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副官

敵の攻撃を退けた翌朝にようやく友軍の増援が到着した。三型戦車が二十四輌に四型戦車が六輌の合計三十台の戦車と75mm対戦車砲や野砲が二十門程装甲車に牽引されてきた。その後ろを燃料、弾薬、食糧を満載したトラックが数台続く。I-34相手に戦い続けて消耗し動く戦車が三台しかなく物資も不足しかかっていた第七装甲師団にとってその増援はまさに心強かった。我々は急いで陣地内にある破壊された戦車や野砲の残骸を撤去しそこに新たな戦車や対戦車砲、野砲を配備して敵の襲来に備えた。だがまたI-34の大軍や昨日のような怪物が攻めてくれば三十台の戦車の増援なぞすぐに消耗してしまう。四型戦車や75mm対戦車砲の数がもっと増えてくれればいいのだが現実にはそういう訳にはいかなかった。少ない戦力でいかに損害を抑えて効果的に敵の攻撃を退けるかということが第七装甲師団の課題となっていた。そして僕はその日自分の乗る四型戦車に補給の為、新たに届けられた75mm砲弾の入った木箱を運んでいるところをバウアー大尉に呼び止められた。

「フランツ、ちょっといいか? 」

「いいですよ、どうしました? 」

僕は持っていた木箱を地面へ置いて大尉の方に向き直った。夜明け前にすこし雨が降ったので足下がぬかるみその上を重たい75mm砲弾の入った木箱を運んでいたので僕は汗びっしょりになっていた。季節が春になり気温も上がってきていて今日は暑いぐらいだった。

「一応言っておこうと思ってな、ドーレ大尉が戦死したので俺が第七装甲師団の戦車隊の指揮官を任されることになった。」

大尉は煙草を取り出してライターで火を付けながらそう言った。

「良かったじゃないですか! 昇進ですね、おめでとうございます! 」

戦死したドーレ大尉も有能な人ではあったが僕は以前からドーレ大尉よりもバウアー大尉の方が指揮能力には長けていると思っていた。だから今の話を聞いてバウアー大尉が全体の指揮を取ることになれば部隊もよりまとまると思ったし何より普段から自分が全幅の信頼を寄せるバウアー大尉が偉くなるのだ。嬉しくない訳がなかった。僕がニコニコしているとバウアー大尉は言葉を続けた。

「それで今日から俺の副官を務める男が着任した。だがその男は戦車隊に配属されるのは初めてらしいから上手くサポートしてやってくれ。その辺にいる筈だ。」

「分かりました。その人の名前は何というんですか? 」

「名前は聞いたんだがな、忘れてしまった。すまん。階級は中尉だったと思う。小太りで俺達よりずっと年上だったぞ。」

そこまで言うと大尉は一度大きく煙草の煙を吐き出した。そしてまた煙草を咥えて話を続けた。

「今後の第七装甲師団戦車隊の取るべき細かい行動に関してはその男に全て指示を伝えてあるから確認しておいてくれ。ちなみにお前のこともその男には言ってある。頼りになる男だとな。で、俺は今からシラー少将と打ち合わせだから後は上手くやっておいてくれ。じゃあな、頼むぞ。」

大尉はそれだけ言うと煙草を足下にポイと投げ捨てて走り去ってしまった。大尉も戦車隊の長になったということでこれから戦闘の指揮以外でも忙しくなるのだろうなと僕は大尉の後姿を見ながら思った。大尉の姿が見えなくなると僕は地面に置いていた木箱に向き直りまたそれを運ぼうとした。その時だった。

「君がフランツ少尉かね? 」

不意に後ろから声を掛けられ振り向くと見知らぬ男が立っていた。中尉の階級章を付け小太りで背が低い。僕はその人が今バウアー大尉の話していた人だとすぐ分かった。

「はい、そうです。あなたが今日着任された副官の方ですね、中尉殿。」

僕はそう言って微笑んで敬礼をした。中尉も僕に敬礼をしてきた。するとちょうどそこへ副官のことなど何も知らないオッペルが通り掛かった。オッペルは通信機のメンテナンスと弾薬や燃料の補給で朝から頑張っていたせいか少し疲れてふらついているように見えた。

