怪物
「なに!? 到着は明後日になるだと? もう少し早くならんのか? 」
我々はヤシアリバーの東、川の畔に築いた陣地の中にテントを設営してそこを第七装甲師団司令部としていた。そのテントの中で無線機を前にシラー少将の怒号が響く。バウアー大尉と僕は黙ってそれを聞いていた。
「取り敢えず急いでくれ! もし明日にでも敵がまた攻めてきたらもうお手上げだ、現状の戦力では話にならん。頼むぞ! 」
シラー少将はそこまで言うと不機嫌そうに無線機のヘッドフォンを頭から外して机の上に置いた。
「援軍の到着は明後日ですか? 」
バウアー大尉が確認するようにシラー少将に聞いた。
「ああ、なるべく急ぐとは言っているがな。その間に敵が来てくれないことを祈るしかない。」
シラー少将はそう言うと煙草を取り出してライターで火をつけた。テントの中に煙が広がる。その煙越しにシラー少将はバウアー大尉に問いかけた。
「今ある戦力はどれぐらいだ? 」
「四型戦車が二台、三型戦車が四台、75mm対戦車砲が二門、野砲は四門です。」
バウアー大尉がそう答えるとシラー少将は溜息をつきながら言った。
「それだけか……。破損車輌の中で修理可能な車輌はないのか? 」
「砲塔に故障や破損箇所がありますが修理可能で自走出来る戦車は四型戦車が四台、三型戦車で六台ありましたがこれらの戦車は後方の修理工場に行かせました。逆に車体に破損があり走行不能ですが主砲はまだ使える戦車は三型戦車が二台ありましたのでこれらは車体を塹壕に入れて砲台として使用します。」
バウアー大尉の淡々とした報告を聞いてシラー少将はまた深く溜息をつきながら言った。
「敵の動きは? 」
「今のところ斥候からは報告はありません。今のうちに我々の陣地の東側の平野部に地雷を埋設して敵の襲来に備えます。」
バウアー大尉がそう答えたあと僕が口を挟んだ。
「先ほどの戦闘で敵も戦車八十台以上のかなり大きな損害を出しています。それだけの大打撃を被りながらもその翌日にまた敵は攻勢をかけれるほど豊富な戦力を持っているのでしょうか? 」
「マイヤー少尉、ル・カメリカは広大な領土を持ち人口も多くその国力は計り知れない。私がル・カメリカの指揮官でマイルヤーナ軍がそれなりに打撃を受けていると判断すればやはり何とかして戦車をかき集めて再度攻撃をかけるだろう。敵は来ると思っておいた方がいい。」
シラー少将は僕に諭すように言って煙草を燻らした。
「歩兵には対戦車用の爆薬と成型炸薬弾を持たせます。出来る限りの準備だけはきっちりしておきますよ、少将。では作業に戻るぞ、フランツ。」
バウアー大尉はそう言うと僕を連れてテントを出て壊された陣地の再構築や地雷の埋設の指揮に当たった。そして僕も戦車への弾薬の積込や破損車輌の応急修理の手伝いなどの作業に加わった。そしてその作業は夜中まで続いた。
次の日は朝から曇り空で今にも雨が降り出しそうな天気だった。バウアー大尉を除いた僕とハンス、オッペルにナウマンは自分達の四型戦車のすぐ脇で珈琲を片手に世間話をしてくだらない冗談を言いあっていた。だが皆の目は冗談を言い合いながらも会話の合間になると陣地東の平野をちらっとさりげなく見ているのだ。皆内心は敵がいつ来るのか気が気でないのであろう。
「……敵は来ますかね?」
世間話が一通り落ち着いて一瞬の沈黙が訪れた時にオッペルが僕に小声で聞いた。僕は珈琲を一口含んで唇を湿らしてから答えた。
「分からん。シラー少将は来るだろうと言っていたけどな。」
それを聞いたハンスが口を挟んできた。
「少尉自身はどう思われますか? 」
