訓練
朝の5時50分、日の出まではまだ時間があり辺りは真っ暗だ。雪がチラついており地面は真っ白になっている。その寒い中を男が4人ずつ48組に分かれて横に列を成して立っていた。
「寒いですね。吐く息が真っ白だ。」
僕の右横に立っている男が口を開いた。
「そうだな。結構着込んできたんだがそれでも寒い。風がないからまだマシだけどな。」
「フランツ少尉は寒いのと暑いのではどちらが耐えれます?自分は南部出身なんでまだ暑い方が好きですね。」
両手をさすりながらそう話す男は名をバルクマンといい同じ戦車乗りで操縦手を担当していた。階級は曹長で年は僕の四つ下だった。真面目だが一人言が多く常に口が動いているような印象があるが戦車の操縦はかなり上手くまた戦車の機械的なことにも精通していて周りからも信頼されていた。
「曹長、そんな無駄口叩けるのも今のうちだけだぞ。今日のメニューはかなりハードだ。」
「嘔吐してしまうぐらいですかね?昨夜美味いものを食べなくて良かったです。」
「分かったから。少し静かにしろ。」
バルクマン曹長をたしなめていると今度は僕の左横の男が話しかけてきた。
「少尉、煙草吸いましたっけ?後で良いんで一本恵んでくだせえ。昨夜賭けですっちまって。」
「分かった。俺は吸わないから配給があった分を一箱やるよ。だから静かにしてくれ。」
「へへ、ラッキー!」
そう言ったのはペットゲンといい階級は伍長で年齢は18、僕の七つ下だった。4人の中では一番若くまだあどけなさを残すが根性がありやる時はやる男だった。愛嬌があり最年少ということで常にいじられる存在だが本人もそういう自分のキャラクターを理解しているらしく周囲の和ませ役になっていた。彼も戦車の搭乗員であり担当は装填手だった。
そして彼のさらに左側にももう一人男が立っていた。4人の中で一番背が高く体の大きい男で名はヒューブナーといった。普段は寡黙であまり喋らないが仕事はキッチリする男で彼もまた皆から信頼されていた。階級は軍曹で担当は通信手だった。
「今日もこいつと走り回るんでしょうね。」
バルクマンがそう言いながら背後を振り返った。それにつられてあとの3人も後ろを向いた。僕らの視線の先にはホワイトとグレーで迷彩塗装を施された鉄の塊、すなわち戦車があった。名称を三型戦車F型といい僕らがこの半年間訓練で使用してきて今では手足のように扱えるようになった戦車だ。以前に僕らがハーゲ社でテストした三型戦車はG型であり正確には新型ではなくこのF型の改良型にあたる。F型は主砲が37mm砲を装備しているのに対してG型は50mm砲を搭載しており攻撃力が強化されていた。またトランスミッションとエンジンも改良されて見た目は主砲の砲身が長くなったぐらいしか変わらないが戦車としての性能は格段にアップしていた。だが今のところは目の前にあるこのF型が我が国の主力戦車であり僕らの部隊には48台が配備されていた。
「戦車長が来られました!」
ペットゲンの声で全員が前を向いた。僕らの戦車長であるバウアー大尉が歩いてくる。ガッチリした体型で年は聞いたことはないが30代前半といったところか。指示や命令が明瞭で分かりやすくまた的確なので戦車長として非常に有能で頭の良い男だった。欠点らしい欠点は酒の飲み過ぎくらいだが人間的にも出来ておりエネルギッシュで前向きなその性格は僕ら全員の精神的支柱となっていた。
「よし、全員揃っているな。すぐ司令官が来られる。気合入れろよ!」
戦車長が僕ら4人の一番右端に並んだあとまた初老の男が歩いてきた。司令官のヨーゼフ中将である。背は低く恰幅の良い体つきでいつもは温和な表情を浮かべているが今日は訓練前ということで厳しい表情をしている。
「気をつけ!敬礼!」
全員がヨーゼフ中将に向かって敬礼をする。訓示が始まるのだ。
「諸君、本日より砲兵隊、戦車隊、歩兵隊での共同による仮想敵陣地突破作戦訓練を行う。詳細は各指揮官から聞いている通りだが今回の作戦訓練の肝は各部隊の連携にある。連携がスムーズにいけばどんな強力な敵でも打ち負かすことが出来るのだ。そのあたりをしっかり理解した上で訓練に参加して欲しい。以上だ。」
「全員乗車!」
ヨーゼフ中将の訓示が終わるや否やバウアー大尉の掛声で戦車兵は皆戦車に飛び乗った。
「全員各部チェック。よし、異常は無いな?ではエンジン始動!」
エンジンがかけられ振動音が腹に響く。いよいよ始まるのだ。
「発進する。全車バウアーに続け!作戦ポイントの手前まで縦列にて前進する。」
バウアー大尉が無線で指示したあと我が部隊の48輌の戦車は次々動き出した。各戦車長は上部ハッチを開け上半身を車体から乗り出しヨーゼフ中将に敬礼をしながらその前を通り抜けていった。
「無事に生きて帰れますように。」
普段あまり口を開かないヒューブナーがボソリと呟く。それを聞いて僕はハッとした。訓練とはいえ危険であることに変わりはない。生きて帰れる保証など何処にもないのだ。僕は改めて主砲の引金を握り直した。その時僕はふと先日の友人のオットーとの会話を思い出した。そして心の中で言った。
「絶対に誤射なんかされないぞ。必ず生きて帰る。」
そうして僕らは二週間にも及ぶ厳しい訓練に身を投じていった。