「少尉、前方機銃の弾薬箱見ませんでした? 上部ハッチの上に置いたと思ったんだけど見当たらなくて。何処に行ったんだろ? 」

オッペルは中尉に全く気が付いていない様子で僕に話し掛けてきた。すると無視されたとでも思ったのだろうか、急に中尉が顔を真っ赤にして怒り出した。

「貴様! 上官の前で敬礼もしないとはどういうことだ! 」

「は? 」

オッペルが何事か分からずに間の抜けた返事をした。それがまた中尉にはカチンときたようだった。

「貴様~! いい加減にせんか!この無礼者め!」

中尉はオッペルを殴ろうとしたので僕は慌てて二人の間に割って入った。

「中尉殿、申し訳ありません。この男は私の部下です。私がきちんと指導しますので。ほら、オッペル、こちらの中尉殿は今日バウアー大尉の副官として着任されたのだ。挨拶しろ! 」

僕がそう言うとオッペルはようやく敬礼をした。

「申し訳ありません! 中尉殿! 」

オッペルがそう言うと中尉の怒りは少し収まったように見えた。だがタイミングの悪いことに今度はナウマンがそこにぶらっと通り掛かった。ナウマンも副官着任の話など何も知らないのだ。僕は嫌な予感がした。

「少尉、そこにある75mm砲弾ですけど運んでおきますよ。力持ちの少尉にはちょっと軽すぎるでしょう?」

ナウマンも中尉に全く気が付かず僕に皮肉たっぷりにニヤニヤしながら話しかけてきた。これが中尉の収まりかけていた怒りを見事にまた沸騰させてしまった。おそらく中尉は自分が赴任することを知らされている筈なのに無視する若い兵達にどこか馬鹿にされているとでも思ったのだろう。中尉はまた顔を真っ赤にして怒鳴った。

「貴様も上官の前で敬礼出来ん大馬鹿のようだな。階級と姓名を名のれ!」

「あ?」

いきなり馬鹿呼ばわりされてナウマンもムカッときたのだろう。ナウマンの態度はまさに反抗的だった。それを見た中尉は頭の血管が切れるのではないかというぐらいに激怒した。

「貴様!この第七装甲師団は馬鹿ばかりだな!俺が少しは賢くしてやる!」

中尉はそう言うとナウマンに拳を握りしめて近づこうとした。僕は「まずい!」と思って今度は中尉とナウマンの間に割って入ろうとした。するとその時足下が少しぬかるんでいたので僕は滑ってバランスを崩し転倒しまいとして思わず中尉の肩に手を掛けてしまった。僕はそれで態勢を持ち直したが中尉は急に手を掛けられたおかげで見事に転んでしまった。

「あっ! すみません! 中尉殿! 」

僕はすぐに謝ったがもう遅かった。中尉は軍服だけではなくその顔まで泥まみれになっていた。また転倒する時に帽子も脱げてしまって禿げ上がった頭があらわになってしまっていた。偶然とはいえ僕は心の底から申し訳ないと思ったがその姿が滑稽すぎて僕は笑うのを必死に堪えなければならなかった。横を見るとオッペルもナウマンも笑うのを懸命に我慢している。その様子がまた可笑しかった。だが中尉はそんな僕達を禿げ上がった頭頂部まで真っ赤にして睨みつけて言った。