「俺は来ないと……思いたいな。」
「それって少尉の願望ですよね? 」
皆それを聞いて笑った。そして普段無口なナウマンが言った。
「皆で敵が来ないことをカーソン教の神様にでも祈りますか。」
普段冗談など滅多に言わないナウマンの一言に皆一瞬何と言っていいか分からず言葉を失ってしまった。だが頑張って冗談を言ったナウマンの努力を無駄にしないようにと思ったのかオッペルが慌てて言葉を繋いだ。
「そうですよ。この際何でもいいから祈りましょう。『溺れる者は稲をも掴む』ですよ! 」
「藁だろ? 」
ハンスがすぐにオッペルに突っ込みを入れた。皆それを聞いてまた笑い場が和んだ。だがその雰囲気はすぐに終わりを告げた。バウアー大尉が鬼の形相で僕らのところへ走ってきたのだ。
「全員乗車だ! 急げ! 敵が来やがった! 」
それを聞いて皆一瞬顔が凍りついた。だが皆それを誰にも悟られまいとするかのように急いで戦車に乗り込んだ。
「敵の数はどれぐらいですか? 」
僕は砲手の席に座りながらバウアー大尉に聞いた。その返事に全員が聞き耳を立てていた。
「十台前後らしい。」
「えっ!? たったの十台ですか? 」
僕は思っていたよりはるかに少ない敵の数に驚いてそう答えながらも内心はホッとしていた。何百台のI-34の襲来であれば生きて帰れないと思っていたのだが敵はたったの十台なのだ。攻撃力で勝る75mm砲を上手く使えばまだ生き残れるチャンスはあると僕は思った。
「そうだ。だがその内の一台は初めて見る戦車なのだ。かなり巨大な主砲を搭載しているらしい。もうすぐ見えてくるぞ! 」
全員が前方を注視した。暫くするとI-34が何台かこちらに向かってくるのが見えたがその後方にとてつもなく大きい主砲を装備した見たこともない敵戦車が一台視界に入ってきた。見た限りではその主砲は我々の75mm砲よりはるかに大きく砲塔部分だけで人の背丈ほどありそうだった。バウアー大尉がポツリと呟いた。
「……でかすぎるぞ、あれは。 」
その後皆暫く言葉を失ってしまった。敵戦車は大きい砲塔がやたらに目立っていてその様はまさに異様だった。車体に対して大き過ぎるその砲塔はまさに頭でっかちで我々のゴツゴツと角張った四型戦車の方がまだスマートな気がした。
「かなりでかい主砲を装備しているようだが走行スピードはかなり遅そうだ。よし、四型戦車と重砲はあのでかい戦車を狙う。対戦車砲はI-34を狙え! 他の部隊は敵の歩兵を狙い撃ちしろ! 守り切るぞ! 」
バウアー大尉が今日も檄を飛ばした。今日もまた殺るか殺られるか、精神的にとことん追い詰められる時間が始まるのだ。僕は「心を病んでしまって廃人になった振りをすれば 本国送還になるのかな? 」などと一瞬考えたがすぐにその邪念を頭の隅へ追いやり照準器を覗き込んだ。するとちょうどその時その異様な程大型な主砲を搭載している敵の戦車が履帯の動きを止め砲塔を旋回させている。こちらに発砲する気なのだ。
「敵戦車が撃ってくるようです! 」
僕が皆にそう言った次の瞬間だった。とんでもなく大きな爆発音が耳に響き戦車がまるで公園にあるブランコのように大きく揺れた。
「何が起こってるんだ!? 」
オッペルが半ばパニックになって叫んだ。バウアー大尉も何事かと戦車の上部にあるキューポラという司令塔部分から周囲を見渡して言った。
「敵の砲弾が俺達の横三十mにある歩兵陣地に着弾したんだ。まるで大型の爆弾が落ちて爆発したかのような大穴が開いている。あんなのが当たったら四型戦車はバラバラだな。」
