイルヤーナの人間にとってそれは普通のことだ。勿論その時々の状況というのもあるが出来る限りのことを我々は弱者に施すのだ。」

僕が言ったことを聞くと相手のその男は黙ってしまった。そして暫くすると部屋の外から別の人間が部屋に入ってきて何事かをその男に耳打ちしている。耳打ちが終わるとその男がまた部屋の外にいる別の誰かに声を掛けた。すると部屋に二人の子供が入ってきた。

「あっ! 」

声を掛けられて部屋に入ってきた二人の子供を見て僕ら四人は思わず声を上げた。その子達は僕らが先程道中にパンを与えた男の子と女の子だったのだ。女の子の方が僕らを見てから背の低い年老いた男に向き直り何かを訴えかけている。男の子の方も何かを思い出したように大きな声で喋り出した。僕らはキョトンとしてその様子を見つめていた。すると目つきの鋭い女が急にマイルヤーナ語で僕らに語りかけてきた。

「この子達があなた方からパンを貰ったと言っています。どうやらあなた方は本当にル・カメリカ軍ではなくマイルヤーナ軍の方なのですね。ル・カメリカ軍でそんなことをする人間はいません。」

その女の目つきは先ほどまでの鋭いものではなく優しいものに変わっていた。彼女達の表情の変化に戸惑って僕は事態がよく飲み込めなかった。するとオッペルがその女に質問をした。

「マイルヤーナの言葉が分かるのですか? 」

その女はニコッと微笑んで頷いた。だがすぐにすこし申し訳なさそうな顔をしてから口を開いた。

「はい、分かります。私はマイルヤーナ語を勉強していましたから。あなた達全員がマイルヤーナ語を使っていることと所持品が全てマイルヤーナ語で書かれていることは私が確認をしました。こんな目に会わせてごめんなさい。ル・カメリカ軍のスパイの可能性もあると思ったから私達も慎重になっていたのです。すぐにあなた方の両腕を縛っているロープを外しますね。」

そう話すその女は実は結構な美人であることを僕はその時初めて気が付いた。人間なんていうものはその時々の表情で印象が随分変わるものだと僕はつくづく思った。茶色い肩にかかるぐらいの髪の毛が綺麗な笑顔の素敵な女性だった。先ほどまでの気の強そうなイメージは今は微塵も感じられなかった。そして暫くすると背の高い方の男が僕ら全員のロープを解いてくれた。

「あなた達は反マイルヤーナのレジスタンスではないのですか? 」

ハンスがおどおどしながら聞いた。するとその女性は微笑んでいた表情をすこし引き締めてから話を始めた。

「違います。私達はコノハ族といってヤシアリバー周辺からこの一帯にかけて生活しているル・カメリカの中の少数民族なのです。私達は長い間人種差別を受けてきました。私達の祖先は奴隷として売買され農地の開拓といった重労働を死ぬまでやらされたりしました。その不当な扱いは長く続き私の親の世代ですら未だに農奴として低賃金で労働を強いられている人が大勢いるのです。あなた達の祖国や諸外国では農奴制などとっくの昔に廃止されているというのに。」

悲しげにそう話す彼女は名をナタリーといい彼女の両親もまた農奴として働かされていたとのことだった。だが彼女の両親は懸命に働いてお金を貯めて彼女が教育を受けることを必死にサポートしたのだという。彼女の両親が働いていた農地の領主が農奴に理解があり彼女の勉学に努める姿勢に理解を示してくれたことが非常に幸いだったと彼女は話した。

「ですがそんな理解のあった領主様も事故で亡くなり私の両親は別の領主のところで働くことになりました。私も本来であればその新しい領主のところへ帰るべきだったのですが私の両親がうまくその新しい領主に話をしてくれて私は農奴から解放されたのです。そこで私は故郷とも言うべきこの地域に帰ってきました。」

彼女の話すマイルヤーナ語は非常に流暢だった。おそらく彼女はだいぶ勉強したのだろう。彼女の頭の良さが言葉を通して自然に伝わってくる。彼女は続けた。

「ですがこの地域には農奴になることを免れたコノハ族が細々と暮らしているだけです。ル・カメリカから重税を課せられ人々は貧困に喘いでいます。生活の改善を主張しようとすれば体制に反対する政治犯と見なされ処刑されてしまう。私達はそんな状況に泣き寝入りするしかありませんでした。」

「そんな時に戦争が起こった訳だね? 」

僕がそう言うと彼女は頷いて話を続けた。

「その通りです。そして事態はもっと悪化しました。戦争が始まってこの土地まで進駐してきたル・カメリカ軍が私達にさらに酷いことをしてきたのです。何もしていない私達に暴力を振るい略奪などは日常茶飯事です。そのことに抗議した人間はまるで虫けらのように殺されました。私達は彼らに人間としては見られてはいないのです。」

彼女の表情は悲しみに満ちていた。だが彼女はその悲しみを振り払うかのように僕に向き直り力強く訴えてきた。

「少尉さん。お願いです。助けて下さい。私達をル・カメリカ軍から解放して下さい。そして私達に人間らしく生きる権利を与えて下さい。」

よほど辛い思いをしてきたのだろう。彼女の言葉には切実なものがあった。だが僕らは四人しかいないし僕らだけでは何も出来ない。それに彼らに対してマイルヤーナ軍がどう接するのかは僕らだけでは当然決められなかった。僕がそのことを正直にナタリーに言おうとした瞬間だった。部屋のドアが開いて今度は若い男が入ってきた。かなり慌てながら何事かを口走っている。それを聞いたオッペルが青い顔をして僕に言った。

「『ル・カメリカ軍が来た』と言っています! 」

僕は頭の中が真っ白になった。

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