「貴様達馬鹿共のことはバウアー大尉に報告しておく。大尉も馬鹿な部下を持って苦労されているのだろうな。」

僕は笑いを堪えていたが僕達のことを馬鹿呼ばわりするこの中尉に少しずつ腹も立ってきた。僕はこの場を取り繕う気もなくなり中尉にこう言った。

「中尉殿、申し訳ありません。ですが彼らは中尉殿の着任されることを知らなかったのです。私もついさっきバウアー大尉から聞いたところでありました。連絡の不徹底は彼らの責任ではありません。それと一つだけ付け加えさせて頂きます。この二人は優秀な兵士で中尉殿が何度も仰るような馬鹿ではありませんので。では失礼します。おい、二人とも行くぞ!」

僕はそう言ってオッペルとナウマンを連れてその場を離れた。中尉は泥だらけの帽子を拾って禿げた頭の上に乗せ僕らを背後からずっと睨み続けていた。


「少尉、申し訳ありません。御迷惑をかけてしまいました。あの中尉、後で何か言ってきませんかね?」

四型戦車に戻るとナウマンとオッペルが僕に謝ってきた。

「言ってくるだろうけど大丈夫だよ。結局この件の報告は最終的にはバウアー大尉に届くんだろうけど大尉はこんな小さなことで目くじら立てたりはしないさ。そんな小さい人ではないよ。」

僕がそう答えると二人はすまなさそうに顔を見合わせて言った。

「確かにそうだとは思うのですが……。」

「よくいる古いタイプの面倒臭いおっさんだぜ。まぁ放っておこうぜ。」

僕はそう言って二人を元気付けてまた戦車の整備と点検作業を再開した。そうして一時間が経った頃僕は伝令兵から声を掛けられた。

「マイヤー少尉殿、ゲッハ中尉殿が司令部でお呼びです。」

「了解、すぐ行く。」

僕はそう返事をしたもののゲッハという名前に心当たりが無かった。ひょっとしたらさっきの禿げ頭がそのゲッハ中尉なのかもしれない。また面倒臭いことを言ってくるのかな? と思いつつ僕は司令部まで歩いていった。

「フランツ・マイヤー少尉、入ります。」

そう言って司令部のテントの入口をくぐるとやはり先ほどの禿げ頭がいた。僕は何食わぬ顔をして敬礼をし中尉の前の椅子に座った。

「何か御用でしょうか?」

僕がそう言うとゲッハ中尉は口を開いた。

「マイヤー少尉、今我々がいる地点から十kmほど東に行くと湖があるらしい。その周辺を調査し我々第七装甲師団が拠点を置くにふさわしい場所を探し出してきてほしい。」

「どういうことですか? 」

僕は中尉の言うことが理解出来ず聞き返した。すると中尉はニヤリと笑って僕にこう言った。

「我々第七装甲師団はもっと守りやすい地形を求めて橋頭堡を維持しつつさらに東へ移動することになったのだ。その為の下調べだ。」

「それは斥候の仕事ではないでしょうか?」

中尉の言葉には先ほどの件の報復の匂いを感じたので僕は思わず反論していた。すると中尉は急に大声で怒鳴り出した。

「防御に適した地形を探して戦車や対戦車砲の効果的な配置を考えるとなると君のような優秀な戦車兵が適任だろうが! これは命令だ!キューベルワルゲンを一台貸してやるからさっさと準備をして一時間以内に出発しろ! 君の優秀な部下も連れて行け! 」

キューベルワルゲンというのはマイルヤーナ軍で使用されている四人乗りの小型軍用車輌だった。普段戦車に乗り慣れている僕が小型車輌に乗って最前線を駆け巡るというのは想像するだけで恐ろしかった。小型車輌には敵弾を防いでくれる装甲も無ければ敵戦車を破壊出来る戦車砲もないのだから。だが軍人である以上命令は絶対だった。命令に逆らえばすぐに軍法会議に掛けられてしまう。バウアー大尉が打ち合わせ中の今僕はこの禿げ頭の命令を聞くしかなかった。

「分かりました。では準備をします。」

僕はそう言って敬礼しゲッハ中尉を睨みつけた後テントを出た。中尉は意地悪そうな笑顔で僕を見送った。

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