バウアー大尉はまるで他人事のように淡々と言った。次の瞬間にも砲弾が飛んできて当たれば死ぬという状況でよくそんなに落ち着いていられると思うと僕は大尉のその口調が不思議でならなかった。僕はまた何時もの如く鼓動が高鳴り全身が汗に覆われてきた。
「敵が前進を始めたぞ。今度射撃する時にまた車輌を停止させる筈だ。その時を狙え。」
バウアー大尉は落ち着いて僕にそう指示を出した。ナウマンが徹甲弾を装填し僕はその大型戦車を照準器で追った。すると敵戦車が止まった。
「今だ! 距離千二百! 撃てっ! 」
僕は引金を引いた。砲弾が発射されもうもうと戦車の中に煙が立ち込める。だが照準器の中の敵戦車は爆発しなかった。
「えっ!? 」
何故敵戦車が火を噴かないのか分からなくて僕は思わず声を出していた。確かに命中したと思ったが敵戦車は何事も無かったかのように砲塔を動かしてもう一発こちらへ撃ち込もうとしている。「実は外れていたのか? 」と僕は思った。
「もう一発だ! ナウマン! 」
バウアー大尉が早口で指示を出しナウマンが次弾を装填する。僕はもう一度照準して砲弾を放ったが敵戦車はびくともしなかった。
「糞ったれ! 弾いてやがる! 」
バウアー大尉が怒りながら言った。そこで僕もやっと気が付いた。こちらの砲弾は敵の分厚い装甲を貫通出来ないのだ。今まで75mm砲弾がこうも簡単に弾かれたことが無かったので僕はそのことに全く気が付かなかった。僕が動揺していると今度は敵戦車が砲弾を撃ち込んできた。そしてその砲弾は固定砲台となっていた三型戦車の砲塔を直撃しその三型戦車は大爆発を起こした。地響きの様な振動と爆音が我々を襲う。揺れる戦車の中でハンスが言った。
「敵の大型戦車は移動を停止してあの場所から砲台となって我々の陣地に攻撃をするつもりのようです。I-34と歩兵だけが近づいて来ます! この距離だと大型戦車は有効射程外だ! 」
「このままでは殺られちまう! 」
ハンスに続いてオッペルが泣きそうな声で叫んだ。確かにこのままでは一方的に攻撃されるのみだ。しかも次の一発はこの戦車を直撃するかもしれない。そう思うと僕もオッペルのように泣き叫んで全ての義務を放棄しこの戦車から逃げ出したい気持ちに駆られる。だがそんなオッペルや僕の浮ついた様子を察してか気を引き締めるようにバウアー大尉が言った。
「全戦車、対戦車砲、野砲に告ぐ! I-34へ目標を変更し攻撃を集中せよ。」
僕は敵弾が命中するかもしれないという恐怖の為に全く落着きがなくバウアー大尉の命令の意図も理解出来なかった。そんな僕を見かねたバウアー大尉が言った。
「フランツ、しっかりしろ! このままではあの大型戦車に対して我々は勝ち目が無い。よってこれからあの大型戦車に接近戦を挑む。その為にはまず大型戦車の前方にいるI-34を叩かねばならん。あの怪物は確かに強力な砲を装備しているが一発発射した後の二発目を撃つのに二十秒から三十秒かかっている。二対一か三対一で至近距離であれば十分こちらにも勝機はあるのだ! 怪物とのその状況を作り出す為に他のI-34を片付けるまでは敵弾が当たらないことを祈るしかない。 分かったな? ではフランツ、まずI-34だ。撃てっ! 」
僕は頭ではバウアー大尉の言うことを理解したが恐怖による動揺の為か次に放った砲弾は外してしまった。だが友軍の対戦車砲や野砲はバウアー大尉の命令を忠実に実行し早速一台のI-34が黒煙を吐き出してその動きを止めた。皆恐怖に負けることなく任務を懸命に遂行しているのだ。僕は自分を恥ずかしく思った。
「次弾装填完了! 」
ナウマンがそう叫んだ後僕も自分に言い聞かせるように言った。
「次は当ててやる! 」
僕は慎重に狙いを定めて砲弾を放った。I-34が一台爆発を起こす。やった! 命中だ。するともう一台の別のI-34が小さな爆発を起こして履帯が吹っ飛ぶのが見えた。どうやら地雷を踏んだらしい。そのI-34はすぐに対戦車砲と野砲の餌食になった。だが今度は敵の大型戦車が砲を旋回させてこちらへ反撃しようとしている。バウアー大尉が叫んだ。
「来るぞ! 」
また地響きが僕らを襲った。だが今度の敵の砲弾は誰もいないところへ飛んでいきそこの地面の土を深く掘り下げただけだった。我々はすぐに応戦しI-34をまた一台血祭りにあげた。75mm対戦車砲と野砲も必死に反撃しI-34は次々に脱落していった。そしてバウアー大尉が決断する。
「もう動いているI-34は二台ほどだ。そいつらは対戦車砲と野砲に任せるぞ! 動ける戦車は全車壕を出ろ! 突撃する! ハンス、出せっ! 」
我々の四型戦車は一旦バックして壕から出た後敵の大型戦車に向かって三台の走行可能な戦車を引き連れて進撃を開始した。だがその直後にまた大きな振動が我々を襲う。どうやら野砲の陣地に敵弾が直撃して野砲が数門吹き飛んだようだった。被害状況を伝える無線が慌ただしく交錯する。我々はその間も敵に対して全速力で近づいていった。
「敵大型戦車まで距離約八百! 」
バウアー大尉がそう叫んだ。前方を見ると敵は例の大型戦車が一台だけになっていた。I-34は友軍の対戦車砲が片付けてくれたらしい。敵の大型戦車は近づいてくる我々に気付きその砲口の向きを陣地から戦車へ変えて発砲してきた。また我々は振動に襲われるが敵の砲弾は外れた。
「次の一発を敵が撃ったら反撃する。ナウマン、次弾装填出来ているな? ハンス、それまでは全速力だぞ。」
バウアー大尉のその言葉を聞きながら僕は「当たらないでくれ! 」と祈った。敵はその大型の砲塔をこちらに向けてきている。ハンスがなるべく相手の射線に入らないように進路をジグザグに取った。戦車の走行による激しい揺れの中誰も口を開かない。皆思っていることは同じであろう。
「また来るぞ! 」
バウアー大尉がそう叫ぶと遂に敵が次の一発を放った。その一発は我々の四型戦車の横を並走していた三型戦車を吹き飛ばした。その直後バウアー大尉がすぐに指示を出した。
「戦車停止! 距離三百! 敵の側面が見えるぞ! そこを狙え! 」
ハンスが急制動をかけて戦車が止まった。僕はそのショックで前につんのめったがすぐに照準を合わせた。そして大尉がまた叫ぶ。
「フランツ! 撃てっ! 」
僕が放った砲弾は敵大型戦車の履帯を吹き飛ばした。
「命中! もう一発だ! フランツ! 」
僕はもう一度じっくりと照準して引金を引いた。すると敵大型戦車はようやく爆発を起こして黒煙を噴いた。だがそれでも敵大型戦車の砲塔は旋回しようとしていた。だがその動きは鈍い。我々はさらに百m近づいた。
「この怪物め! 」
僕はそう言って止めの一発を叩き込んだ。するとまた爆発が起こりようやく敵大型戦車はその動きを止めた。
「やっと終わったか……」
大尉がそう呟いて周囲を見渡すと動いている敵はなかった。大尉は無線を取って報告を始めた。
「こちらバウアー、敵の大型戦車は撃破した。周囲に敵はいなさそうだ。どうも撤退したらしい。引き続き警戒に当たる。」
「こちらシラーだ。御苦労。間もなく友軍の増援が到着すると連絡があった。本当によくやってくれた。ありがとう! 」
シラー少将からのその無線を聞いてその場にいた全員の顔に安堵の色が浮かんだ。




